連続小説ぅ!

猿の鬣

ましら         たてがみ

 nyao 様のご提案により始めたリレ−小説ですがご都合により、私 coji めの単独行となりました。

もう、遠慮はしません。ジャンルはハ−ドボイルドですが、心は”エロ”です。

イイんです、ご批判は甘んじてお受けいたします。

今更ながら、この物語はフィクションです。

登場する個人・団体・出来事等は、全て架空のお話です。

ご賞味下さい。

※背景は、ブル−トパ−ズ XX 様から頂きました。

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Vol.44

2010/ 1/25 UP!

 

 『 さぁて、と・・・』

ダンピングの効いたショックと共に、ボックスは着床した。涼子は、気合いを入れる。

普段から、気合いに関しては誰にも負けぬ涼子である。しかも、この非常事態下だ。しかし、これから遭遇するであろう一時を考えるにつけ、

更なる気合いが涼子には必要なのである。涼子をして緊張を強いる人物が、このフロアを仕切っている。

 ボックスから慎重な足取りで踏み出した涼子は、相も変わらず整然とし過ぎたその廊下を見た。

ここが地下 5 階である事を忘れさせる程、照明が瞬いていた。長い廊下全体は清潔感が見て取れる様で、まるで病棟を連想させた。

それと大きく異なるのは、消毒薬の臭いがしないせいと、これは決定的なのであるが、一切の機材が置かれていない事だ。にも拘わらずそう思って

しまうのは、これから会う人物がどこか、医者を思わせるイメ−ジを持っているからかも知れない。

『 変わんないなぁ・・・新田さん 』

涼子は、見るべき物が何も無いはずのその廊下の四方に、視線を走らせた。

 

 特殊重火器・工作課 付、新田 誠十朗 警視。このフロアの、主である。

侍の様な重々しい自らの名を嫌うこの男は実は、遙か昔、高梨の上司であった。肩書きにある ” 付 ” には、そう成らざるを得ない訳があった。

 上層部の天下りに端を発した、官民癒着の一大スキャンダル事件があった。

当初は、適当なトカゲの尻尾を切れば良い、と高を括り楽観していた上層部であったが、その余りの広がりに怖じ気づいてからは、組織を挙げて

隠蔽に走ったのである。大方が沈黙を選んだ中で、それを潔しとせずに牙をむいた男が居た。新田である。

 当時、警備局に於いて、超法規的活動の是非を模索する、言ってみれば今の特務課の前身の様なセクションで、陣頭指揮を執ったのが新田だった。

高梨は、有能な若手の一人であった。

 当然の様に ” 正規軍 ” と思われていた家臣の謀反に、上層部が騒然となったのは想像に難くない。

” 大トカゲ ”、と名指しされた新田は、一連のスキャンダルの汚名を着せられ・・・掛けたのである。 が、しかし、それがそう簡単に行かないのが、

超法規的手法である訳で、上層部がそれに気が付いた時には後の祭り。新田は、探り当てた事実を委細漏らさず、中学生でも判別可能なテキストへと

纏め上げた。そしてそれをデ−タ化し、広大なネット銀河へと解き放ったのである。電子のエグザイルとなったそのファイルは、ニュ−ヨ−ク証券市場の

平均株価の変動と共に、地の果てのサ−バ−間を彷徨い続け、新田がある一定間隔でコ−ドを入力しなければ最後、” 爆発 ” する。主要先進国の

通信社へとファイルは届き止めは米国、国務長官のデスクトップをフリ−ズさせるのだ。

 公開処刑の直前、上層部は、吊し上げながら新田に言った。” やってみろ!”、と。

そんな事は百も承知の新田は、口をへの字に曲げながら、袖口のグラン・セイコ−を恭しく翳して見せた。1分が経過し掛けた時、大会議室が停電した。

次に、オンラインのデスクトップを経由したプロジェクタ−が点灯し、件のファイルが洪水の様に壁一面に映し出されたのである。飛び上がったり、座席から

転げ落ちた幹部は、一人や二人ではない。修羅場が一段落すると上層部は、腫れ物に触るが如く新田を扱った。

そこで新田は、訥々と説いたのであった。” 正義は何処にあるのか ”、と。

 新田とて、事を公にするのは本意ではなかった。新田がもし、” スイッチ ” を押していたならば、当時の日本の警察機構は転覆し、崩壊していた

だろう。それは政府へと波及し、主要先進国からの信用を失った我が日いずる国は、覇権の末席から転げ落ちていた。この、警察と言う器が

好きであった新田は何より、ここを離れるのが嫌であった。さりとて、無事でいられるとも思っていなかったのである。階級に関係なく、該当者を

須く依願退職させる事を条件に、一線から身を退いたのであった。この、一連の工作を強力に後押ししたのが、誰であろう ” あの男 ”、情報室で

跳ねっ返っていた小島だ。迷いに迷った挙げ句、最後に尻を捲ったのが高梨であった。

 高梨にとしては、それを今も負い目に感じている。小島にしたところで、渡世の次第でそうなったまでで、それを後まで引きずってはいなかった。

新田とも、互いに連絡を取り合うのでもなく都度、自然発生的に協力関係を結ぶのである。この三人の間は、不思議なトライアングルで繋がっていた。

新田と高梨との間に遺恨が無いのも、これも又、訳があった。何より、この時限装置のアイデアを最初に出したのは何を隠そう、高梨だったのである。

 

 慎重だがテンポの良いリズムを刻んでいた涼子のピン・ヒ−ルが、ハタと止まった。

『 動くな 』

迂闊にも、背後を取られた。ただ取られただけではない。その声は、すぐ耳元から響いたのでる。

『 参った! ギブです!』

降参した涼子ではあったがしかし、その挙がった右手には錐刀が握られていた。

と、前方に並ぶドアのひとつが開き、白衣を纏った白髪頭の男が顔を出した。

『 アレっ?』

振り返った涼子の背後に、人影は無い。

『 ほぉ・・・腕を上げたなぁ。切れがあるね、なかなか。その錐刀とおんなじくらい 』

『 浅見警視、ただいま参上仕りました。新田警視。でもコレ・・・どゆわけですの?』

涼子は、狐に摘まれた様だ。

『 いやいや、スマンね。今ね、実験しとるとこなのよ。指向性を強調させた極小のスピ−カ−をだね、この廊下の各所に 8ch 仕込んであるんだ 』

『 へぇぇぇぇぇぇ・・・』

『 そこから出る音声の指向性をだな、互いに干渉させて・・・その、なんだ・・・つまり、” 声が背後からする ”、と君の耳に錯覚させた訳なのよ。

床にも仕込んであるんだよ? 俺はこれを、” Behind You ” と呼んでいる。あ、カメラは無いからその・・・安心し給え 』

[ プッ・・ ]

涼子はその、新田流の気遣いが可笑しかった。

『 ま、こんな事態だ。” 積もる話 ”って訳にはいくまいが、状況を聴かせてくれ。おいで 』

そう言って新田は、涼子を手招きした。

『 ヘイヘイ 』

涼子は涼子で、小走りで続くのだった。

 

※ For you who fights.!

-つづく -


Vol.43

2010/ 1/17 UP!

 

 会議室を出た涼子は、地下の車両課へと向かった。

長官勅令の ” 警備ランク B' ” を以て、庁内全ての職務はそれに移行した。と言っても、未だに誰も経験した事がない事態だけに、

ぎこちなさは隠せない。机上のシミュレ−ションのみで、訓練さえ実施されていない。シフトに関する書面が、各セクションに

配布されただけの体たらくだ。

[ これじゃ、” エテ公ども ” が調子づくのも無理ないわよ・・・ ]

 尤も、有事の際に前線に立つのは数える程のセクションなので、却ってその方が涼子が所属する特務課にとっても都合が良かった。

勅令を ” 錦の御旗 ” として振りかざし或る程度、いや、かなりの無茶がまかり通る。少なくとも現時点では、涼子はそう考えていたのである。

 訓練での涼子は、最低限の携行武器だけを身につけ、北はロシアの ” スペツナズ ”、南はイスラエルの ” モサド ” の戦闘員達と行動を

共にした。初めのうちは涼子を舐め切っていた ” 仲間達 ” も、終盤ではその戦闘能力の高さに舌を巻いた。ましてや、リミッタ−の切れた

時の涼子の凶暴性と人間離れしたその身のこなしに皆、フレンドリ−とは異なる畏怖の念を抱いたのだった。” 演習 ” の仕上げは、

38度線内の非戦闘地帯に潜入し、” 北の特殊部隊員 ” 全員から、” 掌紋 ” 手形をせしめる事であった。

[ それだけは勘弁してくれ、そんな事をされては、故郷に帰って生きてはいけない ]

順番の最後になり、そう泣いて懇願する敵のコマンダ−の睾丸を蹴り潰した涼子は、こう言ってのけた。

『 ホラ、これで ” 第二の人生 ” を送りなさいよ。それからね、間違っても日本に銃口、向けんじゃないよ! 日本にはね、アタシが居るよ!!

もし、アンタの間抜けな仲間が日本に弓曳いたら、この草原で戦闘ごっこしていた頃の長閑さを懐かしむ様な、そんな目に全員、遭わせてやる!!!』

頭をガクガクさせて頷くと、口から泡を拭いたコマンダ−の目は裏返り、完全に昏倒した。思わず顔を背ける同僚のスペツナズに対し涼子は、

迷彩顔料を塗ったコマンダ−の腕を掴み上げ、差し出した。顎をしゃくる。

『 さ、これで ” 検定 ” は終了よね?』

間違いなく国際問題へと発展するであろうそれら掌紋は、今では額に入り、涼子がこれから向かう先に陳列してある。

 

 混沌とした都内を抜ける為、涼子はメルセデスの ” ウニモグ ” を調達した。

悪路の走破性に関して言えば、未だ世界最強のオフ・ロ−ダ−だ。他社が想定している ” 悪路 ” とは、その次元が違う。 今や民営化して久しい

通信会社や旧建設省が、山岳地帯の道無き道を走破する為、若しくは北限の農業従事者達の間では、その重機並みのタフネスさと信頼性から

絶大な支持を得ている。彼の地では、オ−ナ−ズ・クラブまである事実は、余り知られていない。

 涼子は、珍しく慎重なハンドル捌きで、ウニモグを静々と走らせた。

天馬町通りを暫く走り、オフィス街特有の無機質な路地を左に折れる。目指す建物の入り口には、スタックしたハイブリッド車が横付けしたままで

あったが、涼子は躊躇せずそのままの勢いで乗り上げる。軽く唸ったウニモグは、左の前輪を ” 逆ハの字 ” に広げながら、猛然とそれを乗り越えて

行く。

『 やっぱ、正解だわ 』

ウニモグ以上に涼しい顔をした涼子は、そう言いながらダッシュ・パネルを撫でた。頼れる相棒を伴って、異様なほど天地に余裕のある入り口の先、

まるで奈落の底の様な地下へと下って行った。

 空いたスペ−スを見つけると、そこを暫し通り越し、エレ−ベ−タ−の入り口正面に、ウニモグを付ける。

押しボタンのパネルに向け、短いパッシングを二度放った。数秒の後、ダッシュ・パネルのナビ画面が自動的に切り替わり、” 追従者なし!” の

文字とグリ−ンのシグナルが点滅した。警察車両であるこのウニモグは、内蔵されるセンサ−により、ビルに入った瞬間からモニタリングされている。

” 追従者あり!” の場合、警戒の為、目的とは別の行動でカモフラ−ジュせねばならないのだ。安全を確認した涼子は、先ほどの空きスペ−スに

ウニモグを入れる。入れながら、ウニモグの巨大なホイ−ルが、両脇のジャガ−やレクサスのドアの塗装を削ぎ落とすがそんな事は気にしない。

形の良い尻を振りながら、エレベ−タ−へと乗り込んだ。

 扉を閉めた涼子は、20 階分、表示してあるボタンを逆から遡って押す。

” 1 ” まで来ると、それを連続で忙しなく押しながら、非常電話の蓋にあるキ−・ホ−ルを覗き込んだ。実は、その奥には CCD カメラが仕込んであり、

涼子の瞳の虹彩で、本人であると判別しているのである。オフィスビルを装ったこの ” 警察施設 ” には、十重二十重のセキュリティ−が施してあった。

ブザ−の音と共に、非常電話の蓋が開く。そこにある、本当の行き先である ” B5 ” のボタンを押そうとしたその時、天井付近にあるスピ−カ−から

ノイズが漏れる。次いで、声の主はこう言った。

「 待ってたよ、浅見警視。後は任せ給え 」

無重力感を与えながら、ボックスは音もなく下りて行った。

 

※ お久し鰤。<(_ _)>

-つづく -


Vol.42

2008/ 7/21 UP!

 

 政府は、臨時国会を召集した。

フィクサ−・細井の失踪を誰もが知っていたが、それを敢えて口にする者は居ない。それでも本来、” ここぞ ” とばかりに跋扈する

細井に、注目しているマスコミも少なくない。そんな連中には、” 不測の遊説である ”、と与党を挙げて睨みを利かせた。

冷静に考えて見れば、この有事に際して遊説はないだろう。そんな子供だましを用いる程、細井の失踪は不気味さを以て深刻に

受け止められていた。

 警察庁内部でも、特別会議が招集された。

市井の喧噪をよそに、ここでは静まり返っている。蓋を開けて見れば、今回の地殻変動が ” 首都に限定 ” された災害である事に加え、

裏社会を脅かす異変の続出、極めつけはフィクサ−の失踪と、それらが既に想像力の限界を超えた制服組の多くは、発する言葉が無かった。

公安部は、相も変わらずピントのズレた報告で皆を煙に巻いた。長官の佐伯は、無言のまま高梨を見た。

『 やはり、頼りになるのは君んとこだけ・・か 』

絶妙に視線を外す警備局長を横目に、高梨はゆっくりとしたペ−スで立ち上がった。

『 情報が錯綜した中でどう、申し上げて良いのか分かりませんが、今現在、この首都を舞台に想像を絶する事態が進行しているのは

間違いありません 』

公安部長に一瞥をくれるが、先方が黙りを決め込んでいるので高梨は続けた。

『 ” CDC ” などは、皆様ご存じの通り、我が国の正式要請を受けて表立って活動していますが、各国の情報機関も活発に動いて居ります 』

公安部長の眉が吊り上がり、口はへの字を描いた。

『 さながら、” インテリジェンス・サミット ” の様相を呈しています 』

『 その件につきましては、私から・・』

立ち上がり掛けた公安部長を、長官が遮った。

『 続けたまえ 』

しぶしぶをと腰を下ろした公安部長の口は、更に角度を狭めていった。

 

 『 そんなことがあったの・・・』

京介の説明を聞いたレイコは、力無く呟いた。

『 ああ、俺を含めた男全員が身動き出来ない中、” アイツ ” が君を守ったんだよ 』

『 そう 』

『 ハハ・・ハ、形無しだなまったく 』

籠から林檎を掴んだ京介は、脇にある果物ナイフに手を伸ばすも自嘲し、それにそのままかぶりついた。

 『 なんか、アノ人は不思議な感じがする・・・』

『 ああ、俺は現役時代、あいつを一度でも ” 女 ” だって思ったことはないよ。祖父さんからして尋常じゃない人・・』

『 そうじゃないのよ・・・。” エスパ− ” 、っていうのとも違う。何度か、意識下を探ってみようと思ったんだけどその度、

なにかモヤモヤした物に阻まれるの。エスパ−同士の ” 防御戦 ” 、でもないわ。アノ人は無意識。それを、” 何か ”

が守っている感じ 』

『 ・・・つまりは、” 化け物 ” ってとこか 』

京介は、真剣だった。

『 フフフ・・・バカねぇ。そんなはずがないじゃない 』

『 ようやく笑ったな 』

『 うん、アリガトウ、もう大丈夫 』

京介はレイコの手と自らの手を合わせ、その甲に口づけた。

『 アノ人は、 ” 警察官 ”。でも、その枠には収まらない人よ。不思議な人ね 』

 『 それから、親父さんの事なんだが・・・』

京介は、最も言い辛い事を切り出した。黙り通す訳にはいかない。

『 知ってる。” 分かって ” いるわ。大丈夫よ、感じるの。敵は、父を何かに利用するつもりだわ。それまでは、無事よ 』

『 そうか 』

この、頼もしい女達を誇らしく思うと同時に京介は、自らの無力さを嘆いた。いつも ” イイ線 ” までは行くものの、やがて

訪れる限界に先を見越してしまう。その悪癖が、京介のこれまで人生を翻弄した。しかし今、目の前にいる女を想う気持ちに

限界は無いし何より、先の見えない命がけの戦いがそれぞれを待ち構えているのだ。限界など越えた場に己の身を置かなければ、

生き残って又、この女を愛する事など叶わぬ。しかし、その壁の大きさに京介は、気が抜けた様に林檎の縁をかじった。

『 ねぇ・・その反対側、頂戴よ 』

レイコは、白い腕を差し出した。

 

 静寂を突き破り、涼子は ” 大クシャミ ” を発した。停滞し、澱んだ空気を吹き飛ばす。この様に激しく唐突なクシャミは

涼子の場合、それは ” 噂 ” に起因する。大き過ぎるが下品さはないそのクシャミに、男達は好奇の目を向けた。

[ 誰よ・・・ったく!]

『 では最後に、特務の特別 ” 捜査官 ” 、現場の意見を聴こうじゃあないか。浅見 警視?』

高梨の背後で控える涼子は、形の良い眉を僅かに吊り上げて周囲に睨みを利かしていた。が、長官の不意打ちにハッとなる。

せっかくのリクエストなので涼子は、高梨の顔を窺う。高梨は書類で口元を覆うと、鷹揚に振り返り小声で言った。

[ 好きに言い給え。責任は持つ ]

涼子が着ける柑橘系の香水が、近づき過ぎた高梨の鼻孔を擽った。両肘を張り、組んだ脚を拳法の ” 奥義 ” よろしく解いた

涼子は、気合いと同時に立ち上がり歩み出た。

 『 不審船の難破、難民の大量脱走に始まり、今回の ” 災害 ” や現職代議士の誘拐と、ここ一連の出来事に関連性は

確認出来ていません、今のところは 』

『 なんだい、君にしちゃあ勿体ぶった言い回しだな 』

『 ハイ、長官。” 向こう見ず ” 、だけが特務の売りではありませんので 』

『 続けなさい 』

『 ですが、それを否定し切れてもいないのも事実です。そして時を同じくして、我が国犯罪史上、未曾有の凶悪集団が

暗躍しています 』

『 例の、” 裏社会の知り合い ” からの情報かね、え?。情報室のスタンドプレイといい、迷惑千万なんだよこっちは!』

公安部長が愚痴る。

『 アラ、部長・・・小島 警視正には申し訳ありませんが ” 蛇の道は蛇 ”、余っ程、実のある確実な情報が入手可能なんざァますよ?

今度、そちらにもご紹介致しますですワっ!』

小島は腕を組んで頷き、長官は無言で両者を制した。

 『 ・・でだ。最終的に君は、何が言いたいのかね 』

佐伯は、職制など端から眼中にない涼子の振る舞いに呆れると同時に、閉塞感に凝り固まった組織の膠着を思うと爽快でもあった。

ついつい、頬が綻ぶ。

『 はい。” 警備ランク A ” への移行を申請します 』

 ” 警備ランク A ” とは、軍隊で言うところの ” マ−シャル・ロ− ( 戒厳令 )  ” に相当する。文字通り、” 有事 ” 下の警備体制を意味

している。当然ながら、あらゆる超法規的処置も含まれる。想定時は、恐らくは机上の空論で終わると考えられていた。戦争を放棄して

復興・発展して来た法治国家日本にとって、再び有事にまみえる事などは、完全に想定外だ。又、その線引きについての議論も、先送りされ

続けて来たのである。これには、さすがの佐伯も黙り込んだ。

『 長官っ、こんな戯言はとても聞けません。公安委員会で揉む時点で、お笑いぐさです! 閣議決定なんてとてもとても・・・』

堪らずに次長が割って入った。佐伯は、ゆっくりと口を開いた。

『 現場の最前線に出張っているのは、君だ。だがな、君自身が言った様に、” 確認 ” が取れておらんのも又、事実だ 』

『 長官? 各省との連携だってまだ・・・』

次長は気が気ではない。

『 しかし、だ。今を有事としなくていつが有事なのだ、とは私も思う。” B ' ( ダッシュ ) ” でいけ!』

『 は? ちょ、長官・・・』

『 ハイっ、長官!』

涼子は、会心の笑みを佐伯に放った。

『 ” 上 ” の事は、心配するな。それは私の考える事だ。ケツは、私が持つ 』

高梨は、呆気にとられていた。” 戦略 ” 上、平静さを保ってはいたが、涼子の ” 警備ランク A ” 申請など寝耳に水だった。

『 まったく! ” ネゴ ” が上手くなりやがって 』

ざわつく周囲の幹部達を余所に、佐伯 長官は言った。頬を紅潮させた涼子は、ガッツ・ポ−ズを返す。

[ 俺は特務を、” 捨て石 ” だなんて思っちゃおらんぞ ]

そう、呟いた時には既に、涼子は会議室を掛け出ていた。

 

※ ” ここ一連 ”の割には、プロロ−グは 5 年前でありました。更新、精進します。<(_ _)>

-つづく -


Vol.41

2008/ 5/ 4 UP!

 

 最初に口を開いたのは、小島だった。

『 涼子ちゃん・・・終わったぞ? オイ・・・』

崩れ落ちたレイコを抱えたまま、先ほどまで対峙していた背後の壁を見つめていた。元々が淡い鳶色をしたその瞳は、

上がったボルテ−ジのせいで白熱し、金色に近くなっていた。ひとつ大きく息を吸い、時間を掛けてゆっくりと肩を下げて

いく。殺気は徐々に姿を消し、レイコを抱えた手からも力が抜けた。

『 け、警視・・・お怪我はあ、ありませんよね・・・』

事情が飲み込めぬ辻は、恐る恐る訊ねた。小島が答える。

『 も、もう大丈夫だぞ。力も抜けたしな、ウン・・。で、どうしたんだい?』

『 ハイ、いよいよその、長官がおかんむりで 』

『 しまった! ややこしい話になってすっかり忘れてたよ・・まずいなぁぁ 』

そう言いながらも小島は、マックスを窺っていた。

 かくいうマックスも、最早ジャケットの中身など忘れている様だった。股間のドスを引き抜き、刃を逆さまにして

手の平でクルクルを器用を回す。十回転ほど回したところで素早く峰を掴むと、背もたれの向こうで立ち尽くしている

ボディ−ガ−ドの方へと差し出した。ボディ−ガ−ドは受け取ろうとするが、その焦点は定まらない。

『 ヘイ?!』

が、自らの手から血が滴っているのを見て、悪態を付くと同時にナイフとの違いを思い知った。行き先を彷徨ったドスは、

若狭が受け取った。

『 ったく、どいつもこいつも・・・親っさん、大丈夫ですかい 』

涼子からレイコを受け取った京介は、その額の髪を払うと黙って顎を当てた。

 『 お嬢・・・面目ねぇ! 化けもん相手に俺達ゃ、何の役にも立たねぇ・・・』

篠田は、テ−ブルに両手を付いた。

『 みんな、大丈夫? オジさん、頭を上げて。アタシだってね、こんな相手は初めてよ。で、いよいよムカついて来たとこ!』

名うての極道達も、正体不明の敵を前に勝手が違い過ぎた。ただ、一つ言える事はこの先、篠田がどう呼ぼうがもう誰も、

涼子を ” お嬢さん ” などとは思わないであろう事だ。男の中の男達の渦中にあって、冷静に対処したただひとりの ” 女 ”。

コアな業界限定ではあるが又一つ、涼子の伝説が出来上がっていった。

 

 『 ” ビル風 ” です。少し揺れますよ!』

小刻みに舵を修正しながら、辻がイン・カムに叫んだ。

『 ハイ・・ハイ、わかりました。間もなく帰庁します 』

腹を据えた小島は、洗いざらいを長官の佐伯に報告した。涼子の出自など百も承知の佐伯は、小島達の行動を咎めはしなかった。

涼子のずば抜けた ” 警察力 ” の影には、それら裏社会の力が時に尽力している事も含めて。むしろ期待している、とも言えるだろう。

故の ” 特務課 ”、なのであった。階級と権限を与える代わりに、明日の命の保証もない。

 『 ” 国家非常事態宣言 ” は、出ないそうだ 』

最後の情報を、小島は皆に伝えた。

『 そう・・。微妙な時期ですもんね。政府も、迂闊な事は言えない訳だ 』

涼子が自虐的に笑う。

『 そ! 野党が相当、食って掛かったみたいだが官邸は、” 首都の基幹機能の無事 ” をアピ−ルしたかったんだと 』

大部分の平和ボケした日本国民は忘れているが、すぐ隣には ” 新興の仇敵 ” が手ぐすね引いて待ちかまえている。北も南もだ。

小競り合いはしょっ中起こるクセに、それが紛争にまで発展しないのは奇跡的な事だ。これも、米国の楯の成せる技か。

しかしその米国は、肝心な時には手助けしてくれないのであるが。

 『 マックスぅ・・お前さん、どうするんだい?このまま庁舎のヘリポ−トまで行くのかい 』

小島は、ぼんやりと機外を眺めているマックスに言った。立場上、行ける訳がなかった。

『 あそこでナイフが来るか・・・イエァっ、あァ・・・・隊長っ、ここで降りるヨ 』

『 お、” 降りる ” ったって、着陸にはね許可がっ・・・今更、何を言ってんですか!?』

辻は慌てた。

『 辻隊長、これ借りるよ。大丈夫、コイツは訓練してるから。ホレっ持ってけ、マックス。CIA に貸しだ。お宅の長官にヨロシクな!』

小島は、非常用のパラシュ−トを掴むと、マックスに突きつけた。ブツブツと言いながらもマックスは、手際よく身につける。

『 サンキュ−!コジマ。でも、” 借り ” 違うよ。キミの、” 局 ” へのハッキング、これであの件がチャラだと進言しておくね 』

『 チッ、見抜いてやがったか・・・』

ジャケットのジップを引き上げたマックスは、ハッチをスライドさせると振り向いた。

『 それじゃあ、Mr. and Miss!See you!』

『 じゃ〜ね〜マックス。アンタの自慢の ” マグナム ” が無事で良かったわァァ!』

涼子の ” 労い ” も、ミズスマシの様に降下を始めたマックスの耳には届かなかった。京介は、額の横でサインを送った。

 『 そうそう、そっちのお二人さんにも伝言がある 』

小島は、既に視界から外れたマックスを見送っている京介に言った。

『 本庁に、細井家から迎えが来るそうだ 』

『・・・』

『 でな、そのお嬢さんの気が付いたら、伝えてほしい。親父さんがな、秘書と一緒に消息を絶ったらしい 』

『 え?』

京介は、レイコの額に顎を落とした。

『 あら・・まァ・・・ホント? コジさん 』

『 ああ、一難去って何とやら、だよ 』

事後処理をどうするかに忙殺され、小島のメモリ−はパンク寸前だった。

- つづく -


Vol.40

2008/ 4/12 UP!

 

 『 レイコ?・・・』

京介の呼び掛けを無視しレイコはゆっくりと身を起こすと、瞳を白く濁したまま周囲を見回した。特に、ソファ−に着いている

者達に対しては、一人ひとりの顔を睥睨した。マックスは又、ジャケットに戻した手で送信を開始する。

『 お嬢・・・こちら、気が付かれた・・・んですかい?』

言葉とは裏腹に、篠田の腰は引けていた。涼子はじっと、レイコを見つめている。レイコの顔は、涼子に向き直った所で

ピタリと止まった。口を開く。聞こえたのは、先ほどまでの本人の声とは似ても似付かぬ嗄れ声だった。

[ クククッ・・・ここにも龍がいる・・・ ]

気圧されぬ様、涼子は視線を逸らさなかった。

『・・・そこは笑うところじゃないでしょ・・・アンタ、誰よ?』

皆は、固唾をのんで二人を見つめている。応接室に詰めている若い衆の一人が、

意味不明なわめき声を上げながら飛び出して行く。

『 や、野郎は破門だ。分かったな!』

若狭は舎弟の一人にそう告げたが、皆が皆、そうしたい気持ちは同じなのである。映画の中でしか見た事のないオカルトの世界が今、

現実に目の前に展開されていた。

 屋上のヘリポ−トでは飛行隊長の辻が、抜き差しならない状況に四苦八苦していた。

『 はっ、長官、ですからそのぉ・・・』

応答の声の大きさに辻は、無線機を耳から離して顔をしかめた。隣の若い衆は同情し、そんな辻の肩を叩くのだった。

『 も〜ダメだ。本庁での俺の立場もヤバイ! なあ、皆が居る所まで案内してくれるか?』

『 あいよっ! 相当、ヤバそうだな・・』

すっかり意気投合した二人は、若い衆の先導でヘリポ−トを後にした。

 応接室の前に来ると若い衆は、ドアの前のボディ−ガ−ド達に目配せする。その開かれた間を二人は、ドアへと向かった。

辻は立場上、警察官らしく彼等に一瞥をくれる。そんな辻に対し、不敵に笑う彼等の顔が必要以上に強張っているのを、不審に思った。

『 失礼します、親っさん!こちらのサツのダンナが・・・』

『 失礼! 警視、室長っ、いよいよ長官が・・・ 』

室内の光景に辻は、若い衆に続いて言葉を失った。

 白い瞳のレイコと、受けて立つ涼子が対峙している。髪が僅かに逆立ったレイコはゆらゆらと揺れながら、薄ら笑いを浮かべていた。

[ ワタシは、龍が欲しい・・・その全てを喰ろうてやる・・・そしてひとつとなる時、万物がワレに跪くのだ ]

間の京介とマックスは、身動きが取れず固まっている。ポケットの中のマックスの手は最早、動いてはいなかった。

『 フッ、変態の親玉の言いそうな事ね・・・アンタらにはね、動物園がお似合いよっ 』

『 まずいぞぉ・・下がれ下がれ、下がれって!』

涼子の拳が握られたのを見た小島は、潜めた声を振り絞り周囲を促した。唇から煙草を垂らしたまま惚けた様になっている篠田を、

若狭は必死になって背後へ押しだそうとしている。その時だ。揺らいでいたレイコの右手が、強力な磁石に吸い付けられた様に閃いた。

重力など関係ないが如く、もの凄いスピ−ドだった。第一打を涼子は、スゥエ−でかわした。かわされたレイコの右手はそのまま流れ、

背後で硬直している篠田のボディ−ガ−ドの懐へと入り込んだ。ドスだけを引き抜いた右手は、返す刀で涼子に襲いかかった。

これらは、一瞬の出来事だった。ドスを抜かれたボディ−ガ−ド自身、その事実に気が付いていない。第一打が実はフェイントである事を

含め、全てを見切っているのは涼子だけだった。レイコは、狙いすら定めていない。

 太刀となった第二打を涼子は、目前で受け止めた。切っ先が、涼子の睫の数本をカットする。

レイコの右手を逆手に捻り上げ、ドスを落とした。次の瞬間、その掴んだ右手を思い切り引き寄せる。身が泳いだレイコは、涼子に

引き寄せられた。

『 はあぁっ!』

斜に構えてレイコをかわし、残る左手でその延髄に手刀を当てる。呻いたレイコは、完全に気を失った。落ちて来たドスが股間の

ソファ−に突き刺さったマックスは、不覚にも京介の手を握りしめていた。

- つづく -


Vol.39

2008/ 2/10 UP!

 

 『 皆、父を ” フィクサ− ” などと呼んで蔑むけどそりゃ・・・過去には闇社会と深く関わる事もあった。

でも今は、政治の力でこの国に貢献しようとしているのよ・・・』

レイコはそう言いながら、テ−ブルの周囲を見回した。首都を境に、以西を占める日本最大の広域指定暴力団

と鎬を削っている石龍一門である。そのライバルの親玉でもある細井の話を、娘であるレイコの口から聞く。

このシュ−ル過ぎる展開に、普段は強面の男達も身の置き所がなかった。眉を吊り上げたままソッポを向いたり、

指先の手入れを始めたりする。頭の若狭が研ぎあげた爪を掲げたの見て篠田は、扇子でその手をピシャリと

やった。

『 オラっ・・・お嬢のお客さんがお話ししてるんだ。ちゃんと聴けいっ 』

『 ・・・へいっ 』

若狭は仕方なく向き直った。大袈裟に首を回して、凝りを解す。

『 ” お客 ” って訳じゃないんだけどっさ!ま、乗りかかった船っつうかねぇ・・・ねぇ?』

茶化す振りをしているが涼子は、一連の事件の核心部分をこのレイコが握っていると見ていた。” 関わりが深い ”、

と言うレベルではなくこの女が、” 核心そのもの ” である気がしてならなかった。

 『 確かに・・・こちらのお父上は、大活躍でらっしゃいますよ。あっし等もうかうかしてられねぇんでさ、お嬢 』

涼子の手前、篠田はギリギリの線で愚痴る。

『 まま、オジさん。相手が相当、胡散臭い連中だ、って事は理解出来たわよ。でもね、それにしてもやる事のスケ−ルが

大き過ぎるのよ。どこにそんな・・・どんなカラクリがある訳よ?』

問われて涼子を見つめるレイコの瞳が、俄に熱を帯びた。額に汗が滲み、心なしか体が揺れている。

『 ねっ・・・大丈夫?』

水を一口含むと、レイコは続けた。無言の京介は、その背中をさすった。

『 ええ、気にしないで。・・・私の前身、大陸時代の事はもう、知っているわよね?』

言われて涼子は、小島を見る。

『 ああ、警察・公安・内閣情報室と、周知の事実だよ。ただ、アンタのお父上の関係もあって、極秘事項で公に出来ねぇんだ 』

小島は憮然として答えた。

『 そっ。現役の時、捜査の過程で色んな情報を耳にした。” マイクロ・ジェネレ−タ ” って、知ってる?』

『 なんか、” 電子レンジ ” のお化けみたいのでしょ?』

そんなものはフィクションの世界だけだと思っている涼子にとって、それが精一杯の解釈だ。

『 そうね、フフフ・・・。強烈な電磁波を照射して、液体を加熱させるの。地下水脈でそれをやれば、地殻変動を起こす可能性もある 』

[ ブッ!]

聞き入っていた若狭は、コ−ヒ−を吹き出した。篠田も、アングリであった。

『 じゃ地震は、その ” マイマイ・・なんとか ” 、って機械のせいなんですかいっ?』

『 オジさん、 ” マイクロ ” よ。で、そんなの実在するの?』

更に汗を滲ませたレイコはやや、間をおいた。

『 可能性の話。テロの捜査過程だったけれど、ついにしっぽを掴む事は出来なかった 』

『 とんでもねぇ奴らなんですねお嬢、アタシ等が相手にしてんのは 』

『 わたし達だけじゃないわよ、オジさん。東京・・・いいえ、日本中が、化け物どもの驚異に晒されいる、ってわけ!』

『 私の力をもってしても、猿の手がかりは・・掴めなかった。いつも寸前まで行ったけど・・・どうしても・・・・』

『 もう、休んだ方がいい 』

明らかに様子がおかしいレイコを、京介は背もたれに寄りかからせる。レイコは、グッタリと脱力した。

気力を振り絞り、涼子を見て言った。

『 なにも・・・海を渡って来た連中だけが ” 猿 ” じゃない・・・・・のよ? 』

涼子は腕を組み、じっと考え込んだ。

 

 応接室のドアがノックされた。

『 親っさん、ちょっと・・・その、お電話です 』

『 バカヤロ、” 会長 ” と呼べ、会長と 』

篠田が中座したのを見て涼子は、隣でジャケットに両の手を突っ込んで ” 眠りこけて ” いるマックスを小突いた。

『 ちょっとアンタ!” 報告 ” は順調に行ったわけ?』

マックスはおもむろに目を開けると、ジャケットから右手を抜いた。握った拳をゆっくりと開いて見せると、悪戯っぽく笑った。

その、握られていた超小型のジョイ・スティック付き発信器を見た涼子は、鼻で笑う。

『 野郎っ・・・』

若狭は気色ばむ。仕草とは裏腹に鋭い眼光を若狭に据えたまま、マックスが口開いた。

『 ワカッタ? さっすがリョウコ!』

若狭の拳に、力が入った。

 『 分かるわよ。CIAが、こんな所に手ぶらで入り込む訳ないじゃない。カタカタカタ、細かく動いて、忙しないったらありゃしない!

頭っ、堪忍してやって。これでも ” 助っ人 ” なの 』

涼子が取り繕う。

『 こんなカクシン情報、手にはいると思わなかったヨ。ヘイ、ミスタ−!済マンね。ボクにも、” 組織のロジック ” がアルのさ 』

『 ロジックだかマジックだか知るか、ボケぇっ! だったら何でぇ、” 情報を提供してくれ ”って、最初に言わねぇんだっ、テメぇっ!』

立ち上がった若狭を、涼子は制した。マックスは身を乗り出す。

『 マックス!頭・・若狭さんの言うとおりよ。お互い属している組織は違うけど、場合が場合でしょ? 協調しなかったら

この戦い、負けるかも知れないのよ。それに、日本の極道を甘く見ない方がいい。周りを見てご覧なさい 』

マックスは、気だるそうに周囲を見回した。涼子以外の周囲を囲んだ ” 兵隊 ” は皆、上着越しに懐や腰のベルトに手を

差し込んでいる。

『 アンタが立ち上がった瞬間、周りから一斉にドスが降って来るわよ 』

『 フッ・・んなコト 』

マックスのト−ンが下がる。

『 欧米の腰抜け組織と同じだと思ったら、大間違いよ? 彼等が突っ込む時は、” 捨て身 ”。戦い勝って、生きて帰ろうなんて

思ってないの。刺し違える覚悟で、アンタに突っ込んで行くわ。いくら百戦錬磨のアンタでも、これだけの極道に一斉に

突っ込まれたら、生き残る確率はかな〜り、低いんじゃあないかしらね? これ、日本の ” 裏社会のロジック ”。All right?』

『 ウォウ、ウォウ、ウォウ・・・ソ−リ−!イェアッ!』

マックスは肩を竦めて見せた。兵隊の一人ひとりに、笑顔を向ける。変わり身の早さは、全米いちだ。

『 お嬢さん、代弁、恐れ入ってござんす 』

溜飲を下げた若狭は、腰を下ろした。

 その時、ノックも無くドアが勢いよく開かれた。

『 お嬢、大変だっ・・・って、何をやってんだ、テメぇら!』

部屋の殺気を感じ取った篠田は、若狭を見た。若狭は頭を掻く。

『 いいのよ、オジさん。もう済んだわ 』

『 ったく、お前ぇらときた日にゃ・・・あ、そうだっお嬢っ、そちらのお父上が大変らしいですぜ!』

『 細井 勇蔵が、どうかしたの?』

『 ヘイ、” 浜 ” の方の組から連絡で、” チャイナの商工会 ” が、何者かに襲われたらしいですぜ 』

『 ” 商工会 ”、って言ったら・・・』

『 ヘイ、第二チャイナ・タウンの商工会議所って言やぁお嬢、大陸系組織の根城でさぁ!』

『 おいっ、レイコ・・・しっかりしろっ!』

京介に揺り動かされたレイコは、ゆっくりと瞼を開けた。が、その目は完全に裏返り、白く彷徨っているのだった。

- つづく -


Vol.38

2008/ 1/19 UP!

 

 『 先生?・・・ 』

細井の顔を覗き込んだ小田切は、尚も声を掛ける。虚空を睨んでいた細井の充血した目は、やがて伏せられた。

『 ” テロ ” とか ” 血の継承 ” とか一体っ・・・』

小田切は、偶然が積み重なったかの様な一連の出来事をさも、必然の如く話す細井と宋の顔を交互に見比べた。

隆は眉一つ動かさない。

『 取り乱しちゃいかんよ、小田切 君。大人に失礼だ・・・いや、取り乱したのは私の方が先か、な・・・』

部屋の隅にあるインタ−フォンが鳴った。隆は二言・三言交わすと、宋に耳打ちする。

『 先生、ちょっと小用で失礼しますよ。なに、すぐに戻ります。美味しいお茶でも用意させましょう。その方が落ち着く 』

立ち上がりながら小田切を見た宋は、屈託無く笑った。気まずい小田切は、黙って頭を下げるしかなかった。

 二人が部屋を出ていくと、細井は切り出した。

『 私の大陸時代の事は、君も少しは聞いた事があるだろう?』

『 ハイ・・・いいえっ!』

『 ハハハ、気にする事はない。別に、ひた隠しにしている訳じゃあないんだ 』

『・・・』

『 ” 二つの国家 ”、問題があるね?』

『 ハイ、米も最近は大陸寄りで、” それまでの支援は何だったのか ” 、との非難を浴びています 』

小田切は言った。

『 そう、自らを窮地に追い込んだな。連中の浅はかさが、争いを更にややこしくする・・・それはさておき、

分裂した直接の原因は戦争だが、根本はもっと古い 』

『 例の、” 始皇帝 ” ですか?』

『 それが本当かどうかは、今では誰にも分からんよ。だが、違うとも言い切れん。それが、伝説と言うものだ 』

 猿党は常に、時の皇帝を庇護してきた。

表の政治と粛正、それら両面から権力を支えてきたのである。それらを歴代二人の頭領が、各々血の継承を以て、

連綿と繋いできたのである。

『 皇帝の時代が終わりそして、大戦だ 』

『 その時・・奴らは何をしていたんですか? 大戦では、我が国・・・すみません・・・日本人に蹂躙されている 』

『 そりゃあ、暗躍していたさ、しっかりとね 』

『 でも・・・』

『 今の大陸を見たまえよ。未曾有の好景気の沸き、名実ともに ” 大国 ” の仲間入りだ 』

『 え!そ、それでは・・・』

『 それが、猿党のやり方なんだ。民衆には、” 歴史 ” の流れ、としか思えん 』

『 そんなこと・・・』

 大陸にも、まがりなりにも政府らしきものが出来はじめると今度は、手段を選ばず工作する ” 陰の組織 ” は邪魔になった。

粛正と分裂が続く中、架橋に紛れた猿党は、世界中に散らばって行ったのである。ありとあらゆる街・団体・組織・に潜り込み、

歴史の陰でじっと、息を潜めているのだ。国際社会の裏側を知る細井 等も又、その末裔の一人であった。

架橋の年老いた者達の間では、今でも囁かれている言葉がある。

[ ” 猿 ” を見たなら、家族を捨ててでも逃げろ。何故なら、その時にはもう、愛する家族はこの世にいない ]

 

 『 ” 行政府 ” が今更、私に何の用があると言うんだね 』

部屋を出ると宋は、隆に訊ねた。隆は怪訝そうに首を振る。廊下を突き当たりで左に折れ、事務室の重厚な扉を隆が開いた。

 秘書の一人が、受話器を差し出していた。部屋に踏み込んだ宋は、異様な ” 違和感 ” を感じ取った。いつもと同じ部屋なのに、

何かが違っていた。その理由が、宋には分からない。

『 行政府からだってね?』

受話器を受け取ろうした瞬間、震える秘書の手を見て宋は確信した。

[ そんなはずは・・ない・・・]

部屋の一部が、西陽に照らされた壁が不気味に歪んだ。そのおぞましい ” 何か” は次第に輪郭を成し、更に隆起して来る。

宋は隆を見た。あの隆も、動けずにいた。受話器を落とした秘書が、ヘナヘナとその場に崩れ込んだ。最早、疑いようのない

危機の真っ直中で宋は、隆の防衛本能さえも欺く敵の事を考えいた。今や二つの、ハッキリとした人型を成した ” それ ” の

背後で、何かが裂ける音がした。壁紙が千切れ飛び、体にピタリと張りついた黒ス−ツの二人の男が現れた。剃髪した白い

頭とのコントラストが一層、不気味さに拍車を掛けている。

『 悪魔め・・・とうとうここまでも 』

悪魔の一人が言った。

『 ” 大人 ”、ですね?』

『 隆っ!』

二人を凝視しまま、宋は叫ぶ。ヘタリ込んだ秘書は、完全に意識を失っていた。

『 隆なら心配いりませんよ。別に、口が利けなくなった訳じゃあない。ククク・・・』

『 隆っ、何をし・・・』

言いかけたその時、宋の喉元に冷やりとした刃が触れた。ハッとした宋は、壁に飾ってある商工会からの表彰状の額を見た。

映っているのは、いつの間にか音もなく背後に忍び寄った隆が、右手のスリングから抜き取った錘刀を宋の喉元に

当てている姿だった。

『 どうして・・・お前が・・・』

隆は不敵に笑った。

『 大人、長らくお世話になりました 』

最後の、一番、不気味な冷気を漂わせた悪魔が言う。

『 あの男は、もらって行くよ、宗仁 修 ” 大人 ”?

その地獄から響くかの様な声は、一言一言が腐臭を放っていた。

- つづく -


Vol.37

2007/ 9/17 UP!

 

 『 ” 先生 ”、そろそろお見えになる頃だと思ってましたよ 』

皆に ” 大人 ” と呼ばれ崇拝される宗 仁 修は、名実共にここ第二チャイナ・タウンの名士である。が、それは

表の顔で、地域一帯の全てを仕切っているドンであった。畏敬の念よりも不気味さが勝るのは、街が出来た

時は既に ” 名士であった ” 、という事実もあるだろう。マスコミは元より、裏家業の連中もその背景には

触れたがらない。

 通された応接室はまるで、禅道場の様な作りであった。

『 ” センセイ ”、なんて止めて下さいよ。大人にそんな呼ばれ方されたら、こそばゆくて仕方がない 』

細井は謙遜する。リラックスした中でも、目だけは笑っていなかった。ダ−ク・ブル−のスラックスに糊の利いた

白いシャツの袖口をきちんと締めた宗は、コンダクタ−の様に優雅な身振りで細井に煙草を勧めた。

『 じゃ、一服・・・』

細身のシガ−を取ると、細井は小田切の差し出したダンヒルに顔を近づけた。

 『 今日、お邪魔したのは他でもありません。一連の・・』

『 ” 猿党 ” の動き、ですかな?』

細井を遮った宗は、背後の ” 秘書 ” を振り返り、苛立たしそうに指を鳴らした。小田切も気になっていたが、

これだけの大物のボディ−ガ−ドが、たった一人の秘書だけである。しかし、それが ” ただの秘書 ” では

ないことは、小田切にも分かるの。壁際の椅子に腰掛けながら何かを手帖に記しているにも拘わらず、その

” 視線 ” は一時足らずとも細井達両名から逸らされる事がない。説明はつかないが、自分と反対側の遠くに

居るその男に小田切は、背後からナイフの刃を喉元に当てられている様な気がしてならなかった。それは、

細井も同感であろう。細井は、目を細めて煙草を燻らせていた。

『 さあ・・隆( りゅう )?、お客様に失礼だぞ・・。こちらの方々は、言ってみれば我らと ” 運命共同体 ” であるぞ 』

 宗に諭され、隆はゆっくりと立ち上がった。深々と一礼すると音もなく、皆が居るテ−ブルへと近づいて来る。

その、滑り漂うが如く近づく様を見た小田切は、確信した。全身に鳥肌が立つ。

[ 間違いない。この男は、我々が不自然な動きに移るその瞬間にはどちらか・・否、両名の喉を掻き切る!]

宗の脇に立った隆は、静かに上着を脱いだ。その上半身はさながら、” 殺人刀の展示場 ” だ。ホルスタ−

に包まれた鞘には、青光する錐刀が整然と並んでいる。上腕に巻かれたそれも、同様だ。隆は、両の手首に

巻かれた長い手っ甲の様な物を互いに内側に向けると、それを勢いよく叩き合わせた。

[ ガシャッ!]、という金属音と同時に、緩やかな弧を描く刃が肘の外側へと飛び出した。しかし、その中で最も

恐ろしいのは、それらを縦横に操るであろう隆の肉体そのものだ。ホルスタ−下のシャツ、その更に下には、

鞭の様に締まった体がある事が容易にイメ−ジ出来た。

 

 『 じれったいわねぇ・・・』

益々、機嫌が悪くなった涼子からマックスは、半身をずらした。

『 で、その ” 宗さん ” ってのが、アナタのパパの ” 大陸時代の盟友だった ”、ってのは分かったわよ!で・・』

『 まま・・お嬢、聞きやしょう 』

篠田は両者の顔色を見比べながら、血圧を下げようと必死だった。

『 あらアナタ、もしかしたら生理? この話は、長いのよ 』

レイコは言うと、涼子の胸の内を見透かそうと注視する。涼子は慌てて、胸の前で両手の指を交差させ十字を作った。

『 効かないだろ?それ・・・』

口を挟んだマックスは又、目の前に ” ☆々 ” を見る事となった。

『 君もな、黙ってた方が身のためだぞ?』

開き直った小島は、ソファに胡座をかきながらマックスを見た。

 中座した篠田が戻ると、涼子は言った。

『 ねぇおじさん、” 始皇帝 ” の時代から続く暗殺部隊なんて、信じられる?』

レイコの話しを反芻する。

『 いいえ! もうとっくに、あたし等の範疇は超えてまさぁ!!』

レイコは続けた。

『 元は、歴代の皇帝を守る、と言う大儀があったもののいつしか、自分達の持つ強大な力に目覚めたのよ 』

『 映画みたぁい・・・』

涼子が茶化す。

『 あのねお巡りさん、これは ” 現実 ” なの。聞く気があるならもう少し、話してあげるけど?』

『 そうね、” お嬢ちゃん ”、お続けになって!』

歳も近い二人は、言葉とは裏腹に互いの立場を忘れ啀み合った。

 

 外部の喧噪が嘘の様に静まり返ったその空間では、宗の話しが続いていた。

全ての武器を身から外しテ−ブルの上に置いた隆にはもう、微塵の殺気も漂ってはいない。

ただ、最も強力な武器であるその肉体を前にして、小田切は気が抜けなかった。

隆は二人に向かって頭を垂れると又、静かに壁際へと戻って行った。細井は苦笑いしながら、首を振る。

 とうに全てが灰になった煙草を持ったまま、細井は宗の話しに聞き入っていた。

『 じゃ・・・奴ら猿党は、組織の ” 血の継承 ” の為、今回の事件の数々を起こしている、と?』

フィルタ−を握り潰す。

『 私はそう、睨んでいます。その為には、攪乱にテロ行為を起こす事など、奴らにはほんの余興です 』

それを聞いた細井の顔色は、みるみる内に青ざめていった。

『 お嬢さんの事が・・・心配なのですね?』

宗は、細井を覗き込んだ。

『 先生、それは一体・・・どういうことなんです・・・』

蒼かった細井の顔に赤みが差し、やがて紅蓮の如く燃え上がっていった。

- つづく -


Vol.36

2007/ 5/26 UP!

 

 小田切は細井に言われるまま、ダ−トの競技場の様になり果てた ” 第二 ” チャイナ・タウンへとHUMMER H1

滑り込ませた。瓦礫に混じって、住人達が飛び回っている。災害下であっても、人々のバイタリティ−は凄まじい。

動かす腕の倍くらいのスピ−ドで、広東語が飛び交っている。

 それら調和の取れた喧噪がつかの間止まり人々は、余りにも周囲の有様にマッチした細井達の HUMMER を見上げた。

男が、落下して店先のショウ・ウィンド−を台無しにした看板をどかす手を止め、隣に居るコックの方を見た。コックは、

” 見ぬ振り ” をしろ、と目配せした。すわ救援物資の到着か、と駆け寄る女も、踵を返した。そんな感じでその街の人々は、

非常時にも拘わらず見事なチ−ムワ−クで細井 達を無視したのである。次に細井が示した ” 元 ” 商工会議所の角を

曲がった奥に、現代では信じられない程古びたその寺院はあった。古びてはいるが、周囲の町並みの崩落具合とは

うって変わり、寺院は何事もなかったかの様に佇んでいた。

 

 石龍興業ビルのヘリポ−トでは、涼子達一行を送り届けた機が羽を休めていた。

待機する飛行警ら隊長の辻は、この後の処理を、言い訳を考えて気が滅入っていた。イライラの挙げ句、禁煙の誓いを

破り、ガス弾速射砲の弾倉に封印した煙草を取り出した。

『 オイっ貴様、それに触るんじゃあないっ!』

見張りに立たされた石龍の若い衆は、機底から吊り下がったスズメ蜂の巣の様なナイト・ヴィジョンを珍しがった。

『 ヘヘ・・そうカッカしなさんな。” 見張り同士 ”、仲良くやろうやダンナ!』

『 貴様に、” ダンナ ” 呼ばわりされる覚えはっない!』

 陽が大きく傾いたヘリポ−ト。若い衆が差し出すライタ−により辻が吸い殻の山を築いていた。

2 時間の経過までは覚えていたが、それ以降は時計を見るのも後処理の事も考えるのをやめた。

吸い口に顔を近づけるがふと、自らが作った吸い殻の山を見てギョッとし、若い衆が玩ぶ DUNHILL のライタ−を

取り上げた。改めてシゲシゲと眺め回し、着火してみる。

『 何処でこんなの手に入れたんだ?』

『 へへ、兄貴達やオヤッさんに差し出すよう組、いや、” 社 ” から支給されたんだよ 』

『 ” 支給 ” ?』

辻は素っ頓狂な声を上げ、頭を垂れた灰が落ちた。

『 そうさ、ウチはいい組・・・もういいや、今や絶滅し掛かっている、伝統ある侠客なんだぜ、コレでも!』

若い衆は、上着の上に出したラメ入りシャツの襟を張った。

 『 そっちは?』

『 俺が・・なんだ?』

『 いやさ、” 隊長さん ” なんだったらさぞかし、署でもブイブイ言わせてんじゃねぇのかい?』

『 公務員だぞ、俺ぁ!仕事だよ、シ・ゴ・ト。一兵卒、に過ぎん 』

『 へぇぇ・・じゃあ・・ 』

『 手取り 32 万に、超過勤務手当。上司に差し出すライタ−なんぞの支給も無ければ、命の保証も無いっ!』

若い衆の素朴な問いが可笑しくて、後になって辻は笑い出した。

『 じゃあさ、ウチに来なよ!” サツの飛行隊 ” 出身の腕利きのダンナならさ、オヤッさんも大歓迎だぜ、きっと!!』

煙草を探った辻は、最後の一本を丸ごと灰にした事を悔やんだ。若い衆の差し出す KENT を、躊躇いながら摘んだ。

『 話は最後まで聞け。余計なもんの支給も命の保証も無いけどな、俺はこの仕事が好きだし、誇りを持ってるんだ 』

『 ・・・ 』

『 ” 命がけ ” はお前等も同じなんだろうが、俺は市民の為に捧げてるんだ。オイ、笑っていいぞ?』

『 いや、可笑しかねぇよ。” さすが ”、だよ。ウチの林野庁出身のパイロットたぁ、偉ぇ違いだぜ 』

『 そうなのか?』

『 ああ・・・野郎、小遣い欲しさに、写真週刊誌に飛行スケジュ−ル流しやがったんだ!” 空飛ぶ組長 ” だと!!』

『 ・・・ 』

『 ヤキ、入れてやったよ 』

若い衆の横顔に蔭が差す。

『 アレか? 神田の交差点にクルマから放り出された、両手の指の無い ” 元職員 ” ってのは 』

『 ハハ!・・・しょっ引くかい?』

『 ・・・いや、どこで何やっていようが、” クズ ” は駄目だ・・・。来いっ!ナイト・ヴィジョン、見せてやる 』

二人は腰を上げた。

『 凄いぞ、コイツは。俺はこれで任務中、偶然にも浮気の逢い引き中の女房を見つけたんだ・・・』

『 ほっ・・・ホントに何でも見えんだな?、凄ぇや。・・・・に、しても長ぇよな 』

若い衆は、手首の内側にオイスタ−を向けたロ−レックスに目をやる。

辻も同感だった。

 

 石龍ビルの応接室では、面々を前に会長の篠田が切り出そうとしていた。

背後には、幹部達が不動の姿勢で立つ。銃器を剥き出しで身に着けているとは言え、涼子達の背後に回らないのは

せめてもの礼儀であった。

 『 さて、どこから始めましょうかね・・・』

篠田は憔悴していた。

『 おじさん、腹の探り合いはナシにして頂戴よ?』

腋のデザ−トイ−グルをホルスタ−ごと外し、涼子は言った。大きく脚を組み替える。背後の幹部達は、固唾をのんだ。

『 お嬢を前に、探り合いなんてする気ぁありませんよ。サツだ極道だ、って言ってる場合じゃねぇって事も分かっておりやす 』

『 んんもう、歯切れが悪いわねぇ・・・なに?』

『 いや、そちらのお嬢さんが・・・』

細井はレイコに目をやった。

『 彼女が、なに?・・・』

顔を上げたレイコは、涼子に微笑みを返した。

『 そちらのお父上が今、” あのお方 ” にお会いになってますね? チャイナ・タウン、” 第二 ” の方で 』

『 ・・・ 』

『 ちょぉっとアナタ、その得意のナントカで、色々と察知してるんじゃないでしょうね!』

片眉を吊り上げた涼子の背に、マックスが腕を回す。耳元へ顔を近づけた瞬間、涼子は側頭部をその鼻先に叩き付けた。

切れた唇と鼻から血を滴らせたマックスは ” ヘイ!”、と幹部の1人を呼んだ。持って来させたティッシュを傷口にあてがい、

” 続けろ ”、と篠田を促した。怒った涼子には、近づくものではない。

 『 いえね、ウチの間諜から連絡があっただけです。” 情報源 ” が同じじゃあ、アタシに出番は無ぇ、そう勘ぐっただけですよ。

兄さん、とんだとばっちり喰わせちまったね 』

マックスは笑いながら指で、篠田を弾く真似をする。幹部連は露骨に、顔をしかめて見せた。

『 宗 大人、チャイナ・タウンの首領 ( ドン ) よ。父とは、旧知の仲なの。何でも知っているし、出来ないことは無い!。

私も、アジトが何処かは知らないの。悟られる様な人物ではないわ・・・ 』

『 で、その ” 宗さん ”って何者なのよ 』

レイコがコ−ヒ−で口を湿らす間ももどかしく、涼子が尋ねた。小島を見るが、天井を見上げて首を振った。

さすがの情報屋も、形無しだ。

皆がレイコ見つめていた。

- つづく -


Vol.35

2007/ 1/ 4 UP!

 

 ロ−タ−の排気音とその高周波が、機内の異様なテンションを緩和させていた。

肉声では伝わらないので、小島はイン・カムに手をやるが、スグに馬鹿々しくなって止めた。面子の多様さに呆れた、

というのもある。同業の特務警察官、CIA 職員、日本を牛耳るフィクサ−の娘とその用心棒。普通ならそれだけで十分

ドラマ性のあるシチュエ−ションだ。ラダ−でのヘリ搭乗も、脚立で棚の荷物でも取る様にこなしてしまう面々であった。

 労いの言葉など、不要であろう。

眼下を見下ろしたり肩を叩き合って話している様を見ればそれは、異常や怪我は無い事を表しているのだ。

小島の当面の悩みは一つ。どう本部と、ヘリを操縦する飛行隊長を騙くらかして目的地へ向かうか、であった。

機に飛び乗りながら、涼子は言った。

[ コジさん、碑文谷町の ” 石龍ビル ” にやってもらえませんか? オ・ネ・ガ・イ〜っ、室長!]

『 ったくよぉ・・・なぁにが ” 室長 ” だよ、こんな時だけ! さぁて、ど〜やって誤魔化すか・・・だな 』

『 ワット? コジマ、何をゴマする?』

機に装備されているミネラル・ウォ−タ−をあおりながら、マックスが間の抜けた問いをした。” 間抜け ” を装う

フランクな男だが、そこからは想像も出来ない経歴と実績を上げている事を、小島は知っている。

『 うるせぇ!ワットも ” アンペア ” もねぇんだよっ!! これを誤魔化さずに何をごまか・・・嗚呼ぁぁぁっ!!!』

マックスは肩をすくめ、涼子はウィンクを返した。

 警視庁舎が視界に入ると、全て承知の飛行隊長は咳払いをし、小島を横目で見た。

眉を軽く吊り上げ、[ 本当に、涼子の言う先に向かうのか? ]、と問うた。小島は虚空を見つめ、忙しなく指を

ドラミングさせながら思考を逡巡させている。無線が入った。

[ 警視庁航空隊ヘリ 3 号、応答せよ・・・応答せよ、どうぞ ]

今度は目を見開いた隊長は、イン・カムを手で押さえ小島を促した。小島は眉を寄せ、隊長を見た。

『 ああ・・・こちらヘリ 3 号、通信の状況が芳しくない、どうぞ・・・』

[ 隊長、長官より ” 状況を知らせよ ” 、とのことですが、どうぞ ]

ブツブツと呟く小島を、隊長は操縦席越しに手で突いた。

『 で、電波がだなぁ・・・その・・・』

[ こちらはすこぶるクリアですが、どう・・ ” ガスッ!” 貸し給えっ !]

本部のイン・カムに異変が起きた。

 [ 長谷川だが、小島室長は居るのかね?、どうぞ!]

『 ちょ、長官っ!』

声が裏返った隊長は、小島の膝頭をバシバシと叩き出した。

[ おぉ、クリアになった様だな、どうぞっ!!]

小島は窓外を見つめながら、 ” 独り言 ” をつぶやき出した。

「 ええぇ、帰投中・・・碑文谷町上空に於いて・・・ 」

『 こちらヘリ 3 号、き、帰投すべく碑文谷町上空を飛行中でありますが・・・』

[ それは分かっとる、先をどうぞ!]

「 ビルの屋上から、本機に向かい救助を求める被災者を発見・・・」

『 えぇ・・・ビルの屋上にですね? ひっ、被災者を発見致しました・・・どうぞ?』

小島は小刻みに震えながら頭を抱えた。最早、発作だ。続ける。

「 きゅ、急行したいが、どうか 」

『 一時、帰投を見合わせ救助に向かいたいと思いますが・・・』

[ 小島は居るんだね? どうぞ・・・]

『 あ、ハイ。長官の許可を待って居ります・・・どうぞ?』

[ 座席に余裕はあるのかね、どうぞ ]

『 ハイ、要請人員分は確保出来ます、どうぞ!』

[ 面々は皆、無事か?]

『 ハイっ!、あっ・・・・・どうぞ・・・』

皆が隊長を凝視する。” 面々とは誰それで、それで余裕があると言えるのか?”

隊長は、目を閉じた。

[ ハハハ・・・よし、いいだろう、救助活動を許可する ]

『 長官っ!』

[ 但しだ、” 警察官 ” としての分を忘れるなっ。且つ、状況を逐一報告せよ、いいな!]

『 ヘリ 3 号、了解!』

[ 特にな、あの ” お転婆の跳ねっ返り ” にはそう、伝えるんだぞ。以上っ、交信を終わる!]

涼子は、へたり込む小島の頬に口づけた。隊長には、” サム・アップ ” で返した。

- つづく -


Vol.34

2006/ 3/31 UP!

 

 地震パニックに襲われた高架橋にまた、激振が走った。

[ パン!パーン!] という連続した拳銃の発砲音の後、一台のトラックが頓挫した車列を蹴散らしながら激走していた。

そのすぐ後方からは、マックスの駆るトライアンフが闘牛さながらに雄叫びを上げ猛追している。

涼子をタンデムに、アクロバットを繰り広げていた。

 悲鳴をあげ、逃げ惑う人々。唖然として立ち竦むサラリーマン風の男。

血相を変え、走り出すタクシー運転手・・・。タクシーの上を飛び越え、立ち往生する車を蹴散らしたトラックが、

京介とレイコの眼前で障壁に激突した。大破したトラックからはトカレフを握ったスキンヘッドの大男が這い出し、

素早くフロントを回りこんで身を隠した。

『 な、なんだオイ・・・ 』

腰の後ろに戻したばかりのベレッタを、京介は早撃ち技のように抜き取った。レイコの長くしなやかな指が

その銃身に触れ、京介に耳打ちした。

『 京介、アレ〜っ!』

『ん?・・・あ〜っ、アイツ!!』

勢いづいたトライアンフはウイリーでリヤ・フェンダ−を路面に擦り付け急減速、赤い火花を散らしながら停車した。

 長い髪を左手で掻き揚げた女がヒラリと身をひるがえし、鮮やかに降り立つ。

その姿は、オスカルさまかジャンヌ・ダルクさま・・・・・、民衆達から ” おおっ〜 ” 、というどよめきの声が上がった。

『 はんっ!・・・変わってねぇわ、あのジャジャ馬が!』

アサルトライフルを背負った涼子の勇ましい姿を、京介は捉えた。

その時、視線の隅でトカレフの銃口が動いた。京介は一瞬の躊躇いもなく、シングルハンドでベレッタのトリガーを引く。

乾いた銃声が、首都高のフェンスに反響した。感嘆の声を上げたり又、屈み込んだり、ギャラリ−にはいい迷惑だ。

 『 リョウコ!』

トライアンフを投げ出したマックスが叫んだ。振り向いた涼子はどこ吹く風で、京介を指差すと柳眉を上げて叫んだ。

『 ちょっとアンタ、ご無沙汰じゃないっ! それよりねぇ?アタシの獲物になんてことするのよ!』

ふくらはぎを抑えた大男が顔を歪めて蹲ったまま、落としたトカレフを拾おうと手を伸ばした。が、見越した涼子のつま先が

蹴り上げる。ついで、スキンヘッドに撃鉄を振り下ろした。

[ グェッ!]

余りの衝撃に銃創から血しぶきを上げた男は、カエルのような声を上げて倒れ込んだ。

『 あぁ・・・えげつねぇのも変わってねぇや 』

呆れた京介は、レイコを振り返る。二人を見比べながら、レイコは興奮していた。

 『 ふん!このアタシを狙うなんてさ、100万年早いのよね!』

ジ−・クン・ド−の構えを解いた涼子は、立てた親指を首の前でスライドさせ、これでもかと地面に突き刺した。

肩を竦めたマックスが、微妙に涼子を避けながら京介に歩み寄る。暫し、対峙する。と、おもむろに後ろ回し蹴りを

放った。二人同時に、だ。腰の入った蹴りは角度・スピ−ド共、申し分ない。互いのテンプル極わずかの所で激しく

交差し、[ バスッ!] と鈍い音を立てた。

『 ハイッ!キョウスケ 』

『 よぉ、マックス・・・なんでこんな所にいるんだ? コレ、そっち絡みのヤマなのかい?』

『 トキョウに着いて、いきなりコレさ。ソレはこっちが聞きたいセリフだぜ 』

マックスは、嬉しそうに腕を突き出した。

 

 アメリカの特殊部隊で、共に訓練を受けた。不思議とウマが合った二人は、部隊の中で最高のコンビだった。

遊びも訓練も度肝を抜く派手な暴れっ振りに、白目を剥いた黒人教官はいつもバットを持って二人を追い掛けた。

その頃からマックスは道場で知り合った涼子にメロメロだったし、京介は街のチンピラ相手に毎晩のようにカーチェイスに

興じていた。京介が警察を辞めることになり現在に至るのも、そんな性格が災いしてなのかもしれない・・・。

 

 『 へん!お前まだ、涼子の追っ掛けやってんのか 』

腕をぶつけ合い、[ 元気そうだな!] と抱き合った二人の足元に、鼻血で顔を真っ赤に染めた大男が転がった。

[ パン!パン!]、手を払った涼子が 『 あらよっ!』、 とその大男の顔を飛び越えて言った。

『 京介!いろいろ派手にやってくれるじゃない? で、お嬢様、ご機嫌麗しゅう 』

新しい獲物を発見した悦びなのか、涼子の形のいいアーモンド型の眼が10カラットのダイヤのようにキラリと妖しく光った。

『 は、派手ってなぁ・・・今のお前に言われたかぁないよ!』

『 ア・ン・タのことはね、ぜーーーんぶ調べがついてんのよ!スピ−ド違反に一旦停止違反、傷害に銃刀法違反に

覚醒剤の隠匿!』

『 ぐっ・・・スピ−ド言うか?、スピ−ド・・・』

『 まだあるわよ?九龍の美人予言者を拉致!』

『 拉致?拉致ぃ〜!?九龍の美人予言者?』

『 そう! ボス猿が狙ってるアイドルよ 』

腕組みした涼子は、 [ ふふん ] と鼻を鳴らした。

『 それって、レイコのことか?』

京介が後ろを振り返った。

『 浅見 涼子さん、ね。いつも京介から聞いてます。・・・すべて、調査済みなのね?』

薔薇色の紅唇が、ゆっくりと開いた。

『 そっ!すべて調査済みなの。あ、アタシも一応、” 警察 ” なのよ。で、結構、調査権持ってる・わ・け。色々、調べていく

うちにど〜しても、アナタとアナタのお父様にぶつかるのよ、ど〜してっ?!』

レイコは、鈴の様に笑った。

 まるで運命の女神が鉢合わせしてしまったかのように、ふたりの視線が激しく絡み合った。

『 ゴ、ゴージャス!』

ふたりを忙しく見比べるマックスの頭の中で、二人のゴリアテが渾身の力を込め、美しいドラの音を鳴らした。

『 ああ、確かにな・・・』

ふぅ〜っと暖かい風が吹いた。煙草を取り出そうとした京介の手が止まった。

『 ど、どうした?』

突然笑い出した涼子を見て、京介は怪訝そうにレイコに聞いた。

『 うふふ・・・』

意味深な含み笑いをするレイコに、『 テレパスか・・・』 とマックスが呟いた。

確かに、涼子の頭の中ではレイコの声がしていた。それは耳からではなく直接、涼子の頭の中に響いたのだった。

京介の今までの、そしてこれからの行動に警察が眼を瞑るなら、協力を惜しまない・・・と。

『 あはは、了解よ!彼を本気でパクったって、警察の汚点が加算されるだけだもの・・・』

指でOKサインを作った涼子は、レイコに知っている限りの話しをするよう促した。

 日本海で起こった工作船絡みの事件の詳細を、レイコは語った。そして、王の超能力がどこまで本物なのか、

レイコ自身にもまだ判断は難しい事。しかし、地震や気象変化など、前以て雨雲の位置や僅かな地震プレートの歪を

知っていれば、強力なエネルギーを加えてやれば可能だと・・・。恐らく日本国内には王に手を貸す組織があり、

その意を受けた協力者が何かを操作しているのではないかを、レイコは話して聞かせた。

 『 んもう、心配性なんだから・・・ 』

レイコの話しを聞き終え、涼子は上空を飛ぶ警視庁のヘリに向って手を振った。

[ 気象庁のコンピューターにハッキングか!よし、あとは全部任せろ!!]

コックピットからVサインを出した小島の声が、イン・カムから響き渡った。

『 ふふっ、優秀な執事をお持ちなのね 』

『 ホント、何が狙いなんだか・・・エロいのが、たまにキズだけどね!きゃはは!』

[ だっ!誰がエロ魔王な・・・] 後を、ローターの回転音が掻き消した。

 『 さてと・・・売られた喧嘩は、受けて立つのが女ってもんよ!嗚呼ぁぁ、血が騒ぐ!!』

両手を腰にあて、仁王立ちした涼子。一点を見つめたまま頷くレイコ。

顔を見合わせた京介とマックスが、同時に言った。

『 頼もしいなぁ・・・って、俺たちゃ、オンナか?』

『 ハイ、余計なことは考えない!あっそうだ、京介?先進国じゃあね、テロ事件の解決の為には一般市民がどんな

手段を使おうと寛大だからね!』

京介の握ったベレッタを眼で示し、涼子は片目を瞑った。

突然、レイコが声を上げた。

『見えたわ!』

パラパラと低空でホバーリングするヘリから、小島は救助用のラダ−を投げた。

- つづく -

by nyao


Vol.33

2005/11/26 UP!

 

 机の陰に倒れた細井を見咎めた時、不覚にも小田切は声を上げてしまった。

慕い、心酔している細井の身を案じたという事もあるが、何よりその容姿に驚いた。細井の左の眼球が、眼窩から

飛び出していたのだ。揺れが治まったのを見て取った細井は、取れた眼球を掴むと静かに言った。

『 消毒せにゃいかん・・・済まんが、ボトルを取ってくれんか・・・』

小田切は息を呑んだ。

 細井が義眼になった経緯を小田切は知らないが、その様な素振りを微塵も見せなかった細井の用心深さには改めて

舌を巻いた。今や腹心中の腹心である小田切にさえ、全てを晒す事はない。 否、己の弱みを周囲に悟らせない。

修羅の道を生きてきた者の成せる技なのか或いは、与党きっての大物代議士・フィクサ−といった皆が知る顔以外の

” 過去 ” のせいなのか・・・。

 消毒を終えると細井は、義眼を難なく眼窩へと放り込んだ。

小田切が差し出したナプキンで手を拭うと、緩慢な動作で立ち上がった。腰を手でさする。

『 先生・・・』

漸く落ち着いた小田切は、部屋の様子を見て途方に暮れた。

『 凄かったな 』

『 いつ来てもおかしくない、って言うのが今日・・・』

『 そう、思うかね?』

『 は?』

小田切は、細井の言葉が俄には理解出来なかった。ネクタイを大きく緩めた細井は、息を付いて腰掛けた。

 『 ”?”・・・、ハハハ、無理もあるまい 』

『 はぁ・・・』

『 君は、 ” マイクロ・ウエ−ブ ”というのを知って居るかね?』

『 で、電磁波のことですか?』

『 ま、一言で言うと、そうだ。化学分析や、人の治療などでも使われておる 』

『 はい・・・すいません、私の知識はそこまでです 』

『 程良いマイクロ波は、役に立つ。だがな、度を過ぎると、些か厄介な代物なんだ。要は、程度の問題だな 』

『 先生、それと今の地震と、どういう関係があるんですか?』

ここで細井は、ニヤリと笑った。漸く、” 極道 ” の顔に戻った。

『 仕方あるまい、行くか。オイ、クルマの手配は出来るかな?』

『 先生! この非常時にどちらへ・・』

『 まあまあ、固い事を言うな。上を下の大騒ぎで、極道上がりの代議士一人の心配など、誰もせんよ 』

『 しかし・・・』

『 オイっ、小田切! クルマ、用意せぇ・・・』

 小田切は腹を決めた。細井のことだ、何か考えがあっての事だろう。カ−テンを脇へどけ、戸外を眺めて言った。

『 この状態ですから、並のクルマでは駄目でしょう。いつ、余震が来るかも分かりませんし。ところで先生、行き先は

どちらです?』

細井は目尻を下げた。

[ この男、小田切は、腹が据われば行動が早い ]

” 潔い ” を通り越して、特に細井の指示下での行動では” 捨て身 ”  を感じさせる時もある。ひょんな事から拾い上げた

男ではあるが、細井は小田切が可愛くて仕方がなかった。

『 ” チャイナ・タウン ” だ。” 第二 ” と呼ばれとる方だぞ? 余り気が進まないんだがな、そろそろ確かめなくちゃならんのよ 』

『 はい。傘下に、陸自くずれの ” クルマ屋 ” に用意させましょう。公用車、という訳にはいきませんしね、先生!』

『 フハハハっ、分かっとるなぁ小田切君!』

先程のアクシデントを忘れてしまう程、豪快な男が戻って来た。

 

 予想通り、街並みの損傷は激しかった。

だがここ、副都心にある ” 第二のチャイナ・タウン ” は、直接的な破壊からは逃れた。地形による偶然か

風水を駆使した街作りが効いたのかは定かではないが、龍は仰臥したままであった。

 今やGM傘下となり大分マイルドになった ” HUMMER H1” を、小田切は静々と走らせる。前方を塞ぐ瓦礫と

ヒシャげた軽乗用車を見て、小田切は細井の様子を窺った。目を閉じて腕を組んだままの細井は、口をへの字に

結びグイっ、と顎をしゃくった。

『 ハイ。すいません、先生・・・どうにもならないもので 』

『 こんな時だ、気にせんでいい 』

小田切はギヤを1速のロ−に入れ、一呼吸置いた。

『 では!』

HUMMER に、軽くブリッピングをくれる。

 発進直後は、アクセルをパ−シャルに保った。軽は HUMMER のバンパ−に押され、ズルズルと贖い滑って行く。

[ ギャギャギャ!] と擦過音を発しグリップしたところで、小田切は一気にアクセルを煽った。” 72°” という抜群の

アプロ−チアングルに物を言わせ、HUMMER は軽を乗り越えて行く。いや、” 押しつぶす ” と言った方が正しい

だろう。呆気なくル−フが潰れたせいで一瞬、HUMMER は揺さぶられたが、次いで何事もなかった様に着地した。

怪物は何事もなかったかの様に、規則的な唸り声を上げていた。

『 先生?』

小田切は気遣ったが、細井は目を閉じたまま返す。

『 大丈夫・・・だ。構わん、行きなさい 』

結び直したへの字の口が、顎まで垂れそうになった。

- つづく -

※ フアァァァァ・・・・アア、よく寝た!( ^_^; )

    いやいやいや・・・大変長らくオマンたせ!

by coji


Vol.32

2005/ 7/26 UP!

 

 それは、酔った恐竜の背中で、ジェットコースターに乗っているような激しい揺れだった。

小田切は柱に打ちつけた額を手で押さえ、キョロキョロと辺りを見回した。先程まで窓辺に立ち、考え事をしていた

細井の姿が見当たらない。

『 先生?・・・ご無事ですか!』

返事がない。不安になった小田切は、もう一度呼んだ。

『 先生?』

ベルギー製のかなり重みのある書棚は無残に倒れ、本が床に散乱している。絶対に割れないというふれこみだった

窓の強化ガラスも、ヒシャげた窓枠と共に粉々に割れ、吹き込んだ木の葉が部屋の中で舞っている。

恐る恐る窓辺に近づき、割れたガラスの向こう側を覗いたその時・・・、小田切はムンクの叫び声をあげた。

『 ぐわぁああーーー!』

 

 渾身の力を込めていたので、レイコの身体は方々が強ばっていた。

シ−トのバックレストが軋む。呻く京介を見てレイコは、漸く我に返った。直面していた危機はもう、そこには無かった。

 高架橋の上は、パニック状態であった。折り重なった車に閉じこめられている者、繋がらぬ携帯で必死に連絡を

取ろうとしている者達の怒号でごった返している。[ 洩れたガソリンから火が出た ]、と誰かが叫ぶ。

レイコは瞳を閉じて、精神を集中した。やはりあの刺す様な想念は、どこにもなかった。レバ−を引き、ゆっくりとドアを

開けたレイコは、車外へと出た。

 消防庁のヘリが上空を舞う。周囲の者達とは違い事前に危険を察知していたレイコは、状況の把握もそこそこに

 ” 消えた敵 ” を探す。渋滞を致命的なものにしたトラックをそのままに、” 気配 ” 諸共、掻き消えていた。

[ 一体、どうしたのかしら・・・ ]

頸の辺りをしきりにさすりながら、京介も後に従った。

『 オイ・・・レイコ、こりゃ一体・・・ 』

『 ええ、凄い地震だったわね・・・ 』

『 まったくだ、まだ何年も先のハナシだとおも・・・って、オイっ! どこだっ、あいつ!!』

地震直前の状況を思い出した京介は、腰のホルスタ−に手を走らす。慌ててレイコは制した。

『 落ち着いて、京介。こんな所で今、そんな物を出したら、何をされるか分からないわよ 』

『 でも、あいつ・・・』

『 それがね、消えちゃったのよ、居ないの・・・』

『 消えた?どっか、その辺に倒れて・・・』

『 居ないわ。意志を持って、消えたのよ 』

 

  トライアンフのエンジンが咆哮をとどろかせて発進する。道路に蹲っていた人達が全員、振り返った。

アサルト・ライフル ” を 忍者のように背負った涼子が、マックスの腰に手を回したまま叫んだ。

『 ちょっと、もう少しぶっ飛ばせないのぉー!ヘタクソッ!!』

立ち往生している車列の間隙を縫いながら、トライアンフは雄叫びをあげて走るのだが・・・

『もぉ〜のろまなんだからぁー』

テンションが涼子の唇を尖らせた。

  『 あのねぇ〜、○×△※・・・』 マックスが何事かを言い掛けた時、どこからか銃の発砲音がした。

『 シイィット!』

すぐに、狙われたと分った。被弾したショックで硬質の衝撃が伝い、トライアンフのズングリとした車体が揺れた。

『 マックス、緩めちゃダメ! そのまま加速、突っ込めぇー!!』

涼子はマックスの肩越しに立ち上がり、ベレッタを構え る。左手でマックスの襟首を掴みシ−ルドを跳ね上げ、

歯でスライドを引いた。

『 イヤッ!・・・』

苦痛に耐えながら素早いシフトダウンとスロットル操作で車体を立て直したマックスは、 血の滲んだ右手で

グリップを強く握った。前方に、路肩の車を蹴散らしながら走る暴走トラック が居る。その後輪に狙いをつけた涼子は、

舌なめずりをした。マックスの血飛沫が風圧に巻き上げられ頬を掠めた時、涼子はベレッタのトリガーを引いた。

肩から伝う衝撃を受け、マックスが訳の分らない奇声を上げる。

『 うおおおっーーー! 何だか、熱くなってきやがったぜぃ!!! リョウコっ、ここはホントに トキョウ かい?』

 マックスのイヤフォンマイクを通して、リアルタイムで小島にも状況が入った。

顔を見合わせた局員の一人が、水の入ったコップを持って小島に近寄った。 小島の指先では、握り潰したはずのタバコから

白く細い煙が立ち昇っていた。集中する小島は気付かない。

『 あのう室長?・・・おテ・・・』

[ オイオイオイ・・・ ]

額の汗を拭う。

『 ん? ハイよ・・・ 』

局員が差し出すコップに小島は、軽く握った拳を乗せる。” 素 ” だ。

『 いえ、あの・・・お煙草・・』

『 え?、ウワちゃっ、あちちちッ!』

慌ててコップの中に指を入れた小島は、次いでそれを飲み干し、ふと頭を上げた。

後ろを振り返ると数少ない窓から、俄に薄暗くなった外を窺う。不気味な雷鳴が聞こえた。

『 お嬢さんよぉ、無事に帰れよな・・・』

[ ○×△※っ ! ]

『 ん?空耳かっ?・・・ 』

呟いた小島に、マイクから涼子の声が返って来る。

[ あったりまえの、コンコンチキィィ〜っ!]

- つづく -

by nyao


Vol.31

2005/ 6/ 4 UP!

 

 『 オイオイ・・・ここでおっ始める気じゃないだろうな? なっオイ・・・レイコ! 』

マセラ−ティに近づく人物を凝視しながら、京介はレイコを見た。レイコは前を向いてはいるが、意識は更に

その先へと飛んでいた。

『 状況判断 だ・・・状況判断っ!』

京介は後ろを振り返り、左・右に首を振る。薄汚れたコンクリ−ト・ウォ−ルに目をやり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

『 前・後、クルマっ! 左・右、壁っ!! どうする レイコっ? やっちまうかっ!』

[ クククッ・・・ ] レイコは喉の奥で笑った。

『 お、オイお前・・・お気楽にも程があるぜ・・・』

『 フフ・・・ゴメンなさい、あんまりにもタイミングがいいもんだから。せっかくの計画が台無しね、アイツら 』

[ ? ]

 『 なぁレイコっ、どういう意味だよ?』

動かぬ車列に業を煮やし、何人かのドライバ−は道に出ている。彼等の流れに逆らいながら、ベ−ジュの作業服を着た男が

近づいて来る。一目で ” 不審 ” と分かるのは、身なりに不釣り合いなイン・カムのせいだ。唇が僅かに動いている。

何かに備える様に、レイコは身じろいだ。

『 ・・・ってお前? チャカ、仕舞うのかよっ!!』

『 いい? 来るわよっ・・・ 』

京介の問いかけを意に介さず、レイコは何かを待っていた。作業服の男は、マセラ−ティのすぐ脇にまでやって来ている。

『 だからっもう、き、来てんじゃねぇかあぁっ!!!』

『 来るわ京介ぇっ、掴まってぇぇぇ!!!!!!! 』

不気味な地鳴りが二人を、否、首都高を含む東京全土を揺さぶった。邪悪な地のエネルギ−が、脆弱な関東ロ−ム層を

翻弄する。ウィンド−に側頭部をヒットしながら、京介は必死に体を支えていた。レイコは両腕をヘッドレストへ回し、頭を固定

する。同時に両足をレッグスペ−ス一杯に大きく広げ、体の揺れを防いでいた。透き通る様に白い腿の奥から、黒いレ−スの

パンティ−が覗いている。薄れ行く京介の脳裏に、その黒が強烈に焼き付いた。

『 くっ・・・黒って・・・イイよな・・・』

『 ええ?・・・な、なにぃっ?・・・どうした・・のっ!』

激しい揺れに負け、高架橋の幾つかは崩落している。予測不可能な揺れに吐き気を催しながら、京介の意識は途切れた。

『 く・・・黒っ・・・』

 

 『 凄い揺れでしたね、室長・・・アレ? 室長っ! 』

局員は辺りを見回した。震度8 までの耐震構造を誇る情報室であったが、デスクから落ちたキ−ボ−ドや床に散乱した書類

などが、揺れの激しさを物語っている。ポ−カ−フェイスが売りの局員達も、さすがに動揺の色が隠せない。

『 オイっ、室長、見なかったか? 』

脇で呆然とする同僚に、局員は尋ねる。

『 いや、分からん! ど〜したモンだか・・・』

その時、デスクとサ−バ−・タワ−の僅かな隙間から ” 着火 ” の音が発せられ、煙草を横銜えにした小島が立ち上がった。

[ プゥ〜っ ] っと煙りを天井に向けて吐き出すと、おもむろに言う。

『 オイ、演習通り、各セクション、チャンネル毎にチェックを始めろ。見た目は ” 地震 ” だが、テロの可能性もあるからな 』

今度は、二人が呆然としていた。

『 お前らも何やってんだ。働けっ!』

小島は灰をポケットへ落とし、檄を飛ばす。

二人は顔を見合わせ、苦笑いした。

『 何だオイ・・・』

『 失礼ですが室長、アナタは不死身です 』

『 ぁに、言ってんだお前ら? シ・ゴ・ト し・・』

二服目を口に運ぼうとする小島に、追い打ちを掛ける。

『 失礼ついでに、局内は ” 完全禁煙 ” です!』

アングリとした小島は、煙草を指先で握りつぶした。

 

 トライアンフは衝撃で弾み、前輪を縁石に乗り上げた勢いで派手に植え込みに突き刺さった。

直前、乗っていた男は、マシンがスリップ状態から急にグリップを回復する ” ハイ・サイド ” の慣性を利用し、宙に舞った。

両の腿を抱えてさながら ” ム−ンサルト ” を演ずると、身体を丸めて滑らかに落下した。見た目より、遙かにダメ−ジは

少ない。彼にとってそれは、想定範囲内だ。ただ、慣性からの応力が最後に集中する足先だけは、路面からエネルギ−

の反発を受ける。ブ−ツの先を飾っていた彫金細工が、跡形もなく吹き飛んでいた。

道のそこここで、パニック状態のドライバ−達が右往左往している。繋がらない携帯を路面に叩きつけ、蹲る者も居た。

 [ パチ パチ パチ! ]

マックスが顔を上げると、道の真ん中に斜めに停めた GTR 改 のフェンダ−に寄りかかる涼子が微笑んでいた。

『 シィット・・・ファック! ブ−ツが・・・』

マックスは舌打ちした。

『 よっ、” 軽業師 ”! ブ−ツなんて又、” 調達 ” すればいいじゃない?』

腕組みをした涼子は、そう言って顎をしゃくった。

『 ” 直下型 ” 、かな? ついに ” トキョ− ” も、喰らったね?』

傍目に ” つい先程、バイクから放り出された男 ” は、散歩の途中、道行く人に語りかける様な足取りで涼子に歩み寄った。

『 ソ−リ−! あ・・・シツレイ?  君に ” 後悔と懺悔 ” の念を抱かせ立ち去る予定だったのに・・・隠密行動への天罰かな?』

『 当てずっぽうで言ったのよ。 ” L・A・P・D の リチャ−ド・ギア ”、その後 FBI に行ったって聞いてたけど、

やっぱり最後は CIA ?』

マックスのキスに、涼子は頬を突きだした。

『 で? 観光に来た訳じゃないんでしょ?』

『 イャッ! ボクが、ニホンを助けに来た!』

わざとらしく辺りを見回し、ゼスチャ−を交えたマックスは言った。

『 ね、ICPO からの接触が遅れてるけど、邪魔してんのはアナタでしょ?』

『 それもバレてる?・・・シィット!』

[ ハァ・・・ ]

涼子は溜息をついた。

『 ” 誘導 ” に弱いのだけは、変わってないわ 』

『 フアァック! ・・・オォ、イカン イカン、駄目だ。何だか色々、思い出してきたぞ・・・』

苦い思い出がマックスの胸を掻きむしる。” 素 ” だ。敏腕エ−ジェントのプライドは最早、涼子の前で微塵に砕かれていた。

 『 カテゴリ−は ” テロ ” だけど、マニュアル通りには行かないわよ。” ギリ や メンツ ” が拘わってるの。ユ−・ノゥ?』

” 失恋男 ” に戻ったマックスは、” お手上げ ” と、首を竦めた。

 状況から判断して、涼子は GTR 改 を路肩に移動した。本庁の特殊車両課へ緊急連絡を取り、GPS やビ−コンと連動した

セキュリティ−を ” オン ” にした。詰まらぬ ” 盗人心 ” で GTR 改 に手を出すと、その者は一生を棒に振る事になる。

運良く車内に入り込んでも、次に閉じこめられるし又、大型の車両に積み込んでの搬送を試みても、その車両をも走行不能に

する電磁波を、GTR 改 は出す。そして ” 特務の車両 ” に手を出した者の存在は、” 法治国家の日本 ” からは姿を消す。

『 ね、あのトラ、動くわよね?』

『 ・・・メイビ− 』

トライアンフに向かって歩き出した涼子に親指で ” タンデム ” の指示を出され、マックスは大人しく従った。

- つづく -

by coji


Vol.30

2005/ 5/22 UP!

 

 港区にある米大使館前に、今日も大勢の日本人がビザの発給を求めて並んでいる。

一人の男が、煙草を挟んだままの左手の指でマロンブラウンの前髪をかき上げ、トライアンフに跨った。

携帯電話にイヤフォンマイクをつけ、エンジンを始動させた。先を細めたキャプトンマフラ−からは、けたたましい排気音が

弾き出る。男は、二度・三度とアクセルを煽る。植え込みのブロックに座り、スターバックスコーヒーを飲み干した青年が驚き、

弾かれた様に顔を上げる。男はシ−ルド越しに、ニヤリと笑った。

『 ワルイネ!』

あっけにとられた青年が持つ紙コップに吸い殻を落とし、ヘリコプタ−の様に荒々しい排気音を吐き出すと、

[ グッド・ラック!] と走り出した。

 

 [ おい・・・モシモシ、涼子ちゃん? 今の派手な音は何だ?]

『 あら、聞こえました? どっかのおバカさんが自爆しました。交通パトを回してくださいましな!』

クルマで涼子に関わると、必ず怪我人となる・・・小島は胸の前でクロスを切った。

 [ そうだ!いよいよ CIA がお出ましのようだぞ ]

『 あら!望むところだわ 』

[ ・・・それからな・・・ ]

『 それから? KGB までとかって、言うんじゃないでしょうね?』

[ あ・・あはは・・・いやいや、猿だ、猿。情報を入手したぜ ]

パソコンの画面いっぱいに映し出された画像に、小島の目は釘付けになっている。

『 どういうことですか?』

涼子が聞き返す。

 シフトレバーを操る手は少しも休むことなく、素早い車線変更を繰り返した。忙しなく動く両の足は、さながらタップを踏んで

いる様でもあった。トラックの運転手が目を剥いて、走り去る GTR 改 を呆然と見送った。小島が [ コホン!] と咳払いする。

[ 慎重に運転しながら聴いてくれよ。あの細井勇蔵だがな ・・・ びっくりするな? ヤツには、香港女性との間に生まれた娘がいる。

ま、私生活でも日中友好を実践してんだな。おっと、その娘、” レイコ ” という名だが、アジア秘密警察の捜査官だそうだ。

並はずれた読みの鋭さから、” 九龍の予言者 ” と呼ばれている ]

『 アジア秘密警察? 予言者?・・・それで?』

涼子は、紅く塗った自分の指先を見た。

[ ああ、出生やその他の事情は知らん。そして今、日本にいる。職務の内容は不明だが、どこかで猿とぶつかっちまった

可能性がある ]

細井の隣で、紅いチャイナドレスの ” レイコ ” が、小島に微笑みかけている。

[ しかし、あの細井に、こんな美人の娘がねぇ・・・ ]

独り言のように小島が言う。

“ ゴクッ ” っと、生唾を飲む音が聞こえた。

『 コジさんッ!』

[ あっ、いや・・・ハハハ すまんな! 王の目的は、“ 猿党 ” として日本を占領すること以外に、もうひとつある。

あのな、涼子ちゃん・・・ ]

ポン! 画像が、GTR 改 に送信された。王をマジシャンだと一蹴した涼子が何と言うか ・・・ 小島は続けた。

[ 王の狙いは、レイコだ。じつは、彼女は超能力者なんだ。それもハンパしゃないサイコメトラーなんだとよ。

自分と同等、もしくは、自分を脅かす人間の存在は許せねぇ!てことだろうな。レイコの超能力は、王以上かもしれんぞ ]

『 何よ、それ?サイコだかペテン師だか知らないけど、腕試し大会ってこと?フザケんなっ!つぅの 』

[ あぁ ・・・ だけどな、常人じゃないことは確かだ。王はもう、レイコを見つけているぞ、きっと ]

涼子は無言で頷き、厳しい視線をバックミラーに向けた。バイクに尾行されている・・・後方50メートル。

小島に訊いた。

『 ところで、どこからその情報を?』

[ ふっ、見くびって貰っちゃ困るなぁ〜。これでも俺は、天才と呼ばれる情報屋だぜ?それくらいのこたぁー

・・・ へへへ、” 何のその ” だぁー!]

“ふっ!ふふふ!!んふふふ!!!” 涼子が邪悪な笑い声を上げる。

笑いながら涼子は、胸のベレッタに右手を伸ばした。グリップを握り、安全装置をはずす。そっと両膝の間に挟んだ。

『 ま、後でゆっくり聞くわね 』

 通話を終えた涼子に緊張が走る。バックミラーを見る。バイクとの距離は、先程より縮まっていた。

前を行くメルセデスを、鼻先ギリギリの所で追い越す。後方のバイクも負けじと車体を右に傾け、GTR 改 を追った。

新宿御苑から飛んできたのか、木の葉が一枚、ボンネットの上でクルクルと舞い、旅人のようにどこかへいってしまった。

ドドンッ!という、バイクの豪快なエンジン音が近づいた。涼子はベレッタを握り締め、ウィンドーを下げた。

風を切る音が聞こえる。片手でステアリングを握り、ベレッタを構えた。加速したバイクが横に並び、シールドを上げた男が叫んだ。

『 ハァーイ!リョウコ〜、マックス ダヨォ〜 』

『 ハア?・・・・・・・・・・ 』

マックス・・・昔、シアトルでの研修期間中、ずっとペアリングしていたイケメンの男。涼子に出会い、大和撫子のイメージを

粉々に砕かれてしまった、とぼやいた。が、涼子の勇気ある強さに心惹かれた。射撃訓練中の涼子に ・・・

[ キミのハートを撃ち抜きたい ] と、求愛したのだ。

ミニ・マシンガンを抱いた涼子は、すぐにマシンガンのような笑い声で、マックスのハートをばらばらに撃ち砕いた・・・。

『 マックス?』

『 オ、イエース!涼子ニ捨テラレタ、マ〜ックス でェ〜イ!』

『 捨て・・・って (-_- ;)。何やってんのよ〜っ!』

『 アレ? ” コジマ ” ニ聞イテナァ〜イ?』

『 え? コジさんに? 何を?・・・あっ、そういうことかっ!』

『 小島トネ〜、取引シタ。僕ハ、ズット君ノ相棒ダゼぇぇ〜っ!』

『 マックス・・・あなた、CIA?』

『 シィッー!』

マックスが拳を上げて前に出た。後ろを振り返り、投げキッスをする。ベレッタを元に戻し、フロントガラスの向こうに

[ ベェーッ!] と舌を出した。

 トライアンフがぐらりと揺れた。突如、高層ビルの林立する街が灰色の靄に包まれ、ぐらぐらと揺れはじめた。初めは目眩かと

思った涼子は、次に悟った。

『 ん、地震?』

涼子の眼の前に、大量の木の葉が、ヒョウのように降ってきた。スリップしたトライアンフの巨体がゆっくりと尻を振りながら、

中央分離帯へと向って傾いていく。

[ 緊急指令、緊急指令!首都を震源とした地震が発生した模様! 繰り返す! 地震発生・・・ ]

警察無線から慌しい司令室の声が聞こえる。涼子は、まっすぐに前を見た。急停止の為に、ダブルクラッチを踏む。

[ 女一人に執着するにしては、随分と手が込んでわね・・・ ]

視野を遮る緑の森の向こうに、微笑む 〔 予言者 〕 が見えた気がした。

- つづく -

by nyao


Vol.29

2005/ 4/16 UP!

 

 為す術が無かった京介を知ってか知らずか、干満なテンポでレイコの意識は戻った。目頭を押さえ、京介の肩に

手を置く。

『 オイ・・・大丈夫か? 又、あの相手なのか?』

訊かずには居られない京介であった。

『 うん・・・』

『 んの野郎っ!』

” フフ ” 、とレイコが笑う。頭を左・右に振りながらも、その目には精気が満ちていた。

『 レイコ・・・』

『 ・・・ゴメンね? もう大丈夫よ。アイツの波長は分かった 』

数台後ろで、クラクションがけたたましく鳴った。舌打ちした京介は、振り返る。

 『 あのね? 手が込んでるのよ、アイツ等 』

『 誰だって?』

『 今度の相手。あの時もそうだった。突然なのよ 』

ル−ムミラ−の位置を変えたレイコは、背後を凝視している。

『 気配を感じさせず、いきなり私の意識に入り込んで来た・・・』

『 ああ・・・』

『 普通は、徐々に強くなるのよ。あんなに強烈な想念を持っている相手なのに、それが突然、来た、ということは・・・』

『 だからぁ、何だ!』

『 フフ・・・苛立つアナタ、可愛いわ。・・・遮蔽する措置を取っているってこと!』

『 何だ? その・・・考えたり、それを止めたりしてるってことか?』

『 ううん、もっと合理的な方法でやっているはず 』

クラクションの大合唱が始まった。ミラ−を見つめるレイコの目に、今まで見たことも無い光が宿る。

『 来るわよ、京介 』

既に京介も、状況を把握していた。腰のベレッタへ手を伸ばし、安全装置を外した。

 

 『 ・・・ですから、委員会は紛糾しとるんでしょ? そこのところどうでなんです、総理っ!』

[ 内閣総理大臣・・・君 ]

同じ党の若手から噛み付かれ、党首である総理は含み笑いをしながら立ち上がった。

『 委員会で審議中だと聞いてます。それが決定するまで、個人的見解は言えませんよ!再三、そう申し上げているでしょう?』

[ 民友党・・・君 ]

『 総理の諮問機関でしょう? それでも基本姿勢に変わりはないのですかと、それをお訊きしたい訳ですよ!』

[ 内閣総理大臣・・・ ]

『 貴方も分からない方ですね・・・。ですから・・・ 』

[ 議会をなんだと思っとるんだ!]

[ そのヘラヘラ笑いは何だ!! ]

与党内からヤジが飛ぶ。政局の混迷を表していた。

『 ったく、役者なんだかバカなんだか、何が ” 総理 ” だあの小僧・・・』

議員席の細井は毒づいた。隣に居る派閥の番頭が耳打ちする。

『 まま、先生。包囲網は着々と狭まってます。秋の任期満了までは保ちますまい 』

細井は、無言で睨み返した。番頭の笑みは消え、おずおずと議場へ顔を戻す。

『 そんなことは分かっとる・・・あのニヤケた面が気に入らんのだ! いいか、息の根は一気に止めるぞ!!

党内に喝を入れとけ!!!』

『 ははっ、御意!』

小声で ” 悪家老 ” の様に答えた番頭は、額の冷や汗を拭った。

 漸く馴れ合いの予算委員会から解放された細井は、議員事務所へと向かった。

道すがら早速、 ” 細井番 ” の記者達がぶら下がる。

『 先生、法案提出後も、与党、民有党内部で不協和音が聞こえて来ますが・・・』

『 先生まさか、解散総選挙なんて事にはなりませんよね?・・・』

『 先生・・・』

『 先生!・・・』

『 分かった、分かった! 』

さすがの細井も、立ち止まった。

『 今、執行部をはじめ必死に調整しとるとこだ。それ以上は勘弁しろよ。幹事長のとこへ行ってくれよ、幹事長のところへ!』

『 またまたぁ、お願いしますよ先生、行き先次第じゃ、政局も吹っ飛ぶんですから 』

『 ハハハ、だからだなぁ・・』

小田切が小走りで近づき、耳打ちする。細井の顔色が変わった。見取った記者達は、尚も食い下がろうとする。

細井は一喝した。

『 諸君っ!今日は、これまでだっ!』

見慣れた恫喝とは言え、迫力がいつもと一味違った。

『 国会どころじゃなくなるかも知れんぞ! 失敬・・・』

唖然とする記者達を後目に、細井は大股で立ち去った。

 翌日の報道は、細井の事務所と、幾つかの広域暴力団の事務所爆破のニュ−スで持ちきりであった。

何れの爆発も小規模ではあったが、世間に与えたインパクトは強烈である。現時点で関連性は認められないが、

各局はハナから確信的に語っている。細井のフィクサ−振りは周知のことではある。が、そのきな臭さを世間は、

改めて知ることとなったのだ。

 『 政策秘書と、” 付き番の組員 ” の何人かが怪我をしましたが、被害は大したことはありません。

各組からは、報告待ちです 』

報告に目を通しながら、小田切は言った。

『・・・』

口をへの字に曲げ、細井は黙って聞いている。

『 先生・・・』

『 ハハ・・・、アハハハ!・・・』

『 先生 』

『 小田切君 』

細井の目が、輝きだした。

『 ハイ 』

『 本当の戦争になりそうだぞ?』

『・・・』

『 奴等ぁ、筋も道義も二の次だ、なぁ?』

『 今の警察では、対応出来ないでしょう・・・』

『 警察? そんなもん、ハナっから当てにしておらんよ。いいか? ” 本当の戦争 ” だよ!』

『 ハイ!』

両手で膝を叩いて、細井は立ち上がった。

『 どさくさに紛れて、審議も国会もぶっ壊すか、なぁ?』

『 お望みとあらば 』

『 その後、レイコとは連絡はつかんか?』

『 はい、どうしても 』

『 そうか。ま、アレもただの娘ではない。生き残る術は知っておる 』

吸い口を切った葉巻を銜えた。小田切がライタ−を差し出す。

『 パッと花火を打ち上げて、引退の花道でも飾るか・・・』

永田町周辺にも鳴り響くパトカ−のサイレンは、夜半まで続いた。

- つづく -

by coji


Vol.28

2005/ 3/20 UP!

 

 細身の黒レザーパンツに、胸元が大きく開いた黒のタンクトップ。その上にシャンパン・ベージュのジャケットを着た。

両足を広げて仁王立ちになった涼子。ベレッタ M 92FS を頭上にかざし “ にやり “ と、眼を細めた。

[ やっぱり、いつもの38口径とは違うわね。特務って、こうでなくっちゃ!]

真紅のマニキュアの先で銃身を軽くなぞり、すばやくジャケットの下へ隠す。

赤い色は闘志を奮い起こさせる。少し深みのある赤が、涼子のお気に入りだった。

[ コツ!コツ!コツッ!] と、涼子のヒールの音がコンクリートの地下駐車場に響く。

アサルトライフルを入れたスポーツバッグを、愛車 GT−R 改のリア・シートに放り込んだ。

 『よぉーし・・・イグニション、オン!』

キーを回すと、下腹から突き上げるような低いエンジンの音が息吹く。涼子はゆっくりと、地上へ這い出た。

ブレンボの高周波なサ−ボ音を響かせ、一旦停止する。フロントガラスに射し込む光の束が眩しかった。

楊枝を咥えた中年の男がGT−Rの前を慌てて通り過ぎる。何度も大袈裟に振り返った。張りつめた土嚢の様な腹が

その度に揺れ、態勢を崩して倒れ掛かった。

『 ちょっと、オジサン。運動不足のようね?シッ!シッ!』

鼻先に皺を寄せ、涼子が言った。

 六本木方向からフルスモークのBMW7シリーズが疾走してくるのを見て、その直前に強引に割り込んだ。

すばやく 2 速から 3 速へ シフトアップ。その度に、タイヤが [ キュッ!] っと、エロティックな声を上げる。

『 うふふ、今日もいい子ね。あんたが本当の男だったらねぇ〜。おっと・・・』

胸のポケットで携帯電話がブルブルと震えた。

ディスプレイに “ しのだ巻き ” の表示。

『 アラ、珍しい・・おじさんから?』

BMWがパッシングをしながら煽ってくる。涼子は無視した。

『 もしもし!』

[ あっ、あわわわ、若狭です!お、お、お嬢!]

冷静沈着で有名な、石龍興業の若狭だった。

『 ちょっと、落ち着きなさいな!』

涼子は一喝して、先を促す。嫌な予感がした。

[ か、会長が・・・篠田のオヤっさんが、猿党にやられた ]

『 なんですってぇー! それで・・ 』

[ いえ、まだ生きてます・・・あ、いや、その・・ ]

『 何よ、言いなさい!』

[ は、はい・・・ただいま救急車で搬送中ですが、幸いに怪我はたいしたことありません ]

『 分かった。で、何があったの?』

若狭が “ ゴクリ ” と、生唾を飲んだ。

 [ トラックが・・爆薬積んだトラックごと、事務所ビルに突っ込みやがったんです。ちょうど昼飯時だったので油断しておりました。

若いモンがすぐに後を追ったんだが、何しろコイツら逃げ足が速くて・・・猿の面を被った野郎共です。恐らく猿党の一味だと・・・ ]

『 ・・・ 』

[ 一応、お嬢に真っ先に知らせようと思ったんですが、オヤっさんに止められて・・・ ]

『 いいのよ 』

[ 破門、覚悟で連絡させて頂きやした・・・ ]

『 で、猿党っていうのは、確かなのね?』

[ あんなの・・・極道のやり方じゃありません。ニュ−スでやってるどっかの国の・・・なんだ、テロ集団と同じだ。

いや、それ以上だ。いいですか、お嬢? 奴らぁ、とんでもねぇ野郎達だ。いくらなんでも・・・お嬢・・・ ]

『 うん、分かってる。後はお上に任せなさい。組の人間は、絶対に手を出しちゃダメよ!』

[ それが、そうもいかなぃんす・・・ ]

『 どうしたの?』

[ ここんとこ傘下のシマで、妙なクスリが出回ったり、不義理が絶えないんでさ。で先日、木村と金田の二人・・・

お嬢にひっくり返されたあの二人です・・・ ]

『 うん、覚えてる 』

[ あの二人を、因果を含めにやったんでさ ]

『 それで・・ 』

[ 戻って居りやせん ]

『 分かった。それより・・・おじさんを頼むわね。若狭さん、報告ありがとう 』

涼子は電話を切った。組の頭をやられて、大人しくしているような連中じゃない。そんなことは百も承知だった。

『 先に決着をつけなければ・・・』

涼子は、急いで小島を呼び出した。

 

 呼び出し音が鳴る前に、小島が出た。

[ おうっ涼子ちゃん、今そっちへ連絡していたところだ。いいか、落ち着いて聞け? 細井、石龍の事務所が同時爆破された。

どちらも大きな組織だ ]

『 石龍だけじゃなくってですか・・・細井も?』

[ なんだ、もう連絡があったのか?]

『 たった今ね。それより、細井は?』

[ ああ、ヤツは滅多に事務所には顔を出さないからな。あっ、ちょっと待て・・・]

新しい情報が入った。小島が慌ててキーを叩く。

[ 源田組、辰巳会もやられちまったぜ・・・グワッ!新宿で検問中の、交通警官2名が襲撃された。

前代未聞だな・・・奴等ぁ猿だ!]

『 新宿・・・ねコジさん、詳しい場所と情報を頂戴 』

小島はGPSで涼子の現在位置を確認し、GT−R改に搭載のコンピューターにリンクした。

[ どうだい、見えたか?]

『 見た!』

[ 次いで画像も送るぞ ]

ナビのモニターいっぱいに、京劇の化粧を施した男が映った。

『 クッ・・・今、笑えないのよ、コジさんのタコ・・・。コジさん、今回は私、キレるわよ!』

[ あいよ!しかし、油断するなよ? US 大使館、騙くらかして、偵察衛星でもモニタ−してるからな。

いいか!絶対に油断するなッ!]

『 了・・・解っ!』

 昼夜を問わず、雑多な人間で溢れかえる街。修学旅行の観光バスが2台、3台と通る。

車窓から覗かせる顔はどの瞳もキラキラと輝き、都会の高層ビル群を見上げ、ため息をつく。

夢や憧れ?それとも落胆なのか・・・しかし、腐敗しきった現実までは、若い彼らの眼に映りはしないだろう。

信号待ちをするバスのすぐ傍らで、同じ年頃の少年がクスリを売っている姿など見えはしない。

車中から見える風景は一見、とても平和なのだ。

『 猿党だからって、ご丁寧にお面? エテ公め!・・・さっさっと退治してくれるわ 』

 新宿御苑の緑を横目に流した時、小島から二度目の連絡が入った。

[ 姐御っ! Nシステムで、不審車両をキャッチだ!]

小島も本調子だ。

[ そのまま西へ行ってくれ!近いぞ!!]

小島の指示よりも先に、涼子はいち早く反応していた。スロットルを煽ると、ギヤを 4 → 2 と飛ばして落とす!

クラッチを唐突に繋いだ。エンジンがけたたましい唸りを上げる。矛盾する回転に、タイヤも負けじと叫んだ。

GT-R 改 は綺麗に向きを変え、スクランブル交差点のまん真ん中を逆走し始める。

泡を喰ったのは、しつこく尾行て来たBMWの男だ。驚いたように口をパクパクし、涼子に見とれたまま、

都営バスにオカマを掘った。周囲の車から激しく鳴るクラクションと怒号のシンフォニー。

ステアリングを握る涼子の手がすっと上がり、真紅の指先で敬礼した。

『 悪いわね!』

- つづく -

by nyao


Vol.27

2005/ 2/18 UP!

 

 『 オヤジさん、何だって?・・・ 』

マセラ−ティのダッシュボ−ド、棗形の時計をなぞりながら京介は言った。レイコは車外の新宿副都心を眺めながら、

曖昧な返事を返す。

『 アナタ・・・そばに居るのが京介なら心配ないって、そう言って・・・ 』

『 じゃなくってさ!』

『 ・・・今は、情報が錯綜しているわ。父には、各方面からの情報入手も頼んでおいた 』

首都高速の継ぎ目が ” タタン・・・タタン ” と、規則的なリズムを刻む。斜陽が反射して、副都心は金色の輝きを放っていた。

 外苑、初台と進む内、順調な走りにも翳りが見えてくる。

暫くすると、名物の渋滞にガッチリと捕まった。考え込んで口数の少ないレイコを気遣い、京介は町並みを見ていた。

巨大なビルもあれば、狭間で息を潜める様にして佇むモルタルの建物もある。何れにせよ、この場所に改めて建てるとなると、

結構な額の金が必要になるだろう。人々は戦後の焼け跡を、復興、経済成長という錬金術により、自らも想像がつかない程の

鉱脈に変えてしまった。

 ラジオのヒップ・ホップが鬱陶しく思えてきた京介は、他のFM局を探す為にチュ−ナ−へと手を伸ばす。

と、変則的な動きをル−ムミラ−に見て、目をとめた。マッタリとした渋滞の秩序を、その ” 変則的に動く物 ” が乱している。

右へ左へと、執拗にレ−ンチェンジを繰り返すトラックが居た。旧式の、古臭い色のコンテナを纏ったトラックだ。

ウインカ−を出すと同時に車首を割り込ませるので、周囲の車からは抗議のクラクションが浴びせられた。

トラックの運転手は構わず、譲らぬ車に対し大きく身を乗り出してそれを制していた。

『 ったく・・・何、急いでやがんだ 』

その声に、レイコも振り返る。” 興味なし ” とでも言いたげに、溜息と共に向き直った。

 車列を掻き分けたトラックは、漸く目当ての車に追いついた。 間に、営業用のバンを挟んでいる。

事前情報通りダ−ク・ブル−のボディで、ソフト・トップのリアガラスから辛うじて窺える内装は、タンだ。

運転手は、背後の荷室とを仕切ったパ−ティションを開け、声を掛ける。

『 頭領・・・目標に追いつきました 』

荷室には、一見して金庫にも見えるボックスがあった。黒塗りで、” 小型の冷蔵庫 ” という感じだ。

声を受けると扉のハンドルが回り、重厚なラッチ音と共に 10 cm 程の厚みがある扉が開いた。内壁には、一面の鉛が

貼り付けてある。 中から、酸素呼吸のマスクをした男がヌッと覗く。明かりに目をしかめながらマスクを取ると、下の顔には

異様なメイクが施してあった。首を左・右に振りポキポキと鳴らしながら、京劇メイクの男は言った。

『 ” 九龍の予言者 ” か・・・ようやくお目にかかれるな。ご苦労だった、李 』

 煙草に火を付けようと身をかがめた京介は、ル−ムミラ−に目をやった。

先程の無秩序トラックが、数台後ろに居ることに気付く。

『 あぁ・・・さっきの奴だぜ 』

瞬間、隣で微睡んでいたレイコが飛び起きた。

『 ダメぇっ!・・・ 』

驚いた京介は煙草を銜えたまま、目を丸くしている。

『 どし・・た?』

『 来てる・・・す、スグ近くに居るわ京介!』

『 なっ? えぇっ? 何が、どこにだっ!!』

ガックリと首を垂れたレイコは、肩で大きく息をしている。軽く揺すってみるが、レイコは項垂れたままだ。

『 大丈夫か・・・オイ、しっかりしろレイコ!』

声に反応する様に、レイコはゆっくりと面を上げる。が、正面に向き直る寸前で勢い良く反り返り、ヘッドレストが

軋む程、後頭部を叩きつけた。

『 早く・・・逃げなくちゃ・・・キョウス・・ケ 』

見えない物におののくレイコ。額に掛かった乱れ髪の間から、ゆっくりと瞼を開く。現れた瞳は、漆黒に覆われていた。

京介は、火を点けぬ煙草を握りつぶした。

 

 『 先生・・・ 』

デスクで考え込む細井に、小田切は声を掛けた。熟考しているので、小田切の存在をも忘れている。

細井は磨き上げられたスタンウェルのパイプを、ゆっくりと引き抜いた。煙りを糸の様に吹き出すと、デスク脇に

積み上げられている陳情書類の上に灰を落とす。小田切は、慌ててそれを払った。

『 どう出るか、だな・・・ 』

『 先生、インタ−ポ−ルを初め各チャンネルには、手配を済ませました 』

『 うむ 』

『 それから、東北、関東、神戸の ” 社長 ” 達から、臨時総会招集の要請がありました 』

『 だろうな。敏感な闇社会の住人だ。皆、気が気ではないだろうよ。元気だったかね?』

『 ハイ、表だった動きは無いものの、噂が噂を呼び皆、疑心暗鬼になっていますよ 』

『 ・・・ 』

 通常国会も、開催が迫っていた。郵政民営化問題で細井は、反対派の急先鋒を担っている。ニヤケ顔の宰相を

どういたぶってやろうかと手ぐすねを引いていた所で、厄介な問題に苛まれた。それどころか、日本の民族構造を根底から

揺るがしかねない大事件である。フィクサ−を自認する細井にとってそれは、自らの終焉をも意味する。

パイプを放り投げるとニヤリと笑い、佇む小田切に言った。

『 伝説だか何だか知らねぇけどな、相手にとって不足なし、だ!君も、得意のネットで調べてくれ 』

『 ハイ 』

『 場合によっちゃあ、関係部所への進入も構わん。ケツは、俺が持つ 』

『 そのお言葉、お待ちして居りました 』

小田切の瞳は輝きだした。両の手を握りしめると、幸せに打ち震えた。

- つづく -

by coji


Vol.26

2004/12/11 UP!

 

 ラジオから昼のニュースが流れる。

[ 今日 未明、難民収容所内の施設が何者かに襲撃されるという事件が発生し、職員に多数の死傷者が出た模様です。

容疑者は爆発物の様な物で建物を破壊し、建物は現在も炎上しております。消防の必死の消火活動が続いていますが、

現場では延焼の可能性もあるとして依然、緊迫した状態が続いております。 警視庁及び公安調査庁では、事件の全容解明を

急ぐと共に、逃走した模様の難民11人の行方を追っています。尚、警視庁では・・・ ]

 

 空っぽになった酒のカップを転がし、芝生の上で昼寝をするホームレスの男。その傍らで、小さな子供と

ボール投げをして遊ぶ若い母親。散歩をする人。ジョギングをする人。弁当の入ったビニール袋を手に提げ、

おしゃべりに夢中のOL達。午後の新宿中央公園に は、雲ひとつない青空から暖かな日差しが降り注いでいた。

都会のコンクリートジャングルに、ささやかな憩いを感じさせた。

 コンテナを載せた一台のトラックが、公園の外周を流していた。助手席に座った男が話しかける。

『 日本という国、私には天国のように見える。なぁ? 李よ 』

李と呼ばれた男が答える。

『 はい。前にもお話しましたが、腰抜け集団と平和ボケ国民ばかりですな。 若い者達の多くは [ 希望がない!

夢もない!刺激がない! ] と言う、” 3ナイ状態 ”のヤツ等ばかりです。でも、不思議ですな。不抜けている様でも、

独創性はありませんが、テクノロジ−は世界一、です・・・』

ステアリングを鷹揚に動かしながら、李は吐き捨てた。

『 フッ・・・我が国とて、同じだ。そのボンクラ共を目標にし、血眼になって後を追っておる。しかし・・・

目指しておるのがコレだとは、な・・・ 』

昼のニュースが終わり、J ポップの軽快な音楽に替わった。

 [ ふぉ〜ふぉ ふぉあっ! ]

顔に京劇の化粧を施し、原色の色鮮やかな衣装に身を包んだ王は、肩を揺らして踊る。

『 しかし頭領、その悟空のメイクは・・・』

『 ん? ちと地味か?』

目を剥いた王は、戯けて見せた。

『 い、いえ、そのようなことは・・・あ!っと 』

都庁の正面を通り過ぎ、甲州街道へ抜けようとした時だった。前方に停ったパトカーから降り立った警官が、赤い棒を

振ってトラックに停車を命じた。パトカーを少し通り過ぎ、路肩に停車する。太り過ぎた警官が腹を揺すりながら近づき、

背伸びしてウィンドガラスを叩く。

『 お・・・お手数ですね、ちょっと免許証を拝見 』

不審者を見る目だ。言われるままに、李は偽造免許証を見せた。

『 おや?” キムラ タクヤ ” ・・・ お宅、キムラ・タクヤさん?』

免許証の写真と男の顔を見比べながら、ふざけた顔で警官が訊いた。

『 はい、キ・ム・ラ・タ・ク・ヤ ですが・・・』

『 あっそう・・・まっ、いいや。で、今日はどちらまで行くの? 』

『 今夜、新宿の中華料理店で京劇の出し物があるんですよ。うちはその劇団なんですがね、ちょっと道に迷って・・・

あっ、コンテナの横に名前書いてありますから 』

『 ふ〜ん・・・と、” 華猿劇団 ” ね・・・』

書き込もうと手帳を開くが、ページがふわりと浮いてパラパラと捲れた・・・。薄気味悪い孫悟空男が [ ヒュ〜 ] と口笛を

吹いてニヤリ、笑った。海女が波間で上げる様な音に驚き、警官は眉をしかめる。

『 ど〜もすみません、ハイ。ウチの看板スターです。悪戯好きで・・・』

『 ふぅ〜ん・・・スタ−ね。じゃ、コンテナの中を拝見させてくれるかな ?』

憮然とした警官は、胸を反らして言った。

『 ハイハイ、どうぞ。小道具と衣装しか載せてませんけどね 』

王の目が、ス−っと細まる。

運転席から降りた李は、ゆっくりとコンテナの扉を開けた。

 

 涼子は目を瞑ったままでいた。

『 どうした、涼子ちゃん? 気分でも悪くなった か?それとも・・・寝てんのかい?』

小島がそろそろと涼子の顔を覗く。

『 [ふわぁ〜ああっ]つまんない。二流ホラーーーぁぁあ!っと・・・』

足を組み替え、両手を頭の後ろに回した涼子が涙目になる。欠伸で・・・。

『 涼子ちゃん、マジ? マジかよ・・・平気なん ?コレ観てぶっ倒れたヤツ、大勢いるんだぜ!』

『 あらっ、コジさんらしくもない! こんなの、カメラを意識してやってる役者もどきじゃない。” 人食いレクター ” じゃあるまいし、

くだらない演出よ 』

『 ・・・ 』

『 被害者は気の毒だし、殺害方法もえげつないけど、全編、カメラ目線なのがムカつくわね 』

『 ・・・そ、そうくるか 』

小島は呆れる。

『 でもよ、生き返るってのは尋常じゃな・・・』

『 だってぇ、最初から死んでないんだもの!瞬間的に呼吸を止める術でもあるんでしょ、このマジシャン。

ほら、プリンセス天功とかよくやってるでしょ、” 大脱出 ” とかって・・・』

『 ん? だい? 』

指で右頬を掻いた。

 尤もらしい涼子の説明に [ ああ、有りえるかな・・・?] と一瞬思ったが、腕組みをした得意満面なこのジャンヌダルクに

屈することは、男としてチョイと悔しいので言葉に出来ない。

涼子は、ボタンの取れたブラウスの前を上から覗き、下のブラを摘む。

『 もう!役立たずね、このボタン!!』

[ ペチッ! ] と、自分の胸を叩く。癇癪を起こす涼子に、小島は思わず吹き出した。

『 ちょっと、コジさん!笑ってる場合じゃないでぇーす!』

『 アハアハッ・・・ああ、そうだったな。スマン スマン・・・ 俺が押さえてやろうか?プッ!』

屈託のない涼子のペースに、思わず小島も乗せられてしまう。[ 君なら、やれるかもな ] という言葉を呑み込み、

頬を膨らます涼子に言った。

 『 今朝の難民収容所の爆破な ?あれは、コイツらの仕業だな。まず間違いない 』

『 ねえコジさん、やっぱりアイツ、猿の一味?・・・ 派手にもほどがあるわね・・・ 』

前代未聞の手口の数々と、カメラの前で恍惚の表情を浮かべた男の印象とが、涼子はなかなかリンクしなかった。

『 海保からの情報も見直したが、収容時の判断はやはり、” 死亡 ” だった。猿党がどんな奴等で、目的は何なのか

分からんけどな、様々な情報を整理すると、そう考えるのが自然だろ? んで、あの手口だよ。毒入りのシャブをバラ撒いたり、

入国には海保を使いやがる・・・ 』

『 外堀から攻めんのよ・・・ 』

涼子は、指でペンを回している。

『 これからどんな派手な暴れ方するのか・・・並みじゃ ねぇぞ?。手段を選ばない、どんなことでもするな、ありゃ。

さて、お次は・・・おい涼子ちゃん、おまえさんの ” 親戚 ” は大丈夫か?』

『 コジさん、ヤツラは短期決戦を仕掛けて来るつもりかしら? だったら、もっと大物を狙って、一気にカタをつけるんじゃない?』

『 そうだな。手っ取り早く闇将軍当たりからいくか?』

『 ちょっと、コジさん! その線、 臭うわよぉ〜プンプン臭ってくるわよ! 表と裏が出会う所・・・” フィクサ− ” ですもんね?』

クンクンと、しかめっ面の涼子が鼻を鳴らした。

『 よしっ!こんなことしてらんない。出発よ、出発! ほら、コジさん !!』

涼子は、小島の胸ぐらを掴む。

『 いや、俺、” 情報 ” だし・・・そりゃ、お前さんの仕事だろ・・・ 』

両足を揃えて勢いよく立ち上がった涼子のジャケットがめくれ、肩にかけたホルスターからベレッタが覗いた。

小島の視線に気付いた涼子が、一輪挿しの花に人差し指を向け [ パァーン! ] とおどけた。花びらが一枚、小島の膝に落ちる。

『 そ、その調子!出撃準備完了ってとこだな、ハハハ・・・ 』

『 フフッ・・・他にも色々ございますのよ〜ん。アハハハッ!』

得意げにマシンガンを撃つポーズをする涼子に、小島は [ 降参 ] と両手を上げた。

『 どうでもイイけどな、ストッキング、デンセンしてるぞ・・・』

『 あ、ウン。どうせスグ、脱いじゃうから 』

涼子は笑いながら、部屋を出た。

- つづく -

by nyao


Vol.25

2004/11/20 UP!

 

 京介だけが、入室を許されなかった。

尤も、ボディ−ガ−ドに見張られながらア−ル・デコの応接間で 細井 勇蔵 を拝むなんて、そんなに

楽しとも思えない。むしろ、遠慮したい程だ。たとえそれがレイコの父親であっても、その事に変わりはない。

『 あぁ・・・君、俺まで見張る必要があるのかね? 何もしないさ、大人しくここでこうして座っているよ 』

分娩台の様に沈み込むソファ−にフン反り返り、京介は正面の ” 見張り ” に言った。どこか地方の名のある ” 組 ”、

そこからの出向者であろう。細井の、政治の上での私設秘書ではない。地味なス−ツを着込んではいても、堅気でない

のは一発で分かった。

『 どうぞ、お気遣いなく。くれぐれも失礼の無い様、言いつかって居ります故。ご用の節は何なりと、この ” アタクシ ”

にお申し付け下さい 』

身長が 2m 近く、左の口元から耳にまで達する傷を持ったその ” 秘書 ” は、瞬きひとつせずに言った。

 

 娘の特殊能力を知る細井は、レイコの話を笑い飛ばす訳にはいかなかった。

『 そうか・・・そんな暗示があったんだな?』

『 先生の周囲では、未だ目立った動きはありませんが・・・』

黙り込んでしまった細井の後を、秘書の小田切が受ける。ハ−バ−ド卒、MBA修士、日・米の弁護士資格を持つインテリだ。

 地方の細井配下のシマ内で、小田切は巧妙なネット詐欺を展開していた。派手な利益を上げていたところへ、配下が

目を付けた。命と引き替えに、その頭脳を細井に尽くせと、スカウトされたのである。以降、インサイド/アウトサイドの両面から、

細井をサポ−トしている。当初は組織の ” 籠の鳥 ” になる事を嫌っていた小田切であるが、イケるとなったら金に糸目を付けぬ

細井の豪快な姿勢と、元から世間を蔑んでいた気質とが相まって、今では心酔し切っていた。

 『 私の見た事が、全て現実になる訳じゃないのよ、パパ・・・』

茶の作法を流用し、小田切はコ−ヒ−をレイコに出す。

『 ああ、分かっとるよ 』

『 でもね、私が意識を遮断する間もなく、あの ” 想念 ” は私に割り込んで来た。色んな相手と闘ったけど、あんな力を持った

相手は初めて・・・』

『 日本で工作活動を仕切っていると思われた孫も、アッサリと消された・・・』

『 先が読めないわ 』

コ−ヒ−を口にしたレイコは、小田切に頷く。

 『 ほんの暇つぶしのつもりでお前に頼んだ仕事だったが、あれがウチの者だったら、どうなっていたやら・・・な 』

『 謂く付きのブツでしたね。警察の間諜からも、科捜研が閉鎖に追い込まれたとの情報がありました 』

『 うむ、儂等が手中にしていたら、トンでもない事態になっとった。相当な切れモンだな、向こうは。そして、躊躇が無い 』

『 小田切さん、もう一杯頂ける? 』

小田切は、保温器からカップを取り出した。

『 ええ。正面きっては、アメリカが出てくる。裏社会を混乱させ、しいては表の口を封じるのが目的よ 』

『 自国民を拉致されて、数十年も惚ける国だからな。すぐに ” 微妙な問題 ” にすり替わる。噂には聞いとったが、

半ば伝説化しとった。相手があの ” 猿党 ” だとすると、些か厄介だな・・・』

『 ・・・ 』

『 東北の親戚筋からも知らせてきたが、シマ内で訳の分からない ” 大陸人 ” が不穏な動きをしているとか・・・』

『 もっと情報が欲しいわ、パパ。外交からも、お願い 』

『 オイオイ・・・お前はもう、諜報の一線からは退いた身だろう! これからは、お遊びでは済まんぞ?』

『 はい。でも、京介が居てくれる・・ 』

『 あの ” デコ助 ” 崩れと、ま〜だ続いとるのか?』

『 訓練は受けた人間よ、京介は。下手なボディ−ガ−ドより安心だわ。それに・・・』

レイコは昨夜のセックスを思い出し、両腿で恥丘を挟み反芻した。

『 まぁいい、調べはついとる。なるほど、居ないよりはマシだろう・・・ 』

細井は葉巻を掴むと、カッタ−を探した。

 

 『 [ハァハァハァ] ・・・まだ、やりますか? お付き合いしますよ・・・』

” 秘書 ” は、ボディ−ビルダ−の様に腰に手を当てた。誇らしげであった。

『 その割には、息が上がってるじゃないか? ここまでの2戦は、ウォ−ミングアップだよ。さ、本番だ!』

顔を紅潮させた京介は、上着を投げ捨てる。構えた拍子に勢い余って、飾り台から下ろした花瓶を蹴飛ばした。

『 蹴りましたね! ホンモノの青磁ですよ?それ・・・』

秘書は言いながら指をクネクネさせ、慇懃無礼に肘を付く。

『 あ、そう。イクぜっ! レディ−・・・GOっ!』

膨れ上がった両者の上腕筋からは、強烈な熱が発せられた。サ−モグラフィ−で見たら、画面は朱に染まっている事だろう。

8 割方倒された京介は、一旦、指を開く。親指を中にして、ユックリと人差し指から握り直した。ミリ単位で反撃する。

それに比例して、秘書は目を見開いた。押さえた飾り台は大きく震え、軋み音を立てる。秘書の拳も軋み始めた時、

台が砕け飛び、秘書は尻餅をついた。肩で息をつきながら、[ 信じられない !] と言った表情で京介を見つめる。

ドアが開き、小田切が顔を出した。

『 お待たせ致しまし・・・な、何をやっとるんだ、君はっ!』

床に転がる秘書と京介とを、代わる代わる見る。

『 お、終わった様だぜ・・・勝負は、お預け・・・だな?』

上着を掴むと京介は、小田切にウインクした。

- つづく -

by coji


Vol.24

2004/11/11 UP!

 

 解剖室での一部始終が監視カメラに残されていた。N県警から届いたテープのコピ−を、小島は入手した。

一通り目を通し、大きく溜息をついた。

『 う〜ん・・・』

唸ったまま、椅子の背に体重を載せた。もう少しで後ろに仰け反りそうになり、慌てて両手をパタパタと振り回す。

[ ふぅ〜 ] と、息を洩らした。ガラスのパ−ティションで仕切られている向側で、年齢不詳の婦警が大口を開けて

ゲラゲラと笑っている。その唇は、燃える様なル−ジュだ。

[ ぐっ・・・見世物かよ、俺は ]

 冷め切ったコーヒーをいっきに飲み、小島は上着のポケットから煙草を取り出した。が、庁内禁煙を思い出し、

元に戻す。

『 しっかしまぁ・・・こりゃあ、ハリウッドのサイコ・ホラーなんか問題じゃないぜ 』

テープを見た捜査員のほとんどが、気絶したという。残忍な殺され方で弟子を失い、執刀医の教授も相当なショックで

寝込んでしまったらしい。小島は素直に同情した。涼子と小島達の今回の相手は、今までのような ” 人のテロリスト ”

とは違う。苛立たしさにデスクをピアニストの様に弾きながら、もう一度、再生ボタンを押した。

 

 [ これから準備に掛かりま〜す ]

監視カメラに向かって、黒川がおどけて言う。カメラ目線でニヤッと笑うと両手を広げ、右足をポンと蹴ってターンした。

スキップする度にだぶつく腹の肉が上・下に揺れる。朗らかで陽気な性格が窺える。

 窓際のデスクに近づき、重なった資料を指で弾きながら一枚一枚、捲っていく。天候が気になるのか、それとも検案書に

疑問でもあるのか、時々首を左右に傾けブラインド越しに外を覗いていた。黒川の動きが止まってしまうと、シーンと

静まり返った部屋は一層、薄気味悪い。こんな部屋で身元不明の死体と対峙している気持ちは、いくら昼間とはいえ

常人には理解し難い。もしかすると、黒川のあのトボけた仕草は、自らの気持ちを奮い立たせる為のものかも知れない。

ここまで時間にして4・5分、変わったことは何もなかった。

 どこからか [ ヒュー  ] という笛のような音が聞こえた。黒川はハッと驚き、部屋の中をキョロキョロと見回す。

資料を、そろりとデスクに戻す。再び、[ ヒューーーーーーー!] という不気味な音がした。

不安気な顔で黒川は後ろを振り向いた。外は相変わらずの雷雨。 [ ゴクリ ] と生唾を飲み込むと、

恐る恐る解剖台へと向かう。不安と恐怖が入り混じったようなカクカクとした足取りで近づき、死体の前に立った。

差し出した手の先がシーツの上で迷っている。

[ ヒューーーーーーーーーーーーーー!!! ] 突然の雄叫びとともにシーツが捲れ上がり、黒川を巻き込むように

大きく包み込んだ。

[ ぎゃあぁぁー!] という黒川の大絶叫が聞こえるが、カメラの前をシーツが邪魔をして何も見えない。

最後の言葉を残す余裕も与えず、喉仏を一撃で潰し、黒川はこの時点ですでに即死だったようだ。

画面端のカウンタ−は、10 分を回ったところであった。尚も時を刻み続けている。

 今にして思えばこの後、自らに起こった惨劇を知らずに死んだことは、彼にとっては幸いだった。

首がガクン!と折れ、後ろに倒れる。黒川の逆さまに映った顔が引き攣り、断末魔の恐怖を物語っている。

倒れ掛かった体が天井高く浮き上がったかと思うと、信じられない加速度でそのまま床に叩きつけられた。

全身の骨がボキボキと音をたて、二度・三度と弾む。操り人形のようになった黒川は吊り上げられる様に

床から撥ね、鈍い光を放つ解剖台の上にグニャリと転がった。薄ら笑いを浮べ満足そうな顔をした男が、カメラの前に

現れた。全裸のまま両手を後ろで組み、胸をそり返し、先ほどまで死体であったその男は、歯茎を出して笑っていた。

隆々とした筋肉が鼓動で波打ち、まるでミドル級ボクサーのように締まった、全身が鞭といった感じの男だった。

黒川の白衣を剥ぎ取ると意味不明な言葉を叫び、頭上高く上げた手を鋭利なナイフのように振り下ろした。

吹き出した鮮血がモニターにまで掛かり、端を赤く染める。腹部に突き刺さった手は、そのままグルグルと

黒川の腹部を掻き回し始めた。幾筋もの鮮血が滴る臓器を握り出すと、男は恍惚とした表情で両手の中で弄んだ・・・。

 

 『 もしもぉ〜し。お呼び出し致しまぁーす! コジさん、コジさん、至急、男子トイレ1番ゲートまで出頭してくださぁーい 』

トイレ横の壁に背を預け、腕を組んだまま涼子が叫んだ。職員たちが遠巻きにして [ プッ!] と吹き出し、関わりを

避けるように下を向いた。

『 ふ〜んだ 』

ちょうど目の前を通り過ぎようとした職員の前に、涼子は右足をサッと出す。

[ ドタンッ!]・・・[ きゃはははっ!] 派手な音と涼子の高笑いが、トイレにいる小島の耳に聞こえた。

濡れた手をハンカチで拭きながら、小島は言った。

『 おいおい、涼子ちゃん・・・トイレの前で派手な呼び出しするなよ。おっとっとっ・・・』

床に転がった情けない職員を跨いで、小島がズボンの腰をずり上げる。

『 もぉ〜 落ち着いて用も足せないぜ! 危うく皮ぁ、挟んじまうトコ・・・』

『 あはっ! あはははっ!! だってコジさん、見せたいものがあるから早く来いって、そう言ったじゃないですか。

何ですか? その見せたいものって 』

『 それがコレ・・・いや、そう慌てるなって。あっ、その前に涼子ちゃん、トイレはいいのか?』

『 ガルル・・・子供じゃありませんでしょッ!』

『 ははっ! お漏らししてもしらねぇぞ?』

涼子が目を細め、横目で小島を威嚇した。

『 ぶるっ! も一回行って来てもいいか? トイレ?』

『 コジさんッ 』

白い歯を出して、イーッという口をした。

幾分青ざめた顔の小島を見て、まんざら冗談ではないことは涼子にも察しがついていた。

[ ふふん、やっと ” 猿 ” のお出ましっ、てことね ]

戦闘のヴィーナスの不敵な笑いを見て、小島は ブルッ!と身震いをした。

『 ちょっとアンタ、邪魔っ!』

蹴り上げたハイヒールが脱げ、勢いよくスッ飛んでいく。

尻餅ついたままの職員は、頭を抱えて小さく呟いた。

『 ろ、ロケット爆弾発射ですで?・・・』

涼子は、中指を立てた。

- つづく -

by nyao


Vol.23

2004/10/15 UP!

 

 リゾ−トホテルとはかけ離れた雑な風景を眺めながら、レイコはコ−ヒ−を啜っていた。

明らかに昨日の事を反芻しているであろうその背に、京介は話し掛ける事が出来なかった。こうした逡巡も又、

レイコには悟られている。

『 ” 全てお見通し ” ってのも、結構、辛いんだな・・・ 』

殆ど寝ていない京介は、ドッカリとソファ−に沈んだ。

『 うん・・・分かってくれる? 』

半拍おいて、レイコは答えた。

 状況を聞いた京介は、暫し考え込んだ。

『 じゃ何だ・・・現実と暗示が、相互して現れた、って事か? 』

『 そうよ。自分でも良く分からないけど、透視だけ、予知だけって感じじゃないみたい・・・ 』

『 それを、お前・・・ 』

『 そう、都度、判断するのは、私・・・ 』

『 そんなもんなのかぁ・・・ 』

『 アラ、常人だってそうじゃなくて? まず現況、思惑、理想・・・全部、真実じゃないし又、間違いでもない 』

『 そりゃ、そうだ 』

『 ね? 私の力だって、同じ 』

『 ああ・・・そうだな。オイ!親父さんのこ・・・ 』

『 あれは、暗示だと思う・・・思いたい。だって、もし現実だったら、今頃ニュ−スで大騒ぎしてるわよ 』

『 ごもっとも 』

 京介は、なかなか核心に触れなかった。諜報員だったレイコをここまで動揺させた、” 何か ”。

語らせる事によって、冷静な自己分析を促す。探偵の本分を、忘れてはいない。 尤も、この意図もレイコに

読まれていると思うと、萎える京介ではあるが。

 

 『 じゃ何か、お前が見た親父さんのその、ナニは・・・ ” 想念 ”ってヤツか?』

窓を閉ざしたレイコを見た。

『 うん。祠での事はね、” そこにある現実 ” なのよ。ただ、悪意のある仕掛けが、蛇になって見えたのね 』

京介は、頷くしかない。

『 父の事はね、敵の想念、” 予告 ” みたいなものよ。” こうするぞ ”って言う 』

チェックアウトを促すTELが入る。

『 ああ・・・予定通り、失礼するよ・・・じゃ 』

受話器を置いた京介は、立ち上がった。レイコも従う。

 革の色をノ−マルのアイボリ−からタンに替えた、マセラ−ティ・スパイダ−。

特に内装に於いては、造形の伊達さといい色遣いの妙といい、センスの良さではアストン・マ−ティンと人気を

二分する。親会社のフェ−ラ−リですら、その比ではない。ダッシュボ−ド中央にある棗形のアナログ時計は、

10 時半を指していた。

『 京介・・・ル−フ、閉めてもらってもいいかな?』

些か楽にはなったものの、受けたショックは隠せない。それが命の爽快感を、レイコはためらった。

『 ああ、いいぜ 』

京介は、シフト脇のスイッチを押した。

 昨夜の渋滞が嘘の様に、高速は順調に流れている。

140 から 160km の間で流しながら、京介は背後に気を配っていた。覚醒剤の入手には失敗したものの、後ろめたさは

否めない。覆面からのレ−ダ−照射を避ける為、3 分おきにレ−ン・チェンジを繰り返す。

『 相手は、分からないのか?』

『 うん・・・強烈な悪意だけ・・・』

『 そっか・・・』

メルセデスの SLK が急接近してくるが、京介は相手にしない。

 『 しかし、背後から首をカッ捌くってのも、あ・・・スマン 』

『 ね、強烈でしょ? 何より、私の力が通用しないっていうのが、正直、怖いわよ 』

『 ああ、とにかく、仕切り直した方がいいな。俺たちレベルでいいのか、親父さんに相談しようぜ 』

シビレを切らした SLK が、これ見よがしに加速して行った。数秒の後、サイレンの音が迫る。

クラウン・マジェスタの覆面がハイ・ビ−ムを点灯させ、加速に尻を沈めながら猛追する。

” してやったり!” の京介は、ステアリングを叩いて喜んだ。

『 あんな相手、初めてよ・・・』

レイコは、聞いていない京介に呟いた。

 

 『 次の方、ああ・・・法務局長・・・』

与党民生党本部の一室で、細井は陳情を捌いていた。秘書が法務局長の高田を見留、細井に言う。

『 先生、法務局長がお見えになりました・・・』

細井は、人払いの仕草をした。

 『 細井先生、お呼びだそうで・・・』

法の番人と言うよりも教員を思わせる風貌の高田は、探る様な目で細井を見た。

『 まあ、掛けなさいよ・・・』

言葉は形だけで、細井はソファ−を顎でしゃくった。高田は口をへの字にし、痔持ちの様にソロりと腰掛けた。

『 何やら配下の方達が喧しい様だね・・・その、医師会の件じゃ 』

細井は、医師会の不正献金問題を切り出した。世間の追い風を受けて、芋ずる式に与党の大物議員まで手繰られそうな

様相を呈している。

『 何だ、その件ですか・・・』

高田は憮然とした態度で茶を啜るが、既に細井の気に圧倒され、額は汗ばんでいた。

『 どうだね・・・そろそろ、手打ちとしちゃあ・・・』

目を細め口元だけで微笑む細井は、両の手を擦りながら言った。高田は、飲みかけの湯飲みを勢い良くテ−ブルに

置いた。

『 先生、何度も申しましている様に、政治資金規正法の観点から言って・・・』

タイミングを見計らい細井は、タップリと書類の入った事務封筒をテ−ブルに放り投げた。意味が飲み込めぬ高田は、

無言で細井を見る。

『 何ですか、こりゃ?』

ギリギリで、体裁を取り繕っている。

『 なかなか楽しそうじゃないか?” SM遊び ” ってのも・・・』

高田の顔は、みるみる血の気を失って行く。弾かれた様に封筒に飛びつくと、ワナワナと中身を掴み出す。

『 こっ、これ・・・一体!』

高田の手から、ハラりと一枚の写真が落ちた。そこには、剥きだしのペニス以外ボンテ−ジで身を包んだ高田が

写っていた。恍惚の表情で、” 女王 ” の放尿を浴びている。しっかりと勃起しているその様は、” 絵 ” になっていた。

のめり込んでいる高田に比べ、女王はカメラ目線である。マジックミラ−越しの撮影だった。

 よりによってベストショトを落としてしまった高田は、震える手でそれを拾い上げた。心臓の発作を起こした者の様に、喘ぐ。

『 写真だけじゃないぞ? その ” 女王様 ” の身上書、素行、君との・・・何て言ったかな・・そうそう、” プレイ ” か、

その時を解説した証言のテ−プまである・・・』

最早これまでと悟った高田は床に跪き、次いで平伏した。

『 先生・・・その、この件は・・・何ぶんとも・・・』

『 なぁに、気にする事はない。素敵な趣味じゃないか?なあ!』

そう言って細井は、背後の秘書を仰ぎ見た。額を床に擦りつけた高田は、ついには啜り泣いた。

『 泣くなっ、胸が悪くなる・・・』

『 ハ・・イ 』

『 分かっとるな?』

『 ハイっ、この件は、私の命に替えても鎮めてお見せ致します!金輪際っ、決して!!・・・』

『 もう、いい 』

『 鬱陶しい、マスコミも抑えろ 』

『 ハイ!!!』

『 番犬はな、大人しく庭で、尻っ尾でも振っとれ 』

そう呟いた細井は、閻魔大王よりも威厳に満ちていた。

 

 封筒でテ−ブルをトントン叩いた細井は、冷めた茶を飲み干した。電話が鳴る。

『 先生、孫が遺体で発見されたそうです・・・』

『 なに?あの、孫か・・・』

二言・三言話すと、秘書は受話器を置いた。

『 ハイ・・・大井埠頭で、全身の骨がバラバラだったそうです・・・』

『 しかし、土左衛門となりゃ、よく身元が分かったな?』

『 重しが外れて、比較的、腐敗は軽かったとか。それと、首に ID が縛り付けてあった様です、これ見よがしに・・・』

間諜からの報告を、秘書は伝えた。細井は、黙り込んだ。

『 先生・・・』

この程度で狼狽える細井ではない。秘書は、指示を仰ぐ。

『 ヤツ程度は、捨て駒だったって訳だな 』

『 単純な話では無さそうです・・・』

『 レイコに連絡しろ。迂闊に動くな、と言うんだ 』

『 ハイ 』

日本の政治家に対し、様々に画策して来た孫。その多くで、首魁であった。裏切りか粛正か、既に用済みだったのか。

何れにせよ、これまでとはスケ−ルが違う。と同時に、孫の死には、強いメッセ−ジ性が見て取れる。

『 ったく・・・スケ−ルが違うな、大陸はよ 』

鬼が出るか、蛇が出るか。葉巻の吸い口を切りながら、以降の陳情のキャンセルを細井は秘書に告げた。

- つづく -

by coji


Vol.22

2004/ 9/24 UP!

 

 ドガァァァーーーン!!! 閃光とともに、突然の落雷が町を襲った。神経に障る、周波数の高い雷鳴だ。

一瞬のうちに黒雲に覆われ、昼時の賑やかだった町は不気味な闇に包まれた。

[ 先日観た映画、バンパイア出現シーンのようだ ] と、N医大の法医学教授の佐藤は思った。

 フロントガラスに叩きつける雨はワイパーの動きを阻み、視界を遮られ、少なからず流れていた国道も、

今は身動きできない。大渋滞であった。あちらこちらでクラクションの派手な音が聞こえる。

佐藤は、伸び上がるようにして前方を見た後、ハザードを点灯しながら路肩に停車した。

 午後から、不法入国した難民船で発見された男の死体解剖の予定が入っている。その中国人らしき死体を

所見した助手からは、不可解な報告を受けている。時間の経過とともに始まる死体変化がまるでないのだ。

そして・・・

[ まったく生活反応のない死体からは、不思議な「気」を感じた・・・ ]

考え込む佐藤の頭上を、激しく雷鳴が襲った。

『 うわっ!』

頭を抱え込み、シートの足元にへたり込んだ佐藤は、思い出したように携帯電話を掛けた。

『 もしもし、黒川君 ? 私・・・済まないが、この天気で凄い渋滞なんだよ。少し遅れそうだ 』

[ あ、先生!]

助手の黒川が、いつもどおりの大声で元気に返事をした。

[ こんな日に、嫌な天気になったもんです。先に準備しておきますから、ご安心を!]

『 頼むよ、スマンね 』

電話を切ると佐藤は、恨めしそうに空を見上げた。閃光に、身を竦める。

 

 『 ハイ、伝えます・・・ 』

電話を切った職員は、涼子に歩み寄った。

『 警視、課長がお呼びです 』

『 ほぅ〜ら、嫌な予感的中!』

高梨に呼ばれた涼子は皺を寄せた鼻をひくひくさせながら、若い職員達に指でラブ・サインを送ると、高梨の

公務室へと急いだ。

 『 失礼します 』

仁丹臭い高梨がデスクの端に腰掛け、皺くちゃのハンカチでメガネのレンズを拭いている。

『 おお、来たな。ところで浅見君、君には好きな男は居らんのかね?』

『 え?・・・きゃあははっ!』

不意を衝かれて、涼子のリミッタ−が飛んだ。

『 いきなりどうしたんですか課長、会議で何かあったんですか? 』

『 いや、浅見君ほどのレディーなら、男も放ってはおかんだろ・・・』

『 ・・・ 』

涼子は、高梨の真意を測りかねた。メガネをかけ、視線を涼子に向け目を瞬かせた。実戦訓練を受けているとはいえ、

涼子は女だ。しかも今回の相手は日本犯罪史上最悪のテロリスト。まったく予測の立たない相手であることが、

高梨の気持ちを不安にさせた。

『 あったりまえじゃないですかぁ〜。あはは・・・はぁ?で、そういう話ではないでしょ、課長?” らしく ” 、ないですよ 』

『 私もな、仏頂面して制服着てるのがバカバカしくなったよ。ああ、と・・・、今回の事件のことだけどな・・・』

『 課長!生き方変えるのは結構ですけどね、セクハラは私、容赦しませんからね?』

自分のことは棚に上げ、涼子は言った。腰に両手を当て、前屈みで高梨の眼前に迫った。

『 し、しかし浅見君・・・そのシャツのボタンが・・・いや、あのその 』

『 なんですかっ!オッパイが見えそうだからと言って、女を見くびらないで下さい 』

高梨はひとつ大きな咳払いをし、[ そ、そうだったな ] と言うと、デスクの引き出しから鍵を取り出し、

パーテーションの裏に移動した。特務課開設以来、開けたことのないキャビネットへと向かう。

 職務の上で女という事実は、涼子のは大きな武器だった。しかし、高梨の様な人物がそれを肴にドギマギする様子を

見ると、虫酸が走った。能力評価を左右されるのは、更に許せないことだった。

[ 女だから!・・・だから女は!・・・女のくせに! ]

能力も実力もない男に限って、そんなことを言う。何か吹っ切れた様子の高梨だが、ついさっきまで、これらの典型だった

男だ。高梨が黒いケ−スを担いで現れる間、涼子はこれまでに出会った腰抜けを一人ずつ思い出し、頭の中で

マシンガンをぶっ放す。

[ ふん!腰抜けの男なんか、皆殺しよ〜 ]

 『 どういう訳か・・・フゥ〜、長官から ” お墨付き ” が出た。君は ” 切り札 ” 、だそうだ 』

言いながらフタを開けると、現れたのは、涼子が身震いする様な武器の数々であった。

“ アサルトライフル ” / “ Cz75 ” / “ マシンガン ”。どれも涼子の手に合うように軽量化し、ロット中最良の部品を

組み合わせてチュ−ンしてある。

『 銃器だ。ま、君に説明は要らんだろ。諜報は、小島君も枠を超えた活動を許可された。うまく連携してやってくれ 』

高梨はアサルトの脇を指で突き、汚れ物でも触ったかの様に手を引っ込める。

『 分かりました。で、その・・・ブッちゃけていいんですよね? 』

『 ん? 』

『 課長は堅っ苦しい生き方を止める、私は思いっきり叩く、と・・・ 』

高梨は口をへの字に曲げるが、次の瞬間、ニヤっと笑う。

『 ああ、長官直々だしな? それに・・・ 』

『 はい・・・ 』

『 尋常な相手ではなさそうだ 』

望むところだ。バッジの威力等、意味を成さない世界へ涼子は飛び込もうとしている。

『 課長?唇の端に、仁丹くっついてます。あっ、それから・・・この事件が片付いたら、豪華中華料理のコースを

奢りでお願いします 』

『 ああっ、約束はしよう。ただな、噂は聞いていると思うが、本国では人民軍でも歯が立たん連中らしい・・・』

まるで遠足にでも行くような笑顔で、涼子はVサインをした。

『 生きていなきゃ、メシは食えん!特務に、” 殉職 ” は無いぞ。それとな、庁内で試射はするな。オイ、聞いて・・・ 』

最後の台詞を、涼子は背で受けた。振り返りざま、シャツのボタンが一つ、元気よく弾け飛ぶ。

『 See you! 』

笑って部屋を出て行く涼子に、高梨は親指を立てた。

 

 佐藤が大学に着いたのは、予定時間を一時間あまり過ぎていた。雨の上がった駐車場で警官が二人、

ぼそぼそと退屈そうにしている。黒川もさぞかし待ちくたびれているだろうと、佐藤は急いだ。

 薄暗い廊下の先で、解剖室のドアが僅かに開いているのが見えた。

[ さっきの落雷で、停電にでもなったのか? それにしても、やけに静まり返ってるな・・・ ]

佐藤は、半開きのドアをこじ開けた。

『 いや〜、遅くなった、スマンな!すごい雨でさぁ・・・あれ?黒川君いないの?』

ひんやりとした部屋に金属性の解剖台が三台並び、その真ん中に白い布を掛けられた遺体が寝かされている。

台の脇の蛇口からは、水がポタポタと滴っていた。

『 何だい・・・ 』

入り口で佐藤は軽く手を合わせ、もう一度黒川の名を呼んだ。どこからも応答はない。

『 何処へ行っちまったんだ、彼は・・・ 』

黒川の所在もそうだが、しきりに湧き上がる違和感の元を探ろうと、佐藤は室内を見回した。

” 音 ”、だ。水が滴る音。しかし、目に見える量と、その音とが一致しない。

『 ま、その内に来るだろう・・・ 』

肩をすくめ、両肘をさすった。気を取り直してシ−ツを剥ぎ取った瞬間、佐藤は凍りついた。気絶しそうな恐怖と

吐き気が、襲いかかって来た。

『 ぎゃ、うぎゃぁあああっーーー!!!』

佐藤の大絶叫が、構内を揺らす。悲鳴を上げる口からは、胃液が零れた。

今までの人生でも感じたことのない恐怖。理屈ではない、佐藤の本能が叫んでいた。

 黒川の死体は、凄惨を極めていた。

髪の毛は逆立ち、目は恐怖に吊り上がったまま飛び出た眼球が天井を睨んでいる。ホッカリと空いた腹腔に、臓器は無い。

その一部が解剖台の排水口に詰まり、死体は血の池にあった。台の端から零れたその血は、細い糸となって床を濡らして

いた。ズズズズ・・・と、音を立てながら。

 黒川の口は絶叫の形に開いたまま凍りつき、手足は考えられない方向に曲がっていた。駆けつけた警官の一人が、

血に染まった床を見て立ちすくむ。助手の一人が話しかけるが、佐藤は放心した様に譫言を繰り返すのみであった。

『 一体・・・どうしたってんだ・・・く、黒川君は・・・ 』

『 先生・・・先生、しっかりして下さい! 先生・・・ 』

助手の声だけが空しく響く、解剖室。肩を揺すられた佐藤は、されるがままに、ユラユラと揺れていた。

- つづく -

by nyao


Vol.21

2004/ 8/25 UP!

※今回より、ライタ−・チェンジです。個性の違いをお楽しみ下さい。

 辺りをキョロキョロと見渡しながら、京介は祠へと近づく。

その様子を見て、レイコは吹き出した。

『 ねぇ・・・それ、ギャグなの? 』

『 バアッ、お前・・・警戒を怠る訳にはイカンだろ・・・ 』

『 ” 怪しさ ” 丸出しよ?』

口を尖らす京介を、レイコは茶化した。

 京介が祠に一歩踏み出した時、レイコをフラッシュバックが襲った。

『 ダメェっ!・・・』

声の大きさに、京介は弾かれた様に立ち止まった。叫ぶだけがやっとのレイコは、自らの肩を抱きしめ震えている。

『 どうした? な、なんだよ 』

四角い油紙の包みを、” 黒い霧 ” が取り囲んでいる。ウネウネと生き物に動くそれは、やがて無数の蛇に姿を変えた。

レイコには、見えていた。

 『 レイコ? オイ、大丈夫か?』

『 京介、そこに近づいちゃダメ!』

『 分かったよ。でも、どうした? ここじゃないのか?』

今ではレイコの能力を知る京介は、冷静さを取り戻した。レイコの求めに従う。

『 間違いないわ。あそこ、敷き板の所、少しズレているでしょ? あの中にある・・・』

『 ・・・ 』

『 でも、触ってはダメ。何か、おぞましい物が取り囲んでいるわ 』

『 見えた、のか?』

レイコは、黙って頷いた。科捜研を閉鎖に追い込んだ炭疽菌。その威力が蛇となって、レイコには見えていた。

『 回収は諦めましょう、危険よ。元々、麻薬なんてロクでもない代物だけど、” 悪意 ” が取り巻いているわ 』

『 分かったよ。俺も、その方が有り難い。さあ、引き上げようぜ 。でも、それで良かったのか?』

レイコは無言だった。二人は、日が暮れかかった海岸線を後にした。

 

 高速に乗ってから、酷い渋滞に捕まった。

2時間掛けて5キロ進んだ所で、京介が音を上げる。急ぐ行程ではないので、二人はインタ−近くのホテルに入った。

 落ち着きを取り戻したレイコに、漸く笑顔が戻った。食事を摂りながら、へっぴり腰で祠に近づく京介を思いだし

ケラケラと笑う。

『 笑うなっ! そのステ−キ、食うぞ!』

『 だぁってぇ・・・可笑しいんだもん・・・ 』

 シャワ−を浴びると、食後のカクテルが一気に回って来た。

タオル一枚のレイコを見て、京介のスイッチが入る。昼間の興奮も手伝い、二人は激しく絡み合った。

京介は、レイコの背に両腕を回した。ベア・ハッグの様な形になる。引きつけながら、リズミカルに腰を叩きつけた。

タップリと時間を掛け、レイコの中に放つ。何度目かのアクメを迎えると同時に、レイコは意味のない言葉を叫びながら

果てた。京介が仰角を付けて擦り上げたので、レイコの陰核は赤く腫れ上がっていた。

 隣に京介の寝息を聞きながら、レイコは微睡みから覚めた。

京介の残渣がこぼれ出て、尻の下のシ−ツを丸く濡らしている。ヨロヨロと立ち上がったレイコは、バスル−ムへと向かった。

洗面台の鏡に映る自分に、頬に両手を当ておどけて見せる。久しぶりの充実したセックスを、反芻していた。

と、レイコの瞳から光が消えた。ガクンと上体を揺らし、意識は鏡の遙か彼方へと飛んだ。

 父が居た。しきりにレイコに何か訴えているが、声は聞こえてこない。

レイコは手を差し出すが、ギリギリのところで空回りする。

[ パパ・・・ ] 必死に叫んだつもりでも、囁く様な声しか出ない。

父の背後の闇が、一層と深みを増した。ユラユラとしたそれは序々に形を成し、二つの大きな腕になった。

[ 何よ?・・・ ] 目の前の父親は、それに気が付かない。顔を紅潮させ口角泡飛ばし、相も変わらずレイコに訴えかけて

いる。

[ パパ、そこにいちゃダメ! そこから逃げてぇっ!]

腕が動いた。グルリと父親の首に巻き付いたその片方は、光を放っていた。刃物を持っている。残る手で父親の顎を

掴むと、有無を言わせず上向かす。ゆっくりと、右から左へ父親の喉を切り裂いた。今ではハッキリと見える ” 眼 ” が、

闇の中からレイコを見つめている。父親の喉から吹き出す血を手に浴びると、その眼は笑った。

『 嫌あぁぁっ!・・・・・ 』

飛び起きた京介が、駆け込んで来る。洗面台の前にへたり込んだレイコを抱き、努めて冷静に語りかけた。

『 レイコ? オイ、どうした?・・・』

憑かれた様に、レイコは言った。

『 違う・・・、今度ばかりはダメよ・・・』

『 ” 違う ” って、何がだ?・・・レイコ?』

レイコは、ガックリを頭を後ろに倒した。その眼を見た京介は、息を呑んだ。

力無く開かれたその眼は、鏡の奥にある闇の様に漆黒だった。

- つづく -

by coji ( 大藪センセイ、フォ−・エヴァ− )


Vol.20

2004/ 7/10 UP!

 

 小島は話し終えると、目の前のコップを一息に飲み干した。

皆、複雑な思いで俯いていた。長官が言う。

・・・これはテロ、なんだな?』

私はそう、判断します

思わず煙草を銜えライタ−を探す小島は、長官と目が合う。苦笑いして、ポケットへと戻した。

 どのくらい時間が経過していたかは、分からない。が、実際は僅かなものである。

『 諸君も色々耳にしていると思うが、民政党の大物から干渉を受けている・・・ 』

長官は言うと、つられて胸ポケットの煙草へと手を走らせた。小島と違い実際に煙草を抜き出してしまったところに、

苛立ちが表れている。両手を挙げ、皆を見回した。

『 あぁ・・・前言は撤回する。いいよな? 小島 』

『 ハイ、長官がよろしければ・・・ 』

その言葉を待って皆、一斉に煙草を抜き出した。火を点ける時にわざと深刻そうな表情を作るのは、煙草吸いの常だ。

『 しつこいのかね? 』

次長が答える。

『 はぁ、連日の如く捜査状況を尋ね・・・まぁ、はっきり言って干渉して来ます。細井勇蔵 代議士サイドから・・・ 。

有名な ” フィクサ− ” ですから何らかの接点があるのかも知れませんが、野党も含め、手垢の付いていない者は

いません。国を、いい様に操っている気なんでしょう 』

次長、早くも2本目へとチェ−ンする。

『 与党の有力者である以上、干渉は避けられん。それと事件の全容解明とは、話が別だ 』

皆、渋い顔だ。長官は続ける。

『 地下鉄サリン事件の例もあったが、これだけ多角的に攻撃された経験は、我が国には無い・・・』

『 FBI からも、協力の申し出がありました。例によって、肝心な事は言いませんがね 』

次長は言うと3本目を引き出したが、眉を軽くつり上げると、元に戻した。

『 案外、出所は一つかも知れませんよ?』

小島は額に皺を寄せ、わざとらしく外事課長を見た。相変わらず、顔色一つ変えない。

 陽光ギラつく戸外とは対照的に、霧が渦巻く会議室は冷え切っていた。

『 干渉の手を緩める為にも、既存の組織は表だって動けんな・・・』

沈黙を破り、長官は切り出した。

『 ここは特務に・・』

『 つまり、” 捨て石 ” になれと、仰る訳で? 』

特務課長の高梨は、漂う煙りを掻き分ける様に吐き捨てた。

『 そう噛み付くなよ!』

『 しかし、長官・・・』

落ち着きながらも、高梨は食い下がった。上司の警備局長は、俯いたままだ。

『 だからさ!特務課は、いわば警察機構の ” ニュ−・タイプ ” だ。切り札だって居るだろう? 何てったっけあの・・・』

『 浅見・・・ですか? 』

『 そうそう、あのス−パ−ウ−マン!』

『 はぁ・・・』

高梨は仁丹のケ−スに口を付けると、ガラガラと勢いよく放り込む。

『 非常時の捜査に於いては、かなりの権限を与えているつもりだ。その為の ” 特務 ” なんだからな 』

『 ・・・ 』

『 今こそ、本領を発揮してもらいたい。ハハハ、心配すんな。いざとなりゃ、私も腹を切る 』

 

 『 け、警視、やめて下さいよっ・・・ 』

若手職員の首に息を吹きかけセクハラ中の涼子は、急な悪寒に襲われた。

[ ハクッション! ]

『 ・・・ 』

『 お風邪ですか? 警視・・・ 』

顔を紅潮させた職員が、ニヤニヤしながら訊いた。

『 さては、鬼の霍乱 (はぁと) ・・・ 』

『 お黙りっ! 嫌な予感がするだけよ・・・』

『 ハイ・・・』

『 ねぇ? アナタ 』

『 ハイ!』

『 ズボンの前、そんなになってちゃ、デスク持ち上げちゃうわよ? トイレ行って抜いて来なさい!』

職員の紅潮は、最高点に達した。東大法学部の主席も、涼子にかかっては形無しだ。

周りの職員は、堪らずに吹き出した。

- つづく -

by coji


Vol.19

2004/ 6/ 4 UP!

 

 REGO・ブロックを積み重ねたような巨大な都庁を、朝の太陽がオレンジ色に包む。窓ガラスから跳ね返った光の束が、

隣接する高層ホテルの一室で仁王立ちになったままの細井勇蔵を射し、その背中は燃えているかのように見えた。

[ 真偽を確かめなきゃいかん・・・ ]

『 おいっ、出発するぞ!』

細井の大砲のような声に、隣室にいる秘書は慌てた。飲みかけたコーヒーを噴き出す。

 永田町では陰のドンと恐れられ、与党はおろか野党の議員達にも一目置かれる存在である。裏組織との関係も今や

日本中の誰もが知るところだが、不思議と彼が非難されることはない。多くの支持を集めているのは、幅広いチャネルを

生かした外交手腕でありまた、実直で豪快なその性格と柔軟で適切な思考力を湛えた頭脳は、裏と表の両の世界でも

魅力あるものだった。

 どんなに正義感や愛国心を振りかざす政治家がいても、法や権力だけでこの国の秩序や社会を守る事など難しい。

健全で平和な社会を維持しようとすれば、場合によっては悪を退治する闇の必殺仕事人だって必要悪なのだ。

裏での細井勇蔵のやり方は、今までのやくざというイメージを塗り替えるものだった。人命を重んじ、むやみに血を流す事を

嫌った。暴力団という呼ばれ方に抵抗を感じ、あちこちで組同士の抗争が激化するなか、細井は武力を使わず頭脳と

人脈を駆使した手腕で小さな組・組織を一つに結集させた。気が付いた時には、関東一円を縄張りとするドンに成り上がって

いた。やくざ稼業をビジネス化し、企業として堂々と看板をあげたのは細井が最初だろう。[ 映画ゴッド・ファ−ザ−のモデルは

細井だ ]、そう噂する極道さえいる。

『 表を堂々と歩くには、世間様と仲良くしなきゃいかん 』

 時には修行と称し、若い組員達に街の清掃や、深夜の繁華街に出没する痴漢や引ったくりの見回りなどもやらせた。

ボランティア活動にも熱心だった。戸惑う組員達もいたが、それ以上に世間はブッたまげた。考えてみれば当然の事だろう。

そんな過去を経て、今や表社会にうまく溶け込んだ風変わりなやくざなのだ。レイコは、そんな父が好きだった。

大好きな父を守りたかった。自分の任務を忘れた事はないが、今も母を愛し続ける父の人生の為であれば、任務など

捨ててもいいとさえ思う。

『 お父さま・・・。孫のことはすでにお分かりね?“ 百害あって一利なし ” の相手。これまで何度も軍人のスパイを使って大量の

武器や覚醒剤を横領し、税関フリーの外交官特権を良いことにそれらを頻繁に密輸しているの。まるで “ 海賊 ” だわ。

恐らく出所を解らなくする為に中国からロシアルートを使い、日本・アメリカへ再密輸していると思うの。ただ、今回の失敗の

原因は今の所不明。まぁ、それは日本警察の捜査に任せるとして、覚醒剤を持っている私達に、孫は必ず接触してくるわ。

お父さまは絶対に会わないよう、くれぐれもご自分の立場を大事にして。いい?約束よ?』

電話の向こうで細井の喚き散らす声が、傍にいる京介にも聞こえた。

『 大丈夫!京介がいつも一緒だから。それよりも、私にすべてを任せて、孫には気を付けてね 』

電話を切ったレイコが、軽く溜息を吐いた。

 

 京介が車の窓を大きく開け、短くなった煙草を指で弾いた。きれいな曲線を描きながら海へ落ちていく。

[ 細井は黙って大人しくしているような男じゃない。きっと孫に接触するだろう・・・ ]

『 あらら、お魚がニコチン中毒になるわ 』

薔薇色の唇が京介の横顔に囁いた。

『 あ〜らら。俺なんか、とぉ〜っくに麻薬中毒!』

『 あらま、かわいそうに・・・くくっ 』

『 どうする?死ぬまで治りそうもない!』

『 あはは、困ったわね。どうしようかしら?』

髪を両手で後ろに掻き揚げ、大きく伸びをしてレイコが笑った。

『 急いで東京に戻りましょう 』

『 オッケィー!』

『 その前に、覚醒剤の回収ね 』

『 で、どこ?』

『 あそこ 』

レイコの指差した先に、根元から崩れ落ちた老松の木があった。

『 あ?どこだって?』

『 だから、その下よ・・・』

折れて垂れ下がった枝の下に、小さな祠があった。

『 ほう、また随分といい場所に隠したもんだな 』

『 そうね・・・んん?京介、匂うわね 』

『 えっ!な、何が?!』

車の中でくんくんと鼻を鳴らす京介に、

『 ふふ・・・この匂い、私好きなの。硝煙臭〜い!』

京介の腰の拳銃に手を当て、けらけらとレイコが笑った。

- つづく -

by nyao


Vol.18

2004/ 5/ 4 UP!

 

 連絡を受けた船長の梶山は、遺体収容の指示を出した。

忙しく動き回る隊員達を見やりながら、今後の手順を反芻してみる。本来なら、” 難民達 ” を入管へ搬送

して任務は終了となるが、死亡者がいる場合は所轄署を通じて検死しなければならない。命からがら国を

逃れて来た者達である。衰弱や病気等で、力尽きるの事は珍しく無かった。

ただ、不穏な動きがある昨今、検疫にも並々ならぬ注意が払われるはずだ。

『 大事に至らなければいいんだがな・・・ 』

誰にとはなく、呟いた。勘違いした航海士が聞き返すが、梶山の視線は遠く海上に注がれていた。

 大きくうねる甲板では、保安官の一人がゼスチャ−の限りを尽くして意思の疎通に努めていた。

難民達は皆、相変わらず無表情のままだが、逆らうでも無く、概ね事情を受け入れた様子であった。

抵抗の姿勢は無い。

 難民達の移動が始まり、通訳を務めていた職員が保安官の元へやって来た。

『 ごくろうさん! 』 保安官は労った。

『 いやぁ・・・参りました。あの通り、反応ないんですもん。通じてんだかいないのか・・・ 』

『 まあしかし、何とかなりそうじゃないか? 』

『 ええ。ただ死亡者がいるんで、検疫に時間が掛かっちゃうのがね・・・ 』

『 仕方ないさ。彼等だって、”罪人”ってわけじゃないんだ・・・ 』

時を経て、海上のうねりが大きくなって来た様だ。漁船と間違えたカモメが、巡視艇に近づいては旋回して

離れて行く。

[ 16:30、帰投する。乗員は、準備を開始せよ ] イン・カムが告げた。

『 さ、帰ろう。今夜は、帰れないな? 』

返事がないので職員を振り返ると、彼は船尾を見つめていた。首を捻っている。

『 どうかしたか? 』

『 いえ、奴らの眼がね・・・ 』

遠くの職員が、二人に呼びかける。

[ ゾッとする程、鋭いんです・・・ ] 職員の言葉は、風にかき消された。

『 さ、俺たちも準備に入ろう 』

『 あ、了解!』

 

 佐伯長官は、聞き入っていた。周囲を見回す小島に、” 先を続けろ ” と促す。

『 米国政府の機関デ−タにも、改竄の後があります。経験上、こんな事は初めてです 』

口を挟む者は、いなかった。皆、腕を組み、苦し紛れに煙草を燻らせている。長官へと視線を戻しつつ、小島は思った。

[ 気象庁がいなくてよかったぜ。この分じゃ・・・ ]

『 ”濃霧注意報”が発令されそうだな・・・ 』 長官は言い、ニヤリと笑った。

『 皆っ、以後 煙草は慎むように! 』

 長官と小島とのラリ−になる。

『 で? 改竄前のデ−タとやらは君の事だ・・・対策は取っとるんだろ? 』

『 いえ、御座いません・・・ 』 小島は、言葉を濁す。

『 そうか・・・国際部も外事もお手上げとなった今じゃ、君の ”プライヴェ−ト・デ−タ” だけが頼みの綱なんだがな? 』

言うと水差しに手を伸ばしながら、上目遣いに小島を見る。

[ ったく・・・お見通しですかい、先輩 ]

『 ”無い” としか申し上げられませんが、私なりの見解は持って居ります 』

『 では聴こう、その見解とやらを 』

これで皆は、小島の説に耳を傾けざるを得ない。” OB会健在 ”、である。

 

 検索を始めてから二時間、涼子はついに ”MASHIRA” の文字を見つけた。

しかしそこには、取り立てて情報と言える程の内容は無い。

実体:大陸にその本拠を置くという事以外、不明

首魁及びメンバ−構成:不明

行動様式:不明

不明、不明、不明・・・不明のオンパレ−ドが、組織の ”実体” を物語っていた。エントリ−されていると言うことは、

何某かの行動があったのだろう。しかし、その証拠は一切残さない。それは、メンバ−が死する時でも変わらない

のだろう。情報機関の詮索など、通用しないのだ。

[ ” 血の掟 ” よりも強固・・・ ] 涼子は、マフィアの事を考えていた。元来が明るい彼等には、裏とは別の表の顔がある。

制裁後の身元が判明し易いのが、その特徴だ。アラブの組織に近いものを、涼子は感じる。彼等は、行動の前に

臨終の儀式を済ませるという。死をも恐れぬ行動や結束力。マフィアの様な打算が無い。

華僑を中心に噂が噂を呼び、もはや伝説化しているらしい。

[ 正体不明、か・・・。北の謀略に見立てて、まずは軽く警察を一蹴・・・ ]

それとて、犯行グル−プを特定出来たわけではない。” 有力だ ” 、という域を出ないのが現状であった。

『 次は何を仕掛けて来るか・・・ 』

涼子は、ディスプレイの上にある熊のマスコットに問いかけた。

- つづく -

※ またまたオマンたせ!中年なんで、勘弁して下さい <(_ _)>

by coji


Vol.17

2004/ 3/28 UP!

 

 腕時計の針がピッタリ3分を指し、矢のような秒針が京介に “ GO!” を告げた。

渾身の力で体当たりをすると、幾たびの風雪に耐えたであろう戸板は拍子抜けするほど簡単に壊れた。

とその瞬間、京介の眼前にミニ・スカートから惜しげもなく晒された長い足が宙を舞った。レイコの足が

男の股間を華麗に蹴り上げ、体を回転させその遠心力のまま、今度は顎を砕く。

それは、いままで見たことのないレイコの一番美しく、凛々しく、思わず [ イカス!] と感嘆してしまいそうな

瞬間だった。目を細め、惚れ惚れとレイコを眺める京介などまるで眼中にないかのように、男は血の噴水を

上げながらナイフを握り直した。凄い闘志だ。

倒れた姿勢からレイコに飛び掛ろうとする。ハッ!と我に返り、トリガーを絞ろうとした京介の指に

力が入る・・・が、僅かに早く、上半身でカウンタ−アクションを付けたレイコ右足が、思い切り男の顔面を蹴った。

つま先は、延髄に食い込む。[ グエッ!] という声を上げ、男の目の玉が裏返った。

顔を血で真っ赤に染めた男は、瞬間膝を笑わせると、後ろに大きな音を立てて倒れる。

衝撃でヒ−ルの踵は砕け飛び、男の鼻は完全に原形をなくした。

 床に転がった男は最早立ち上がることも出来ず、体が痛みにだけバタバタと反応をしていた。

潰れた陰嚢が、男のズボンを濡らす。

レイコは大きく足を広げ腕組みをしたまま、その様子を勝ち誇った顔で見下ろしている。

まるで女王様にお仕置きされた家来のようだと、京介は思った。しかも相当、ご立腹で・・・。

『 遅いぃっ!』

唇を心持ほころばせ、レイコが言った。

『 きっちり3分だ。おまえっ、段取りが違うぜ! 』 

『 あら、私の時計に秒針はないのよ 』

『 捨てろ・・・それ 』

[ くっそぉ、さっき二度惚れしたのは撤回しよう・・・ ]

Oh my Godっ!』

京介は頭を振り、銃を持った手で十字を切った。その時、倒れていた男が袖口に隠していた小さなナイフを

レイコに向ける。

京介のベレッタが火を噴いた。

『 あうッ!・・・ウッ・・ググッ・・・ 』

弾丸は、手首の半分とナイフを男の右手から吹き飛ばした。鮮血が飛び散る。

『 よし、まだ腕は鈍っちゃいないぜ 』

『 ホホッ、さすがだわ 』

倒れた男の背に足を乗せ、レイコが腕組をしたまま満足そうに笑った。

『 おい、今の気分は?おまえ、彼女のスカートの中・・・見ただろ?えっ?それだけでも大罪だぞ。

少しお仕置きしなきゃな。痛い目にあうのが嫌なら、お前がどこの誰で、ここへ何をしに来たのかすぐに

吐いたほうがいいぞ 』

男が僅かに抵抗した。床に転がったナイフを探るその手を、レイコの右足のヒールがすばやく、容赦なく

踏み潰した。男は再び大きな声をあげ、苦々しい目でレイコを見上げた。

『 すぐに殺ってもよかったのに・・・ 』

『 や、殺るったって・・・ 』

薔薇色の唇には到底似つかわしくない言葉。それを平然と吐くレイコに、京介は呆れ返った。

 『 にしてもだ、冗談が通じないのか日本語が解らないのか、女王様はお怒りだぞ? すぐに殺っちまえってさ 』

『 フッ、もういいわ。それよりも・・・お婆さんは?』

『 大丈夫だ。気を失っちゃいるが、心配はないようだ 』

倒れている老婆に近づき、23度、レイコの手が老婆の小さな背中をやさしく撫でる。

京介は、男を真っ黒に煤けた柱にグルグルと縄で縛り付けながら [ そうか、読んだのか? ] と、レイコの顔を見た。

額に掛かった髪を手で払いのけフッと息を吐くと、[ す・べ・て、ね ] と、唇が動いた。

気が付いたのかそれとも呆けているのか・・・老婆が薄く目を開け、レイコに皺くちゃの両手を合わせ呪文の

ような言葉をぼそぼそと呟く。と、再び目を閉じた。

『 ここ、似ているのよ 』 レイコの表情からは、強烈な殺気が消えていた。

『 ん?何に似てるって?』

『 私の祖母が住んでいた村に似ているの。祖母は、いつも私に楽しい話を聞かせてくれた。

とても信仰深い人でね、毎日浜辺の祠やお地蔵さんを大切にお参りしていたの・・・ここは、あの村と似ているわ 』

遠い記憶を探っているのか、老婆の白い髪を綺麗に整えてやりながらレイコが言った。

『 さぁ、行きましょうか 』

『 はいはい、どこへでもお供しますよ。姫?こいつはどうします?』

『 その男は孫の手下だわ。警察に任せたほうが良さそうね。それとも・・・殺る?』

『 お、おいおい・・・ 』

ふたりの高笑いに、男が亀のように首を竦めて小さくなった。

『 ところで、ヤクは?』

『 大丈夫よ 』

事も無げに、レイコは言った。

『 しかし、何だな・・・ 』

『 何よ? 』

『 君と結婚したらさ、きっと・・・こう言われそうだぜ? 』

『 ん? 』

『 [ ご飯にする?お風呂にする?それとも、殺る? ] ってさ。堪らんぜ! 』

外へ出ると、蒼い潮風に混ざってパト・カーのサイレンが鳴り響いていた。車に向かって颯爽と歩くレイコの後姿に、

危険な匂いを感じながらも、[ どこまでも、ずっと守ってやるさ ] と、京介は思った。

レイコの肘鉄に腹をさすりながら、ベレッタを指に掛けクルクルと回した。

- つづく -

by nyao


Vol.16

2004/ 3/ 6 UP!

 

 巡視艇 しらなみ は、慎重に難民船へと船足を進めた。

波が大きくうねる度に、両船はその間隙を狭めて行く。吹きつける海風に乗って、ディ−ゼル・エンジンの

排気臭が鼻を突いた。保安官は、同僚と顔を見合わせた。同僚が言う。

『 お前の勘は正しかったな・・・ 』

保安官は、無言で頷いた。

『 奴ら、ついさっきまでエンジンを回してたんだ 』

『 ああ、今は止まっているけどな・・・ 』

甲板では、救命ジャケットを身につけた隊員たちが身構えている。緩やかな日射しとは裏腹に、海上は緊迫

した空気に包まれていた。吹きつける風も、それを払い除ける事が出来ない。

 近づくにつれ、船の全貌が確認出来た。みすぼらしい、良くある ” 難民船 ” であった。しかし、巡視艇の

スピ−ドを差し引いて考えて、難民船のエンジンが発した馬力はその見掛けとは合致しない。作為の匂い

がする。隊員たち全員が、その事を本能的に感じ取っていた。

 

 本庁 会議室は、緊迫しつつも気怠い空気に包まれていた。

日本警備機構の中枢に、その忠実なる僕達が勢揃いである。長官の方をチラリと見やり、次長が席を立った。

煙る議場を見回し、口を開く。

『 各部、新しい情報はあるかね? 』

答える者は居なかった。各局長は、背後の部下を振り返ったりして誤魔化している。

『 我が国がだなぁ、未曾有のテロに晒されようとし・・ 』

『 まあ、落ち着きたまえ 』

次長の癇癪を、長官は諫めた。目の前のマイクを脇へ追いやり、身を乗り出す。エリ−トであるにもかかわらず、

現場に拘った男であった。記録に残らぬ武勇伝も、数多い。佐伯は言った。

『 諸君、私も次長と同感なんだよ。警備局、外事はどうかね? 』

警備局長に促され、外事課長は立った。

『 今更ながら、現在我が国を取り巻く事情は、複雑です 』

『 うむ・・・ 』

『 海によって隔絶され守られて来た我が国に対して、本格的なテロ行為が及ぶ時代になった事は自覚しなければ

なりません・・・ 』

『 君のご高説を聴きに来たワケではないのだよ! 』 国際部長の檄が飛ぶ。が、外事課長は顔色一つ変えない。

一瞥で応戦する。

『 まあ、聞こうじゃないか・・・ 』 長官が促す。

『 はぁ。発端が不審船なので北の犯行を疑ったのですが、ここへ来て、大陸内部からの関与も否定出来なくなりました 』

『 フン、拉致問題を見過ごして来た汚点だってあるのだよ、我々には 』 収まりのつかない国際部長は、尚も言う。

今度は、誰も止めなかった。テ−ブルに両肘をついた長官が訊く。

『 根拠はあるのかね? 』

『 はぁ、この件に関しては情報局が、何やら掴んでいるかと・・・ 』

外事課長は言葉尻を濁し、情報局長の背後にいる小島を態とらしく見た。

『 チッ! 』 小島は舌打ちする。 [ んの野郎・・・ ]

感じ取った情報局長は溜息と共に眉間を摘み、次に首を大きくねじ曲げると小島を睨んだ。

『 ま〜た君かね・・・ 』

『 ・・・ 』

言い淀んでいる小島に、長官が言った。

『 小島ぁ・・・お前ぇがサク サクっとケリぃつけろやっ! 』

大学OB会には、逆らえない。局長に目配せすると、小島は立ち上がった。

『 情報ソ−スの開示は、ご勘弁頂きたい・・・ 』

『 うむ・・ 』

長官は頷いた。

 

 隊員の持つ拡声器に、ノイズが走った。

『 ワレワレハ、ニホンコク ノ、” カイジョウ ホアンチョウ デ アル ” 』

広東語には応えない。が、船の男達は、ノロノロと立ち上がった。緩慢な動きとは裏腹に、眼光が鋭いのが不気味だ。

[ 油断するな・・・ ] 上船隊のリ−ダ−に、イン・カムを通して注意が促された。

『 ショクン ハ、ワガクニ ノ リョウカイ ヲ シンパン シテイル・・・ 』

通じようが通じまいが、警告を発し続ける。

[ よしっ、14 時 27 分、上船開始せよ ]

『 了解! 』

『 上船っ、開始っ! 』

ハウリングを起こしながら、拡声器は叫んだ。

 船内は、あらゆる汚物にまみれていた。船腹を叩く波の音より、まとわりつく蠅の音が煩い。

女・子供は乗っていなかった。皆、ガリガリに痩せた男ばかりである。警戒は怠らなかったが、対象は大人しく指示に

従った。

 じきに満潮を迎える。うねりが心持ち大きくなって来た。各隊員が、リ−ダ−の元へ集まった。

『 危険物や違法物品は無い様ですね・・・ 』

『 男性が、11 人。病人や怪我人は見あたりません・・・ 』

『 経緯は分かりませんが、” 難民船 ” と言わざるを得ないでしょう・・・ 』

『 問いかけには、反応しませんね・・・ 』

リ−ダ−が頷き掛けた時、機関室を捜索していた隊員が声を上げた。

『 し、死体です。一名、死亡していますっ! 』

巡視艇の一カ所に集められた男達は、そんな声にも反応を示さなかった。

海風は引きちぎりそうな勢いで、男達の頭を嬲った。

- つづく -

※ 大変長らくオマンたせ!<(_ _)>

by coji


Vol.15

2004/ 1/18 UP!

 

 “むか〜しむかし、この村の長に一人の娘っこがおってな、そりゃあ〜もう、この世のものとは思えん

ほどのめんごい顔をしとったそうな。おまけに賢くてな、慈愛に満ちた娘っこだったんだと。

気丈さでも、男に負けん。

 漁を生業にしていた村の衆は、娘っこを言い伝えにある海の守り神 「 龍姫 」 と呼んで崇めておった。

生まれ変わりだとしてな。どんなに荒れた海も、龍姫が祈りを捧げると嘘のように静かになっての・・・

いや、わしも見た訳じゃあないんだどもの?[ フハハハッ!]

 ある時、きらきら光る波の向こうから、朱色をした舟の大群が押し寄せて来たんじゃ。

それは真ぁっ赤に燃え上がる炎のように見えたそうな。ドラの音を轟かせ、火を放ち、矢を撃ち、

この村を襲いおった。驚いた村の衆は、男も女も老人も子供も、我先にと山へ向かって逃げ惑っての、

そりゃあ大変な騒ぎになった。そんな騒ぎの中龍姫は、群集を掻き分けながら飛ぶように海へ向かって

走っていったんじゃ。長い髪が風に吹かれてな、まるで龍が飛んでいるかのようじゃったと。

浜に近づくにつれ、その姿はたちまち本物の大きな大きな龍さなった。

 龍は沖へ向かって突進し、自分の体さ敵の矢を受けながら大きな体をうねらしての、舟の大群を

火の粉が散るように粉々に退治してしもうた。お陰でこの村は助かったんじゃが、それ以来、

龍の、龍姫の姿を見た者はおらなんだ・・・。村人達は海の側の林に小さな祠を建て、龍姫の魂を奉った

・・・ちゅう話じゃよ。この村の伝説じゃ。“

 

 幼い頃、レイコは祖母の膝に座り幾度となくこの話を聞かされて育った。

この話は、小さなこの町を一歩足りとも出たことのない祖母にとっての、おとぎ話でありながら、身寄りのない年寄りを

過去の幸せだった子供時代へと想いを馳せる拠り所でもあった。

 

 毎日の祠へのお参りが日課となり、その僅かな間だけ確かな記憶を取り戻す。

今朝も夜が明けやらぬうちに行こうと、白い小菊を手押し車に載せたばかりだった。

腕を背中に回され、縄でぐるぐると縛られている。口はガムテープで覆われた。突然現れた男は一言も喋らず、

たった一間しかない家の中を物音一つ立てず何かを探している。目当ての物が見つからないのか、苛立ちながら

老婆を振り返った。すでに腰の抜けた老婆は [ フガフガ ] と、口の中で念仏を唱えていた。

男の持つナイフと同じ鋭い目がいきなり老婆の眼前に近づき、『 ヤク・・・ヤ・・・ク!』と捲し立てた。

意味など分かるはずもない。老婆は後ろに引っくり返りそうになり、『 ヒィッ!』 と悲鳴をあげるだけだった。

仰天した目は引きつり、白目を剥いた。埒があかないと見た男は、諦めた様に物色を続けた。

老婆は失禁し、座る土間が濡れた。

 強い風に壊れかけた引き戸がガタガタと音を立て、板壁の隙間から冷たい風が吹き込んだ。

『 ぶぇ、ひぶぇーぶしょんっ!』

老婆がくしゃみをしたはずみで、ガムテープが飛んだ。ギョッ!とした男は、その拍子に持っていたナイフを

放り出した。バツが悪そうに拾い上げ、老婆を盗み見た。

 

 『 もうすぐ・・・夜明けだな 』 目を擦りながら、京介は言った。レイコが身繕いする。

空と海の境界線が淡く交わり、暗闇のカーテンに包まれた舞台を僅かに照らす。それが ” 景色 ” だということが

ぼんやりと理解出来た。

 断崖に激しくぶつかる波音だけが聞こえる。BGM はそれだけだが、風の強さと冷たさを想像させるのには効果的だ。

ウインド−を少し開ける。吹き込む海風は強く、それだけでも耳を千切り取られるのではないかと思うほど冷たく

鋭角的だった。シ−トに座り直し、煙草に火を点ける。紫色の海。遠く沖から生まれてくる波は白く泡立ち、

陸に近づくにつれ大きなうねりとなった。スロ−モ−ションの様に、岩を呑み込んだ。

恐れを知らぬ俄サーファーが見れば、生唾ものの ” ビッグ・ウェーブ ” だろう。だが浮かれて”モ−ニング・サ−フィン”

などと洒落込めば、二度と戻れない事を京介は知っていた。

 昨夜、不自然な姿勢で交わった為に、体の節々が痛む。レイコを見た。

レイコは、黙って頷いた。

 車を、目立たない林の中に停めた。目的地までは、僅かな距離だった。

『 あの家だわ 』

レイコの指差す先に、壁が剥がれ、折からの風にガタガタと揺れる家がある。荒れたネコの額ほどの庭先に、

風に身を嬲られ寒々と枝を震わせる花が咲いていた。ポツンと置かれた手押し車だけが、日々の生活臭を

感じさせる。それが無ければ、廃屋に見えた。

『 吹っ飛ばされそうな家だな・・・。ホントに、人が居るのかよ?』

『 ” 独り ”って、どんな家に住もうと悲しみを滲ませるわね・・・ 』

『 おっ?レイコは独りだったか?』

『 独りだったかも知れない。でもそれは、自分がそう思い込んでいただけなのかもね。事実、私がこうして生きている

ことは、誰かに救われながら大人になったってことだから。これから先、もしも独りだと思うことがあれば、それが

私の運命だと思うしかないわ 』

風に流れるレイコの髪に、神秘さえ感じる。不思議な気持ちで見とれながら、京介は言った。

『 誰だって独りだと思う時はあるさ。けれど、地球上にはこれだけの人間がいるんだぜ?毎日誰かと大切な出会いを

繰り返し、皆生きてるんだ。出会いがある限り、独りじゃない。そして俺達も、独りじゃないさ。

これからもず〜っと一緒だぜ 』

満面に笑みを浮かべ、レイコは ” Vサイン ” をした。

『さっ、行きましょう』

腰に挿したベレッタをポンッと叩き、京介も親指を立てて見せた。まだ必要ないとも思ったが、車の中に置いておくのも

少々不安だ。何より、銃を体に装着することで底知れぬ力が湧いてくる。現役の時もそうだった。だからやり過ぎて

失敗したんだ・・・とは他人の言いぐさだ。銃とは、じつに不思議な力を持つ。武器や兵器など、誰も考え作らなかったら、

人間はもっと平和に暮らしただろう。先を歩くレイコが、ふいに足を止めた。

『 先客が居るわ・・・ 』

家の中から、聞き取れない声と物音がした。ブーツに隠したデリンジャーを取り出し、レイコが振り返る。

『 アナタは裏から、私は表から行くわっ。きっちり3分後、同時にね 』

その言葉だけで、レイコの考えは理解出来た。ふたりで時計を確認する。京介は腰からベレッタを抜き、

右手に構えた。“ 持ってきて正解だったか・・・ “。音を遮る様にスライドを引き、弾を薬室に叩き込む。

[ 後悔なんて、後ですりゃぁいい ] レイコに目配せすると、急いで裏口へと走った。

- つづく -

by nyao


Vol.14

2003/12/20 UP! 

 

 第九管区海上保安部所属の巡視艇 ” しらなみ ” は、佐渡島沖を定時巡回していた。

海は荒れてはいないが、折からの低気圧の影響で大きくうねる。渡る風は、監視塔の上では凶器と化した。

ショ−ト・ジャブの様に、保安官の頬を嬲る。風に押し戻されたカモメが直進を諦めて、戦闘爆撃機の様に

方向を変えた。寒さに鳴る歯を噛みしめ双眼鏡を構え直した時、甲板から同僚が声を掛ける。

『 オ〜イ・・・じき交替だっ・・・ 』

返事に代えて、大きく手を振った。

 レンズから覗く水平線は、ユラユラとたなびいている。大陸へと続いている海。

緩やかな弧を描く水平線を見ていると、その実感が無い。水筒を持った同僚が、タラップに飛びつくのが見えた。

[ ほっ ほっ ] 、掛け声共に上がり、ボックスに立つ。

『 ホレッ、コ−ヒ−。いやぁ・・・冷えるなぁ! 』 燃える様に湯気を上げるカップを、差し出した。

『 ああ、スマン。助かるよ・・・ 』 一口啜り、また双眼鏡に目を戻す。鼻を啜り、同僚が言う。

『 しかし、何だな? 我が国は物騒な事に巻き込まちまってるが、海の上は平和でいいな 』

『 だと、いいんだがな・・・ 』

交替まで、もう5分を切った。

 春に移動になった同僚の話で一頻り盛り上がり、腕時計を確認しようとした調度その時、

レンズ越しの水平線に違和感を感じ、保安官の目は釘付けになった。陽光煌めく水平線に、今にも消え入りそうな

” 黒い点 ” が見えた。経験から言って、間違いない。船だ。

『 オイッ、10時の方向5キロに・・・船だ! 』 目を離さぬまま、同僚に呼びかける。

『 領海を侵犯したか? 』

『 いや、まだ公海上だが・・・近づいて来る様だな 』

『 分かった。連絡する! 』 同僚は、イン・カムに手を伸した。

『 こちら監視塔 こちら監視塔、司令室、応答願います・・・ 』

[ こちら司令室、どうかしたか? ]

『 10時の方向5キロに、船影を確認した 』 暫し、雑音が入る。二人を風が包んだ。

[ 確認した・・・ ]

『 指示を請う! 』 慣れた手順ではあるが、一応確認する。

[ 海上法に則り ” 呼びかけ ”、次いで ” 警告”。然る後、” 停船命令 ” だ。通常通りで良い。焦るなっ! ]

『 了解した! 』

[ 船長に報告する。応援をやるから、気を抜くな! ]

『 了解 』 交信を終えた。

『 しかし、妙だな・・・ 』 目から双眼鏡を離し、保安官は呟いた。

『 どうした? 』

『 逃げないから不審船や密漁船じゃあないと思うんだけどな・・・ 』

『 だから・・・難民船なんだろ? 』

『 だからさ、スピ−ドがあるんだよ・・・近付いて来るんだ 』

同僚は、ようやく合点がいった。

『 ああ、確かにな。普通、拿捕されれば強制送還だって分かってるから、状態がどんなもんであれ逃げるはずだ。

近付いて来る難民船なんて、俺も見たことがない 』

『 しかも、一定じゃない。様子を窺う様に、時たまスピ−ドを上げるんだよ 』

『 気味が悪いな。用心しようぜ 』

二人は、顔を見合わせた。救命着を身につけた隊員達が、集まって来る。

司令室がイン・カムを通し、対象が日本の領海を侵犯したと告げた。

 

 涼子のパソコンを使い、小島は MO のファイルを開いた。

『 この頃は的が絞れていなかったからな・・・一括してパクったんだよ・・・っと! 』

器用にキ−を叩く。暫くすると、ディスプレイ一杯に ” 手のアニメ−ション ” が現れた。人差し指を立て、” チッチッチ ”

とメトロノ−ムの音を発している。

『 ここで ” パス ” を訊いて来るから、これがそうだ! 』

[ SUKI SUKI IKU IKU (スキ・スキ・イク・イク) ]

涼子は、腹を抱えて笑った。

『 だから・・・何でそうなんです・・・か 』 小島が独り打ち込んでいる姿を想像して、更に可笑しさが増す。

『 しょうがねぇだろ、君らに見せる事になるなんて想定してなかったんだからさ・・・ 』

” 組織犯罪 ” のペ−ジが現れた。

『 さ、後は地道にやってくれ。俺も、11時から招集を掛けられてんだ。 ” M ” だけでも 2千からあるからな・・・。

色々、研究して見るといい 』 仕事の顔に戻った小島が言った。

『 うん、アリガトウ、コジさん 』

涼子は、ディスプレイに見入っていた。

 ようやく一服にこぎ着けた。時折、小島は時間を気にしている。

見掛けは穏やかな日常が、窓外に広がっていた。向かいのビルに、窓を掃除するゴンドラが貼り付いている。

磨き立てのガラスは、陽光を受けて輝いていた。

 『 じゃ・・・まんざら ” ガセ ” ってワケでもないんだな 』 小島は、涼子の話に相づちを打った。

『 ええ、大きな声じゃ言えないけど、祖父の代から、半分親戚みたいなものなんですよ・・・ 』

『 ああ、” 石龍 ” は昔ながらの極道だ。興業・色・博打くらいなモンだろうよ 』

『 さすが、情報部!』 涼子は、素直に感心した。

『 さあ、どうだかな? 単なる ” 涼子ちゃんフェチ ” かも知れないぞ! 』

『 もうっ! 』

『 あぁっ!! 』 涼子の肘打ちで、小島は持っていたコ−ヒ−をズボンにこぼした。

『 オイオイ、後10分で会議なんだよ! しかも・・・この場所は、マズいだろう・・・ 』

『 ククッ・・・いいじゃない、” 現役 ” ってことで。アハハハ 』

『 ・・・でもな、相当、手が込んでるな。それが敵の揺動作戦だとすると、目的は内部崩壊だ。揺さぶりは、

そんなモンじゃ済まないはずだよ・・・ 』

『 これから、どうなりますかね? 』 涼子は、核心に触れた。

『 結束が固いと見ると、強行に出るかもな。極道が相手だろ? ” 内輪もめ ” が始まったら、注意が必要だな・・・ 』

『 そうなりますか・・・ 』 ここまでは、想像が付く。問題は、手段であった。義理人情は、通用しない。

『 お宅んトコみたいなのは、俺は ” 必要悪 ” だと思ってる。人間ダレだって、” 聖人君主 ” じゃあない。

ギリギリんトコで、潤滑油になりゃあイイ 』 小島は、持論を展開した。

涼子のアイデンティティ−とも、相通ずるものがある。

『 用心するように言ってやんな・・・ ” 今までの相手とは違う ”ってな 』

小島は、大半をズボンにこぼして空になったコ−ヒ−カップを握りつぶした。

- つづく -

by coji


Vol.13

2003/12/ 7 UP! 

 

 夕暮れのまどろみの中で、ウトウトと夢を見ていた。大きな、山ほどに巨大な竜が海から現れる。

その背にレイコが乗っている ・・・ 振り落とされる瞬間、京介は目が覚めた。現実なのか幻想なのか、混乱する頭を

そろりと持ち上げレイコを探した。” 謎が多すぎる ” レイコのすべてを知りたいという欲求が、激しく込み上げてきた。

そんな京介を見て、窓辺に立つレイコが ” クスッ!” と笑う。

『 おおっ、生きていたかッ!』

オーバー過ぎるリアクションで、ベッドから飛び起きた。レイコは意志の強さを象徴する眉の右側を ” ピクリ ” と吊り上げ、

京介の胸を軽く指で突いた。

『 私はただの人間よ? 父は細井 勇蔵に違いないし、秘密警察にいたことも間違いじゃないわ。

ただひとつ、“ だった ” というのは嘘かな?』

軽く溜息をつき、少し迷ったように首を傾けた。 生意気そうに両腕を組み足を開き気味に立ったレイコは、

強気そのままの口調で話した。

『 中国政府内に、マフィアと癒着し暴利を貪ろうとしている人間がいるのよ。それだけでなく、あらゆる手段を使い、

日本やくざの干渉を受けず、中国マフィアを自由にこの国で暗躍させようと企んでいるわ。それはつまり、将来の

日本崩壊にも繋がる事よ!』

グラスに挿してある小さな花を手に取ると、唇に近づけた。

[ どんなに綺麗な花も、レイコの前では萎れてしまうな ] と、ぼんやりとした頭で京介は思った。

『 私は潜入捜査員だった、と言ったでしょ?あれは嘘。“ だった ” ではなく、今もそうなの。このことは、父ですら知らない事。

今話したことで、貴方だけが事実を知る事となった・・・。私は特命を受け、ここにいるのよ 』

本当ならここで [ 何ィーッ!?] と叫ぶ所だが、寝起きの脳の司令官はすこぶる判断が鈍かった。大きく見開いた目を

“ キョトキョト ” と左右に動かし [ 次、次!] と、話を促す。

『 何故貴方に話したのか・・・。それはね? 貴方が好きだから・・・私、貴方が大好きだから。騙したままで別れたくなかったから。

だからすべてを話しているの。貴方と、片時も離れたくない。貴方とずっと一緒にいたい・・・こんな私でも、誰かに守られたいと

思うことがあるわ。それが貴方であって欲しい・・・そう思ったから。おかしい?』

『 いや、おかしくはないさ。ただ・・・ 』

『 ただ? 』

『 ああ、君ほどのオンナなら、男に不自由しないだろうに・・・ 』

『 成金で、政界きってのフィクサ−の我が儘娘を? 』

『 ・・・ 』

『 闇社会を牛耳っているドンの娘を?で・・・ 』

レイコの眼は、潤んでいた。

『 もういい。俺は、命知らずだよ・・・ 』

本能の赴くまま、京介はレイコの手を取り強く引いた。薔薇の香りのする髪がふぁわっと揺れ、頬を擽る。

両腕の中で、力の抜けていくレイコを感じた。それだけで、互いの気持ちを分かり合うには充分だった。

 『 父の側にいて、孫に接触したの。父は何も知らずに、頑固な愛国心を利用されているだけ。” 闇将軍 ” とか呼ばれて

いるけど、残虐な暴君じゃないわ。父の後ろ盾をいいことに孫は、軍隊の反乱分子を集め、麻薬とお金で軍を自由に

操っているわ。覚醒剤は大きな儲けになる。北朝鮮やロシアン・ルートからの品は、高額で日本のヤクザと

取引されているけれど、孫はもっと利益を上げる為、直接中国人組織だけで売買しているのよ。日本の10代の若者達に

タダ同然にばら撒いて薬漬けにし、そして、その子達に路上や携帯電話を使って売人をさせている。その数は想像も

できないくらい。日本の未来はどうなるの?麻薬中毒患者ばかりの国になるわよ?彼らの子も、そのまた子孫も・・・。

父も私も聖人君子じゃないけど、麻薬なんかで国が栄えた例がない。今回の座礁船の取引は、孫にとって絶対的に邪魔であり、

妨害しなければならない取引だったのよ。でも、予測できない事態が起きた。それは何なのか・・・私にも分からない 』

 

 いつのまにか、外は暗い闇に包まれていた。時折行き交う船の灯かりだけが、海に漂っていた。

その海に今は、優しさなどない。深く深く沈み込めるような、暗黒の淵を見るようだった。腕の中で、レイコが上目遣いに言った。

『 京介? 昼間見掛けたおばあさんがいるでしょ?』

『 ああ、手押し車のおばあさんかい?』

『 そう、あのおばあさん。彼女の家に行けば、覚醒剤はあるわ 』

『 なんだって!?どうしてそれを・・・ 』

言い掛けて、[ ああそうだった ] と、思い直した。

『 彼女は、何も知らずに運んでいるの。何か良い拾い物をしたと思っているようね。ただ、孫の手下が漁師に成り澄まして

探しているわ 』

『 あいつだな?』

『 そう、あの男。まだバレていないようだけど、見つけるのは時間の問題でしょうね。その前に取り返したいの。

女を口説くのはお得意でしょ?』

ケラケラと笑いながら傍らにあるバックを引き寄せ、エルメスのスカーフに包まれたものを丁寧に取り出した。

レイコは、ゆっくりと掴み上げた。ベレッタ M 84 ・・・ しなやかな女の手に似合う曲線が銀色に光った。そして、もうひとつ。

レイコは小振りなデリンジャーを自分の頬にあて、ベレッタ M 84 を京介に差し出した。

『 これを貴方に。自分の身に危険を感じた時だけ、使って欲しい・・・ 』

久しぶりに見る拳銃。京介の腕が粟立った。

最後に撃ったのはいつだったか忘れてしまったが、手にズシリとくる重みに過去の興奮が蘇える。

『 これが必要になる、か・・・ 』

『 ふふ、念の為よ・・・貴方は射撃の名手だと聞いているわ?』

壁に向かって、銃身の長いベレッタM 84を構えた。緊張が走り、ブルブルと腕が震える。震える腕を誤魔化すように

レイコに聞いた。

『 で、これからどうする?』

『 まず、覚醒剤を取り戻す。そして、日本警察には手の出せない孫を・・・。今回の失敗で彼の身辺も危なくなっているわ。

きっと国に帰る筈よ?出国前に何とかしたいわね。帰国しても、どうせ官僚という隠れ蓑を使ってうまく逃げるでしょうから。

私は父の愛国心を守りたい。罪のない道連れになんかさせない 』

『 それは、殺るということなのか?』

京介はストレートに聞いてみた。

『 そうね。そういうことかも知れないわね。でも、貴方の手は汚させない 』

表情も崩さず、冷たく言い放った。強い意志を湛えた狼の目に、最早返すべき言葉はない。

いまや狼の使徒と化した京介は、銀色に光るベレッタに熱い口づけをした。

- つづく -

by nyao


Vol.12

2003/11/24 UP! 

 

 局内の動きが、慌ただしい。緊急事態の発生を物語っていた。

『 オイオイ 涼子ちゃん・・・脚、脚っ! 』 小島が窘める。

厳しい顔をした涼子は、電話の内容を反芻していた。ヒ−ルを履いた脚は、無意識に外へと開く。

『 あ・・・ 』

『 ” あ ” じゃねぇだろ、” あ ” じゃ! レディ−がそれじゃ、マズいんじゃないのぉ? 』

『 ヘヘ・・・確かに 』 ” じゃあ ” と言って腰を振りながら、今度は脚を交互に出した。壁に反響して、ヒ−ルはリズミカルな

効果音を立てる。男を殺すにゃ、刃物は要らぬ。

『 そうそう、そうでなくっちゃ! 』 涼子の尻を眺めながら、小島は目尻を下げた。

『 で、お宅の課長、何だって? 』

『 ええ、科捜研が・・・閉鎖されたそうなんですよ 』

『 なに? 科捜研がか・・・そりゃ本当かい? しかし、” 閉鎖 ”って、本当かよそれ? 』 今度は、小島が黙り込んだ。

『 詳しくは戻ってかたらって事で、上には緊急招集が掛ったそうです!』

『 だろうな・・・。しかし、閉鎖ってのは尋常じゃないぞ? 』

『 ええ。もうすぐ分かるでしょ! 』 涼子は、肩に掛かる髪を払いのけた。

『 そうだっ! 』 ふいに立ち止まった涼子は、小島に向って右手を差し出した。

二歩行き過ぎた小島は、腕を組んだまま振り返る。

『 ん? 』

『 ほらぁ・・・コジさん、[ 渡す物がある ]って言ってたじゃないですか! 』

『 ああ、うん・・・右と左の両のポケットにあるんだがね、そんな話を聞いた今となっちゃあ、こっちになるな 』

そう言って小島は、右のポケットからケ−スに入ったディスクを取り出した。涼子に差し出す。

『 MO? 』

『 ああ、そうだ。さっき有ったろ? 消される前に、情報を全部引っこ抜いといた・・・ 』

『 でもコジさん、これは・・・ 』

『 なぁに、構うこたぁないさ。組織だからってな、全てオ−プンにしてたんじゃ、” 情報部 ” なんて務まらないんだよ! 』

『 アリガトウ・・・ 』

『 礼には及ばないさ。特務、特に涼子ちゃんに期待してんだ。それとも、早々にリタイアをしてだな、そのキレイなおみ足

でも拝みながら、ガ−ドマンでもやりますか? 』

『 で? 左の方は何なんです? 』 上目遣いに訊く。

『 さあね、” ラブ・レタ− ” かもよ? 』

二人は、声を上げて笑った。

 

 呼吸を整え、涼子は静かにノックした。

[ 入りたまえ ] 課長の高梨 監察官が応えた。小島は、暫くオフィスの外で待つ事にする。折りを見計らい、加勢する

つもりであった。

『 課長、” 科捜研 ” が閉鎖って、一体どうしたんです? 』

『 えらい事になったよ、浅見 君・・・ 』 高梨はデスクに陣取り忙しなく指を弾いていたが、思い出したかの様に立ち上がり、

自らの眼鏡を拭き始めた。彼のクセである。重大な案件や、厄介事を抱えると出てくる。そして涼子の最も嫌いな仕草であった。

[ 人を呼びだしておいて、言い淀むとは何事だ! ]

『 課長! 』 涼子は上着をたくし上げ、腰に手を回した。これは、” 堪忍袋の緒が切れる ” 寸前の、涼子のクセである。

当然、高梨も知っていた。

『 先だっての工作船座礁事件な、あれで押収された覚醒剤があっただろ? 科捜研で、その純度や成分を調べていたんだ・・・ 』

『 ええ、当然そう言う運びになるでしょうね・・・ 』

『 炭疽菌が出た・・・ 』 唐突に、高梨は言った。

『 炭疽菌が・・・ですか! 』

『 すでに何名かの職員に感染の疑いがあり・・・ 』

『 そりゃ、本当かっ! 』 ノックもせずに、小島が飛び込んで来た。

『 ん、君も来ていたのかね? まあいい、おっつけ招集が掛かるだろう・・・ 』

『 ああ、タイミングがズレちまったが、聞き捨てならねぇ!』 小島は腕を組むと、鼻を掻いた。

『 調度いい。情報部には、改めて協力要請する事になると思うが・・・ 』

『 で、課長、確かなんですか? 』 涼子は、先を促す。

『 ああ、公式に発表はないが、もっとも、出来る訳はないんだが、ほぼ間違いないらしい 』

『 ・・・ 』 涼子と小島は、固唾を呑んだ。

『 米国政府を通じて、CDC [ 米陸軍感染症医療研究所 ] には協力を要請済みだ。明後日に、スタッフがやって来る 』

高梨は、二人に椅子を勧めた。

 途中、数本の電話に中断されたが、高梨は続ける。

『 米国内のテロ事件で、君らも多少の知識はあるだろう 』

『 はい、ヒト・ヒトへの空気感染はしない、治療は可能、これくらいかしら・・・ 』 思い出しながら、涼子は言う。

『 うん、患部が ” 炭化 ” した様になる事から、そう呼ばれている。” 肺炭疽 ” を発症する例が多いそうだ。

爆発的な感染力こそないが、治療が遅れれば勿論、死に至る恐ろしいものだ・・・ 』

『 一体、何の目的で・・・ 』 言いながら、涼子は小島を見た。小島は腕を組み、黙っている。

『 尋常な相手じゃない。” 北 ” の発想とも思えんのだ。 』

『 こう言っては何ですが、どうして炭疽菌なんですかね? 』 涼子は、疑問点を口にしてみる。

『 私も考えてみた。仮にだな、押収されずに市場に出たとしたら、どうだろう? 』

『 ” 末端価格 ” と言うくらいですから、相当な数の人間に触れるでしょう・・・ 』

『 そう。手にするのは、殆どが中毒者だ。水面下にあるだけで、あらゆる階層に蔓延している。期間を置いた後、

一斉に発病したら・・・ 』

『 需要側と供給側入り乱れて、大混乱になりますよ! パニックです・・・ 』

『 ああ、どんな情報操作も効かない。それが通じる連中じゃない。風評が風評を呼ぶんだ。接種する中毒者は、犯罪予備軍

でもあるんだ 』

『 崩壊するかも知れんな・・・ 』 ようやく、小島が口を開いた。

『 ” 日本占領 ” ・・・ 』 二人は、小島を見た。

涼子は、今更ながら篠田の勘の鋭さに舌を巻いた。その時は[ 何を大袈裟な ] という思いであったが、修羅場を生き抜いて

来た極道の、独特の慧眼であったのだ。

『 浅見 君、今回はうるさい事は言わんよ。好きな火器を携帯したまえ 』 高梨も、腹を据えた様だ。

涼子は、小島から受け取ったMOを懐で握りしめた。

- つづく -

by coji


Vol.11

2003/11/ 1 UP! 

 

 空を飛ぶヘリの ” パラパラ ” という大きな音が、海を揺るがした。口をアングリと開いたままの京介は冷静さを取り戻そうと、

顔を両手で叩きながらレイコに言った。

『 これからどうするんだ?』

『 しばらく此処から離れられないわ。どこか、近くのホテルを探しましょう?』

長い睫に縁取られた黒曜石のような瞳が、どこか謎めいた女を連想させる。京介が見てきた女の中で、一番美しい。

しかし、今のレイコは ” この世で一番 ” と言っても過言ではない。

『 あらっ、ありがとう!』

レイコはミニ・スカートの下で長い足を組みなおし、京介の頬をスッと撫でて言った。

[うっ!うぅぅ〜・・・魔女ッ!]

『 心の中をすベてお見通しならなっ、全部吐いてしまえ!』 と、両手を頭の上に高々と上げ道化のような顔で叫んだ。

[あははっ!] と楽しそうに笑うレイコに、京介も一緒に笑いはしたが、心はブルーな仮死状態であった。

 

 『 先生、孫 様からお電話ですが・・・ 』

鏡の前でネクタイと苦戦している細井に、秘書が伝える。

『 おう、分かった 』

受話器を受け取り秘書がドアの向こうに消えたのを確認すると、細井は声を荒げて言った。

『 一体どうなっている!レイコの連絡では、失敗のようではないか。えっ、孫さん!』

孫のぼそぼそとした声が返ってきた。

『 とんでもない奴が出てきたよ、細井さん・・・ 』

『 えっ?なんだと?よく聞こえんっ! 大きな声で言ってくれんか、大きな声でっ!』

『 化け物が現れた。そう、あれは化け物だよ、細井さん・・・ 』

ひとつひとつの言葉尻に、必ず ” 細井さん ” と付け足す孫。

『 済まん。つい怒鳴ってしまった。何があったのか、ゆっくり話してくれ 』

『 細井さん。あの船を狙ったのはうちだけじゃないよ。しかし、あいつらが何者なのか、何が目的なのか分からない。ただ・・・ 』

『 ただ・・・どうした? 』

『 我々の軍隊を出動させても恐らく・・・いや絶対に敵わない。うちの船、軍隊、全滅よ。恐ろしく強いよ、細井さん 』

『 怪獣でも出たのか・・・ 』

半ばイライラが募る。が、茶化したわけではない。

『 そうね、怪獣かもしれない。予期しない、想像もできない現象に遭遇してしまった。たったひとり生き残った部下は、

完全に頭の神経をやられてしまったよ。気の毒な事だ 』

その時、秘書がドアを叩いた。

『 先生、そろそろお時間です。議会の方もありますので・・・ 』

『 分かった、すぐに行く 』

孫からの情報も、これ以上聞き出せそうにない。[ また連絡をしてくれ ] と、電話を切った。

すぐさまレイコに掛けなおす。

『 もしもし、レイコか?』

個人の携帯電話に [ レイコか?] と聞き返すとは、どっぷり昭和育ちの男だ。

『 もういい、引き上げろ。どうにも危険な匂いがする 』

[ あら、そういう訳にはいかないわ。もう足突っ込んじゃったもの・・・ ]

楽しそうにレイコが答える。自分の可愛い娘を危険に晒すわけにいかない。しかし、マフィアの血を引いた娘だ。

一度引き受けた仕事を簡単に捨てたり、弱音を吐いたりはしない。その強さは誰よりも自分が知っている。だが・・・

『 どうにもな、我々の手に負えるシロモノじゃなさそうだ 』

[ 大丈夫よ!心配しないで。京介も協力的よ?今のところはネ・・・ふふっ。それにね、私、ただならぬ気配を察知したわよ、パパ ]

『 おまえ・・・・・。よし、分かった!悪党を許しちゃならん、絶対に。こうなったら孫なんぞ頼りにはせんぞ!だが、気をつけろ?

怪獣のような奴が出るそうだ 』

[ 分かったわ。後の事は心配なさらないでね、パパ?] 言うと、電話が切れた。

 血は争えない。向こう見ずな娘である。そんなレイコが、細井は可愛くて仕方なかった。

自然と目尻が下がる。迎えの車に乗ると、運転手が訊 いた。

『 先生、何か良い事でもあったんですか?』

数年前まで官僚だった男である。民間との癒着で世間を騒がし、クビになった。

『 ん?何もない。何か可笑しいか?』

『 いえ、先生のお顔が楽しそうだったので・・・失礼しました 』

一礼すると車のドアを閉め、首を ” ポキッ ” と鳴らしゆっくりと発進させた。

 

 昼過ぎまで現場付近を探索してみたが、大した手掛りもなく、そのまま少し離れた岬のリゾートホテルに

数日の宿泊を決めた。まだシーズンには早いせいか客の気配はなく、フロントマンが一人退屈そうに立っている。

レイコを見た瞬間、彼は直立不動になり深々とお辞儀をした。と同時に京介には、遠慮がちながらもハッキリとした侮蔑の

視線を向ける。[ アナタ様も ” 飼い犬 ” でいらっしゃる? ] 、そう、慇懃無礼な声が聞こえてきそうだ。

[ フンッ ] 、京介は鼻で笑った。探偵家業をやっていると、そんなことにも慣れっこになる。お返しに、京介も見返した。

[ そいつぁどうも。だがな、俺はお前みたいに鎖に繋がれちゃいないぜっ? ] 自分が ” サイキック ” でないことが恨めしい。

 ボ−イに案内され、ペントハウスへと向った。

『 あらっ、結構いい部屋じゃない?』 レイコは、ハシャいでいた。

窓を開けると、潮の香りと供に心地よい風が頬を嬲る。素足のままベランダに出ると、髪を振りながら眼下を見下ろした。

風でまとわりつく髪を、また振る。逆光を受け、括れたボディ・ラインがシルエットになった。

[ しかし、イイ女だな・・・ ] 京介は思った。

『 イカン!余計なことは考えるな京介ッ!』 自分の頭をポカリと叩き、わざとレイコに背を向け煙草に火を点ける。

レイコは部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろし、白いジャケットを肩から外しながらチラリと京介を見た。

『 さてと・・・まずはお風呂ね。潮風でべたべたするわ 』 見透かす様に言った。

『 なんだ・・・ちぇっ!』

[ うふふ・・・ ] と笑い、バスタブ一杯に敷き詰めさせたバラの香をクンクンと嗅ぎながら、レイコは満足そうに服を脱ぎ始めた。

その様子を目の端に捉え、京介は考えた。

[ まてよ・・・今までの思考を全てスキャンされているとしたら・・・もう、前戯の必要はなし、か・・・ ]

『 さぁどうかしらねぇ・・・ 』 ハミングを口ずさみ、バスタブからレイコが呼びかけた 。

『 確かめてみたら?・・・早くしないと、洗い流しちゃうわよ〜っ 』

京介は、考えるのを止めた。

『 よし、仕事 仕事っ!戦いはこれからか・・・よ〜しっ!!』 京介は、わざと大きな声で叫ぶ。

ハミングが止んだバスタブからは、体を流す湯の音しか聞こえない。

海に向って開け放た窓の外を、はぐれたカモメが風に煽られ横一線にパンして行った。

- つづく -

by nyao


Vol.10

2003/10/25 UP! 

 

 朝方から垂れ込めていた雲が、所々で途切れようとしていた。

陽の光が僅かずつ射し込み、背後にある雲のベ−ルに反射して光の筋を作る。光は山々やそれに連なる渓谷を照らし、

まるで道筋を案内するかの様に李には思えた。だが、李の脳裏に [ 荘厳 ] という文字は浮かばない。これから始まるであろう

命懸けの作戦。[ その幕開けを告げるスポットライト ] なのだ 。

 もう、恐怖心はない。

李が用意したトレッキング・ス−ツを纏い、王 周 領 は軽い足取りで後に続いていた。

自然溢れる風景や時折顔を出す動物達を愛で、微かに微笑みさせ湛えている。鼻歌させ聞こえてきそうな風情は、まるで

吟遊詩人を思わせる。光の束を見上げ、手を翳しながら言った。

『 なあ李、” 日本国 ” とはどんな国なのだ? 』

長閑な見掛けとは裏腹な核心を突く質問に、李は面食らってしまった。

『 難攻不落な、軍事国なのかね? 』

『 い、いえ・・・表と裏の両面から見て来ましたが、今や世界でも珍しい ” 骨抜き国家 ” です。経済大国を気取っていますが、

それもこれもアメリカの庇護の下、平和ボケの戯言です 』

『 そうか・・・ 』 王はヤマツツジを一つ摘み上げると、目を閉じて花の香を嗅いだ。

『 自衛隊という軍隊は、祭りの準備や災害救助に駆り出され自国防衛の戦力足り得ません。警察など、威嚇発砲する度に

始末書を書くという長閑さです 』

『 ・・・裏はどうなのだ? 』 王は、胸のポケットにツツジを挿した。

『 ハイ、組織の”仁義”にがんじ絡めです。私の知る限り、爆弾を使用した抗争はありません。精鋭と重火器一挺あれば、

一つの団体が制圧出来るでしょう 』 李は、胸を張った。

『 ただし、か・・・ 』

『 ええ、問題なのは、駐留している米軍です。どこまで本気で加担してくるのか・・・ 』

『 まあよい・・・六ヵ国協議とやらで、それどころではないだろう 』

王は背筋を伸すと、今までとは違う声色で言った。

『 よろしい、手筈通りに行くぞ! 』

『 はっ、海路・空路、供に押さえてあります 』

両手を大きく広げて空を仰ぎながら、王は深呼吸をした。

 

 涼子は、” 情報室 ” の前に立った。

ドアの脇にある指紋照合プレ−トに、小指を押し当てた。ランプは赤いままで、短く ” ブッ- ” とブザ−が鳴った。

次は薬指、中指と順次繰り返す。その度に、ブザ−が鳴る。人差し指を当てようとした時、天井のスピ−カ−から

声がした。

[ 警視ぃ・・・お願いしますよっ! ]

『 ゴメ〜ン! 』 カメラに向い肩をすくめると、舌を出した。改めて親指を押し当て、次いで人差し指、最後に又親指を

戻す。” ポ〜ン ” という音と供に、どう見てもスライド式のドアは、ゆっくりと奥へ向って開いてゆく。万が一の場合を想定した

対策であった。賊が侵入してセキュリティ−に感服。次には、あらゆる手段を使ってドアを横へスライドさせようとするだろう。

それは無理なのだ。その様な構造には、なっていない。

涼子が足を踏み入れる時、[ ハァ〜 ] という溜息が聞こえスピ−カ−は切れた。

 X線ボディ−・チェッカ−の前をゆっくりと通り過ぎ、” 第二ドア ” の前に立つ警備員に挨拶をする。

『 コジさん、居る? 』 情報室長の小島を訪ねた旨を伝えた。

『  ハイ、今日は詰めてらっしゃいますよ・・・』 姿勢を正し、警備員は敬礼を返す。

次いで警備員は、素手による容赦のないボディ−・チェックを始めた。どのくらい容赦がないかと言うと、トップ、アンダ−のバスト

はもとより、股間にまで手を伸す。これも規則なのだ。女と見て手を抜く様では、情報室の入室チェックなど務まらない。

が、警備員としても毎度、躊躇する部分ではある。そして、違和感を感じて手が止まった。

『 ゴメン、生理なんだ・・・ 』 涼子は言った。

『 ハイ、失礼致しました。結構です、どうぞっ 』

暗証キ−を押し、涼子を招き入れた。やや長めに見つめる涼子に、さすがの警備員もポ−カ−フェイスを赤らめる。

 フロアの大半は、硬質ガラスのパ−ティションで仕切ったサ−バ室が占めていた。音は聞こえないが、中ではそびえ立つ

ス−パ−・コンピュ−タの群れが唸りを上げていることだろう。手前のオペレ−ション・スペ−スでは、制服を着込みイン・カム

を装着した局員達が、ひたすらキ−を叩いている。皆、無言である。入って来た涼子に一瞥はくれるが、スグに目をディスプレイ

に戻す。これが、情報室の流儀だ。皆が余りにキ−を激しく速く叩くので、その音が重なり津波の様に響き渡っていた。

[ この感じ、何かに似ている・・・ ] 涼子は思った。

『 雀荘だァ・・・ 』

『 オウ、涼子ちゃん。ん、痲雀がどうかしたか? 』 呟いたところで、デスク脇のサイドテ−ブルに腰掛けた小島に声を掛けられた。

『 いえいえ、何でもないんです・・・ 』

用件を告げようとした涼子を制し、小島は歩み寄った。

『 何だおいっ・・・派手な伝線しちゃってるじゃないか! 』 言うより速くその手でさすり、そのまま太腿へと走らせようとする。

『 んんっ!コジさん、早期退職してガ−ドマンでもやります? 』 涼子は、笑いながら言った。あれだけ響いていたキ−の音が、

止む。フロア全体が静まり返った。気付いた小島が、頭を掻きながら怒鳴る。

『 な〜にやって・・・コラ、お前等っ、仕事しろっ仕事!』

局員の頭が一斉にディスプレイへと動き、又、キ−の洪水が始まった。

『 ハハハッ、さ、コジさんも仕事 仕事! 』 小島の肩をポンポンと叩き、供にデスクへと向った。

 しぶしぶデスクに戻った小島は、気を取り直して言う。

『 で、今日は何だい?例によって、” よんどころない事情 ”ってヤツなんだろ? 』

『 ねえコジさん、” 猿党 ” って知ってます? 』 ズバリ、核心から訊く。

『 ああ、噂になってる、アレだろ? 』 事も無げに、小島は言った。

『 早っ! だって・・・まだ局内でもオ−プンになっていないんですよ? 』 涼子でさえ、つい先程 篠田から仕入れたばかりなのだ。

『 いや、ちょっと前からな、物騒な情報は掴んでいたんだよ。でもな、どこでどう拘わっているのかは、俺も分からん・・・ 』

『 実体は、何なんです?そいつら 』

『 あ、うん、俺の仕入れ先はここなんだが・・・ 』 小島は、キ−を叩き出した。目にもとまらぬ素早さで、少なくとも ” Enter ” を5回は

押す。

『 ホレっ、ここだ 』 ディスプレイ一面に、” 白頭ワシ ” のシンボルマ−クが現れた。

『 あらっ、CIA じゃないですか・・・いつ、提携したんです? 』

『 うん? ハッキングだ 』

『 ・・・ 』

『  ホラ、ここ・・・ 』 絶句する涼子を後目に、小島はマウスを動かした。画面が替わり、テロや犯罪、狂信組織の分類表が現れる。

” M ” の欄を目で追うが、そこに ” MASHIRA ” の文字は無かった。涼子は訊ねた。

『 これが? 』

『 ああ、二週間前、最初に調べた時は有ったんだ・・・ 』

『 それが・・・消えた・・・ 』

『 いや、消されたんだ 』 小島は煙草を探りに胸ポケットに手を伸すが、室内が禁煙である事に気付き、” チッ ” っと舌打ちする。

『 にしても、普通は何らかのアナウンスがあるんだけどな? 』

『 載せる価値が無くなった、ってことかしら・・・ 』

『 或いは・・・ 』 無精髭が伸びたアゴを撫でる。

『 何? 』

『 相当に、ヤバイかだ! 』

『 どうだい涼子ちゃん、一服しに行かねぇか? 』

二人が歩き掛けた時、局員の一人が声を掛けた。

『 浅見警視、特務からお電話です 』 今度は涼子が、” チッ ” っと舌打ちする。

『  ハイ、浅見です・・・』 受話器を持つ涼子の左手に、力が入った。顔色がみるみる変わって行く。

『 分かりました。スグ、戻ります 』 溜息をつきながら、受話器を戻した。

『 どした? 』 小島が覗き込む。

『 厄介なことになりましたよ、コジさん・・・ 』

『 よし、途中まで一緒に行こう。渡したい物がある 』

『 ん? ラブ・レタ−じゃないでしょうね? 』 からかう涼子に、小島は真顔だった。

『 ば〜か! ビビるなよ? 』

二人は、情報室を後にした。

- つづく -

by coji


Vol.9

2003/10/17 UP! 

 

 傍らの草が、ザワザワと揺れている。排気ガスなどとは無縁であろうこの国道を、マセラティーでぶっ飛ばすには少々

気が引けた。前方に見える軽トラも牛の歩みであり、この地の人柄を思わせた。一気に抜き去るとステアリングを大きく

外側に振り、 狭い脇道へと左折した。松林の間に、古い祠が見える。空気は濡れたように重く、供えられた花が頭を垂れていた。

『 裏日本とはよく言ったものだな 』 京介は呟いた。

[ 一年の半分以上が曇り空だ ] と言った、友人の言葉を思い出す。

ようやく林が途切れ、小さな漁村に出た。

 クルマを降りた二人は、そろりと辺りを見回した。目に映る景色が、逸る気持ちをそうさせていた。

苔の生えた屋根。今にも崩れ落ちそうな壁。目の前に見える黒い影のような集落には、永年の風雪に耐え、ひっそりと

地味に暮らしてきた村人達の暮らしが窺える。廃船寸前のような雑多な船が、小さな桟橋に繋がれていた。派手なクルーザーや

ボートなど、この港には似合わない。喧噪など今は昔。そんな港だった。

 手押し車を押した老婆が、どこからともなく現れた。上に小魚の入ったビニール袋を載せ、辺り一面ヘビのように伸びるロープや

漁具を避けながらヨロヨロ歩く。迂回する度に [ ヨッコイショ!] と声を上げるので、傍目には車を押しているのか車に支えられて

いるのか分からない。レイコは、多分 ” イ-ヴン ” だと結論づけた。

 近くで船のエンジン音が聞こえた。漁にでも出るのだろうか。一人の男が桟橋に繋いだ舫を解き、船に投げ込んでいる。

日焼けした顔の表情は読みとれないが、大きくがっしりとした体格は、漁師としての風格なのだろうか・・・。ウェットスーツに

隠れてはいるが、かなりの筋肉質であることが窺える。

男が船に飛び移る際、ちらりとこちらを振り返った。

鋭い眼つき・・・ [ 漁師?] 京介は、男の後姿を追った。

『 あれは、漁師じゃないわね・・・ 』 レイコが言う。

男は暫しレイコを見つめ、視線を海へと戻した。

『 ねえ、感じる? なんか・・・怪しいと思わない?』 言うと、京介を覗き込む。

『 ああ、確かにな。この港の漁師には、あんな目つきは必要ないさ。俺にだって、そのくらいの判断はつくぜ・・・

それとも、場違いな俺達が警戒させているのかな?』

『 他の人たちはどこ?皆、家の中で潜んでいるのかしら・・・ 』

朝だというのに、窓には雨戸が閉じられたままだ。

『 さっきの漁師といい、なんか、気味が悪いな。オイ、まだ隠していることはあるのか? もうビックリは無し・・・ 』

『 ねえ・・・京介は ” サイコメトリー ” って知ってる? 』

遮るように、レイコが訊いた。

『 んっ?超能力か?俺には無縁だけどな・・・それが、どうかしたか? 』

『 うん、物や人に触れただけで、それらが辿ってきた過去や未来、心が読めるっていうの・・・ 』

『 ああ、テレビで観たことがある。事件の真相は・・・なぁ〜んてな? もし本当なら、警察なんか必要ないっつうの!』

[ うふふ ] と小さく笑いながら、レイコは続けた。

『 あのね、実は・・・サイコメトラーなのよ 』

『 誰が?』

『 私が 』 レイコは、鼻の頭を指した。

[ へっ? ] と言う京介をよそに、レイコは続けた。

 『 私ね、生まれたのは香港なの。母は中国人よ?そして、父は細井勇蔵。母は香港マフィア三合会の幹部の娘だったわ。

若い頃、父は仕事で香港を訪れ母と出会い、すぐに二人は激しい恋におちてしまったの。父は、日本に妻を残したまま。

当然、周囲の反対や妨害は承知していた。だから、隠れるように内緒で愛し合ったの・・・ 』

『 まるで、”悲恋物語”だな? 』 煙草を横銜えにした京介が、ちゃちゃを入れる。

レイコに睨まれ、話の続きを促した。

『 私が母のおなかに宿った時、父と母は私を産み育てる決心をして、母の両親に打ち明けたの。そして怒りの形相で迫る

祖父に、父の細井は決死の覚悟で理解を求めた・・・。で、今、私がここに居るというわけ。祖父は、九龍で静かな隠居生活を

送っているわ。母の遺影にお花を供え、手を合わせながらネ・・・ 』

レイコは大きく息を吐き、[ 続けていい? ] と訊いた。

 京介は無言で頷く。が、逡巡していた。座礁船の話といい、今また初めて聞かされる細井の過去や、レイコの生い立ち。

既に、京介の論理回路は麻痺していた。ケチな探偵家業で細々と食いつないで来たが、最悪の展開に足を突っ込もうとしている。

しかも足下の、自分のオンナがそれをもたらすとは・・・。だがもう、後戻り出来ないことも、京介には分かっていた。

『 ああ、続けろよ・・・ 』 銜えたままの煙草に、火を点けた。

『 私を産んだ後、母は死んでしまったけれど、父は私を三女として認知し育ててくれた。日本の母も、よくしてくれたわ。

そして・・・そしてね? 』 レイコは一旦、言葉を切った。

『 頭脳明晰で活発な細井レイコは、父の秘書になる前まで、アジア秘密警察の潜入捜査員だったの。どう、この話?信じられる? 』

『 アジア?秘密警察だって!?』 京介は、咄嗟に聞き返した。

『 そうなの。でね?自分の隠れた能力を、任務遂行の中で発見したのよ・・・ 』

アッケラカンと打ち明けるレイコに対し、京介は息を呑んで聞き入っていた。煙草一本が灰になり、緩やかな放物線を描いている。

疑心に満ちた声で訊いた。

『 それは、レイコお得意のハード・ボイルドのフィクション・・・ではないんだよな?』

『 うん!』 子供の様に、レイコは返した。

今の細井からは窺い知れない過去の情熱と、レイコの生い立ち。そして、超能力だ? この手を信じられる奴は、幸せ者だ。

しかし、細井は裏世界きってのフィクサ−だ。レイコにしたところで、この様に手の込んだ冗談を言うタイプではない。

嘘をついてまでして、得るモノなど何も無いのだ。[ 信じるしかない ] のだろう。何より、京介はレイコにぞっこんだった。

引き続きセンサ−が・・・そんなもののスイッチは、とうに切ってある。

『 ごめんね? 私は、これで幾人もの男を失いました。とさ? 』

[ フフッ ] 昔見たコマーシャルのように小指を立て、レイコは自嘲気味に笑った。

 

 『 あっ、あそこだわ!』

レイコの指差す先に、警察車両が数台見えた。立ち入りを規制するロープが張られ、その周囲を数人の警察官が警備している。

海には、海上保安庁の巡視艇が監視していた。

 ロープの向側、尖った岩の先端に、グサリと突き刺さった工作船があった。波が寄せる度、その無惨な破断面が大きく揺れている。

レイコには訊きたいことが山ほどある。[ しかし、今は仕事が先だ ] 京介は、冷静さを取り戻した。

『 だめだ。これじゃあ船には近づけないよ。俺達は ” 民間人 ” だろ? 無理だぜ・・・ 』 用心するにこしたことはない。

『 大丈夫よ!』

ウインクをするとレイコは、スタスタと岩場に向かって歩き出した。京介もその後を追う。

遠巻きに見ているヤジ馬の群れに混ざりながら、船全体が視界に入る場所に出た。

『 どうやら・・・孫は失敗したようね 』 レイコが耳打ちする。

『 昨夜の話では、中国政府が・・・ 』 言いかけた京介の口を、レイコの手が塞ぐ。ジッと覗き込んだ。

『 残りの覚醒剤を探して回収することが、今回の仕事なの。いい?この事故が誰の差し金かなんて、関係ないのよ 』

『 どういうことだ? 』 問いには答えず、レイコは座礁船を見つめている。その姿を見て、京介は思った。

[ なんて目をしてるんだ・・・まるで、” 狼 ” だぜ ]

レイコは振向き、言った。

『 狼は、ウォ〜ンって鳴くのよ。私はそんな泣き方しないわ? フフッ・・・ 』

『 今、読んだのか? 俺の、その、心を・・・ 』

『 さあ、どうかしら? アナタ、まだ信じてないんでしょ? でもね、信じて貰わなきゃ仕事ができないわ 』

俄に信じろ、と言う方が無理だ。しかしレイコの言うとおり、信じるしか道はない。

『 あ、あのさ・・・ひとつ、いいか? 』 京介が続けようとした時、レイコは言った。

『 今、アナタはそう言いながら、私の腰に手を回そうとした・・・ 』

『 えっ・・・い、いや 』 京介の口は、空いたままだ。中途半端に上がった手が、宙を彷徨っている。

『 ねえ、ある能力を持った人間が修行を積めば、天候の変化だって自在に操る事ができるのよ。あの船は、銃撃や爆撃、

エンジントラブル・・・物理的な原因で座礁したのじゃないわ 』

『 ・・・どういうことだ? 』 レイコの言いたいことは分かっている。が、訊かずにはいられない。

『 そう、あれは・・・見えない大きなエネルギーで攻撃されたのよ。孫じゃないわ・・・ 』

 

 車に戻りシートに座ったレイコは、爪の先を噛みながら言った。

『 さっきの質問ね? 答えは ” イエス ” よ 』

『 ん?・・・何が? 』

『 ホラ、アナタ訊きかけたじゃない!』 レイコは、ムクれて見せた。

『 あ、あれか? 』

『  そうっ!』

『 もういいぜ・・・ 』 京介は、言い淀んだ。

『 照れてんの? どうせバレてるんだから、素直に白状しなさい? 』

仕方なく、京介は言った。

『 つまりだな、その・・・二人で愛し合ってる時、俺が次にどこを・・その、触るってことをだな、オマエは・・・ 』

レイコは、一言づつ頷いて見せた。[ ア−ハン ]

『 分かった。マイッタよ、降参だ!人生初の経験だよっ 』

レイコは、満足そうに笑った。

『 いいわ、勘弁してあげる。それはいいとして、船の座礁は、一体誰の仕業なのかしら。覚醒剤は、まだ奪われていないのかしら。

何か、入り乱れて来たわね 』

そう言いいながら、海を見つめた。

 先程の漁師が、船から漁網を投げ込む姿が見えた。仕草はぎこちない。

『 何とも、退屈そうな漁ね。あははは 』

『 [ あはは ] ・・・って、笑ってる場合かよ 』 屈託がないのにも程がある。

『 大丈夫。ちゃんと安全な所にあるわ 』

レイコの言葉は、自信に満ちていた。[ 得意の超能力で・・・ ] 京介が言いかけた時、レイコが指を指した。

漁師が、双眼鏡を覗くのが目に入る。レンズは、明らかにこちらを見ていた。

『 やっぱり、アイツおかしいぞ。俺だって、探偵なん・・・ 』

レイコは ” サッ!” と手を上げ、指をパチンと鳴らした。漁師が腰砕けようにクネクネと体を崩し、倒れるとそのまま海に落ちた。

鼻をヒクヒクさせ、満足げにレイコは笑う。

『 お、オマエ・・・ ” 奥様は魔女 ” か?』

『 あはっあははは・・・念動力よ 』

京介は、強い酒でも浴びたくなった。テキ−ラがいい。そして、目が覚めたら、事務所のソファ−であればいい。そう思った。

車の側を、手押し車の老婆が通り過ぎる。

すれ違いざま、” ヒヒッ ” と笑った。

- つづく -

by nyao


Vol.8

2003/ 9/28 UP! 

 

 ” 制服 ” が、慌ただしく行き交っている。

警備局内は、 一連の工作船座礁事件の処理に忙殺されていた。涼子は、課のフロア−へ向う廊下を歩いている。

颯爽とした歩みは、やがてゆっくりとしたものになり、そして止まった。壁に寄りかかる。

監察官の顔を見てパワ−ダウンする前に、頭の中を整理しようと思った。腕を組み、戸外の光に影絵の様になった彼等を

眺めた。

 始まりは、外事を通じたICPOからの情報だった。工作船事件は、何も今に始まった事ではない。以前から報告されているし、

公の事実として衆目の知るところとなった。今では、政府間交渉のテ−マの一つでもあるのだ。ただ、今回ばかりはその趣が

異なる。” 積み荷とメンバ−構成 ” だ。覚醒剤持ち込みと不法入国や日本人の拉致に留まらず、 本格的な破壊工作を目論む

メンバ−が同行している、と。情報を入手した時点では、ICPOも未確認だとしていた。公安からも、報告は無い。

ただ、情報からすれば少なすぎる覚醒剤と遺体の数が、疑念を煽る。事故の経緯も、不自然だ。

まるで事故を起こすべく場所が決められた様だと、海上保安庁も言っている。天候と潮の時間を考えると、正に自殺行為だ

そうである。捜査本部と平行して調査を進めているが、挙がった事実はここまでだ。勿論、報道はされていない。

そして、その捜査にもストップが掛った・・・。ふいに、篠田の言葉が思い出された。

[ ” 日本占領 ” か・・・ ] 涼子は呟いた。そんな事が可能なのか? 逡巡する。かつての軍事大国ロシア、成長著しい大陸中国、

極東の火種北朝鮮・・・。対岸の火事の如く中東情勢を眺めているが、今の平穏はアメリカの軍事威嚇の下にある幻だ。

ひとたびそのタガが外れれば、平和ボケした日本など恰好の餌食に違いない・・・。彼の地との違いは、幸か不幸か周囲を海に

囲まれている事である。一見、安全そうに見えて、実は全方位の警戒を怠ってはならないのだ。

 溜息をつきつつ視線を落とした涼子は、右脚のストッキングに走る伝線に気が付いた。今朝からの軽いウォ-ミングアップで

出来たものらしい。

『 あ〜あ・・・ 』

大らかな涼子は、スカ−トをたくし上げて見る。伝線は、脚の付け根近くまであった。気配がしたので顔を上げると、

見とれた若い職員が、廊下に置かれた消化器を蹴飛ばした。派手な音を立てる。ついでに、抱えていた書類を落とした。

涼子は中指を突き立て頭の横でクルクルと回し、微笑みながら職員を指した。職員は、史上最速の速さでそれをかき集めた。

 

 - 事件発生のひと月程前・・・ -

 内蒙古自治区と黒竜江省の境にある山深い渓谷を、一人の男が歩っていた。転がる岩とぬかるみに足を取られ、背負う荷物の

重さも手伝って思うように進まない。腕時計に目をやる。予定の時間まで、後1時間を切っていた。それは同時に、” あの時 ” から

キッチリ71時間の経過を意味する。

[ 本当に、あの様な事が可能なのか・・・ ] 男、李 孫 明は考えた。それは、人間業ではない。立ち止まり、空を見上げた。

折からの雨が上がり、水かさの増えた川の流れ以外、物音がしない。煙った渓谷は、正に山水画の世界である。

歩きだそうとした李の前方から、一塊りの霧が押し寄せて来た。大自然からすれば一塊りに過ぎないが、ちっぽけな人間にとって

それは、巨大な怪物を思わせた。これから遭遇するであろう現実と目の前の光景に圧倒され、底知れない恐怖心が李を襲う。

霧に飲み込まれる瞬間、思わず悲鳴を上げた。

『 ヒアァァ〜ッ! 』 僅かに聞こえる周囲の音と供に、悲鳴はかき消される。

濃い霧は小雨に近く、李のヤッケを [ サ−ッ ] と叩く。通り過ぎるまで、身を屈めて待った。

 どの位そこに留まったのだろう。あたりには、静寂が戻っていた。ガチガチと鳴り続ける歯を、両の頬を叩き静める。

気を取り直し、李は歩き始めた。総毛立っている両腕を、互いにさすりながら。

 やっとの思いで目的地に辿り着いた李は、完全に息が上がっていた。荷物のせいばかりではない。肩で大きく息を整えると、

目印の岩を見つめた。” そこ ” には、苔を食んでいる一頭の鹿が居た。李に気が付き、キョトンとした目で瞬きもせずに

見つめている。口は、動かしたままだ。リュックに手を掛けると、踵を返して逃げ出した。李は思った。

[ 敏感であるはずの動物でさえ、” あれ ” に気付かないのか・・・ ]

李はリュックから聴診器を出し、近づいて行った。

 作務衣の様な修行着を纏い、頭を剃り上げた彼がそこに居た。肌に、血の気は無い。禅を組んだその姿はおおよそ生き物とは

言い難く、仏像の様にも見えた。手にした聴診器を伸した李は、慌てて引っ込めた。彼の組んだ脚の間に、何やら蠢くものがある。

後ずさった李は、息を呑んだ。這いだして来たのは、一匹の蛇だった。頭の形から、毒を持っているはずだ。マムシの一種だろう。

チロチロと舌を出し暫く辺りを窺っていたが、やがて岩陰へと姿を消した。

『 噛まれたかな・・・ 』

[ いや ] 李は自ら否定した。極端に下がった体温のせいで、蛇は獲物を認識出来なかったはずだ。つまり蛇にとって彼は、

岩や木の枝と同じなのだ。聴診器を胸にあてがい、耳を澄ませた。[ コトン・・・・・・・・コトン・・・・・・・・・・ ] 心拍数は、1分間に5。

冬眠或いは、健康な人間から見れば仮死状態に近い。改めて時計を見る。後3分で、前回来た時から72時間を迎える。

懐から煙草 ” 人民 ” を出し、マッチの火を着けた。何度か大きく吸い込んだ時、気配があった。

 ゆっくりと目を開けた王 ( ワン ) は、僅かに口をすぼめ息を吸った。

[ ヒュ−−−−−−−−−−−−ッ ] 正に ” 生き返り ” の如き長い呼吸だった。それを見た李は、耐えきれずに

[ ブハ〜ッ ] と煙を吐き出す。立ち上がり両腕を広げた王は、大きく腹式呼吸を繰り返した。背骨が折れてしまうのではないかと

思うくらい、腹を凹ませる。白んだ肌に、見る見る血の気が戻っていく。痩せぎすに見えた体のあらゆる筋肉が膨張してゆき、

修行着の下で脈打った。首をグルリと回すと、全身の骨が鳴った。下穿きの前が盛り上がり、男根が勃起してゆく。

津波の様に修行着を持ち上げ、今は天に向って反り返っていた。目を閉じると、李に言った。

『 どうだ?』

『 ハイ・・・仰る通り、72時間調度です 』

『 で、首尾の方は?』

『 ハッ、全て抜かりなく、じょ、上々です・・・』 吸いかけの煙草を唇から垂らしたまま、李は答えた。

『 よろしい 』 言うと、王は氷の様な笑いを浮かべる。

[ やはり、人間ではない・・・ ]

李は思った。

- つづく -

by coji


Vol.7

2003/ 9/19 UP! 

 

 自室の椅子に腰を掛けたまま、すでに一時間が過ぎていた。

つけたままのテレビは、依然として “ 座礁船 ” のニュースを流している。

  細井勇蔵という名前からはおよそ縁のない巨体にどっかりと座られたイタリア製の椅子が、何とも無残な姿に変形している。

政府与党の大物として君臨し、その名前と顔は国民のほとんどの者が知るところだ。 おもむろに細井は立ち上がり、両手を高く

上げると[ ふぁ〜 ] と大きく伸びをした。

『 まっ、あいつにすべてお任せだ・・・ 』 呟き、突き出た腹をさすった。

 中国外交官の ” 孫文明 ” から電話があったのは、報道がある数日前のことだ。

孫との付き合いは、もう20年近くなるのだろうか・・・。社交辞令 もほどほどに、突然孫が切り出した。

[ 細井さんは私の心の友ですよ。あなたなら、私の国とあなたの国を仲良く橋渡ししてくれるはず ]

『 何が言いたいのかな?』 細井は、珍しく殊勝な事を言う孫が可笑しかった。

[ あはは。実は・・・最近になってアジア諸国から人間を集めた “ 多国籍軍 ” のような組織が現れ、傍若無人な動きが

活発化しています。それは、あなたも既にご存知でしょう?] 孫の探る様な口振りに、細井は先を促した。

[ しかも、日本で得た金はすべて自国の金庫へ入り、軍事兵器の製造に使われているのですよ。日本は最大の標的、と言えば

どこのテロ国家か おわかりでしょう? 中国マフィアと日本のやくざの関係も乱れ始め、いまや最悪の方向へ・・・ああ、きっと

あなたが牛耳っている組織にも取引の話があった筈です。やくざに揺さぶりを掛け、混乱の後にマーケットを広げようと

しているのです。日本で真っ当に働く我が同胞の 中国人にとっても、いい迷惑ですわ ] と、一気に愚痴る。

『 ああ・・・随分となめられたものだな。我々も中国も・・・ん?』

細井は、ソファ−にある ” 秘書 ” が脱ぎ捨てたままのパンティ−を鼻に当てた。

[ そう、嘆かわしい事です。それで・・・ ]

『 それで?』 ようやく本題らしい。

[ 近々、日本海領内で今までにない大量の覚醒剤取引があるようです。しかも、それを運び込むのは客船じゃあない。

工作船です。どうです? ビッグ・ニュ−スでしょ!]

『 ・・・ 』

孫の言う通りだ。疑惑は幾らでもあったが、政府や官憲はそれを実証出来ずにいる。

[ でね細井さん、私達は当然それを阻止します。いかなる手段を使ってでも・・・。その後なんです、問題は・・・ ]

『 どういうことかな?』

細井は、煙草を揉み消した。パンティ−で、汗を拭う。

[ 日本領海内に入った覚醒剤を、我国に持ち帰ることはできません。我が国と某国とは、いい関係とは言えませんが、

敵対することもできません。また、それに関係するアジア諸国の平和の為にも、これは極秘の作戦です。そこで細井さん、

あなたに覚醒剤の回収をお願いしたいのですよ ] 無言のまま、細井は唸った。

[ 回収の段取りは、追ってご連絡致します。ただ、今回の取引は日本の警察にも漏れているようです。あなたは、直接

表に出られないほうがよいでしょう。まあ、あなたのことだから大丈夫だとは思いますけどね。日本語で、何と言いましたか?

 え〜、釈迦に・・・ ]

『 ” 説法 ” だ 』

[ ハハハ、そうそう。 何れにせよ、彼女もいることだし・・・ ]

『 あはは。レイコのことかね?』

[ そう、彼女は強くて勇気ある女性です。おまけに美しい ]

そう言われて、やっと笑いが零れた。

[ それではまた・・・ ] 言うと孫は、電話を切った。

 そして孫は、計画を実行に移したらしい。まもなく、奴らしい綿密な段取りを伝えて来る事だろう。

『 さて、どうしたものか・・・ 』 巨体を揺すりながら、細井はタバコに火をつけた。

[ 絶対に許さん! イカレた狂信者どもに、日本人を薬漬けにされてたまるか! おまけに、近年では核での脅迫なんぞを

しておる。俺は日本人だ。この国を守る為に、政治家になったのだ・・・ ]

青臭い信念だが、そういう想いは若い時から一貫して変わらない。愛する日本を守るために頭を下げ、外交にも力を入れたのだ。

綺麗事ばかりではない。長い政争の過程で敵も増え、闇の私兵も持った。叩けば埃の出る体だが、その根底には噴出する

愛国心がある。 薬物の流入を阻止する事に加え、工作船との関連性を証明出来るまたとないチャンスであった。

[ 外務に海上保安庁、そして警察庁か・・・ ] 愛国者は、逡巡した。マヌケ供が勇めば、せっかくのチャンスも台無しになる。

頭の中で、素早く駒を配置した。 ” 闇のコンピュ−タ ” と呼ばれる所以である。

細井は、ニヤリと笑った。

『 よしっ!』 叫ぶと、隣の部屋に待機する ” 本当の ” 秘書に声を掛けた。

『 出掛けるぞ!』

トレイに食事の用意をしていた秘書は、ポカンと口を開けた。

 

  レイコは、向かいに座る深沢京介に [ ちょっと、ごめんなさい ] と言い、レストランの外へ出た。着信によると、細井からであった。

『 はい、レイコです・・・ 』 親子の挨拶もソコソコに、細井は一気にまくし立てた。レイコは、黙って用件を聞く。

『 分かったわ・・・ 』

[ ああ、それからな、あの男・・・なんて言ったかな? おまえに熱をあげている男は・・・ ]

『 うふふ。京介、” 深沢京介 ” よ  』

[ そう、その深沢を使え。組の人間は使えない。これはおまえの仕事だ ]

『 彼に話してもいいのね?』 レイコは念を押した。

[ そうだな・・・後々必要になるだろう。内容については、おまえに任せる。お手並み拝見だな? ]

『 彼を使える人間として認めてくれるのね?ありがとう・・・ 』

そもそも礼を言う話ではないのだが、レイコは素直に嬉しかった。

[ 勘違いするな。ワシを誰だと思っておる。これは、” テスト ” だよ!]

  電話を切った後、興奮する感情を抑えきれず顔が紅潮した。

『 さあ、あとは彼にどう話をし引き込むか、だわ・・・ 』

テーブルで手を振っている京介に、[ 出ましょう? ] と、目で合図をした。

彼とは、どこまで一緒に居られるのだろう・・・ ]

伝票を掴む京介を見て、ふとレイコの心に闇が射した。会計を済ませた深沢 が、怪訝そうに訊ねる。

『 どうかしたのか? 』

無言でレイコは、深沢の腰に手を回した。形のいい尻を、軽くつねる。

[ まずは、船の確認が先だわ ]

『 用意はいい?』 レイコは唇を薄く開き、中で舌を踊らせた。

勘違いした深沢が、ウインクを返した。

- つづく -

by nyao


Vol.6

2003/ 9/ 7 UP! 

 

 会長室と廊下を挟んだフロアでは、二人の男が話し込んでいた。若い者がコ−ヒ−を運んで来る。

『 でもアニキ、そんなに凄ぇんですか? その、何とかっていう女・・・ 』 若い方が訊ねた。

『 ”女”ってテメェ、ヨシオ・・・そんなこと会長の前で言ってみろ? おめぇ カタギにされるぞ!? 』 アニキと呼ばれた男は、

ヨシオの頭を軽く張った。

『 ええ・・・でも、見た目 ” 小娘 ” だっつうじゃないですか! 』 合点がいかないヨシオは、尚も食い下がる。

 市木 滉一。” 頭 ” である若狭 章二の、補佐を務めている。組織の中では、手形・債権・不動産といった ” 経済担当 ” だ。

若者達のまとめ役も担っている、文字通りの兄貴分である。職業柄その外見は、極道と言うよりも ” 悪徳弁護士 ” に近い。

コ−ヒ−を一口啜り、続けた。

『 さっきな、木村と金田のバカ共から連絡があったんだよ・・・』

『 ええ、あの二人・・・』

『 迎えにやらしたんだが・・・おめぇと同じに舐めてかかってよ、クルマひっくり返されてお釈迦んなったんだとっ 』

『 ええっ? やられちまったんですか!? 』

『 バァ〜カ、クルマだけだよ。奴等二人はえ〜っと、ヤケドに? あ、ムチ打ちか・・・』

『 あの二人が、ですか・・・ 』 信じられない、と言った顔でヨシオは訊いた。

『 ああっ、ウチのヒットマン・ランキング一位と二位とがだ、クルマ走り出して5分でボッコボコだよ・・・ 』

市木は呟くと、煙草を銜えた。ヨシオが器用に火を着ける。

廊下に、人の気配がした。

 

 若狭は、会長室のドアをノックした。

[ 入れっ ] ドアを開け、一礼する。

『 会長、お見えになりました 』

若狭の後から部屋へ入った涼子は、挨拶代わりに言った。

『 おじさん、言い訳は考えているわよね? 』

『 お嬢っ!・・・いやいや、違うんだよ。俺ぁ、ガセを掴まされちまった。いやっ、奴等、俺達もハメようとしやがったんだ・・・ 』

『 だからっ、” お嬢 ” はヤメなさいよっ 』 勧められる前にソファ−へ腰掛け、大きく脚を組んだ。

娘の様な年の涼子であったが、対する会長の 篠田はタジタジだ。三千からの猛者を束ねる頭領も、形無しである。

『 おい章二っ、お嬢に説明しねぇか・・・ 』 手負いの鳥の様に、手をバタつかせた。

『 はい 』 若狭は、ソファ−に腰を下ろした。

壁に掛ったモニタ−には、入り口の ” 見張り番 ” が写っている。振り返ったところで、先程 若狭に張られた頭の手形が見えた。

涼子は腕を組み、笑いを堪える為 乳房の下をツネった。

 『 このネタぁ、” 大陸 ” 側からもたらされたんです。デカイし、何度か取引があったんで、すっかり信用してたんですがね? 』

『それで、その後は何と言ってるの?』 カメラが玄関にパンしたので、ようやく涼子は落ち着く事が出来た。

『 ええ・・・で、スグに・・・そのぉ・・・ 』 若狭は言い淀んだ。

『 なによっ・・・私が ” 警察 ” だっていうのは、忘れなさい?』 涼子は煙草を銜えた。篠田が [ 続けろ ] と、手で促す。

若狭が火を着けようとするのを、涼子は制した。若狭は続ける。

『 ハイ、スグにカチ込み掛けたんですけどね、奴等ぁもぬけの殻でした・・・ 』

『 裏がありそうね・・・ 』

『 ええ、奴等・・・大陸の本体は ” 猿 (マシラ) 党 ” ってんですけどね、日本にも相当食い込んで来てます 』

『 よく、アナタ達も許してるわね? 』 煙を吐き出し、涼子は言った。

『 ハイ、ぎゅうぎゅうにせめぎ合ってる国内だけじゃぁ、中々シノギも苦しいんですよ、お嬢さん。

” 経済解放化政策 ”ってんですかね?この・・・ 』

『 テメェ、くだらねぇヨタ飛ばしてやがると、堅気にするぞっ! 』 イラついた篠田が言った。

『 スイマセン・・・今回、奴等ぁ色んな方面に、けしかけたらしいです。組織や、派閥の関係なく 』

『 ええ、私のトコにも、” 上 ” からチャチャが入ったわ。何を勘違いしたのか、捜査の中止まで指示してきた・・・ 』

煙草を灰皿で揉み消した。

『 恐らく、混乱させるのが奴等の目的でしょう 』 額の汗を拭いながら、篠田が受ける。

『 既存組織の・・・一掃かしら? 』 涼子は、呟いた。

『 いいや・・・ ” 日本占領 ”・・・か 』 篠田の手は、怒りで震えていた。周到且つ広範な計画に、涼子も気配を察していた。

『 会長・・・オヤっさん 』 言葉に詰まった若狭は、篠田を見つめた。

『 手強そうね 』

篠田は、涼子の手を掴むと言った。

『 お嬢、お気を付け下さい! 今までの相手とは、違いやす 』

[ ” 猿党 ” ] か・・・。

涼子は、二本目の煙草をケ−スに戻した。

 

 会長室に全神経を集中しつつ、依然、市木とヨシオは話し込んでいた。

『 ええ・・・それで? 』

『 んでよ、代々の ” 大地主 ” なんだけども、そらぁ 気性の激しい一族らしいぜ? 』 市木は、コ−ヒ−のお代りをした。

ヨシオもそれに倣う。煙草を燻らし口を湿すと、話を続けた。

『 どこにも居んだろ? 血筋はいいのにブッ飛んだ奴ってのがよ! 』

『 ・・・ 』 ヨシオは黙って頷いた。

『 何せ地元じゃ力あるからよ、ウチも前身の頃から色々興業面なんかで世話になってたらしいんだな。戦後のドサクサなんか

酷くてよ、敗戦処理に紛れて、アジア人入り乱れての抗争に明け暮れたらしいぜ 』

『 ええ、俺も噂にゃ聞いてます 』

『 特に、爺さんってのが凄くてよ、ウチと利害が一致した時なんかは、先代等とツルんで暴れ回ったんだと。” 百姓が

ドスなんか持てるか ” つってよ、鎌一本で返り血浴びて、” 阿修羅の形相 ” だったってオヤジが言ってたよ・・・ 』

『 はぁ・・・ 』 手元がおぼつかないヨシオは煙草を逆さまに銜え、フィルタ−側に火を着けた。咳き込み、慌てて揉み消した。

『 にやってんだよテメっ、バカヤロっ! 臭ぇじゃねぇか・・・ 』

『 グッ・・・ス、スイマセ・・ン 』 ヨシオは、涙を拭った。

 『 ま、オヤジもあれだけのお人だから、若ぇ頃から相当のイケイケだったらしいんだけどよ、” 子供扱い ” だったらしいぜ 』

『 あの、会長が・・・ 』

『 ああ、一族っつうか、” 血筋 ” に心酔しちまってるのよ、オヤジは・・・ 』

『 すげっ・・・ 』

『 けどな、確かにあの娘はただモンじゃねぇよ。腕も立つが、おっそろしく頭もキレる。惜しいなぁ・・・ったくよ、本来だったら、

こっち側の人間なんだ。それが、よりにも因って ” サツ ” なんかに・・・  』

市木が煙草に手を伸しかけた時、ドアにノックがした。

『 オウッ 』

噂の二人、木村と金田が項垂れて入って来た。

『 アニキ、面目ねぇ・・・ 』 床に手を着いた。見る影も無い。

『 テメェら・・・言いつけ守らねぇで、大層な事やってくれたな? 』 市木は、押し殺した声で言った。

『 分かってんだろ? こっちぃ来いやっ 』 二人を促した。

 

 エレベ−タで下りながら、篠田は言った。

『 お嬢、クドい様ですが、並の相手じゃねぇんです。サツだ極道だって、言ってる場合じゃあねぇかも知れませんぜ! 』

『 そうね。でも、おじさんこそ気を付けてよね? 多分、ヤクザの方が危険よ・・・ 』

『 お嬢・・・ 』

 フロアへ着き玄関へ向う途中、市木が走り寄り若狭に耳打ちした。

『 分かった 』 短く頷くと、涼子に言った。

『 お嬢さん、若ぇモンがとんだ粗相をしでかしたそうで、お詫びしてぇってんですよ・・・ 』

見ると、玄関先であの二人がひれ伏していた。左手に包帯を巻き、同様に血が滲んでいる。

涼子は、溜息をつく。

『 まったく・・・少しは進歩しなさいよ 』 呆れて言った。

『 そう言わずに、お嬢。本来だったら首ぃ差し出してお詫びしなけりゃいけないんだが、あんな奴等でも、今のウチには戦力

なんです。だから、ケジメだけでも受け取ってやってくれっ! 』 そう言うと、市木から受け取った桐の小箱を寄越した。

[ 要らないわよ ] とも言えず、黙って涼子は受け取った。床に額を擦りつけている二人の前にかがみ込むと、静かに言った。

『 いいのに・・・私も、楽しませて貰ったんだから。でもね、聞きなさい? こんなシキタリなんか通用しない連中なのよっ。” 猿 ” は、

すばしっこいの。” 道具 ” は大事にしなさい。いいわね? 』

泣き出した二人は、ゆっくりと面を上げた。瞬間、木村は涼子の黒いパンティ−が目に入ってしまい、慌てて元に戻した。

勢い余って、床に額をぶつける。[ ゴスッ!] っと、鈍い音がした。端で見ていたヨシオは、市木に囁いた。

『 アニキ・・・俺、分かる様な気がします・・・ 』 市木は、無言で頷いた。

 GT-Rは、ピカピカに磨き上げられていた。

『 ヘイ、失礼のお詫びに・・オレ、洗っておきました 』 図体に似合わず、見張り番はモジモジしていた。

『 あらぁ、アリガトウ 』 涼子は、素直に喜んだ。そして、目だけで笑いながら若狭に言う。

『 いい? この人は、これで勘弁してあげてよ? 』

『 ハイ 』 若狭は返した。見張り番を見上げる。

 GT-Rに火を入れ、涼子は軽くブリッピングをくれた。ウインド-を下げ、手を挙げる。

『 じゃっ、お世話様ぁ 』

男達は横一線に並び、そして叫んだ。

『 ご苦労様でしたぁっ!! 』

[ だから、よしなさいってば・・・ ] 涼子は頭を振りながら、スタ−トさせた。

見送りながら、見張り番が呟いた。

『 オレェ・・・惚れちまいそっ 』

聞いていたヨシオが、飛び上がりながら頭を張った。

若狭とは直交した向きに張ったので、見張り番の頭には ” 赤い格子柄 ” が出来た。

- つづく -

by coji


Vol.5 

2003/ 8/22 UP! 

 

 『 日本海が見たいわ 』 レイコは2度、呟いた。

トラックに苛つく私の顔を覗き込み、片目を瞑った。満月に照らされた妖しい女の顔が目の前に現れ、思わずドキリとする。

私はキスをしたい衝動を戒め、ステアリング見つめた。握る手に力が入る。頬に、レイコの唇が触れた。

『 ね、私のこと信じてる?』

『 ああ、あったりまえさぁ〜 』 そう言って、レイコの唇に指をあてた。

 軽快に流れるボサノバのリズムと、理性を酔わせるプワゾンの香り。誘惑に負けた男の返事は、子供のように滑稽だ。

“満月の夜、女は嘘つきになる”・・・とか、誰か言ってなかったか?ふと、そんなことを思い出した。

月の満ち欠け、潮の満ち引きは、人間の感性や言動に少なからず影響を与える。満月の夜、男は狼になり、女は、狐・・・か。

ハードボイルドが好きだとはいえ、すぐに 『 ああ、そうかい 』 と言える話ではなかった。

日頃のレイコらしからぬ言葉に、私は驚きと可笑しさでゲラゲラと笑った。

尖った顎がツンと上がり、両手で髪を掻きあげた。次の瞬間、その手で私の胸ぐらに叩きつけ、言った。

『 ねえ、信じられない?』 道すがら話していた話題に戻る。急にらしからぬ事を言うものだから、私は忘れかけていた。

『 それが本当の話だとしても、どうして俺に?』

例え事実だとしても、一介の探偵に過ぎない私には荷が重い。勘が、[ かかわるな!] と告げるのだが・・・。

『 貴方に手伝って欲しいのよ・・・』 その目は、私を見据えている。

『 何を? 何を手伝う? まさか・・・その密輸をか?』 私のセンサ−は、鳴りっぱなしだ。

既に過去の事とはいえ、私は警官だった男だ。今だって、付き合いがない訳じゃない。情報の提供を得る為に、一部の

ポン友とは関係が続いている。

[ どうしたんだレイコ? お嬢さんのお願いにしちゃ、切羽詰まり過ぎだぞ・・・ ]

国会議員を父に持ち、その優秀な頭脳と美貌で父親に尽くす女が、覚醒剤の密輸だと?

確かに、父親は裏社会との付き合いがある。しかし、人殺しと覚醒剤だけには絶対に手を貸さない男だ。また、取り巻きにも

それを許さない。一部の人間から見れば外道だが、命の尊厳と義侠心は重んじる。極道にも、こういうタイプは多い。

それは、私が調査で知リ得たことだ。

[ なのに、何故おまえが密輸なんかに? よりによって、覚醒剤なんだぞ!]

レイコは、困惑した表情で言った。

『 詳しい事は、今は言えないの。でも、信じて欲しい。決して貴方を犯罪者にはしない。そして、私も犯罪者にはならない 』

『 オイオイ、着手の瞬間に ” 犯罪 ” だぜ!でもさ、どうしてなんだ?』 私は、からかい気味に訊いた。

『 今は言えない。けれど、日本海で座礁した・・・船を、貴方が自分の目で確認した時、すべてを話すわ。だから一緒に行って

欲しいの、お願い!』

私の首に手を回し、レイコは言った。レイコではない別の女と、話しているような気がした。

『 いいだろう。この目で見てやるぜ!』

 女から上目遣いに ”お願い ” などと言われ、断り切れる私ではなかった。そうであれば、浮気調査かなんかで真っ当に稼いでいる。

嘘か誠か、少しばかり付き合ってやろう。まったく興味のない話でもなかった。月は雲に隠れ、顔はいつものレイコに戻っている。

ゲンキンなものだ。 軽くハミングしながらタバコに火を点け、私に渡す指の間から僅かにプワゾンの香りがした。

これからタップリ、” 手付 ” を貰うとしよう。

- つづく -

by nyao


Vol.4

2003/ 8/16 UP! 

 

 本線に交わる交差点で、涼子はGT-Rを停めた。

セルシオは車線を替え、GT-Rの横に並ぶ。涼子は化粧を直すフリをして、コンパクトでそれとなく窺った。乗っているのは、

二人組の男達。堅気ではない。涼子から見れば、一目瞭然だ。いや、典型的といってもいい。ドライバ−の服装は派手で

 ” 正体不明の遊び人 ” といった風情であるが、まあ、堅気で通らないこともない。が、助手席の男は酷かった。

シャツの襟を上着の上に出し、おおよそ格闘とは縁の無さそうなナマっ白い指には、派手な金の指輪を鏤めている。

許せないのは、そのシャツの柄だ。蛍光色の赤に、蔓草とも唐草とも言い難い柄があしらってある。

『 何よアレ、まるで ” ラ−メンのどんぶり ” じゃない・・・』 涼子は、吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

世に ” チンピラ・マガジン ” なるものがあったなら、必ずや載るであろう。但し、巻頭を飾る器ではない。良くて ” 読者投稿欄 ” だ。

 隣の信号が黄色に変わるのを見て、涼子はアクセルを煽る。ギヤを1速に入れた。

タイミングを計り、急発進する。トルク制御がかかる前のタイヤが、派手な悲鳴を上げた。自らの信号が、青に変わる0.2秒前だった。

未練たらしく交差点を行くクルマをフェンダ−直前でかわし、涼子はギヤを2速に上げる。不意を衝かれたセルシオは、慌てて追従する。

涼子は、アクセルを少し緩めた。ミラ−を見る。ドライバ−は、女に出し抜かれた悔しさに顔を歪めている。助手席の男は、更に傑作だった。

急発進でのけ反った拍子に、火の点いた煙草を落とした様子である。必死で探し、摘み上げては熱さに負けて、どこかへ放り投げて

いるようだ。その様子は、車中で ” 阿波踊り ” をしているかに見える。ここに及んで涼子は、ついに堪らず吹き出した。

 セルシオは冷静さと本来の任務とを忘れ、車線を移しGT-Rの尻を煽る。次の交差点を、涼子はウインカ−を出さずに左折した。

セルシオは急減速し、何とか追従する。が、曲がりきれずリヤを大きく振り出し、歩行者用の信号機にフェンダ−を軽くヒットした。

” 軽く ” で済んだのは、ハイ・テクの恩恵に因るところが大きい。が、ドライバ−の反射神経はいい様だ。

その様子を、対向車線からロ−レルの覆面パトカ−が目撃。サイレンを点灯させ、追跡を開始する。周囲の流れを止め、

緩やかに右折した。

涼子は、ミラ−でパトカ−を確認していた。いよいよヒ−トアップしたセルシオに、その余裕は無い。追突せんばかりの勢いで、

GT-Rに迫って来る。時間が迫っていることに加え生理前でイラついている涼子は、チェイスに終止符を打つことにする。

大きく息を吸い込み、止めた。フルブレ−キングでダブル・クラッチを踏み、3 → 2 とギヤをたたき落とす。車速に対し

急激に回転の落ちたタイヤは、路面との間で派手なスキ−ル音を発する。同時に、ステアリングを左に切った。

勢い余ったセルシオは、為す術もなくGT-Rを追い越した。涼子は車線を戻すと、セルシオの背後に着く。テ−ル to ノ−ズで煽る。

訳も分からぬまま、セルシオは加速した。4ℓ V8 は良く頑張ったが、ドライバ−のスキルは最早限界だった。

フルスロットルでも離れないGT-Rの気配を見て、ついにはブレ−キを掛けた。その隙を、涼子は見逃さなかった。

アクセルを一閃、RB26DETT改を咆哮させた。セルシオの左・リヤを衝く。計算では、道路の中央側へ向ってスピンするはずである。

被害は、そう多くないだろう。遊んでいても、涼子は警察官である自覚を失っていない。目論み通りスピンしたセルシオは、

中央分離帯に激突して止まった。最後は相撲取りの土俵入りよろしく、大袈裟にシコを踏んだ。中の二人は、呆けた様に

互いの顔を見つめ合っていた。

 GT-Rを路肩に寄せた涼子は、髪を掻き上げながら悠然と降り立った。猛スピ−ドでやって来たパトカ−が、脇に急停車する。

中年の私服が飛び出した。

『 キサマっ・・・女なのか!?、エェ〜っ? 』 何を言ったらいいのか、声に詰まっている。

『 ゴっメンなさい! 手間かけるわねっ?・・・あっ ” 特務課 ” だから 』 涼子は、手帳を開いて見せた。

『 なっ、だから何だってんだよ! そんなモンはなっ、アメ横行きゃいくらでも売ってるんだよっ!! 』

『 アラっ、じゃあ、これで信じてもらえるかしら? 』 涼子はブラウスの襟を捲り、裏にある階級章を見せた。ワザと大きく開き、

ブラのストラップを覗かせる。顔を近づけてそれを凝視した私服の顔色は、蒼白になった。次いでブラに目をやると、

こんどはみるみる赤面してゆく。

『 し・・・し、失礼致しましたぁっ! 』 敬礼する。

『 ううん、いいのよ。よく、” 警官には見えない ” って言われるのっ 』 涼子は、ウインクした。

『 はぁ・・・確かに。いえ! そんなことはっ・・・ 』 赤面は、泥酔の域にまで達している。

『 じゃ、後はよろしく、ええっとぉ・・・ 』 微笑んで、小首を傾げた。

『 雁屋っ、” 警部補 ” でありますっ 』 居を正して、私服は言った。

『 フフっ、雁屋 警部補? 多分、あいつ等はどこかの構成員でしょう。締め上げれば吐くわっ 』

『 ハイ、もう結構です。お気を付けて、警視! 』 敬礼する。パトカ−の中では同僚が、俯きながら頭を振った。

 セルシオが騒々しくなった。我に返った二人が、何やら騒いでいる。助手席が放り投げた煙草が、ドラ−バ−を焦がしているらしい。

[ アチっ! ] という声に、涼子は大笑いした。

 

 問屋街に通ずる道を手前で折れ、目当てのビルに到着した。

外壁を黒一色に纏った、” 極道ビル ” である。金看板には、” 石龍興業 ” とある。関東北部から東北地方に勢力を拡げる、

指定暴力団だ。その正面にGT-Rを乗り付けた涼子は、ロックもせぬまま入り口へと向う。脇の詰め所から、” 見張り番 ” が

駆け寄って来た。

『 コラ コラっ ネエちゃん、お転婆も大概にせぇよ! 何じゃっ、あのクルマは? ドコ行こうっつんだよっ!! 』

ブランド不明の白いブルゾンに、ダブダブのスラックスを穿いている。頭は、少ない中身が透ける程ツルツルに剃り上げていた。

『 会長、居るんでしょ? 』 事も無げに、涼子は訊いた。

『 居たらどうだってんだよっ! テメェ会長に何のよう・・・ 』

涼子は半身に構え、出ている右足の踵を浮かせた。その時、エレベ−タ−脇の階段をス−ツ姿の男が駆け下りて来た。

見張り番の元まで来ると、腰を折って息を整えた。

『 頭 (かしら) ぁっ・・・ 』 見張り番は、呆気にとられていた。

頭と呼ばれた男は、見張り番の剃り上がった頭を勢いよく一発張った。” パァ〜ンッ!” という音が、ホ−ルに響き渡る。

『 バカヤロっ! テメェはすっ込んでろっ!! 』 手形の付いた頭をさすりながら、見張り番は後ずさった。

『 ど〜もハイっ、失礼致しやした。こいつぁ、新人なもんで・・・ 』 と、構えたままの涼子を制した。

『 ささ、会長がお待ちかねでらっしゃいますよっ。どうぞ、こちらへ・・・ 』 エレベ−タ−へと誘う。

『 フフ、悪いわねっ 』 涼子は、見張り番に手を振った。

見張り番は両手をダラリと垂らし、二人を見送った。その姿を見て涼子は、[ ”トトロ” に似てるわね ] と思った。

- つづく -

by coji


Vol.3

2003/ 8/15 UP! 

 

 午前9時。昨夜から降り続いた雨は止み、雲の切れ間からは薄っすらと青空が見えた。

窓辺で軽く伸びをし、アルコールの残った体に熱いシャワーを浴びる。ぼんやりとしていた脳細胞は次第に目覚め、体中の筋肉は

いつもの隆起と美しさを取り戻しはじめる。鏡に映る自分の裸体に、『 おっしゃあ!』 と右手で胸を叩き、挨拶をした。

『 俺はスタローンか? いやいや、シュワルツェネッガーよりもイケてるぜ。なっ?』

起きたばかりの女が、[ バカね・・・ ] と笑った。

 深沢京介 33才。やり手の探偵。・・・だと、自分では思っている。もっとも、経歴を見た人間は期待するだろうが。

警察大学を卒業後、アメリカFBIへ公費留学。ラングレ−で、特殊部隊の訓練を1年間学んだ。

帰国後、警視庁捜査一課に配属されたが、アメリカ仕込みの行き過ぎた捜査に怪我人が続出。その度にウンザリするほどの

始末書を書かされた。

[ 始末書でファイルを並べることが出来るのは、俺くらいだな? ] うそぶく深沢に向い・・・

『 あなた、経費と寿命の使いすぎよ 』 警務課の女性職員は呆れた。同僚からは・・・

『 おまえが危険を呼び込むんだ! 』 と、誰もが相棒になることを拒否した。

『 ふん、腰抜けの制服ヤロウがっ!』

しかし、警察も所詮は縦の組織。上役の顔色を窺いながら自由な捜査もできず、銃の使い方も知らないような奴らと仕事をする

気も失せた。

[ 38口径ごときに、背後から撃たれちゃかなわん!]

決心するまで、そう時間は要さなかった。

 

 一週間を使い、愛車のマセラティ・スパイダーに女を伴って、ちょっとした休暇を楽しんだ。

女は、ある政治家の三女。父親によく似た彫りの深い端整な顔立ちに、スラリとした体をしている。私の経歴か、それとも

行状が興味を引いたのか、仕事はマスコミからの依頼も多い。政治ネタや、芸能人のゴシップなどを扱う雑誌出版社からの

依頼もあった。

そんな中出会ったのがレイコだ。父親は、ロシア、中国との外交ルートに太いパイプを持つ与党の大物。20年程前、

” 福祉と平和 ” といった今の世の中なら一笑に付されるようなスローガンを立て、最年少議員となった男だ。

60近くになった今は党の執行部にあり、精錬潔白な熱血漢で 女性層に圧倒的支持のあったルックスも、その面影は失せていた。

権力奪取に纏わる政争と金の呪縛にまみれ、今ではおぞましいまでに汚れてしまっている。でっぷりと太り脂ぎった顔は、

どこかやくざの組長を思わせる風貌であった。

 知り合って3ヶ月。週に一度は会う恋仲になった。父親に知れれば、激昂のうえ殺されるかも知れない。いや、それくらいの

力は持っているはずだ。女に不自由している訳ではないが、最早失う事が出来ないまでの存在になっていた。

『 ネ、お願いがあるの・・・』

マセラティを走らせながら、休暇をどこで過ごそうかとアレコレ話している時だった。

『 何だ?行きたい所でもあるのか?』

『 ・・・・・ 』 レイコは、シフトを弄んだまま答えない。

『 おいおい、月へでも行こうって言うんじゃ・・・なさそうだな、その顔は 』

[ あははは ] 私は笑って助手席を見た。レイコは手を止めて、ポツリと言った。

『 日本海が見たい 』 と。

悪くない。私は、素直にそう思った。アチラは食い物も旨い。ただ、彼女にしてはしおらしいセリフに、私のセンサ−が警報を告げていた。

前をノロノロと走るトラックと同じくらい、鬱陶しい予感が頭をもたげた。

- つづく -

by nyao


Vol.2

2003/ 8/ 6 UP! 

 

 『 何故、手を退かなければならないんですかっ! 』

書類を叩き付ける手に力が入り、受領箱が ” ガタリ ” と鳴った。監察官は慌てて半身を乗り出し、[ まあまあ ] と手で制する。

『 外事・・・ですか? 』 またか、という色で涼子は訊ねた。

『 いや、与党を通して、上からきた 』

露骨に溜息をつく涼子を後目に、監察官は続ける。

『 君の優秀さも今回のヤマに掛ける意気込みも、分かっているつもり・・・ 』

『 与党の・・・誰です? 』 言い訳がましい監察官を遮る。いつもの事だ。

『 それは・・・言えん。いや、知らない方がいい 』

『 はぁ・・・分かりました。ちょっと、出てきます 』

問答を続けても、結論が出るはずはない。これも、いつもの事だ。

『 いいだろう。帰ったら、報告書を上げてくれ 』 背を向けた涼子に、監察官は言う。目は、デスクに戻っていた。

『 はいっ 』 振り向きもせず、涼子も答えた。

『 これでいいんだ。ヤクも押収された訳だし、船との関連性が証明されれば、それだけでも金星じゃないか? 』

最後は、監察官の独り言になった。

 

 車両保管所に向うべく、エレベ−タを目指す。と、前方から若い局員が書類の山を抱えてやって来た。顔見知りだ。

すれ違いざま声を掛けようするが、涼子の余りの剣幕に気圧され、口を半開きにしたまま立ちすくんだ。笑顔も、途中で止っていた。

[ 無視だ、シカトする! ] 監察官のお陰で、全ての男がマヌケに見えた。

 警察庁 警備局 特務課。浅見 涼子の所属するセクションである。外事犯や国際問題の処理を目的に新設された。

T 大 法学部を主席で卒業した涼子は、スリルを求めて入庁。最初の配属は、防犯課だ。そこで 二年燻り、いい加減嫌気がさし

私立探偵にでもなろうと思っていた矢先、新設セクションへ突然の抜擢であった。理由は分からない。

 職務範囲は、犯罪捜査及び情報収集にまで及ぶ。ICPO との連携は、無論の事である。外事との判別が不明確ではあるが、

より一層の成果を期待されている事は想像出来る。だが、正確な事は涼子にも分かっていない。捜査の過程で、おいおい

明かになるのだろう。感じからして、かなりの自由裁量を許されている。何故か? 上司が、あの監察官だからである。

 エレベ−タ−に乗り込み、” B1 ” のボタンを押す。壁の鏡に写る自分を睨み付け、ファイティング・ポ−ズを取った。

ジャブを二度放つ。鋭い。シアトルでの研修中、必須の訓練とは別に涼子は、ブル−ス・リ−が創設した ” ジ−・クン・ド− ” の

道場へ通っていた。今でこそ女性も多く学んでいるが、異国の女子に対し、初め師範は ” お客さん扱い ” した。

が、素より運動神経抜群な涼子は、一年半後には、その師範から日に二本を取るまでになっていた。涼子は思った。

人間とは即ち、意思を持った関節だ。順手の場合は良いが、逆手に与える負荷は、母体に大きな反力を及ぼす。

合気道にも相通じる考え方である。そこを上手く衝き相手の気勢を削げば、格闘のイニシアティブを握れる。後は、電光石火の

スピ−ドに破壊力が加われば、負ける気などしない。[ なるほど、これは ” 道 ” 学問ね・・・ ] 理論に納得した涼子は、

身の修行に励んだ。師範は真顔で言った。

『 もうこの界隈で、君に敵う男はいない 』 幾分、社交辞令もあったのだろう。だが、お国柄よろしく、こう付け加えるのを忘れなかった。

『 だが、拳銃を嘗めちゃいけないよ? 時には、退く事も重要だ 』

事実 三ヶ月後、涼子はレイプ目的の黒人三人組に襲われ、逆に全員を血祭りに上げた。その時涼子は、心で師範に詫びた。

内二人までが、拳銃を所持していたのだ。気性が、退くことを許さなかった。仕方なく、地元警察は涼子を検挙した。

どう見ても涼子が被害者なのだが、実際に伸びているのは ” 加害者 ” 側である。又、涼子の供述を署員全員が信じなかった。

そんな訳で起訴保留となり、涼子は釈放されたのである。アメリカの大らかさに、万歳だ。だが、喜んでばかりもいれられず、

その事件が帰国を早める結果となった。今でも ” 記念日 ” には、本国でリハビリに励む ” 加害者達 ” に、匿名で花を贈っている。

涼子は、心優しい女でもあった。 

 

 バッグからクルマのキ−取り出しながら、エレベ−タ−を出る。刹那、キ−が手から滑り落ちた。涼子は、地上 15cm で

再びキャッチする。

『 よしっ! 』

 車寄せに向う途中、管理ブ−スの職員に声を掛けた。脹れて見せる。

『 おや涼子ちゃん、不機嫌そうだけど、今日はどちらまで? 』 嫌味のない、人なつっこい笑顔で職員は言った。

『 ま、色々ありましてね。憂さ晴らしにヤクザでも苛めて来ます 』

『 はははっ、ほどほどにな! 』 言って踵を正し、敬礼する。

『 行ってらっしゃいませ、警視 殿! 』

 勢いよくドアを閉め、キ−を捻る。愛車は数度のクランキングで、轟音と共に目覚めた。

R32型、スカイラインGT-R。ECU を書き換え、それでもバランスを考えて 450ps までのチュ−ンに留めている。

それ以外は、ショック、サス、スタビやブッシュにまでその手は及んでいた。一番の特徴は、その外見であった。リヤ・ウイングを

トランク・フ−ドごと外し、ノ−マルのものと交換して目立たなくしてある。塗装も、ガン・メタから地味なグレ−に塗り替えた。

極太のタイヤや張り出したフェンダ−から見る者が見れば気付くだろうが、えせ悪党共への目くらましにはなる。

涼子なりの ” 特務仕様 ” だ。

 ゲ−トから走り出た涼子の GT-R を見て、路肩に停まっていたセルシオが音も無く滑り出した。つかず離れず、尾行を始める。

中には、チンピラ風の男が二人乗っていた。環状線に向う涼子の GT-R に対し、徐々に車間を詰めて行った。

- つづく -

by coji


 Vol.1

2003/ 8/ 5 UP! 

 

 春と呼ぶにはまだ早い季節なのに、空は青く晴れ渡り、陽の光はオレンジ色に輝いている。

部屋にはもうストーブなど必要ないように思えるが、外は、コートを着た婦人が歩く姿も見える。

 久しぶりの休暇に、『蟹でも食べに行くか?』と、女を誘った。今から出発すれば、今夜は日本海の蟹 で旨い酒が飲めるだろう。

女の身支度を待って、私は車のエンジンをかけた。ふと、チェーンはどうしたものか?と思ったが、女の [ 早く!早く!] と

はしゃぐ声に、ついアクセルを踏み込む。

 平日の高速道路は、比較的空いている。これなら、予定より早く着くかも知れない・・・。

そう思ったのも束の間、山間部に至ると空のようすが変わり、小雪がぱらぱらと降りはじめた。

チェーンを持ってこなかったことを後悔する。しかし、もう戻る気にはならない。

 県境を越える頃には本格的な雪になった。チェーン規制が敷かれた高速を下り、小さな町へ出る。あの峠を越えれば予約を

入れた温泉宿までは近い。 急がなければ、雪の中に閉じ込められてしまうだろう。フロントガラスには、叩き付けるように雪が降る。

いや、襲いかかってくるという表現の方がいい。

 無車線の細い道に入ると、最早、出会う車は無い。右手は崖、左手は岩が剥き出しの山肌という、すれ違うのも困難な山道だ。

この町のこの道を、しかもこんな悪天候の日に通る車など、雪の恐さを知らないよそ者以外にない。それか、私の様な人種だろう。

ノロノロと、それでもスピード落とさず走った。

突然女が声を上げる。

『 海よ!ほらっ、海が見える 』

断崖の木々の間から海が見えた。

『 よしっ、何とか吹雪になる前に着きそうだな 』

峠を下ると、緩やかな海岸線が見えた。 天気が良ければ、それは絶好のロケーションに違いないが、雪と海から吹きつける強風で、

ハンドリングに必死である。観賞する気になどなれない。 大きくカーブを曲がりきった所で、小さなトンネルがある。

その先は、無骨な彫刻の様なゴツゴツとした岩だらけの海岸が どこまでも続いていた。 まるで、人の到来を拒むかに思えた。

 

 翌日も、雪は降り止む気配が無かった。

こんなに降り続いては、自分たちの通った痕跡などどこにも残っていないだろう。

昨夜、吹雪になる直前に宿へ着き、ゆっくりと温泉につかった後、蟹を肴に旨い酒を飲んだ。休暇は、一週間ある。

しかし、心からくつろげないのが辛かった。 未だ女と酒の匂いが残る体を動かし、テレビのスイッチを押した。

某国の工作船らしき船が、この町の海岸近くで座礁。死者、行方不明者が出たと告げている。 海岸には、麻袋に詰められた

覚醒剤が打ち上げられていたらしい。突然の悪天候で、操縦を誤ったのだろう。工作船だという根拠は、海図や救命具、

非常灯 などの装備が発見されなかったからだ。

 報道から察するに、捜査当局は事前に情報をキャッチしていた様である。海岸に流れ着いたのは、日本円にして

末端価格1億円相当の覚醒剤とあるが、それは私が掴んでいたネタの20分の1だ。 何れにせよ、 工作船による覚醒剤の

密輸でこれだけ大量のブツが発覚したのは初めてだし、関連性が明確になった訳だ。当局に力が入るのも、無理はない。

私は、煙草に火を点けた。自然と笑みが出る。煙を口から吐き出すと、それは白い霧の様に部屋へ広がった。

この職業のいいところは、休暇終了と同時に仕事がスタ−トする事だ。それも、その地から始まる。

私は、これからの展開を考えぶるぶると身震いをした。

女が寝返りを打ち、白い乳房が露わになった。

- つづく -

by nyao