一言劇場
え〜 ”一言劇場 ” です・・・。
← の”coji's BLOG” のコメント蘭に、一言 (台詞、シチュエ−ションなど) をリクエスト下さい。
どこのトピでも構いません。
coji が、ショ−ト・ショ−トを創作いたします。 ご希望とあらば、ジャンルなどを添えて。
命の続く限り・・・神経をすり減らし、いやさ人間を辞めてでも、UP致します。
第三十話
2008/ 9/10
※ nyao 様 より頂きました 。
『 Good-bye My Love 』
『 しっかしよぉ・・・よくこんな辺鄙なとこへ又、戻って来たもんよ 』
建屋の掃除が一段落し、椅子に腰掛けて呆然とする私にオジさんは言った。” オジさん ” と言っても、亡くなった祖父の古くからの
盟友で本業は、島の鍛冶屋である。私が未だにそう呼ぶのは、彼がオジさんだった頃の記憶しかないからだ。灯台守だった祖父が二年前に
亡くなってから、それまで守っていたこの灯台の運営と手入れをしてくれていたのだ。
『 爺さんが生きていた頃、たまに帰って来ていたのは知ってるが、でもなぁ・・・腰を据えるってのは本当かい?』
幼い頃に両親を亡くした私は、物心つくまで暫くの間、祖父と共にこの南端の島の灯台で暮らしていたのである。
祖父は男で一つで、大いなる愛を以て且つ、あくまで自然に私を育ててくれた。だが、進学の時期を迎える頃になると、本島の親戚達が
色々と 気を揉み始めた。表の世界への憧れもあり私は言われるまま、祖父を一人残して本島へと移ったのであった。後は、放蕩娘の体である。
『 うん。もう、いいの。アタシ、灯台守やることにしたんだ。 オジさん、今までアリガトね!』
『 あぁ、いいさ。しかし、帰って来ていきなり外壁を塗り替えちまったのには驚きいたよ。こりゃあ爺さんも、ビックリするぞ。
もちっと・・・ゆっくりすりゃあいいのに 』
女だてらに大仕事をこなした事に、オジさんは驚いた。しかし、その後に渡った本土で空間プランナ−を生業にしていた私にとって、
既存建造物の外観塗装など、手間は掛かるが朝飯前だ。でも、決して手は抜かなかった。島に帰ったら最初にしよう、そう心に決めていた
事だからである。
『 へぇ・・・これで、点滅のタイミングを決めてるんだ 』
『 あぁ、そうだよ。各灯台を識別するんで、固有のリズムが決まってんだ 』
オジさんから、灯台についての基礎を一から学ぶ。多分、祖父からも聞いた気がするが幼い私にはそれが、遠いお伽噺の事の様で現実感など
無かった。私には、憶える事が山ほどあった。
向こうでの仕事に、いや生活に疲れた。人間嫌いとは違う。人間が本当に嫌いだったら、とうの昔に自らも人間である事をやめていただろう。
それに、灯台守などという人の命に関わる重大な仕事を継ごうなどとは思わない。慌ただしい時の流れの中、疑心と偽善が渦を巻き、
蝕まれた人達からは 笑顔が消えた街。癒しを求めて南下するのは街人の常だが私は同時に、より重大な関わりを持つ為に帰って来たのだ。
ブル−を通り越して群青に近い空を眺め私は、手にしたウエスを弄びながらぼんやりとしていた。気を取り直して反射板の手入れを続けようと
ふと、水平線から目を逸らすと、小さな船影が近づいて来るのが見える。極、小型のクル−ザ−。操縦している誰かが、時折こちらに向かって
大きく手を 振っていた。私は、ウエスを丸めて工具箱へ放り込むと、螺旋の階段を一段飛ばしに降りた。
岬から浜へと下りる小道を走りしながら入り江を見ると、小型のクル−ザ−は大きく弧を描き、桟橋に横付けするところであった。
『 あのォォっ・・・』
私が恐る恐る声を掛けると相手は、舫を投げながら倍以上の大きな声を返した。
『 コンチハ! アンタが、新しくここの灯台を継いだ人?』
『 ハイ、” ミサキ ”って言います・・・ええっと 』
『 ” ミサキ ” かぁ、ドンピシャな名前だね! あ、ゴメンね。アタシ、本島の南端を守ってる、” ヒカリ ”っての。ハハハ、アタシも他人のこと
言えないけどね。 いやぁ、ここの灯台をアンタが継ぐって聞いてさ、居ても立ってもいられなくて表敬訪問に来たわけよ。で、アンタ、亡くなった
爺さんのお孫さんなんだって?』
女は機関銃の様に捲し立てると、キャプテン帽を取り額の汗を拭った。細いながらもその上腕には、力瘤が盛り上がる。化粧っ気は無いが、
屈託のない美人だ。
『 ハイ、祖父が亡くなってからは暫く、友人だったオジさんに見て貰ってたんです 』
『 そっかぁ、あん時の・・・アンタか。憶えてる? アタシの事。アタシは憶えてるよ。アタシがまだ小娘だった頃、アンタの爺さんに色々と
教わってたんだ。その隣に、チョロチョロしている小っちゃいオカッパのアンタが居た。その後、ちょっとご無沙汰だったんだけどさ 』
ヒカリはそう言うと、小さくウインクした。
『・・・』
渡りが何羽か浜に降り立ち、海草を啄んでいる。波が寄せると大きく羽ばたき、後ずさりながら文句を言っていた。
『 爺さんは・・・残念だったねぇ。アタシもみんなと一緒に、随分と探したんだよ。教わるだけ教わってその後、ご無沙汰だったから
義理欠いちゃってさ・・・』
ヒカリは、クル−ザ−の縁を持ってユラユラと揺らした。
『 ええ、島のみんなは、” 鴉岩 ” の辺りの岩礁にやられたんじゃないか、って。船も祖父も見つからなくて・・・』
『 うん。アタシ、辛くってさ、アンタを励ましに来る事も出来なかった。で気が付いたら、アンタはどっかへ行っちゃってた 』
『 アタシ・・・アタシも、連絡は本島で受けたんです 』
『 そっかぁ・・・じゃ、爺さんは独りでここを守ってたんだ・・・』
大きく、ヒカリは何度も頷いた。
『 しっかし、随分と綺麗にお化粧し直したじゃない?』
ヒカリは手を翳して見上げると、私が塗り直した灯台に目を細めた。
『 なんかね、” やるぞ ”って言うアタシの意思表明なんです 』
『 いいよ、凄く。この岬に合ってる。で、あのマリン・ジェットは、アンタの?』
ヒカリは、桟橋の端に繋いである私のマリンジェットを指差した。まだ、遊びで海と戯れていた頃からの相棒だ。ス−パ−バイク譲りのハ−トを持ち、
150PSを絞り出す。
『 へぇ・・・ ” いまどき ” 、だよねぇ。でも、シケて来たら、あれで沖に出ちゃダメだよ、いいかい?』
『 ハイ 』
『 ” 女 ” が灯台やってるんじゃ縁起が悪いってんで、船乗り達ゃバカにすんのさ。けど、男なんかにゃ負けちゃいない。そんだけのモンをアンタの
爺さんから教わった。だからアンタも、負けちゃダメだよ。なんかあったら、遠慮しないでアタシに言って来な!』
『 ハイ、有り難う 』
嵐が去る様に、ヒカリは帰って行った。いきなりスロットルを開けるものだから、クル−ザ−は沈みそうになる程、尻を下げて駆けだした。来た時も去り際も、
激しい女であった。私は可笑しくて、涙が出て、そのまま泣いた。
幾日かシケの日が続いた。漸く、スッキリとした青空が広がった。
オジさんが反射鏡の手入れをしてくれている間、私は塔の下の草を刈っていた。
『 オォ〜イ、ありゃ何だぁ〜! 見えるかぁ?』
オジさんは塔の窓から身を乗り出して、入り江を指差した。私は、岬の突端まで駆けだした。額に手を翳す。入り江の先に、何かに掴まった人が浮かんで
いるのが見えた。
『 行ってみるっ!』
私は、小道を駆け下りた。七分ほど下りた所でもどかしくなり、手摺りを掴んで浜へ飛び降りる。髪留めが飛ぶ。ザックリとした砂に足首が埋まるが、
そんなことには構っていられない。マリン・ジェット目掛けて、砂を蹴飛ばした。飛び乗るとイグニションを捻り、エンジンが始動するのももどかしく
スロットルを全開にした。
『 大丈夫っ?・・・じゃあないわよね、掴まって!』
若い、男・女のカップルだった。必死で藻掻く、と言うよりも ” 置かれた状況に呆然としている ” 感じだ。
『 ボクはいいから、家内をお願いします・・・』
男は、蒼白になっている女を見た。
『 さあっ、アナタも掴まって。大丈夫よ、このジェットは力あるんだから。さっ、それを離して!』
私は二人に気遣いながら、ジェットをゆっくりと曳いた。
『 ホレ、これで拭くといい。歩けるかい?』
浜で待っていたオジさんが、二人にタオルを差し出した。と、心配そうに二人を見る私を小声で呼んだ。
[ 下りて来る前に保安庁に確認したんだけどな、海難事故の知らせは入って無ぇってんだよ ]
[ ホント? プライヴェ−ト・クル−ズなのかしらね・・・]
『 ささ、お二人さん、歩けるんなら上へ行こう。体を温めないと 』
未だ立ち尽くす男に向かって、オジさんは言った。
『 ボク達は一体・・・どうなったんですか?』
『 ” どう ” って、乗ってた船がどうにかなっちまったんじゃないのかよ?・・・』
『 いえ・・・ワタシ達、本島をクルマで・・・走ってたんです・・・』
オジさんと私は、顔を見合わせた。
『 いいや、仮に本島でクルマが落っこちても・・・ここまで流れて来るこたぁねぇが。さ、とにかく上へ 』
駐在も、頭を抱えた。何しろ二人は、直前まで本島をクルマで走っていた事以外、全ての記憶を失っていたからだ。
『 そのォ・・・どの船に乗っていたか、いや、名前も思い出せない、っちゅう訳かね?』
『 はい・・・何がなんだか・・・どうして自分達が海に居たのかが、分からない・・・』
『 あっ 』
寄り添っていた女の胸に、滲みが広がった。子を産んでいる事が、分かった。そんな二人が、私達は不憫でならなかった。
『 本島には連絡を入れたんだが、生憎と海がシケ出した。治まるまでは、迎えには来られんのだわ 』
そう言うと駐在は、海の方を顎でしゃくった。
『 駐在さん、女手があった方がいいわ。良かったら、ここに居てもらって 』
『 それがいい。駐在、俺達で何とかするからここはひとつ、任せてくれんか 』
『 わかった。宜しく頼む 』
二人を私達に託し、駐在は雨に打たれながら帰って行った。 その後、やはり近海での海難事故の知らせは入っていない、との事であった。
それからの数日間、私達の奇妙な生活が始まった。二人はすぐに元気を取り戻したが、何処へ連絡を取るでもなく、日がな一日を淡々と過ごしている。
気が付くと、二人して私をジっと見つめ、何故だか納得した様に頷き合ったりしていた。更には時折、口にする言葉が、奇妙さに拍車を掛けた。
『 そうだ、あの船長はどうしました?』
『 え? ” 船長 ”? どこの?』
『 いや、気が付いたら、近くにクル−ザ−がいた。ボク達に ” あの浜へ行け ”、そう言って促したんです 』
『 ホント? そんな・・・送り届けてくれればいいのに。なんて船?』
『 LOVE・・・ラブ・・・・らぶ 』
『 ” LOVE OF OCEAN ” よっ!』
妻が助け船を出した。
[ ブフッ!]
そばでコ−ヒ−を啜っていたオジさんが、吹き出した。そう、祖父が亡くなった時、乗っていたあの船と同じ名前だったのだ。
『 ホントウに、そう書いてあったかい・・』
『 ええ。私達、必死だったけど、憶えています 』
私とオジさんは、顔を見合わせた。
『 あんな甘ったるい、口に出すのも憚られる名前は、そうは無ぇべよ。で、その ” 船長 ”って、どんな男だった・・・』
『 オジさんっ! いいの・・・ゴメン 』
私は何だか、聞くのが怖かった。
長い様で短い、不思議なひとときだった。漸く天候も回復の兆しが見えて来た頃、終わりは突然やって来たのだった。
いつもの様に、岬の大岩に並んで腰掛けていた二人は唐突に、こう告げた。
『 ボク達・・』
『 私達・・・』
男は陽光に目を細め、女は髪を掻き上げながら言った。
『 そろそろ、行ってみます 』
『 親切にして頂いて、アリガトウ。アナタに会えて、良かった 』
女は言うと、微笑みながら男の肩にもたれた。男は、女を抱いた。
『 え?・・・あぁ・・・そう 』
二人は頷き合い、楽しそうに浜へと下りて行く。オジさんと私は、黙って二人を見送った。
『 言わなかったけどな・・・お前さん、顔立ちがあの二人と良く似ていたな 』
ゆっくりとした足取りにも拘わらず二人は、既に浜へ下りたっていた。私は、鼻の奥がツ−ンとして、急激に緩くなるのを感じた。
『 やっぱダメだ! オジさん、アタシ行って来る!!』
『 お、おい・・ 』
私は駆けだした。溢れる涙で目が霞み、何度も躓いた。走りながらポケットを探り、マリンジェットのキ−を掴み出した。そして、叫んだ。
『 待ってえぇぇっ! まだぁ、話したい事が沢山あるんだからあぁぁぁ!! 行かないでえぇぇぇっ!!! もう、独りにしないでえぇぇぇぇっ』
今までに無いくらいスロットルを捻り、マリンジェットが唸りを上げた。
二人は振り返りもせず、波の上を漂って行く。飛沫を上げるジェットの、倍の速さで遠ざかって行った。
殆ど消えかかった二人の向こうに、祖父のクル−ザ−が見えた。その、最後の影が溶け込むと、音もなく滑り出した。
私はスロットルを戻し、風が止んだ波に漂った。そこは、鴉岩のすぐ脇だった。
『 そうだよ、居なくなった訳じゃない。お爺ちゃんが・・・船に乗せて行ってくれたんだね。今は、一緒に眠ってるんだよね?』
重い足を引きづって岬に戻った私を、オジさんと一升瓶が出迎えた。
『 ま、一杯やるべぇ。駐在には、適当に言っておくさ 』
振り返ると、光る波間に一本の航跡が見えた。そして、ゆっくりと消えていった。
『 Good-bye My Love ・・・でも、いつも一緒だよ 』
オジさんが、マグ・カップを差し出した。
※ ” 異人達の夏 ” の、海洋バ−ジョンでしょうか・・・。 遅くなって、ゴメンなちゃい! <(_ _)>
第二十九話
2007/11/24
※ ゆゆ 様 より頂きました 。
『 誰にも言えない秘密 』
眼下のスクランブル交差点を見下ろすオフィスには、強烈な西陽が射し込んでいた。
機密性に優れる窓は、交差点を行き交う人々の足音も含め外界の音を完全に遮断している。唯一、聞こえるはずのない陽の音だけが、
” ジンジン ” と胸に響いてきた。
[ この日差しの ” 音 ” だけは、夏でも冬でも関係ない。どうしても、” ジンジン ” だよな・・・]
煮詰まった直人は、胸のポケットを探りタバコを抜き取ると、実果から贈られた DUNHILL で火を点けた。
『 浅野さん・・先月からここ、” 禁煙 ” ですよ?』
[ ”!” ]
『・・しまった 』
同じく煮詰まっているアシスタントに促され、直人はあたふたと灰皿の代わりになる物を探し出しす。アシスタントはサンプルを一つ口に
放り込むと、手に持ったペンでバトンを始めた。そして早々に、見当はずれの方向に吹き飛ばす。これ又、慌ててフォロ−しようとした
手がそれを弾き、無情にも更にペンを加速させた。そして偶然にも、棚の隅に仕舞い込んだブリキの灰皿缶を直撃する。
鋭いが間が抜けた音が、オフィスに響き渡った。
『 あの・・わざとじゃありませんから・・・ね 』
アシスタントは、慌てて言った。
柴田 実果は、クライアントの宣伝担当者だった。
業界では異色の、ジャ−ナリズムを専攻した才媛である。理屈っぽく切り口は鋭かったが、気さくな人柄が功を奏し、二人はすぐに
打ち解けた。偶然にもそれぞれが、間近に結婚を控えていた事もその一助となった。
生き馬の目を抜く熾烈な競争社会。
その最たるもののひとつの、食料品業界である。同時進行しているスナック菓子の宣伝も、直人の会社が受注していた。
チ−フである直人は、こちらのミ−ティングにはオブザ−バ−として参加した。売り出し中である気鋭のライタ−は、
二つの案を提示した。その自信の無い方を実果は、持ち前の集団心理論をブチかまして強烈にプッシュしたのである。
実果が自信満々で臨んだ自社内プレゼンで、その案は大ゴケした。
理論に裏打ちされているとは言えそれは、 ” 大衆の心 ” とはかけ離れた提供者のエゴに満ちたものとして周囲の目に映った
のであった。役員の大半が、彼女の提案に ” NO ” を突きつけた。尤もそれは、提供者側が謙虚になった現れでもあり、持論に
酔いしれていた実果は、横面を張られたが如く目が覚めた。納得した実果は同時に、顔から火が出る程、恥ずかしくなった。
検討の場に持ち帰った実果は、打ちひしがれていた。
発案者であるライタ−は、己の評価が不当に下がる事態にならずに済み、ほっと胸を撫で下ろす。辛気くさい雰囲気を振り払うべく
直人は、皆を飲みへと誘った。
流れに流れた四次会の居酒屋で、実果はしたたかに酔った。傍らでは、既に沈んでいるアシスタントの一人が眠りこけている。
実果は酔いに任せて、自身のトラウマとなった事件を語り出した。途中、何度か婚約者からの携帯が鳴るも、ディスプレイを
見た実果は[ ウルサイっ!]、と叩き切った。
学生時代、親友が拒食症となった。陰に日向に支えた実果であったが、彼女が米国へ短期留学した折りに親友は、自らの短い
生涯を終えた。
『 結局はワタシ、彼女を救うことが出来なかった!』
初めは訳知り顔で聞いていた直人も、次第にヒ−トアップして来る。
『 で?』
『 ”で?”、ってアナタ浅野さん、鈍いわね!彼女はっ、ワタシが殺した様なものなのよっ!!それがね、辛いって解らない・・・の?!』
直人は、酎ハイを飲み干した。
『 実果さん、アンタがその彼女のそばに居たとして一体、何が出来たんだい?』
『 いえ、だから・・・』
『 本気で死のうとしている人を、他人が止められるもんじゃない、とボクは思う 』
『 え?』
気を利かせた店の親父は、黙って熱燗を置いた。アシスタントは寝言を言う。
『 勿論、自殺を肯定する気はないよ。オレが実際にその立場なら、必死にもがいた挙げ句、今のアンタの様に苦しんでいるかも知れない 』
『・・・』
『 死ぬほど辛い・・いや、死ぬより辛い思いを人がしていて、死を選んだ瞬間に ” ホッ ” と出来るのなら、それはまんざら悪い選択ではないと
思うよ 』
実果は、直人を無言で見た。
『 宇宙飛行士だってさ、万が一の時に備えて自決用の錠剤を携帯する、って聞いたことがあるよ 』
『 そんなことが、あるの?・・・』
『 ま、映画で見たんだけどね? でも、どうにもならない状況の中で、尊厳を以て死を選択する自由って、そんなにいけないことなんだろうか?』
実果は逡巡した。
『 最後は、選択。自分の人生の幕引きは、自分で決めるんだ。でも、宇宙空間と違ってさ、地球上では何か手があったかも、ってのは確かに切ない
よな、ハハ・・・』
実果の頬を、はらはらと涙が伝った。婚約者を含め幾多の人々が今まで、ありきたりの台詞で実果を慰めて来た。酷い時は、宴はそこで打ち切られ、
実果は強制帰宅させられた。一見、無責任な戯言に聞こえる直人の台詞も実は、考えに考え抜いた末に辿り着いたひとつの哲学であった。
そして、それを言い切れる人間は少ない。その日から、実果の直人を見る目が変わった。
『 柴田君、なかなかイイじゃないか、今度の 』
混沌とした清涼食品の中に於いて、それを打破すべく実果の社が放った一打。そのタブレット・タイプの清涼キャンディ−は、” 突き抜ける清涼感 ”
がテ−マであった。イメ−ジ・キャラクタ−として直人が選んだのは日本人ではなく、大陸出身の若手女優だった。
ポスタ−では、その女優に ” 羽衣 ” を着せ、湖の湖面スレスレを漂わせた。舞台裏では、怖がる彼女を必死に宥め、テストと称して自ら
ワイヤ−で吊られ、湖面を舞って見せた実果であった。その、文字通り体を張った仕事が功を奏し、神秘的且つ素晴らしい画が撮れた。
直人はそこへ、渾身のコピ−を載せた。単純で、簡潔な一言だった。社内では絶賛され、市場でも概ね好評の内に受け入れられた。
役員の間では実果に、” 天女 ” のあだ名が授けられたのだった。
実果と直人は、仕事を通じて急速に接近した。
そして一度だけ、男・女の関係を結んだのである。クライアントと制作会社の者の特殊な関係は、御法度である。それ以前に、互いに相手の
ある身として、倫理的に許される事ではない。しかし、燃え上がる情熱に突き動かされる二人を、何を以てしても阻む事は出来なかった。
ただ二人は、この関係はプロジェクトが進行している間だけ、とそう決めていた。
仕事やその他の付き合いで互いに分かり合い、” 同志 ” としての戦利品の様なつもりで、この関係を続けたのであった。都合の良い大人の
理屈。でもしかし、男と女のひとつの帰結でもあった。
目抜き通りのスクランブル交差点は、メ−カ−間のディスプレイ激戦区だ。
実果は東奔西走し、その ” 一等地 ” を占める事に成功していた。そろそろ木枯らしらしきものも吹き出した今日、” 清涼感 ” がもたらす
逆効果を危ぶむ社内の反対意見もあったが、実果は押し切った。結果、市場での成功が、社の業績を上方修正するに至らせたのである。
今は押しも押されもしない企画者となった実果は、人々が足繁く行き交う大手百貨店のショ−ウインド−の前に立ち、その最高の ” 戦利品 ”
を見上げていた。スタバのカフェラテを啜りながら、直人の事を想った。今回の仕事を機に直人は、社から独立した。ヒットメ−カとは言え、
株価低迷から来る不景気が懸念される昨今、周囲からは無謀だとかなり引き留められたらしい。が、それを振り切って飛び出した直人は、
戦利品を獲た名誉と共に、実果との思いでとも決別したのであった。ライタ−一人、アシスタント一人の零細会社では、実果の社との
取引は最早、望めない。それは事実上、” 今生の別れ ” に他ならない。実果にはそれが、痛い程分かるのだった。
実果が感慨に耽っていると、携帯が鳴った。いよいよ式が迫った、後の伴侶からである。
『 ううん、一段落したから、大丈夫よ! 行けるわ・・・うん・・うん 』
別れ際、直人の言った台詞が、実果の脳裏を過ぎる。
[ ” 戦利品 ” に、二人の思いでを刷り込んでおいた ]
『 そうね、じゃあ・・・6時にスタジオ前でどうかしら?・・・うん』
[ あれは、どういう意味かしら。写真?・・・彼はライタ−なんだから、そんな余地は無いはずよ ]
実果は、上空のディスプレイを見つめた。
” 本物の天女 ” がこちらに向かって微笑み、その下には直人渾身のコピ−があった。
[ ” 神と同じ息吹をあなたに!” ]
『 息吹ねぇ・・・え?、なんでもないわ、ハハハ・・・』
[ かみとおなじいぶきをあなたに ]
『・・・』
[ カミトオナジイブキヲ・・・]
→・・・↓・・・←・・・・
『 あっ!』
[ カミ・トオナ・じ息吹をあなたに!]
携帯を頬から離した実果から、笑みがこぼれた。
” ミカ・ナオト ”、一世一代の二人の戦利品に直人は、” 誰にも言えない秘密 ” を誰の目にも触れる様、刷り込んだのだった。
商品の旬が終わるまで、そのコピ−は何万人もの人々が目にするだろう。
『 やるわね・・あいつ!!』
ディスプレイと反対側のビルに目を移すと、既に禁煙となったオフィスで、西陽を浴びながらタバコを燻らせる直人の姿が見えた
気がした。
※ 二年以上、ご無沙汰だったリクエスト、有難う御座いました。<(_ _)>
第二十八話
2005/ 4/ 3
※ nyao 様 より頂きました 。
『 信じさせてよ!』
突き刺す寒気に感覚は麻痺し、最早、寒いという意識は消えている。
今はひたすら、” 神経が震え ” ていた。
その代わり、この夜空の美しさと言ったらどうだ。見上げてばかりいるのはさすがに疲れるが、遮る物の無い地で 360°、満天の星々を
見る度、我々が宇宙の住人である事を認識させられた。調子に乗って溜息をついていると寒気で肺が痛むので、息と湯気とが混ざり合った
コ−ヒ−を女は啜る。
『 あっ、来たかも!』
と、北の空を指さした。傍らの男が、望遠鏡を覗き込む。
『 多分、人工衛星だなありゃ・・・』
『・・・』
『 だぁってさ、見りゃ分かるよ。一定速度で回ってんだろ 』
フグの様になった女は、あからさまに不平を言った。
『 見たいよ、UFO。会いたいよぉ、宇宙人!』
[ しいぃっ!みっともないだろうがっ!!]
周囲のカップル達が、クスクスと笑った。
今夜も不発であった。
接近遭遇のメッカに馳せ参じる事、五度。揺れる遮断機も、ましてや眩い光にも、トンとお目にかかれなかった。
『 だってぇ、友達だって見たって言ってたもん!』
『 子供じゃないんだからさ・・・』
とは言いながら女の、その子供っぽい所が好きな男であった。ほんの少し、会話の中で触れたネタがミステリ−好きな女の琴線をかき鳴らし、
詣でる事と相成った。自宅からさほど遠くない事も、その一因である。尤も、デ−トに誘うには格好の理由だし、行き帰りの車中も話題に事欠く
心配がない。辟易している風を装いながら、男も楽しくて仕方がなかった。
巷間、囁かれる景気の回復も、男にはピンと来なかった。 不景気どころか、年がら年中、気が休まるヒマがなかった。
製造設備の開発を手がける男の会社は、景気に伴う各社の投資意欲に左・右される。これがまた不思議なもので、敏感な割には微妙な
タイム・ラグがある。それらの思惑は横一線ではないので、必然と過剰の狭間で揺れる気まぐれな各社の発注で、男の休みは有って無い様なものだ。
進んで渦中に飛び込もうとしない腰の引けた部下達も、男の忙しさに拍車を掛けた。
『・・・もっとこうさ、こう [ やったろうじゃないかっ!]って気にはならない訳か?』
『 いや、しかし・・・耐久性はですね、ソコソコを狙ってコストの上昇をおさ・・』
『 ” ソコソコ ” ってのはな、最低でも ” 倍 ” だよ 』
『 いや、倍ってのはオ−バ−・スペックなんじゃ・・・ 』
『 君さ 』
『 はい・・・』
『 クルマ、好きだったよな?』
『 ええ、まぁ・・・』
『 メ−カ−側が ” ソコソコ ” の意識で作ったクルマに、君は乗りたいかい? 』
『 いや、それは・・・ 』
部下は口籠もった。
『 いいかい、良いユ−ザ−は、良い生産者に成り得る。ユ−ザ−としての客観性を忘れちゃイカンよ。特にエンジニアは、己の中に
” ダブル・スタンダ−ド ” を持っちゃいけない 』
『 そう・・・ですね。私がユ−ザ−側の担当者だったら、今の私の意識を容認しないでしょう 』
『 苦しいのは分かる。だがな、それが ” 産みの苦しみ ” なんだ。そうして生み出された君の成果物は、必ずユ−ザ−に受け入れられる 』
『 ハイ 』
『 ユ−ザ−は次も、君を選ぶ。それが君の、ブランドになるんだよ 』
見直しの為、部下は書類を持ち帰った。
背もたれに寄りかかった男は、腕を組もうと思い肘掛けに手をぶつける。
この春から替わった新しい椅子のそれを、男は苦々しく見つめた。開発の現場に留まってはいても、直接の関与を職制が邪魔する。
自他共に認める中堅ではあるが、まだまだ男は若手意識が強かった。
昼の休みに、女に連絡を取った。
『 もしもし・・俺だよ 』
弾む様な女の声が答える。” 第一声は溌剌と ” が、女の信条であった。男の頬も、自然と綻ぶ。
『 スマン! 今度の ” 神代山 ” でのウォッチ、都合で行けそうにないんだ・・・』
[ エエ〜っ! アタシ休み、取っちゃったし・・・ ]
『 スマン・・・今、追い込みなんだ 』
[ 滅多に逢えないし、久しぶりじゃない・・・。ね、一度でもいいから、すんなり ” 信じさせてよ!” ]
『 言い訳はしない、謝るよ・・・ 』
[ ゴメン・・・こんな聞き分けの無いオンナじゃないのよ、アタシ。ここのところ色々あって、それでアタシ・・・ ]
『 そうか、休み、取っちまったか・・・。スマン、じゃっ・・・次に備えて静養に充ててくれ 』
[ うん・・・え、次? 休めるの? ]
『 ああ、最大馬力で仕事、片付けるよ。再来週の週末、併せて休みを取る!』
[ ホント? ]
『 心配するなっ、会社辞めても休む!』
[ 極端でしょ・・・ ]
携帯の窓に、女の泣き笑いが見えた。
途中、寄り道をしたので、山頂に着く頃にはトップリと日が暮れていた。
山頂は冷えるが、昼間の陽の温もりが僅かに尻を屠る。
眼下に街の灯を見下ろせるその駐車場は近年、未確認飛行物体の目撃情報が多く寄せられている。長時間の浮遊も確認されていることもあり、
今ではマニアにとって格好のスポットになっている。が、ウィ−ク・デ−の今夜は、ウオッチャ−の数もまばらだ。但し、クルマは皆キャンプ仕様で、
” ロングタ−ム上等 ” と、気合いが入っている。
『 ゴメンね? 休みの度にこんなこと・・・』
コ−ヒ−を差し出し、女が言った。
『 なんだ、今日は朝から、謝ってばかりだな?』
『 だってさ・・・』
『 いいんだって! なんだかんだ言ったって、俺も嫌いじゃない 』
コ−ヒ−を一口啜り、ミルクを ” 特盛り ” にしてくれる様、女に要求する。
『 ま、言ってみりゃ、未知のテクノロジ−を持ってるんだろ?彼等 』
『 ハイ・・・うん、こうして他の惑星に来るんだもの、相当なもんだわよ 』
『 な? 仕事にだって有効だ、って言ったら怒るか?』
『 ううん、怒んない 』
脇に腰掛けた女は、男と腕を組んだ。
『 さぁ、買い出しも済んだし、出るまで居るぞ!』
女は相づちを打った。
アチコチから歓声が上がり、それが溜息に変わる。
望遠鏡を覗き込んだ女も、その度に悔しがった。都度、男も呼び寄せられるので、屈伸の疲れが足に来ていた。
『 ねぇねぇ、コレは?』
望遠鏡の中で微かに尾を曳く飛行物体を見つけた女は、色めき立った。男が覗く。
『 どこさ・・・』
女を振り向き言った。
『 んもぅ、動かしちゃったんじゃない? ホラ、あの白鳥座の斜め下あたり、見て?』
星空を指さす女に、男は顔を寄せる。
『 どらどら?』
その顔が、腕から指へと伝って行く。綺麗に反り上がった人差し指の横まで来た時・・・
『 エロォォ〜ン!』
男は、女の指を舐めた。
『 !?・・・し、信じらんない・・・』
『 ” 信じる ” んじゃない、” 感じる ” んだ!』
『 もぉぉ・・・ 』
『 その先にある素敵な物を見失わない様にな、しゃぶっておいた。ハハ 』
女がふくれて肩を叩く。
『 イタタ・・・ちゃんと見てるさ。多分、ありゃ彗星じゃないかな?』
『 ホント? 新発見?』
『 どうだろう、そんなニュ−スも観ないし、案外そうかもよ?』
『 賑やかで楽しそうですな 』
背後で声がした。振り向くと、初老の男・女が立っている。夫婦であろう。男性はハンチング帽にパイプを銜え腕を組み、傍らの婦人は
ショ−ルを手で押さえ、上品な笑みを湛えていた。
『 ほんと、仲がおよろしいこと 』
『 スイマセン、あの・・うるさかったですか 』
男は詫びた。
『 いやいや、これは失礼。あなた達もアレですか、その、UFO?』
『 ハイっ!』
女はコ−ヒ−カップを両手で抱え、潤む瞳で答えた。
並んでコ−ヒ−を啜りながら、男性が言った。
『 いえね、昔を懐かしんでこんな軽装でフラっと来てしまったら、皆さん本格装備なものだから、隅で縮こまってたんです 』
『 そう、そしたらあなた達、あんまり楽しそうなものだから、つい・・ね 』
婦人が添える。
『 そうですか。いや、” 見たい ” ばかりでね、中々な?』
『 そう、お目にかかれないんです 』
そう答える二人を見て、婦人は微笑みながら頷いた。
『 ”昔を懐かしんで ”って、さっき仰ってましたね 』
婦人は男性を見、暫くしてから男性は答えた。
『 ええ、長い出張が終わりましてね、ここの上空を飛ぶ飛行機の中から、これを想っていたんです 』
男性と婦人は、見つめ合った。それを見た女は、男に寄り添った。
『 その時にね、スゥゥ〜っと尾を曳く発光体を見たんです 』
『 ” UFO ”、ですか?』
女が訊いた。
『 さあ、どうですかね。普通だったら腰を抜かす様な光景なんですが、あの時はジ−ンと来ましてね・・・』
『 素敵なお話ね 』
『 ああ 』
『 はは、お恥ずかしい・・・』
照れる男性の横で、婦人が言う。
『 何か強い想いがあれば、きっと現れる。私は、そんな気がしますのよ 』
男性は頷いた。
『 そうだっ、UFO も宇宙人まだですけど、彗星は見つけたんですよ?』
目を丸くしながら、女が言う。騒ぎのきっかけを話した。
『 コラコラ、彗星とは限らないんだから・・・』
『白鳥座の近くだったんですね?・・・ いえいえ、中々お目が高いですよ 』
たしなめる男に、男性は言った。
『 イギリスのアマチュア天文家が、発見したそうですよ。その方の名を取って、” ヨ−ク・327 ”と名付けられたそうです 』
『 ホラァァ〜! 新発見じゃないけど、やっぱり彗星じゃない!』
『 いや、知らなかった。正直ビックリだ・・・』
男は、二の句が継げなかった。
『 ははは、貴女はちょっと遅れたけど、偶然に見つけることもあるんですねぇ。世界中の学者や愛好者が、目を凝らしているというのにね 』
こんな調子で、終始和やかな時が過ぎた。夜半前に、夫婦は立ち去った。
『 では、これで失礼。又、いつかどこかで 』
『 お二人に幸せが訪れます様に・・・』
婦人が微笑む。
『 はい、お元気で。さよ・・・また、いつか 』
『 アリガトウ。また、いつか 』
白鳥座脇の彗星は、とうに見えなくなっていた。
それぞれの生活に戻った二人。男には、激務が待っていた。
だが、今までと違うのは、二人が心の平穏を得たことだ。苦しい状況にあっても、互いを信じて労り合うことが出来たのである。
理由は分からない。
ひと月が過ぎようとしていたある日、朝食のト−ストを口に運ぶ男の手が止まった。
普段は漫然と聞き流すテレビのニュ−スに、聞き入っていた。
[ 4月2日、イギリスの王立天文台は、新彗星を確認したと発表しました ]
『 この間の時は・・・気が付かなかったな 』
[ 発見したのは同国のアマチュア天文家、ジェフリ−・ヨ−クさんで、彗星はその名前を取り、” ヨ−ク・327 ” と名付けられました。
彗星 ヨ−ク・327 は 134年周期で地球近くを通り、ガスからなる尾を・・・ ]
ト−ストを放り投げた男は、女に連絡を入れた。話し中である。繰り返しかけ直すが、結果は同じであった。それはそうだ。
男も女も、互いに掛け合っていたのだから。男は携帯を置き、電話機に手を伸ばした。
『 もしもし、俺だよ。今、テレビでさ・・』
[ アタシも観た! テレビ ]
『 俺達が見たのは、ひと月以上前だぞ・・・』
[ でも、あのご主人、名前まで知ってたわよね?]
『 何だったんだ・・・』
[ 一体・・・]
その日の夕方、二人は公園前のオ−プン・カフェに居た。
『 なぁ・・・』
『 え?』
『 ” 宇宙人 ” だと考えるのが、自然だって 』
『 アラ、珍しい・・・理論派のアナタが・・・』
『 まさか天文台の職員が、夫婦であんなところに居るもんか 』
男は、空っぽのカプチ−ノを啜った。
『 そうね 』
『 ネットで調べたけどさ、発見は 3 月下旬だって。でさ・・』
『 ね、もういいんじゃない?』
『 ・・・そうだな。確かに居る。そう、信じるよ 』
『 アタシも信じる。地球の隣人も、アナタも 』
[ それはいいことね ]
目の前を通り過ぎた老婦人が、二人を振り向き微笑んだ。
顔を見合わせた二人は、思わず吹き出した。
テ−ブルの下で、互いの手をまさぐった。
※ 信じる者は、救われる。ロズウェル万歳!
第二十七話
2005/ 2/ 7 ( 書き初め!)
※ しっぽ 様 より頂きました 。
『 友達恋愛 』
『 ねぇ、アタシ達・・・もう何回くらい結婚したかな?』
スタッフが慌ただしく動き回る中、花嫁はポツリと言った。言いながら、ドレスの裾を気にしている。
『 ”結婚” か・・・。ま、結婚には違いないよな 』 花婿は答えた。
『 去年の春からだよね?・・・』
『 あぁ・・・だな 』
花婿はそう言うと、パンフレットを手に取り眺める ” フリ ” をする。さり気なく横目で見た花嫁は、[ やはり ] と思った。
訊き方が少々ストレ−ト過ぎた様だがその分、反応は顕著であった。
『 飽きちゃったね? 結婚 』
『 ま、離婚に ”セレモニ− ” は無いからな・・・』
立ち上がり、姿見の前でポ−ズを取る。花嫁が寄り添った。二人、微笑んでみる。
” 最高のカップル ” がそこにいた。
広告やイベント、カタログ用の写真などにタレント を派遣する事務所。二人は、そこに所属する若手の成長株であった。
特に美男・美女というわけではないし、何より中肉・中背だ。だがしかし、この中庸さが二人の武器であった。
特に結婚式用のパンフレットの場合、際立った美男・美女のタレントは敬遠される。現実感が無いからだ。
結婚を目前とした ” 普通 ” のカップルがそんな ” 浮世離れしたモデル ” を見ても、気後れするだけである。適度に微笑み、何処にでも
居そうな ” 善良なるカップル ” 。
[ 自分達もじき、この様に至福の時を迎えるのだ・・・]
見る者を錯覚に陥れるルックスと効果が、彼等にはあった。この事務所は元より近隣の現場は、今や彼等の独壇場と言っても良い。
錯覚をを与えたのは、何もユ−ザ−側ばかりではない。
売れっ子コンビの二人に対し、いつしか周囲も ” コンビ ” 以上のイメ−ジを抱く様になっていたのである。
当人達さえも、例外ではなかった。
『 よっ! 来月の麻布での仕事だけどさ・・・』 花婿は言った。
西陽が良く入る事務所のフロアは、冬でも汗ばむ程であった。通販雑誌に目を通していた花嫁は、ふいに鳴った携帯に出ると、二言・三言
相づちを打ち、切った。
『 あ、聞かなかった?』
『 なにを?』
『 来月アタシ、” 携帯 ” と ” DVD レコ−ダ−” 入れちゃったのよ・・・』
『 あぁ・・・そうか 』
『 ホラ、そろそろ芸域も広げないとね! ディレクタ−が言ってたけど、携帯向きなんだって、アタシの顔 』
『 ?、ハハ・・・なるほど 』
今までの ” 当然 ” が、一瞬にして崩れる瞬間。微妙な関係では、時としてこういう事が起こる。それも受け取り方の問題で、
潜在している初期の温度差がただ、現れただけなのだ。
動物行動学的に見て、一生の内に限られた数の子しか産めない女は間違いなく ” 売り手市場 ”、若しくはその立場を取る。
環境に甘えている男など、女の前では羽根の美しさを競っている一羽の ” オス鳥 ” に過ぎない。生殖に値するオスかどうかを
見分ける為に女は、男にとって何とも残酷なこのカ−ドを切るのだ。しかもアッサリと。めげるな、男達よ。太古の昔より、繰り返し
刷り込まれて来た試練なのだ。
『 え? どうかした?』
ポカンとする花婿に、花嫁は言った。
『 いやいや、結構な事じゃないか!・・・』
花婿も、自身の感情に驚いていた。
契りを交わした訳ではない二人であるから、それも ” タレント ” である以上、他からの引き合いは当たり前の事なのだ。
むしろ、今まで無かった事の方が不思議なのだから。
[ なに不機嫌なんだ、俺・・・]
スタイリストが襟を直す。
『 ハイ、じゃ今度 ” 見つめ合う二人 ”、いってみよう、か・・・オイ、花婿が辛気臭い顔してどうすんだよ!』
カメラに恫喝され、花婿は我に返った。
『 あ、スイマセン・・・』
『 ったくようっ、新人ちゃんが頑張ってんのに、頼むぜ!』
『 ゴメンなさい・・・私、緊張してるから・・・』
初のパ−トナ−である新人が、涙目で詫びた。
『 いや、君は悪くない。ボクが集中出来ていなかったんだ・・・』
『・・・』
『 メイクぅ〜っ、新人ちゃん、感涙です!直してやってくれっ!』
上の空での撮影も、何とか終了した。
出来も、やや薹の立った新郎と初々しい新婦の組み合わせで ” 世情を反映している ” と、概ね好評であった。
あくまでも、楽屋内での事ではあるが。
『 スイマセン私、なんか強ばった顔してますね・・・』
上がりのパンフレットを見て、新人が言った。
『 ハハハ、初々しいって評判だよ 』
『 これからも、ヨロシクお願いします 』
『 あくまでもユ−ザ−側の趣向だけどさ、こちらこそ宜しくね 』
花婿は、無条件に楽しかった。捨てる神あれば、拾う神あり。
衣装合わせをしている花婿の携帯が鳴った。
[ もしもし? アタシ ] ” 旧花嫁 ” であった。
『 やあ、元気かい? ココんとこ事務所じゃすれ違いだけどさ。どう? ” 家電 ” の調子は 』
[ んん・・・イマイチ、かな?]
『 そう・・・』
[ 景気、不景気で、コンセプトがコロコロ変わっちゃうのよ ]
『 そんなモンかぁ・・・ 』
[ べ、別にアタシっ・・・アナタとのコンビが懐かしいってわけじゃないのよ?]
『 ハハハ、期待してないよ 』
[ ・・・忙しそうね ]
『 まあな。メゲずにやってるよ 』
[ そうそう、いつか話してた ” オ−プン・カフェ ” 、雰囲気のイイところ見つけたのよ!今度の週末にでも ]
『 悪ィっ、撮影入ってるんだ 』
[ そう・・・つれないのね?]
『 オイオイ待てよ、君にそんな言われ方する筋合いは無いぜ 』
[ 当てつけなんじゃないの?]
『 何がさ・・・』
[ 勝手にコンビ解消して仕事の幅を広げたアタシへの・・・面白くないんでしょ!]
『 ” コンビ ” って言うけどさ、そんな職制は、最初から無いさ 』
[ ・・・ ]
『 それに 』
[ 何よっ ]
『 君から仕掛けた事だ 』
[ ホラッ、やっぱり ]
揚げ足を取られながらも、花婿は優越感に浸っていた。当初は見捨てられた様な気がして落ち込みもしたが、新人パ−トナ−との
評判も上々で、新たな自信を得たところである。上昇機運を感じた男は、恋する乙女と同様、盲目なのである。
旧花嫁からの電話も、それに拍車を掛けた。
ここで ” 世界 ” は、動きを止めた。
『 今の君の意見は、イケとるね。しかしだなぁ・・・ 』
教授は机に腰掛け、腕の時計と壁の物とを交互に見比べた。” してやったり ” と小鼻を膨らませる学生に向き直る。
『 終了 3分前にする質問にしちゃあ、ちと深淵過ぎやせんかね?』
シンパの女学生達が失笑した。その中に、好意を持った相手が居るのを認めた学生は、見る見る戦闘意欲を失っていく。
薄く靄った講堂に差し込んだ西日は、さながら礼拝堂の様な雰囲気を醸し出している。そして、厳かに終了の鐘が鳴った。
『 来週は、” カオス理論 ” をやるよ。興味のある者は、予習し給え 』
出ていく学生の流れに逆らい、助手が泳いで来る。膝に手を付き、肩で息をしている。
『 先生・・・ 』
『 ああ、君か。なんだい?、そんな血相を変えて・・・ 』
『 実は・・・ ” エデン ” が、動きを止めまし・・ 』
『 シィっ! その話は研究室に行ってからだ・・・ 』
助手を促し、教授は研究室へと向かった。
” 恋愛シミュレ−タ− ” エデンは、完全に動きを止めていた。CPU は演算を拒否し、複数あるモニタ−には、一向に先に進まぬツバメが
羽ばたいている。
『 ” 追えば逃げる、逃げれば追う ” 理論は、入れたんだろうね?』
『 ハイ、ブチ込んだっすよぉ 』
親指の腹でペンをクルクルと回しながら、鼻ピアスの学生が答えた。
『 お手上げっす! フリ−ズっす!』
言うと、首筋に両腕を回す。勢い余って、椅子ごとひっくり返った。目を覆った教授は、次に腕を組んで考え込んだ。
その様子を見た助手は、思い切って切り出した。
『 先生、やはり ” 友達恋愛 ” ってのにその・・・無理があったんじゃないですかね?』
『 ・・・ 』
『 いえ、その・・・何度パラメ−タを設定し直しても、向かう結果は同じ ” 破局 ” なんです。しかもこの二人は、” 疑似結婚 ”
している訳ですし・・・』
『 ” 家康 ”、かなぁ・・・ 』
『 は? い、いえや?・・・』
『 ホラっ、” 鳴くまで待とうホトトギス ”、だよ!』
今度は、助手が腕を組んだ。
『 長い雌伏の時を経てだなぁ、友情から愛情に変化するって事があるだろ?』
『 今時、そんなオンナは居ないっすよ!” 別れたら、次の人 ” っすから 』
椅子を直しながら、学生が言う。
『 ・・・、君っ・・・帰ってよし!』
『 ヘ〜イ、お先っす!』
助手と相談の結果、工学部に修理の依頼をした。ここで一旦、仕切り直しである。
『 基本モデルのサンプルは、一体、誰なんだね?』
『 あの・・・先生です 』
理論の実証に躓いたのは痛かったが、焦る事はない。発表の時期が、少し先送りになるだけである。
切り替えの早さが、この教授の持ち味でもあった。最早、神経はこの後に控えるスケジュ−ルに集中していた。
教鞭を執って間もない頃の OG 達が、” 囲む会 ” を設けくれるのだ。打ち合わせで会った ” 女達 ” は、十数年の時を経て、
妖艶な色香を纏う者も少なくない。生涯独身を貫く覚悟の身であるが、酸いも甘いも噛み分けた大人の女と寄り添いながら、
ひっそりと落ち着いた琥珀の時を刻みたい。そんな柄にもない事を考える自分に気が付く楽天家であった。
『 ” 教師と教え子の壁 ” は厚い、か・・・』
風が無いせいか、冷え込みはそうきつく感じない。守衛に会釈し、ガラスに映る頭髪を直す。
そんな教授の足取りは、確実に普段より数テンポ軽やかだった。
歴史は繰り返される。
※ <(_ _)>
スマン! で、遅れ過ぎ! 申し訳ない! で、お粗末・・・斬りぃぃっ!( 出遅れっ ) 。
第二十六話
2004/10/31
※ hina 様 より頂きました 。
『 分かれ道 』
” 相棒 ”・・・
なんて呼ぶのは複雑な気持ちだし、チョット気恥ずかしくてムズムズするけど、同僚、パ−トナ−、そのどれも違う。やっぱり、相棒ってのが一番
しっくりくる。私と彼とは、そんな間柄だった。
司法研修所からの同期であり、共に弁護士への道を選んだ。正義感に燃え己の理念を追求し過ぎ、空振り続きの就職活動も一緒だった。
『 オレ、上手く言えないんだけどさ、”報われない者、弱い者達への光 ” になりたいんだ・・・』
『 は?』
早朝のファ−スト・フ−ド店で、弁護士名簿の上で頬杖をつきながら彼は言った。
『 いやさ、こう・・・』
『 なんか、エラそぉ〜 』
『 なっ、オマエは理念があって弁護士になるんじゃないのかよ! 』
『 その、” オマエ ”って・・・なれなれしいわね 』
『 ・・・ 』
『 弁護士なんて、神様じゃないんだよ。法の番人であり、その適用を必要としている人達へのアドバ−ザ−。せいぜい言って、” 庇護者代理 ” よ 』
そう言うと私は、人肌になったシェイクを啜った。
『 フッ・・・、相変わらずだな。でもさ、オレの事 ” アンタ ” ってのも、なれなれしいぜ?』
底を突いたストロ−が、ズズッと大きな音を立てた。
タイミングが絶妙で、私達は人目も気にせず大声で笑い合った。
仕事が仕事だし私の性格もこの通りなので、幸か不幸か関係が発展する事は無かった。相棒である為には、どちらかが一方に追従する形では
やっては行けない。特に司法の場に臨む者として、” 同じ穴の狢 ” や ” 腐れ縁 ” であってはならない。常に互いを分析し、自らを客観視する事を
怠ってはならない。と、思っていた。あの事件までは。
二人して晴れて正規の弁護士となり、三年程経過した時だった。
仕事上での試練はあったが、私達は互いを ” センセイ ” などと呼び合いジャレ合っていた。まさしく弁護士生活を謳歌していた私達は、或る刑事事件の
弁護を引き受ける事となったのである。21才の青年が引き起こした、傷害致死事件。
母子家庭に育った青年は、母親の献身的な働きもあって少年時代をスクスクと育った。貧困故に自らを卑下する傾向は有ったであろうが、それでも、
歯を食いしばって成長したのである。がやはり、体内には澱があった。年頃になると、ご多分に漏れず脇道に逸れ、グレ始めたのである。
両親が健在で経済的にも恵まれているクセに、ファッションでグレている連中、そんな者達の、彼は恰好の餌食となった。
やがて恋人が出来、人生をやり直そうとしたその時、彼は過ちを犯した。黒い仲間が彼になりすまし、恋人を誘いだした。そして、集団でレイプしたのだ。
知らせを受けた彼は実行犯等を追いつめ、一人残さず叩きのめした。最後の一人を叩き伏せ立ち去ろうとした彼の背に、その言葉が浴びせられた。
『 てめぇ・・・片親のクセに、オンナの事ぐれぇで粋がってんじゃねぇぞ。てめぇみたいな半端モンはな、オレらの下で這い蹲ってりゃい・・・いいんだ!』
この一言で、青年の中の自制心が吹き飛んだ。と、同時に、溜まっていた澱が吹き出したのだ。倒れている相手に歩み寄った青年は、渾身の力で再び
殴りつけた。何度も、何度も。
[ 俺をバカにするな! 母さんをバカにするな!オンナをバカにするなっ!! ]
知人の通報で警官が駆けつけ青年は逮捕され、” 被害者 ” は病院へ搬送、二日後に亡くなった。これが、事件のあらましである。
青年も被害者である、などと言う気はない。どんな誘いがあったとしてもグレたのは彼本人であり、それが事件の伏線となった事実は否めない。
本当の被害者は、彼により結果として殺された者その人、本人である。それが、法だ。だから、凶行に及んだ背景と、青年が嫌う自身の生い立ちが
裁判の争点、情状酌量を求める。この点、私と相棒の意見は一致していた。定石だ。公判が始まって恋人から打ち明けられたのだが、
腹には彼との子供が居るそうである。その事を彼に伝え、励まして欲しいと懇願された。
死者を愚弄する気はないが、” 被害者 ” は窃盗、暴行の常習者である。青年は彼等と徒党を組んでいたものの、それらに加担した事は無く、あくまでも
衝動的な犯行であると私達は訴えた。裁判官の心証も良く、検察の主張に反し公判の流れはこちらに傾いて来た。
『 あの事、彼に伝えようと思うのよ、頑張ってって。彼女も、ああ言ってるんだし・・・どうだろう?』
『 ・・・ 』
『 どうしたの?いけない?』
『 ああ・・・女性は、そう思うんだろうけど、もう少し落ち着いてからの方がいいんじゃないのかな?』
『 だって・・・ 』
『 いや、彼は感受性が強い。今、自身の手で人を死に至らしめてしまった事に、動転し打ち拉がれているんだ 』
『 だからこそ・・ 』
『 負担に・・・なるかも知れん 』
『 そんなぁ・・・自分のタメに犯罪を犯した恋人を励そうって、それに二人にとって・・・』
『 まだ21才だ、自分の事で精一杯なんだよ。こんな状況でその事を聞いたからって、急に父親の自覚なんて生じるもんじゃない 』
『 じゃあ、いつだったらいいワケ?』
『 それは・・・』
彼は、公判資料に目を通すフリをした。逡巡する時のクセだ。
『 伝えるなって、言っている訳じゃあない。慎重に考えるべきだと、言いたいんだ 』
『 変な理屈!男って、皆、そうなワケ?』
『 男だ女だって、そんな事じゃないんだよ・・こ 』
『 男と女の事でしょう?これは!』
『・・・この話は二人が知っている事だ。君がどうしても、って言うんなら、それを止める権利は俺には無いよ、センセイ 』
鼻につく一言であった。対等を装ってはいるが、私は見下された気がした。同性の相棒であったなら、こんな台詞を言うだろうか。
そんな思いが、私に過ぎった。このやり取りを境に、私達はギクシャクし出したのである。
彼の忠告を聞き入れず、私は接見の折りに青年にうち明けた。項垂れていた青年は一瞬、私を見ると、顔を伏せた。そして、言った。
『 殺人犯の子供じゃ、その子が可愛そうだ・・・』
『 ちが・・・何を言ってるの?殺意なんか無かったし、結果として・・ 』
『 ” 殺してしまった ” ことには変わりない。アンタぁ、世間の目がどんなもんか知ってますか?片親暮らしなんて、比じゃないっすよ・・・』
『 若いんだし、そんな事を言ってちゃダメよ!・・・』
青年は一方的に接見を切り上げ、部屋を後にした。
公判準備で忙しくしていた私達は、突然の彼の訃報を聞いた。
拘置所内で舌を噛み、シャツで首を縊り自殺したそうだ。理由は不明、だが、私には明白だった。相棒の意見が正しかったのだ。
私は悲嘆にくれ、飲めもしない酒を痛飲した。容疑者死亡のまま、争う事無く公判は打ち切られた。
落ち込む私を、彼は食事に誘った。
『 アタシ・・・』
『 そう、自分を追いつめるな。職務に徹していたら、俺達にはあの事を伝える義務があった・・・』
『 でも・・』
『 犯行も・・・それに、彼女の妊娠だって、彼が、彼の意思でやった事だ。弱かった。負けてしまったんだよ 』
『 アタシは・・・そんな簡単に割り切れない 』
『 俺達は弁護士であって、聖職者じゃあない。全国の不遇な子供達に、諭してまわる訳にはいくまい・・・』
『 悪くないね、それ・・・ 』
『 家庭環境が厳しい子達が、全て非行に走る訳じゃない 』
悔しいが、私は泣くしかなかった。
世は不景気なはずなのに、料亭はかなりの賑わいを見せていた。三味線が鳴っている部屋まである。
日本酒を傾けながら、彼は言う。
『 俺な、止めようと思ってんだ 』
『 ! 』
『 いや、弁護士を、じゃあないぜ?信念を持ってなったんだから・・・』
『 じゃあ・・・』
『 ああ、刑事は止める。事務所も。法の番人なのに何だがな、目にする事案には吐き気がするんだ 』
残りの酒を、一気に呷る。
『 民事をやるよ 』
『 そっかぁ・・・』
その店にいつまで居たのか、私は覚えていない。二人して痛飲した事だけは、確かだ。でも、名誉の為に言うが、全ての意識を失った訳では
なかった。長い付き合いの中で最初にして最後、たった一度きり、私は彼に抱かれ・・・彼と寝・・・、どっちの物言いも好きじゃない。
そう、私は彼とセックスをした。決して恋人とは思っていなかった彼と、最後の ” 分かれ道 ” 、分岐点で愛し合ったのである。
月が明け、諸々の引継を済ませた彼は、事務所を去った。
去り際、コ−ヒ−のチェ−ン店で話しをした。あの一夜以来、気まずさが無かった訳ではない。だが、職務での挫折が、それを上回っていた。
『 あの、さ・・・』
『 何も言うなって。もう、忘れちまったよ 』
『 うん・・・』
『 それにさ、おんなじ弁護士会に所属してんだ。その内、どっかで顔を合わすかもよ?』
『 ・・・でも・・ 』
『 後な、俺は・・・分かれであって ” 別れではない ”、と思っているよ 』
『 ? 』
『 ” 字 ”、だよ・・・じゃな!』
殆ど私に喋らせず、伝票を掴むと彼は去って行った。
今では、当時を冷静に振り返る事が出来る。
あの事案、そして自殺した青年の事。彼は、同じ弁護士会に留まっていた。私は、会合へは必要最小限にしか顔を出さなかった。
それは、先方も同じ。たまに噂を耳にするから、元気でやっているのだろう。進む道は分かれたが、目指すものは変わっていない。
朱に染まった秋空を見上げると、一筋の飛行機雲が見えた。上空の風に嬲られ、尾の後ろの方はうねり分かれている。
私は目を細め、先を見る。陽を受け輝く飛行機が、一本の線を曳き滑って行った。
※ 人生、先を迷う岐路に立たされる事が、何度かあります。愛する人と、行く道が異なる事もあるでしょう。でも、悲嘆にくれないで下さい。
他の銀河や、未知の世界に行く訳ではないのですから。同じ星に棲み、同じ月や太陽を仰ぎ見る。それでいいじゃぁありませんか!(^-^)
( 司法制度に関しては、嘘っぱちの想像です。あしからず )
第二十五話
2004/10/10
※ ゆゆ 様 より頂きました 。
『 線香花火 』
『 ・・・ ニヒャク ナナジュウ ゴ 円 が一点 ・・・ ヒャク キュウジュウ ハチ 円 が一点 ・・・ 』
単調だが、オレはこの仕事が好きだった。内容?、そんなモノは殆ど無い。慣れ、だ。レジ打ちなんて、目をつぶってでも出来た。
店に来る人間と、その買い物の中身を見るのが面白かった。
記録の為に客の推定年齢を打ち込むのだが、その瞬間は、 何故か優越感に浸れる事が出来る。気取っていようが若作りしていようが、
オレの目は誤魔化されない。老けてはいても、意外と若いヤツもいる。持ち物の財布とか ・・・ 金の取り出し方なんかで、とにかく分かる。
『 お買いあげが、セン ナナヒャク ヨンジュウ ハチ 円 になります・・・ ニセン ハチ 円 からお預かりします ・・・』
生気の無いトラック運転手が、ぶっきらぼうに札と小銭をレジに放り出した。 端数を出すとこなんて、動作の割に考えることは細かい。しかし・・・
[ ったく・・・ コイツ、こんなんで仕事になるのかね? ” 運転バカ ” か?お前 ・・・]
『 ニヒャク ロクジュウ 円 のお返しになります 』
[ 運転バカ、42才!]
札入れと、小銭入れが別。それが決め手だ。
店の中に居ると忘れてしまうが、駐車スペ−スの掃除に出ると、噎せ返る様な暑さにゲンナリだ。
東京での真夏日のカウントが、新記録らしい。 そうは言ってもこの平均気温は、これで九州地方と同じ程度なのだそうだ。今現在も、そこで
生活している人達がいる。なのに、やれ日本の熱帯化だとか言って騒いでいやがる。コンビニでバイトしてるオレみたいな虫けらが言う
のも何だが、つくづく平和ボケだよ、日本は。
人気雑誌の発売日は、瞬間的に客足が増える。
雑誌が対象とする読者で、客層と時間はマチマチだ。今日は週間の漫画を、仕事帰りのサラリ−マンが買って行く。
夕飯時を少し過ぎた頃、一頻り客を捌き傍らの先輩に話しかけようとしたところへ、一本の腕がニュ−っと差し出された。
元の色が何色か分からないポロシャツに、これまたオリジナル不詳の上着を羽織った皺くちゃな手。おでんのケ−スに隠れ、覗き込まなければ
見失いそうな小柄な老人だ。カゴも持たないその老人は、皺くちゃな拳をレジに差し出した。”線香花火 ” の小パックを、握りしめている。
夏の売れ残りの花火セットから、店長が小分けした物だ。税込み 262 円のそれを老人は、必死の形相で握りしめていた。
『 に、ニヒャク ロクジュウニ 円になります・・・ 』
暫くオレの顔を見つめた後、[ ああ・・・ ] と呟くと、ネズミの死骸の様にボロボロな小銭入れから、老人は苦労して金を出した。
大半は五円玉と、それに続く一円玉だ。次の客が苛つくのも気にせず、肩をすくめ、一枚づつ頷きながらレジに置いた。
受け取る方も、容易ではない。
『 ハイ、ニヒャク ロクジュウニ 円、丁度いただきま・・・ 』
言い終わらないうち、レシ−トも受け取らずに老人は出て行った。傍らの先輩を見ると、無言で頷いていた。
[ 爺ぃ、70才・・・と ]
翌日も、老人は現れた。
そして、店内を一通り物色して持って来たのはやはり、線香花火一パックだった。
『 ニヒャク ロクジュウニ 円になります 』
十円玉があるだけ昨日よりマシだが、依然として小銭をレジにブチ撒ける。小銭だって、金には違いない。
『 ニヒャク ロクジュウニ 円、丁度いただきます 』
それよりオレは、線香花火の事が気になり、老人に声を掛けた。他に並ぶ客もいない。
『 あの、お客さん・・・ 』
先輩が背を突いたので、オレはそのまま見送った。
先輩は、そばでニヤニヤ笑っている。
『 何なんすかね・・・あの爺さん?』
揚げ物用のビニ−ル袋を丸めながら先輩は、意味深な含み笑いをする。
『 何すか?』
『 変わった爺さんだろ?』
『 ?、先輩・・・あの爺さんの事、知ってるんすか?』
笑いはそのままに、袋を丸めるスピ−ドが速まる。何かを企む時の、この人のクセだ。
『 この先のさ、” ドラキュラ屋敷 ” あんじゃん?・・・ 』
ドラキュラ屋敷とは、隣組にある古びた洋館の事だ。その佇まいから、誰かれとなくそう呼ばれている。それなりに凝った作りは、最盛期
にはさぞや華やかだったことだろう。今では絡まった蔦が覆い尽くし、見る影もない。ただ、鳥たちにとって恰好の住処にはなっている。
『 そこに住んでる爺さんでさ・・・ 』
『 あの爺さん、あそこの主なんですか?』
ドラキュラ屋敷でも、屋敷は屋敷だ。身なりとはかけ離れた老人の境遇を聞き、オレの声は大きくなった。夕飯の弁当を物色している
OL ( 23才 ) が、コチラを振り返る。オレの驚きに気をよくした先輩は、話を続けた。
『 なんでも元は・・・なんだ、その・・・華族か!その出でさ、優雅に暮らしてたらしい 』
『 ・・・ 』
確認する様に、先輩はオレを見た。相づちを返す。
『 今じゃ落ちぶれてあの体たらくだけど、昔を思い出してんだろうな?亡くなった奥さんを偲んで、この時期になると、ああして線香花火
を灯して供養してんだよ・・・、ハイ!お弁当は温めますか?』
OL を捌いた先輩は、オレを見た。” どうだ?” と言わんばかりに、眉をつり上げる。
『 マジェっすか!』
又、”袋丸め ” を始めた。
『 ハァ・・・、ウソだよ!』
『 は?』
『 詰まんねぇんだよ、” スルリ と サスペンダ− ” が無ぇと!』
『 あ、ソレ、” スリル と サスペンス ” でしょ!っと・・・こんなツッコミ、どうでしょ?』
『 んん〜、イイかもしんない。じゃオレ、ゴミ箱の掃除して来るわ 』
いい加減、この人にも慣れなきゃいけない。
度重なる台風来襲には、辟易していた。ドコへ行くあても無いし、休みが休みではないバイト人生だが、何をするにもズブ濡れになる
のには困った。又、来れども来れども ” 秋 ” に近づけてくれるワケじゃないんだ、今年の台風は。蒸し暑さと制約、その繰り返しにムカついた。
最近、と言ったってもう何年も前からであるが、女性客のオ−プンさの話で先輩と盛り上がっていた。生理用のナプキンやショ−ツの購入に、
躊躇が無くなった。使い道は不明ながら、男性客の中にも購入していく者がいる。そうそう、コンド−ムだってそうだ。
まあ、売っている立場からすれば有り難い話だが、便利を通り越して日本文化崩壊の先鋒を担っている様で、怖い。
客足が途絶え酒類の補充をしようと思っていたところへ、件の老人が現れた。小柄な背を丸めているのはいつもと同じながら、但し今日は、
一直線にパンの棚へと向かった。フレンチ・ワッフルを一つ握りしめると、くすんだ上着のポケットにねじ込んだ。いつもの線香花火には、
目もくれない。[ あっ!]っと叫んだオレを振り向くと、思い詰めた表情でレジにやって来た。
『 かっ、カネ・・・金を出してもらおう・・・』
オレと先輩が呆気にとられていると、老人は思いだした様に、ワッフルを詰めた方と反対側ポケットから手を引き抜いた。その手には、本人と同様
ボロボロに刃こぼれした包丁が握られている。緊張の表れか、レジ台の上でそれは、カタカタと音を刻んだ。
老人が全く恐怖感を抱かせないキャラだった為、いたずらに時間が過ぎた。ここに至りようやく事態を把握した先輩が、声を掛ける。
『 お爺さん、止めなって・・・。お金、さっき夜間回収で持って行っちゃったばっかだよ 』
『 え?』
『 ウソじゃないって! 爺さんも見たことないか? 毎日、10時のになるとさ、警備会社が取りに来るの 』
ウソだった。警備会社は、今日はまだ来ていない。奥の金庫とレジを合わせて、30万はあるはずだ。状況が飲み込めない老人は、
しばらく視線をキョロキョロと動かした。何やら呟いている。
『 釣り銭用の小銭と、千円札で20枚あるだけ・・・』
『 ウルしゃいぃ! は、早く、警察に連絡しろぉぉ 』
[ ? ]
当局への通報を急かせる強盗など、聞いたことが無い。ワケありなのを悟った先輩は、ニヤリと笑った。オレにしたところで、陰の非常ボタンに
伸ばした手に、力が入らない。いつも店前でたむろする茶髪の高校生が入って来るが、レジで包丁を握る老人を見て、回れ右して出て行った。
自称 ” 極限空手三段 ” の先輩はレジを出て、スルスルと老人に歩み寄る。見るまでもなく老人はヘタり込み、先輩がそうする前に包丁を
差し出した。
休憩室で老人は、ワッフルとオレ達が差し出したオニギリに食らいついていた。オレは、表の様子を先輩に耳打ちする。
『 爺さん、ワリぃけど警察は呼ばなかったし、来てもいないよ 』
老人は手を止め、呟く様に言った。
『 んん・・・アンタら、それでいいんか?』
『 いいもなにも、爺さんみたいなの差し出したって、何の武勇伝にもなりゃしないよっ 』
老人は、黙っていた。
『 いっつも線香花火買ってくれるお客さんがさ、ポケットに手ぇ突っ込んだ拍子に、間違って包丁出しちまった、と。実害も無ぇし・・・ 』
『 余計だよ・・・』
先輩は続ける。
『 それより爺さんさ、いっつも線香花火一パックだけって、どうしてなのさ?』
『 ・・・ 』
ズバリ先輩の興味の対象は、そこだ。ついでにオレも。せっかくのスリリングな展開を、警察の介入などで台無しにしたくなかった。
交替で客を捌きながら、オレと先輩は何とか老人の口を開かせようと躍起になった。
食後のコ−ヒ−を丁重に振る舞った頃、ボソボソと語り出した。
『 花火はよ、仲間とやって楽しんでたのんさ・・・』
『 どうして、線香花・・・ 』
『 まあ、待て待て! 爺さん、家はないの? その・・・ホ−ム・レスかい?』
先輩はオレの質問を遮り、最も重要である、” ドラキュラ屋敷の住人であるか否か ” を探ろうとした。
『 そうとも言うな・・・』
『 で、線香花火なんだけど?』
『 ああ、大袈裟なのをやるとよ、近所がうるせぇんだ・・・』
『 なるほど? で、誰かの供養ってワケじゃないんだ 』
自分の想像力を試すかの様に、先輩は畳み掛ける。
『 供養ってこたぁねぇよ。俺たちだって、風情を楽しみてぇんだ 』
分からなくはない。ホ−ム・レスだって、風情を愛でる権利はある。定期の補充便が来たので、” 尋問 ” は暫し中断した。
二人して休憩室に戻ると、老人は背中を丸めてコ−ヒ−を啜りながら、大人しく待っていた。
『 さてと・・・じゃ、本題。強盗なんて風情がないこと、なんでしようと思ったんだい?』
『 商売が、金が稼げなくなってよ、やってけなくなったんだよ 』
『 その、商売って?』
『 古紙とか、ビンや缶カラ集めだよ・・・』
『 そう言うことかぁ・・・』
オレ達は即、納得した。リサイクル法の制定で、以前の様な気ままな稼ぎが出来なくなったのだ。杓子定規な分別を要求し、負担を消費者に
押しつける悪法。こんな食物連鎖の底辺の様な世界にも軋轢を生み、ギリギリのところで踏み止まっている者達にまで生きる意欲を失わせている。
尤も、老人の転落人生は誰のせいでもないし、消費者を巻き込んだ相互負担の精神は、野放しだった飽食の歯止めにはなる。しかし、去年、祖父を
亡くしたオレは、そんなドライにはなれなかった。定宿を持たないのは犯罪ではないし、元より、生まれついてのホ−ム・レスなんていないのだ。
『 生きて行けねぇからよぉ、最後は屋根のあるところで死にてぇって、刑務所だっていいって、そう思ったんだ・・・』
『 ・・・ 』
『 俺ぁ、どうなるんだべか?警察にゃあ・・・ 』
『 帰っていいよ、爺さん。強盗だったらさ、ヨソでやってくれ 』
平凡な展開は、先輩にとってスリルとはなり得なかった様だ。賞味期限切れの弁当を土産に、老人は帰っていった。
背を丸め歩く後ろ姿にオレは、掛ける言葉は無かった。包丁は危ないので、没収された。
その夜オレはネットで、いつもの掲示板に事の顛末を書いた。勿論、厄介なので、強盗の件は伏せたままだ。
” バカ ” や ” アホう ” のレスに混じり、オレの意見に同調する声も聞かれた。調子に乗ってオレも ” 法の淀み ” について色々書いたものだから、
掲示板は思わぬ活況を呈した。やがてスレッドは一人歩きし、話に尾ヒレが付いてトンでもない事態となった。
『 なんか、ヤベぇぞ?・・・ ” 3 チャンネルのバス男 ” みたいになってきたな・・・』
事ここに至り、人権擁護団体が動き出した。
IPから素性を探られ又、活動団体からも促され、オレは名乗らずには居られなくなった。バイトごときの出る幕ではないと固辞したが、彼等の言う
” 世論 ” がそれを許さなかった。駅前での署名活動から始まり、市議会に諮るまでに半年。” 事件 ” は徐々に衆目の知るところとなり、オレは
5kg 体重が減った。
翌月、モデル地域としての限定ではあるが、市の条例が制定された。骨子は、こうである。
” 財政削減の意味からも、ゴミの収集は一部、それを厭わない善意の第三者に託そう ”、と言うものだ。安価な報酬で、曜日や時間の制約も無く、
” それでよし ” とする人達 ( ホ−ム・レス ) に依託する。代表には関係団体の活動家が座り、改めて登録した第三者へと依託する。
市が行うよりも明かにゴミは減り、一度は人生を諦め掛けた人達は希望を得た。これは、副産物。結果として、ホ−ム・” レス ” を減らす対策にも
なった。
先輩は冷ややかに見つめつつも、何かと知恵を貸してくれた。
真っ先に登録したあの老人は、嬉々として仕事に励んでいた。まるで自分がリ−ダ−の様に振る舞うのは滑稽であったが、それが嫌味ではない。
オレはといえば、元々が柄ではないし、早々に世話役を関係者に任せ、元のバイトへと戻った。あの日常へと、戻ったのだ。
世間がこの話題に飽きた頃、表のゴミ箱を掃除していたオレは、リヤカ−を牽く老人を見掛けた。
『 いよぉぉ、シェンシェ〜!』
歯の無い笑顔で、老人は叫んだ。
『 その ” シェンシェ〜 ” はやめろって・・・』 (-_-;)
『 いんやぁ、アンタぁ、俺たちのシェンシェ〜だ 』
『 ハハ・・・どう、元気? 上手くやってる?』
『 ああ、この通りさね!』
老人は新調した作業ズボンと、逆さまのロゴ・マ−クの入った ” ナイチ ” のスニ−カ−を見せた。
『 なんだよ、バッタもんじゃね・・・まあ、いいか 』
『 今度よぉ、町はずれのオンボロアパ−ト、皆でぇ借りることにしたんだよぉ 』
『 あ、そう!いよいよ、” ホ−ム ” を得られるワケだ。でも・・・それがドラキュラ屋敷だったら、先輩、喜んだのに・・・』
『 ん?なん?・・・』
『 いやいや・・・いいからさ。それより、頑張んなよ?応援してっからさ!』
『 ハイさっ!』
[ 体に気を付けなよ ] と言って別れたその半月後、関係者から老人の訃報を聞いた。
肝硬変を悪化させたらしい。安住の地を得たと思ったその瞬間、文字通り線香花火の様な人生を老人は終えた。
休憩室で、先輩が言う。
『 死に場所を刑務所に求めるよりは、良かったんじゃねぇか?』
『 オレ・・・オレ達、一体、何をやったんすかね?』
『 ま、特にお前は、その、最後に灯を点けたってとこじゃねぇ?』
『 灯、かぁ・・・』
救いは、引き継ぐ仲間がいることであった。皆、暫し喪に服し、仕事を再開した。
『 さあ、仕事、仕事! オイ、肉マン補充してくんねぇ?』
『 あ、ハイ 』
オレは気を取り直し、レジへと向かった。
6 時前には日が暮れるこの頃、棚にはもう、線香花火はない。
※ 陳謝!<(_ _)> 仕上げ遅過ぎ!且つ、どういう餞になるのか不明なこのスト−リ−、ゴメンよぉ・・・。
カナリ遅いけど、Happy Birthday dear ” YuYu ”( Birthdate Sep 9 )
第二十四話
2004/ 8/15
※ nyao 様 より頂きました 。
『 もし、あなたが望むなら・・・ 』 [ 灼熱の炎 編 ] ( =_= )
スコ−プの中で、陽炎が揺れていた。私は倍率を変える為、ダイヤルに指を伸ばした。
『 どうだ・・・見えるか?』
『 ううん、ダメよ・・・』
そうしている間にも、照りつける太陽はジリジリを体を焦がした。無限とも言えるこのエネルギ−。が今は、ただの邪魔者でしかない。
滴る汗で、レンズが曇った。女の倍率も変えてやる。
『 オ−ケ−!見えた 』
そうして暫く、距離を測ったりタイミングなどを申し合わせた。
ラボの連中は、私の体に ” 破滅 ” を植え付けた。
細菌兵器の集大成とも言うべき破滅の種は、私の体の中で確実に増殖している。それは、恐ろしいスピ−ドであった。
” 暗殺部隊員としての人体増強 ”、そんな嘘も見抜けない程、私の人としての感覚は麻痺していた。
女の協力で情報を得た私は、持てる力の全てを使い脱出を試みた。5人の元同僚を殺し、それは成功した。
ビル風が女の髪を嬲り、私の頬を掠める。
情報収集が専門の女とは、あるミッションで知り合った。
収集と言っても、キレイ事ではない。持てる能力の全てと体を使い、冷徹に実行する。終了と同時に、タ−ゲットを ” 消去 ” する場合も
あった。本来それは私の様な立場の人間の仕事だが、女が持つ特殊技能が有効な時もある。武器や薬品を一切使わず、相手と
繋がったまま殺す術も、女は会得していた。
ミッションが成功裡に終わろうとしている時、女はタ−ゲットの背後に居るカウンタ−・セクションから逆襲を受けた。
それを、バックアップに控えて居た私が始末したのだ。女にとって、初めての失敗であったらしい。
それがきっかけと言えなくもないが、我々は ” 普通の男女 ” ではない。ミッションで顔を合わせる事はあっても、ただそれだけの状態が暫く
続いた。互いに惹かれあっていたのは事実だ。今となってはそう、告白せねばなるまい。敵を皆殺し、その血煙の上がる中で互いの体を貪った
事もあった。
変化が現れたのは、議会に於ける局の予算通過が滞り出してからだ。
上層部は自らの保身の為、あらゆる工作に乗りだした。時に欲が絡み、局の大儀を踏みにじる行為が横行した。
その一つに、私は巻き込まれた。中東を舞台に仕組まれた、暗殺劇。元からタ−ゲットなど居ない茶番だった。私と女は意味の無い
争いに加担し、一生を何度繰り返しても消化し切れない程の危険を背負い込んだ。
私は、反逆を決めた。散々、人を消した者が言うのも何だが、微かでも有った大儀が消滅した今、私に躊躇いは無い。
莫大な予算を掛けミッションの一部として生まれた私であるが、私は彼等の想像以上の成長を遂げた。格闘・戦術・火器の取り扱い、
そして何より、危険を察知し回避する能力に私は優れていた。失敗は、味方の寝返りによるものだ。唯一、信用していた仲間に裏切られ
捕らわれの身となった私には、細菌兵器史上最強のウイルスが埋め込まれた。そいつは今私の中で潜伏し、やがて爆発する時を待っていた。
私は、知力の限りを尽くして脱出に成功した。女も、行動を共にしたのだ。
脱出は、想像よりも容易かった。否、簡単過ぎたと言った方が良いだろう。恐らく、局の作戦の内だ。この事実を議会で公表すれば、
局の存続と予算の上乗せは約束される。その為の、私は捨て石だったのだ。
『 ねぇ・・・局長、来るかしら?』
体の前方を撮影した映像を背中のパネルに映す通称 ” カメレオン・ス−ツ ” を、女は着ていた。これを着た者は、保護色を纏った事になる。
遠目からは、その存在を確認するのは難しい。ましてや、上空からは不可能だろう。赤外線探知をも防ぐ。映画からヒントを得て、局が開発
した物だ。
『 来ない訳にはいかないだろう。直接、交渉出来なければ、全てを世界中にネット配信すると伝えてあるんだ。カウンタ−セクションが躍起に
なっているだろうが、俺が仕掛けたシステムは半端じゃない。向こうもそれくらい、察しが付くだろう・・・』
コンタクトの時間が、迫っていた。
『 ライフルには、慣れたか?』
私は双眼鏡を覗きながら、銃を抱えた女に訊いた。
『 ええ、あれから大分、練習したもの。1キロ以内なら、風の影響を考えても自信があるわ 』
スライダ−を引きながら、女は言う。
『 でも・・・局長を撃って、それで決着が着くかしら?多分、あなただって狙われている・・・ねぇ?』
問いに、私は答えなかった。
『 無線で指示を出す。その通りにしてくれ。傍受されるだろうから、妨害を忘れるな? チャンネルは ” 7 ” だ・・・』
万が一の空気感染を考えて、コンタクトの場所にはラボの中庭を選んだ。
狙撃されるのは怖くはないが、ここには強力な空気清浄機があるし、何よりクライマックスには最高の舞台と考えたからだ。
射角はただ一つ、近代建築の柱の間 30cm だ。その 800m 先に、女が居る。
厳戒態勢の局に、私は正面から乗り付けた。熱は、恐らく 40°を超えているだろう。電圧を落としたスタンガンを体に押し当て、精神の均衡を
保つ。遠巻きのエ−ジェント達を引き連れ、中庭へと向かった。元同僚の顔もある。途中、彼等の交信が聞こえた。妨害に気付いたらしい。
計算通りだ。それを以て私は、イン・カムのスイッチを入れる。
『 今、入った・・・聞こえるか?』
[ オ−ケ−、大丈夫!]
『 よしっ、決行まで後、3分だ。指示を待て 』
[ ねぇ・・ ]
私は、スイッチを切った。
通路の白い壁には、数メ−トル置きに段差が付けられていた。斜光を受けて、自身の影が付かず離れず投影される。その度に、誰かに尾行されて
いるかの様な錯覚に陥るのだ。おおよそ諜報機関の建物らしくないが、ここは表向きの建屋に過ぎない。背後のエ−ジェントの指示で、中庭に
通じる強化ガラスの扉が開いた。
『 君達は、ここまでだ 』
私は、彼等に言った。
『 身悶えて、体中の穴という穴から出血して、死にたくはないだろう?』
これは、ブラフだ。全くの安全ではないが、元より彼等は防護服を着ている。通信の内容を聞かれたくないのが、一番の理由であった。
中庭を囲む糧物の上からは、無数の銃口が覗いていた。
大きく伸びた、柱の影。その僅かな間から、陽光が差し込んでいる。自身の影がそれを埋めたのを確認して、私はイン・カムのスイッチを入れた。
女が先に言う。
[ うん、あなたが見える ]
『 いいか?良く聞け。俺の背を撃て・・・』
[ な・・・出来ないっ!]
『 奴は、俺が撃たれた場合の血の飛翔範囲、そのギリギリに立つはずだ 』
[ ・・・ ]
『 その角度から撃てば、弾は俺を貫通して奴に当たる。まさか、貫通弾が飛んで来るとは思わないだろう。奴に、感染させる事が出来るんだ!
これ以上の復讐があるか?』
[ あなたを撃つなんて、出来っこないじゃない!嫌よっ!]
『 なぁ、俺を愛してると言ったろ?』
[ だから、な・・・]
『 だったら、撃ってくれ・・・』
800m 離れた貿易推進ビルも、アパッチ・ヘリの偵察範囲であった。
が、ス−ツを着た女を発見する事は出来ない。イン・カムを握りしめ、女は震えていた。
『 それが、あなたの出した結論なの?』
[ 奴だ・・・撃て ]
『 ” もし、あなたが望むなら・・・ ”、私はあなたに着いて行く気だった、どこまでも 』
[ ・・・ ]
『 いいわ。私が・・・殺してあげる 』
スコ−プ越しに見る眼の表面に、涙の幕が出来た。通常より多く、さざ波となった。
※ スマン! オチが無かった。許せ・・・ <(_ _)>
第二十三話
2004/ 7/13
※ hina 様 より頂きました 。
『 与える愛 』
フェ−ン現象とやらで連日、茹だる様な日が続いていた。
夏は暑いと相場は決まっているが、暑すぎるってのも考え物だ。特に火を扱う商売には・・・やってる本人すら嫌気がさす。
『 兄貴ぃ、どうっすか?』
離れた所で乾き物を扱っている弟分が、疎らな境内を恨めしそうに見渡しながらやって来た。暖簾で顔を扇いでいる。
『 どうもこうも・・・お前ぇ、向こうから見てて分かってんだろ?』
『 ハハ・・・確かに。夜んなりゃまだしも、こう暑いとサッパリだね!』
暢気に相槌など打ってはいられない。1皿 500 円のヤキソバ、今宵の売り上げ目標は 3 万円だ。
スチロ−ルの小皿に取り分け、私は差し出した。
『 ごっさんで〜すっ・・・って兄貴、暑いやぁ。その・・・なんだ、ハハハ、暑い日にヤキソバってのも・・暑い・・熱っ・・・でも、旨ぇんだよなぁ 』
『 だろ?有りがたく思え。一食、浮くんだ 』
『 食えば・・・旨いのに・・な 』
皿に汗が滴るのも構わずに、弟分は頬ばった。
『 皆、お前ぇみたいに分かってくれりゃあイイんだけどよ・・・ 』
椅子に腰掛けると、私は煙草に火を点けた。
『 オイッ、バイト生・・・ワリィんだけどな、鉄板、洗って来てくれっか?』
私は、見習いの若者に声を掛けた。今時珍しい、テキ屋の新入りである。何がイイんだか、ウチの親父に頼み込んでゲソをつけた。
この稼業、恥じるつもりはないが、前途有望な若者が選ぶ職業ではない。昔、世話になった人のつてで無下に断る訳にもいかず、
まずは ” バイト ” からと言うことで、渋々引き受けたそうである。
春に高校を卒業し、悠々自適な学園ライフを満喫する友人達を後目に飛び込んで来た。初めて触れる社会が、この ” テキ屋 ” 稼業である。
一から十まで何も知らないが、知らないなりに一生懸命と体を動かしていた。
『 オウ・・・お前ぇ、テキ屋のどこがイイんだ?若ぇんだもの、他にいっくらだって仕事あんべぇよ?親父さんやオフクロさんだって・・・』
『 両方・・・亡くなりました。父はボクが小さい頃、母は先月病気で・・・』
『 そうか・・・そりゃ、余計なことぉ訊いちまったな・・・』
いい年をして、バツが悪いったらない。言いながら若者は、一心に鉄板を擦っていた。
『 じゃ、お前ぇ、独りかい?』
『・・・ハイ 』
何がそうさせるのか、手を動かす若者の姿は、思い詰めた様に健気だった。
『 ホレよっ、お前ぇに手紙だ!』
クルマに器材を積み込んでいると、親父が声を掛けた。
『 手紙・・・アタシにですか?』
『 そうだよぉ。お前ぇ、ヤサ転々としてるだろ?ご近所の知り合いがさ、気ぃ利かせてウチに回してくれたんだよ 』
最後がいつだったかも忘れてしまった。それ程、手紙などには縁がない私であった。差出人の名を見て、ギョッとした。
昔、一緒に暮らしていた女からだった。憎しみ合って別れた訳ではない。若さが情を、蔑ろにした。封を切った。
” 前略
お変わり有りませんか
あなたがもし、幸せな家庭を持っているのなら、この手紙の事は忘れて捨てて下さい。
私も元気と言いたいけれど、病院の床で今、この手紙を書いています。暫く伏って居りましたが、いよいよ長くはない様です。
ですから、思い切って手紙を書きました。
あなたが出て行った後、私は妊娠に気づきました。散々、迷った末、産みました。
恨み言を言うつもりはないのよ? ただ、流れ者を気取っていたあなたにも、血を分けた息子が居る事を知って欲しかったんです。
教えた事など無いのに、男らしい、良い子に育ちました。
父親は、とうに死んだと伝えてあります。ただ、就いていた仕事は教えました。
あれから十八年、せめてあの子の成人式まではと思っていましたが、そうもいかない様です。それだけが、心残りでなりません。
親戚は面倒見が良いので何とかなると思いますが、もし、どこかの空で出会い困っている様な事があったなら、名乗らなくてもいい、
手を差しのべてやって下さい。宜しくお願いします。
さようなら ありがとう
かしこ ”
ヘナヘナと力が抜けた私は、そばにあった椅子を引き寄せ座り込んだ。
『 なんてこった・・・ 』
呟く私を覗き込んで、親父が尋ねる。
『 い、いや、何でもねぇんで・・・』
その夜私は、痛飲した。
渡世人を気取っていても、女に対しては臆病だった。
怖いのではない。いや、やはり怖かった。一緒に暮らしていた女さえ、満足な人生を歩ましてやる事が出来なかった。自責の念が澱となり、
家庭と言うものには背を向けて来たのである。
『 さぁて、今日は稼がないとな!オイ、バイト生・・・って、お前ぇの名前、聞いてなかったな?』
『・・・です 』
若者は、女と同姓を名乗った。血の気が引いた私は、鉄ヘラを落としてしまった。
『 ちっと、アレだ・・・休憩してくらぁ・・・』
逃げ出す様なかたちになった。事実、逃げ出して来たのだ。
偶然だと、思いたかった。出来すぎている。ただこの稼業、書店の求人誌で募集をかけている訳ではない。本気でこの道に入るのなら、
然るべき筋を通し、働きかけなければならないのだ。若しくは早いうちから ” 半グレ ” て、なし崩し的にゲソをつけるか、だ。そう言うタイプには、
見えない。知ってか知らずか、親父はダンマリを決め込んでいた。
[ なんてこった・・・今更 ” オヤジで御座います ” は無ぇぞ? そうだっ、奴ぁ気づいてるのか? いやいや、” 死んだ事 ” になってんだった・・・]
何故?何故?何故?、私の頭は、珍しく ”?” で一杯になった。
ベンチに腰掛けていると、何人かの知った顔が通る。こんな稼業の人間にも、[ 景気はどうだ? ]とか、[ 元気そうで安心した ] などと
声を掛けて来る。有り難い事だ。とっくに割り切ったつもりでも、こうして見ると満更、悪い商売ではない様に思える。暴利を貪ったり、欺瞞と言う
サ−ビスを押しつけるより、真っ当なのかも知れない。そんなんでアイツ、この仕事を・・・
煙草をもみ消すと、私は立ち上がった。
『 ワリッ ワリッ! ホレッ、替わるよ 』
弟分を押しのけると、そばで所在なさ気な若者に言った。
『 お前ぇに、仕事をやる!』
『 ハイ・・・ 』
私は小皿にヤキソバを盛ると、若者に差し出した。
『 いいか? 人が通ったら、それを旨そうに食うんだぞ!』
『 食べててイイんすか・・・ 』
『 ハハハ、” 古典 ” だよ古典、サ・ク・ラ、だ。ただ焼いてたってよ、暑っ苦しいだけだ、なぁ?』
義理事は別として、親がどうの子がどうの、そんな事はどうでもいい。
[ 血の繋がりがどうだって・・・]
『・・・関係無ぇ!』
『 は?』
『 お前ぇが本気でこの商売やるってんならな、この俺がキイッチリ仕込んでやらぁ!』
『 ハイ、ヨロシクお願いします!』
『 ホレッ、来なすったぜ・・・』
アヴェックが通りかかった。私は、顎をしゃくった。アタフタと、若者はヤキソバを貪り食う。
[ オイシそうかもぉ・・・ネエネエ、ヤキソバなんか良くな〜い?]
連れの男は、乗り気ではない。若者は、行き倒れ寸前で食べ物にありついたかの様な勢いで、ヤキソバを啜った。
『 ハイ、彼女っ!いらっしゃい!お幾つ?』
[ え〜っ、ハタチ前だけどぉ・・・ ]
『 アハハ〜、違うよっ、ヤキソバだよ!ヤ・キ・ソ・バ ( はぁと )!』
[ ヤダぁ、アハハハ・・・じゃ、二つ!]
『 ヘイッ、ヤキソバ二丁お持ち帰りぃ〜! ねぇね彼氏、オジさんの旨いヤキソバ食ってさ、コンコ〜ンと彼女の鐘鳴らしてよぉ!』
[ 意味わかんねぇよ・・・でも・・・ じゃあ、そうすっかな!]
『 ヘイ、二丁ぉ お待ちどおさま!アリガット〜、熱いうちに食べてね〜っ、ヤキソバも彼女もぉ!』
アヴェックは、手を振り帰って行った。
『 アリアフォ・・・ゴザイマヒタぁ〜 』
立ち上がりながら、若者が叫んだ。
『 バカヤロ! お前ぇまで言ったら、バレバレじゃねぇか・・・』
『 す、スイマセン・・・ 』
反対側では、弟分が笑っていた。どう足掻いても、私にはこれしか無い。たかがヤキソバだが、されど商売、だ。懺悔でも、後悔でもない。
私にとってこれが精一杯の、” 与える愛 ” だ。
柄にもない事を考えたら、涙が出た。
『 チクショ・・・煙いな!』
※ hina 嬢、スマン!お粗末・・・(-_-;)
第二十二話
2004/ 6/23
※ しっぽ 様 より頂きました 。
『 負けない女 』
標高は 500m 少々だが、海からの風が凄かった。
記念すべき 200 箇所目のプロジェクトに相応しい、期待が大きく又、やり甲斐のあるロケ−ションであった。
少し前を歩くチ−フは立ち止まると額に手をかざし、肩で大きく息をついた。そうしている間にも、風で上体がグラグラと揺れる。
『 しっかし・・・スゲッ!』
『 ホントにぃ・・・凄いっスねっ?』
私は叫ぶ様に言う。チ−フは何か答えたが、後半は悲鳴になった。
環境問題に端を発した発電事業に、各社は鎬を削っている。太陽光・風力・水力、形態は様々だが、インフラが確立されていない今こそ、
シェア拡大のビジネスチャンスであるのだ。尤も、携わる人間には、当然ながら相応の試練を強いる。この地の第 3 セクタ−と手を組み
事業を進める我が社は、風力発電を得意とし展開していた。
前回、予想を超える強風に工事は阻まれ、挙げ句、風車は倒壊した。工事の再開を前に、被害状況の把握と今後の費用を試算する為に今、
私達は山の頂に立っている。這々の体で制御室に逃げ込むと、チ−フが言った。
『 ここは、これはホント凄いよ。噂通りだな・・・』
『 年間を通して、平均風力は 25m です。採算ベ−スどころか、利益を生みますよここは 』
『 だな・・・』
窓から外を眺めてみる。頂きは、工事の為に伐採し整地されているが、まるでこの風のせいで丸坊主になったかの様な、そんな事を
考えさせる程、風は凄まじかった。
『 しかし、修理で済んで良かったよ 』
チ−フは、倒壊した風車の事に触れた。投資の原則として 、イニシャルは極力低く収めたい。イニシャルが嵩めばそれだけ、採算分岐の
道のりは遠のいて行く。
一息ついた私達は、風が弱まったのを見て表に出た。
状況を確認し、詳細をリストにまとめた。少しの余裕が生まれた我々は、周囲を見回してみる。やや風は強いが、それにもまして素晴らしい
絶景に息を呑んだ。群青の海に、白く泡立つ波。海岸線には、松の防風林があった。防風林に跳ね上げられた風が、勢いを増してこの山の
頂きに突き刺さる。風力発電には、最適な環境だった。
『 この海岸線一帯はな、見渡す限りの砂丘だったんだそうだ 』
『 砂丘・・・ですか 』
『 ”砂浜 ” なんて長閑なモンじゃないぞ? 砂はな、何も生まず全てを飲み込むんだ 』
『 ・・・ 』
『 地元の人達が何年も掛けて防風林を作り、”人が住める環境” を作り上げたんだよ 』
『 気が遠くなる様な話ですね?』
『 今度は、その人達の為に電気を供給する。これは、そういう事業なんだよ。・・・な〜んて言うと、聞こえはイイがな? 』
話のスケ−ルが、私には理解出来なかった。
『 オイ、あそこ行ってみるか?』
チ−フの指先を追うと、山の斜面に植樹している人が見える。これも、再生事業であった。斜面を大きく避け、小一時間を掛けて私達は
人影に近づいて行った。風は、やや強さを増した。
斜面をおっかなびっくり降りる私達を、男は腰に手を当て眺めていた。
『 どうもっ・・・お世話になります、ハァ・・・ 』
『 ああ、風車やってる人かい? あんときゃ、大変だったねぇ 』
手ぬぐいで汗を拭きながら、男は人懐っこい笑顔を見せた。
『 植樹事業なんですよね、これ?』
チ−フの問いに、煙草を吹かしたは男は頷いた。
『 そだよ。輸入製材に押されてよ、材木で食うのは難しいんだ。ホレ、政府の政策で戦後、杉ばっかし植えたけど、なんだっけアレ?・・・』
『 あ、アレルギ− 』
『 そそ。んでよ、一回、綺麗にしちまってさ、広葉樹の森を作ろうとしてんのよ 』
『 はぁ・・・。森になるまで、どのくらい掛かるんです?』
『 そうさなぁ・・・ま、五十年ってとこでないかな?』
『 50 年っ!』
私達は、目を剥いた。風車の建設工期は、長くて 3ヶ月だ。勿論、採算ベ−スでの話である。風車自体もユニット化されている為、工期の短縮に
貢献している。
『 ま、座んなよ 』
男に促され、腰を下ろした。
『 長いと思うかい?』
遠い彼方へ目を馳せ、男は言った。
『 はぁ。じゃ、下手すると、完成が見られませんね? あ、失礼・・・ 』
思わず、私の本音が出た。
『 ハハハ、いいよ。そだよ、俺が森を見る事は、無かんべなぁ 』
『 辛くないですか? その、はりあいと言うか・・・』
失礼ついでに訊いた。
『 自然が相手だよ? ちっぽけな人間がさ。時間掛けるしか手は無ぇよお 』
男の笑い声を、風がかき消した。
強風で、プロペラが揺れる。
『 大丈夫で・・』
『 だあってぇいっ! 後がないのは分かっとる!』
チ−フの問いを制し、監督は仁王立ちだ。我々は、見守るしかない。
声を掛けられ振り向くと、植樹をしていたあの男が立っていた。
『 あ、どうも・・・』
『 おぉ おぉ、大分出来てきたなぁ 』
倒れそうになる程反り返り、男は天を仰いでいる。
『 一服ですか?』
私は、男に訊いた。
『 いやさ、そこの区画が終わって隣の山へ行ぐもんだから、挨拶に来たのよ 』
日に焼けた顔が、クシャクシャになった。
『 あ、そうですか・・・』
『 負けんなよぉ。諦めた時が、負けなんだよ 』
男は、私とチ−フの顔を交互に見比べた。
『 ええ、負けませんよ、今度は!』
3度目のアプロ−チも風に流され、体制と整える為、一旦支柱から離す。揺れが収まるまで皆、息を殺して見守った。
『 植樹って、大変でしょう? もう、どのくらいされているんですか?』
強風に晒されながら作業をする男に、私は戦友の様な感情を持っていた。チ−ムを組む我々に対し、男の任務は孤独だ。
『 山に木ぃ植えるのなんざ、簡単だよ。下の、松の防風林があんべ? あれ植えたんは、土地の漁師の女房達なんよ 』
『 ・・・ 』
『 オレのお袋なんかもその一人なんだけんど、海草置いて床を作ってさ、松が育って林になるまで、40 年掛かったんだよぉ。
決して諦めない、” 負けない女 ” 達だったよ 』
『 ・・・って、そんなに・・・ 』
『 国にも見放されてたがらなぁ。風が酷くてよぉ、” あの土地には娘、嫁にやんな ”って余所から言われてたのんさ 』
『 私ら、せいぜい 3ヶ月ですよ・・・ 』
『 オレだって、まぁだ 5 年だよぉ。だからさぁ、結果がスグに出るもんは尚更、諦めて負けちゃなんねぇのよ!』
『 ホントだ・・・ 』
チ−フが頷いた。
『 今は強ぇ風が吹いてっけど、ここが森になったら、アンタらの風車に風が当たんなくなっちまうな・・・』
男は腕を組み、おどけた表情で言った。
『 ハハハ、50 年でしょ? 大丈夫。私達は引退して、杖を突いてますよ 』
『 っかぁ。んだな?』
皆、声を上げて笑った。監督までもが、吹き出した。
風に紛れて歓声が上がった。ドッキング成功である。今度は味方となった風が、プロペラを押し回す。
白い雲を吹き飛ばさんばかりの勢いで、プロペラは唸りを上げた。
※ ワリっ、しっぽっぽ、何の慰めにもなんねぇな?(-_-;)
でもな、皆、君の事を愛してるよ。ネットの仲間にゃ、打算も確執も無ぇんだ。ゆっくりでいい、朗らかに、そして確実に戻っておいで!(^-^)
第二十一話
2004/ 5/ 5
※ ゆゆ 様 より頂きました 。
『 星の砂 』
こうして砂浜に頬を埋めていると、年甲斐もなくそうしていると、自分を取り巻く小さなしがらみなど、まるで遠い銀河の果てで起こった
物語の様に思えて来る。立場上、人目を避けざるを得ないのは仕方のない事。化粧を落としありふれた縁の眼鏡で身分を隠して、
ワタシはこの浜へ来た。
ウトウト仕掛け、遠くに嬌声が聞こえた気がして眼を開ける。
それは人の声ではなく、浜を遊ぶ海鳥のものだった。独りで浜に黄昏れる女の気など知らず、仲間を呼び合い無邪気に踊っていた。
『 そっか・・・ワタシの都合とかなんか関係なく、色んな命が生きてるんだね・・・ 』
陽光に眼を細めながら、ワタシは体を起こした。乾いた頬から、砂がこぼれ落ちた。手に取って、顔を近づける。
『 へェ、これが有名な ” 星の砂 ” か・・・ 』
指を開き、ピアノを弾く様にして払い落とした。
『 読んだことがある。元々は、原生動物の死骸なんだってね。大きいのは、太陽の砂。死んでから ” 美しい ” なんて言われてさ、
何だか素敵じゃない?』
遊んでいた海鳥たちが、何処かへ向け一斉に飛び立って行った。
『 ねえっ、コットン無いかなぁ?』
受賞会場の控え室で、鏡を見ながらワタシは言った。メイクがバッグの中身を探る間、気を遣ったマネ−ジャ−は必死に取り繕う。
『 その・・・何て言ったらいいか、今回の・・ 』
『 アハハ・・いいのよっ、気にしてないわ。こう見えてアタシ、結構サバサバしてるのよ?』
『 審査なんて、タイアップしてるスポンサ−の影響が絡んでますから!』
『 シ〜〜っ、お黙り! フフフ・・・気にしていないのは本当。旬の女優が受賞するのは、当たり前なの。もう、ワタシの時代じゃないわ 』
『 はぁ・・・ 』
受賞を逃したら、引退する。これは、最初から決めていたこと。
ごく一部の関係者にか話していない。世辞を言う者、惜しむ者。” 娘ではない、女を演じられる貴重な年増 ” などと、貶しているとしか思えない
励ましを言う者が、ワタシを取り巻いた。
程々の芸能生活を経てワタシは、それなりの地位は築いて来た。スポット・ライトも浴びた。” 浴びた ”、なんてものじゃない。
強烈な照射により、肌が爛れたことだって一度ならずもあった。でも、そこまでしても、一番輝く星になったことはない。あと少し、もう一歩が及ばず
二番目にとどまった。そんなこんなで限界を感じたりして、疲れていたことは事実である。でも、本当の理由は、そんなものじゃあない。
それはあくまでも、表向きのコメントに過ぎない。ワタシは、恋をした。
何十年振りかの皆既日食が、この浜で観測出来るのだという。
いよいよワタシも、寝そべってなどいられなくなった。帽子をやや深めに被り、ギャラリ−の一人になりすます。
皆が空ばかり見上げる中、ワタシは彼を想い改めて砂を手に取った。
『 アハハ・・・星になる前に砕け散って、ワタシ、砂になっちゃったよ 』
後悔も未練も無い。何故って、そんなことを忘れるくらい、素敵なものを見つけたから。
役柄の上でだけど、あらゆる ” オンナ ” は演じて来たつもり。男・女の仲についても又、然りだ。そんなワタシが全てをなげうって
入れあげるんだから、人生なんて分からないものだ。何より驚きだったのが、彼はワタシを知らなかったってこと。人としては当然なんだけど、
研究者である彼は、スクリ−ンの中のワタシも知らなかった。それが可笑しくもあり、嬉しかった。ま、” 準スタ− ” として、複雑ではあるけどね。
『 はぁ・・・ゴメン、待ったかい?』 季節はずれのブルゾンを羽織り、彼がやって来た。
『 ううん。平気よ、ノンビリしてた。仕事はいいの? 』
『 なんか、ボクまでお忍びの気になっちゃってさ、緊張したよ・・・。あ、大丈夫だ 』
汗を拭う彼に、ワタシはハンカチを手渡した。
『 フフ・・・大変だったわね? ワタシも大丈夫。役者の端くれだから、上手いもんよ 』
いつの間にやら、周囲には結構な人が集まっていた。
『 いよいよ始まるみたいだね?』
『 ねぇ、始まったら・・・』
『 うん、始まったら、何だい?』
『 フフフ・・・あのね?』
ワタシは、彼に耳打ちした。
波音が静まり、海鳥さえも姿を消した。人々の軽いどよめきと共に、陽の光が弱まって行く。
やがて明確な影となり、辺りは音を失った。まるで想像も出来ないくらい巨大な何かが、皆に襲いかかって来る様な恐怖感を
少なからずもたらした。
願いを聞き入れた彼は、ワタシに口づけた。
砂に大きく影を落としながら、手に一杯すくった女は、浜で遊ぶ男を見た。
『 ねぇってばぁ〜っ・・・カニなんかどうでもイイからさ、砂、見てごらんよ!』
『 何だよ、” 砂 ”って・・・』
獲物を逃した男は、その不満を表す為に女の横にダイビングした。
『 んもうっ、子供なんだから! ホラ、これが ” 星の砂 ”』 男に向かって、手を差し出した。
『 な〜にが星・・・あ、ホント・・だな 』
『 ねえっ、素敵でしょ?』
『 ああ、不思議だな。どうやって出来るんだ、これ?』
『 私、何気にすくったけどさ、宇宙の星とこの砂粒と、どっちの数が多いのかな?』
『 分っかんねぇよ、んなの。おんなじくらいじゃないの?』
『 まだまだ、増え続けるのかな・・・』
今しも飛び立とうとしている海鳥なら、知っている。女はふと、そう思った。
※ こ、これは一体・・・スゥイ−ティ−と言えるのか・・・。お粗末! <(_ _)>
第二十話
2004/ 4/ 4
※ nyao 様 より頂きました 。
『 恋愛詐欺師 』
顔に掛かる男の息を避け、私は壁の時計を見た。
さすが、彼女が ” 変態 ” だと言うだけのことはある。バイヴを使った前戯にタップリ30分を費やし、本番はいいトコ5分という
お粗末さだ。[ これじゃあ、公務員の家庭に育ったネンネには無理だわね・・・ ]
鬱陶しい行為に終止符を打つべく、私は下腹部に力を込めた。男は、叩きつける様に腰を振る。股関節が外れるかと思える程だ。
更に激しく動いた男は、震えながらグッタリと私にのし掛かる。中のモノが、ヒクヒクと脈打つのが分かった。
忙しなく自身の始末をする男の背に、私は声を掛けた。
『 ねぇ・・・いいの? だって、婚約者居るんでしょ。 ま、今更なんだけどさ 』
言いながら、私はベッドの足下にあるバッグから ICレコ−ダ−を出し、スイッチを押すとその脇に置いた。
『 アレはアレ、君は別だ。君と出会って、セックスを ” 思い出した ” よ 』
『 何よ、勝手な言いぐさね。アタシは、ただの処理係なワケ? 』 ムクレる芝居をした。
『 そう言うんじゃないよ・・・ボクが本当の ” 男 ” になり、愛でるのは君だけ、ってことさ!・・・』
男の屁理屈に吹き出しそうになるのをグッと堪え、オプションを追加する。
『 じゃあさ、も一回愛してよ、ね?・・・勃たせてあげる・・・ 』
私は、男のモノを銜えた。
『 オ、オイオイ、種馬じゃないんだからさ・・・ 』
言葉とは裏腹に、男のモノはヤル気を出した。
待ち合わせの5分前であったが、女はすでに席に着いていた。
縋り付く様に、私を見る。
『 待った? 』
『 いいえ、ワタシが早すぎたんです・・・ 』
『 ハイ、約束の物・・・テ−プ 』
私が差し出した封筒に、女は中々手を伸ばそうとしない。俯いたままである。ウエイトレスが注文をとりに来たので、
私はコ−ヒを頼んだ。女は、既にあるカップを口に運ぶ。
『 で・・・どうする? 』
『 ええ、でも、何だか怖くって・・・ 』
天然なのか計算なのか、私は限界点を迎えた。
『 じゃあさ、アタシに任してみる? アタシの方法で、間違いの無い様にしてやるよ? 』
ハンカチで口元を拭う仕草に、私は答えを汲み取った。
『 分かった、首尾は任せてよね 』
こんな商売、別に宣伝している訳ではない。信頼出来る筋からの紹介でないと、私は仕事を受けない。尤も、ギャラ次第では
その限りでないが。一仕事が終わって充電に入ろうとした矢先、女から依頼が飛び込んで来た。
『 アタシの事は・・・誰から? 』
[ ハイ、・・・さんから、お聞きしました ]
『 んん〜・・・あぁ、あの娘! 』
二年程前に依頼を片づけてやった女の名を、電話の主は口にした。信頼はしていないが、同じ穴の狢だ。同類ではある。
『 へぇ〜〜、相手は、あの御曹司かい? 』
女は、今売り出し中のゲ−ム機メ−カ−の名を言った。
『 でもさ、そんなの我慢すりゃいいじゃない。アンタ、玉の輿だろ? 』
[ ワタシ・・・我慢出来ないんです ]
『 へぇぇ〜、そんなモンかねぇ? 多少、性癖が偏ってたって、生臭い事には変わりはないだろうに・・・ 』
もう、決めたのだと言う。支度金に目が眩んだ両親は聞く耳を持たず、傲慢な相手一族はニベもないのだとか。
知ったこっちゃない。私は暫し考え、女に言った。
『 分かった。その話、受けるよ 』
[ ハイ・・・助かります ]
『 アタシのやり方は、知ってるね? 報酬は、慰謝料の10%。いいね? 』
[ ハイ、全てお任せします・・・ ]
これが、二月前の事。後は簡単だった。男とは、偶然を装い二・三度接触を持った。手練手管で、一丁上がりだ。
風雪に耐え、せっかく咲いた桜を雨が散らす。落ちた花びらは雨に浸っていても、暫しはその輝きを失わない。
落ちたのは己のせいではなく、雨のせいなのだと主張する。細々とした物を片付けていると、女から電話が入った。
[ お元気でした?・・・ ]
女の声は、明るかった。それはそうだ。婚約解消の違約金として、男は多額の慰謝料を支払ったのだ。
それは、男の同族会社が上場を控えていたからのみならず、不貞が意外な形で発覚した事に因るものであった。
ま、” 意外 ” だったのは男本人やその親族だけで、私にとっては計算の結果でしかない。それにしても ” 億 ” とは、
男もハズんだものである。無論この中には、口止め料も含まれている。
『 どう? これで、気が済んだ? それにしても、エライおまけが付いたねぇ・・・ 』
[ エエ、ちょっぴり怖い思いもしましたけど・・・一番イイ形になりました!]
『 アラっ、懐が潤ったってのは分かるけど、意外と傷心じゃあないんだね?』
[ 実は・・・お礼もあったんですけど、言っておいた方がいいと思って・・・ ]
『 お礼は充分、戴いたわよ・・・ 』
[ ワタシ、あの時、他に付き合っていた人が居たんです ]
『 ・・・ 』
[ 売れない作家なんですけど、その・・・妊娠していたんです、その人の赤ちゃん・・・ ]
『 ・・・ってアンタ、どうするつもりだったのよ!』
[ 彼とは血液型がおんなじだし、結婚してからもワタシ、陰ながら応援しようと思っていたんです。それでもいいや、って ]
開いた口が塞がらないとは、この事だ。私は、とんだ片棒を担がされた訳である。可愛い顔をしてても、女には食わせ者が多い。
証拠の利用方法を一任されたので、私は最も効果的且つ迅速な解決を促すべく、 ” スパイス ” を効かせた。
男との逢瀬の発覚が、或る偶然に因るものだと装ったのである。当日そのホテルは ” 実録モノ ” のAV撮影をしており、手違いから
” 本物 ” を撮影してしまった、と。で、そのテ−プの処分を、男に持ち掛けさせたのである。AV会社の名は、バックに広域暴力団の影がちらつく
有名大手を使った。その分高くついたが、効果は絶大であった。
『 へぇ・・・アンタもやるね・・・、プロ顔負けだわ。でさ、何でそれをわざわざ言いたかったワケ? 』
[ ハイ、お陰でワタシが幸せになれた事、アナタに知っておいてもらいたかったんです( はぁと ) ]
頭がイイんだか悪いんだか、性悪なんだか分かりゃしない。プロというか、女の定石で、これは後者だろうと私は見た。
自ら体を張って手を汚した私に比べ、自分は無傷で勝利したのだと告げたいのだろう。
『 そうそう、ワタシもアンタだから話しとくわ 』
[ ハイ・・・ ]
『 ワタシもあの一件で、当たっちゃった。妊娠しちゃったのよ 』
[ それは・・・あの、彼の・・ ]
『 そう!認知だけでも取れれば儲けモノだと思ってたんだけど、アノ男、ノボせちゃってさ・・・ 』
[ ・・・ ]
『 結婚するこ事になりそうなのよ、困っちゃうわ・・・ 』
[ ・・・フフっ・・・さすがは ” プロ ” ですね・・・ ]
その後、女との接触は無い。
” 事件 ” のほとぼりが冷めるのを待って、私たちは挙式の運びとなる。歳も歳だし控えめにしたいと言う私の要望が聞き入られ、
海外で執り行う予定だ。友人一同の中には、勿論、昔の仲間が全て入っている。
この職業も年齢には勝てず、そろそろ引退を考えていたところへ最高の打順が回って来た。
渾身のフル・スイングが、” 満塁ホ−ムラン ” を呼び寄せたのだ。有価資産、120億。その一族の女房に据わるのだ。
” 恋愛詐欺師 ” を自認する私にとって、これ程の花道は無いだろう。
恋愛感情を伴わない結婚は、究極の ” 恋愛詐欺 ” である。
私の、プロとしての面目躍如である。
※ ゲヘヘヘ・・・ゲッヘッヘッヘッヘッヘ、ど〜〜だぁ! (^-^)
第十九話
2004/ 3/ 7
※ ゆゆ様 より頂きました 。
『 White Sapphire 』 [ ホワイト・サファイア ]
『 お館様っ早く、こちらで御座いますっ! 』
三銃士最後の一人は、領主と共に地下の礼拝堂へと走った。祭壇のメシアが掛かる壁は、赤く煙っている。
地上からの光を巧みに取り入れたステンドグラスが、火を含んだ煙に嬲られていた。
『 最早これまでか・・・ 』 領主は唸った。
剣を放り隅の壁石に体当たりしながら、騎士は言った。石は僅かずつ動き、黒い隙間が出来る。
『 お館様・・・この背後に地下道があります・・・ 』
『 なんと・・・ 』
鈍い音を発し、騎士の肩が脱臼した。膝を着く。
『 さ、この隙間から抜けて・・・下さいませ 』
騎士は辛うじて人が通れる程の隙間に、領主を促した。甲冑をヘシ曲げながら、領主は潜り込む。
『 さあ、お前も来い。手を貸してやる! 』
『 いいえ・・・私はここへ踏みとどまります 』
『 何を言っておるのだ? 儂と共に再起し、国の再興に尽力してはくれぬのか! 』
領主は、腕を伸ばす。
『 私は、もう長くはありません。太刀を食らい・・臓腑がはみ出しておりま・・・す。最後の一押しで・・・ 』
『 傷は浅いっ! 』
閂をした扉を、丸太で突く音が響き渡った。軋んだ扉は、大きく傾いだ。隙間から、松明と共に帝国の兵が覗く。
『 居たぞぉ〜っ、押せっ! 』
騎士は後髪を一掴み剣で切り、領主へと手渡した。
『 これを・・妻に・・・ 』
領主は懐に収めると、騎士へと手を伸ばした。
『 お前の婚礼の儀に、授けようとしていた物があった・・・ 』
一際大きな怒声が響き、扉が吹き飛んだ。勢い込んだ何人かの兵は転倒し、甲冑が派手に火花を上げる。
『 さ、道は川へと抜けております。兵がお待ちしているはず・・・ 』
背後から兵を押し分け、着飾った武官が騎士に歩み寄った。ヌラりと剣を抜き、斜に振りかぶる。騎士を見下ろして、ニヤリと笑った。
剣の軌跡を光りが追い、仄暗い礼拝堂に弧を描いた。刹那、騎士は拳を突き上げた。入り口の岩が崩れ、他の壁をも揺るがす連鎖へと変わる。
断ち落ちる騎士の首が、無言の別れを告げた。
『 やめろ〜っ! 』
領主の叫び声は、瓦礫の音にかき消される。中にある物と一緒に、拳を握りしめた。
足下の石が崩れ、そのまま奈落へと落ちて行った。
テレビの前で少年は、電子音に包まれていた。
廊下に洩れる音で、母親にはそれと分かる。手の付けられていない食事を下げ、ノックをしようとして、途中で止めた。
『 たまには、出て来なさいよ・・・ 』 そう言い、立ち去った。
画面の ” ゲ−ム・オ−バ− ” を見つめながら、少年は泣いていた。
冷蔵庫を開ける音で、母親は目を覚ました。
少年が立ったまま、パック入りの牛乳を貪り飲んでいる。飲み干すのを見て、母親は電気を点けた。
気が付いていた少年は椅子を引き、” やり切れない ” といった様子で腰掛ける。
『 お腹減ってるんだったら、何か作ってあげようか? 』
『 父さん・・・帰ってないね? 』
『 そうだね・・・ 』
先日の話し合いで、双方は別居に合意した。母親は、まだ少年には話していない。
感受性が鋭い子供である。ありのままを話せば、粉々に砕け散って修復が出来ないのではないかと、母親には思えた。
大筋では、感じ取っているはずである。ただ、白い心が、それを受け入れる事が出来ないのだ。情緒が不安定になり、極端な行動に走る。
自分たちのせいで、子供は苦悩の谷に落ちる。それを思うと、母親の胸は掻きむしられた。
『 ねえ、私たち二人、これからやって行けるかなぁ?・・・ 』 訊く母に・・・
『 母さんはさぁ、ボクといて幸せなの? 』 少年は返した。
母親はテレビ・ゲ−ムに興じる少年を抱きしめ、その髪に頬を当てた。涙が伝う。
少年も、声を上げて泣いた。
このところの季節には、節度がない。定期性も無くなった。
本来なら冷夏のはずが、予想に反しての猛暑であった。街全体が、疲弊していた。
鳥さえも木陰で休む残暑の通りを、青年は早足で歩いていた。
今日は母親の誕生日且つ、二人の ” 独立記念日 ” なのだ。一体、この日を何度迎えた事だろう。数えるのを止めてしまってから久しい。
父と離婚しからというもの、母親は女手一つで青年を育ててくれた。難しい年頃であった青年も、元来からの素直な性格を取り戻し、
大らかに又、逞しく成長した。
歩きながら、考えた。最近、妙な夢をよく見る。
いや、夢であるとの確証はないが、目覚めた時の感情の高ぶりに、そう納得する事にしている。
母と対峙しているのは分かるのだが、背景もシチュエ−ションも定かではない。残るのは、母に対しての締め付けられる様な慕情であった。
[ 俺って、マザ・コンか?・・・ ]
青年は、ハンカチで額の汗を拭った。
『 ま、母ひとり子ひとりだから、無理もないか! 』
プレゼントを持つ手で、ケ−キの包みを確かめた。ドライ・アイスが入った包みは冷たく、心地よかった。
帰宅すると、いつもの様に夕飯の支度をする母に声を掛けた。
『 母さん、ただいま 』
『 アラ、早いのねぇ・・・ 』 エプロンで手を拭きながら、母親は笑う。
『 だってさ、ホラ、今日は母さんの誕生日だろ? 』
『 アナタね、母親の誕生日を気にするより、もっと気の利いた相手は居ないの? 』
呆れ顔で言った。
『 まあまあ、ハイ、誕生日おめでとう! 』
プレゼントの包みを差し出した。母親は受け取ると、恭しく差し上げ礼を言った。
『 いつも いつも悪いわね。どうもありがとう・・・開けるわね? 』
包みを開け、小さな箱を取り上げる母親の手が、止まった。
『 アラ・・これ・・・ 』
『 ” ホワイト・サファイア ” だよ。母さんの誕生石だ 』
『 ええ・・・ 』
母親の瞳に、霞がかかった。
『 もうちょとキチンとした所で買おうと思ったんだけどさ、街のアンティ−クショップで見つけてつい、衝動買いしちまったんだ・・・ 』
頭を掻きながら、青年は言った。返事がないのでふと見ると、母親はペンダントを握りしめ空を見つめている。
火に掛けてあった鍋が、吹きこぼれた。
『 母さん?・・・ 』
レンジのスイッチを切りながら母親の肩に手を掛けた時、青年の意識は揺さぶられた。
時間が停止している中、二人の意識はもの凄い加速感に包まれていた。
猛烈なスピ−ドで突っ走り、いきなり虚空に放り出された様な感覚であった。
僅かな時間ではあったが、二人は全てを理解した。そして再びあの感覚に包まれ、その瞬間の記憶はかき消えた。
火の消えたレンジが収縮し、カチ カチと鳴っている。説明不能の衝動に、二人は互いを抱きしめ、そして涙を流した。
嗚咽の中で、青年は言う。
『 それは、守護の石。今度はボクが、母さんを守るからね・・・ 』
『 う・・・ん、ありがとう・・・ 』
母親の頬を伝った涙が、ペンダントへと流れ落ちた。
※ これは・・・ど〜かなぁ?・・・んん〜〜、ギブ(-_-;)。
第十八話
2004/ 1/ 2
※ お友達に贈ります 。
『 赤い薔薇の花束 』
『 ・・・そこでですね、会長のご意見をお聞きし・・・ 』
『 いつまでそんな事を言っておるのだっ! 』 男は、拳をデスクに叩き付けた。役員室は、凍り付いた様に静まり返る。
キャッチボ−ルが出来る程、長い会議テ−ブル。今なら、その一番端でペンを転がしても、音が聞こえるだろう。
『 その程度の案件は、社長以下君達で処理したまえ 』 吐き捨てる様に言う。
『 ですが、おと、いや会長・・・ 』 社長である息子までが、縋り付く様な眼差しで見つめていた。
『 ならば言おう。一任する。君達で処理したまえ。これが、私の意見だ。”命令” でもある 』
ありきたり過ぎて、昼メロのネタにもならない光景であった。
中位の電器メ−カ−。男が立ち上げ、死に物狂いで守って来た。大手には無い斬新な発想で、ニッチを上手く衝いた。
宴の終わりと共に売り上げは下降気味であったが、若い技術者魂に望みを繋げた。
何とか上場を果たした後一線から退き、主導権を息子に与えた途端、これである。しかし、それでも良いと男は思っていた。
レ−ルは敷いた。走るも停まるも、決めるのは若い乗客達だ。本音を言えば ”牽き疲れた” 、と言うのもある。
それが言える男では無かった。じき、代表権も返上しようと思っている。
『 大変そうですわね、会社・・・ 』 湯呑みをさしだし、妻が言った。
黙って男は、新聞を眺めている。茶を一口啜り、吐き出した。
『 業績を盛り返そうと色々やっとるが、成っとらん・・・ 』
『 そんな・・・アナタが引っ張って来た会社なんだし、まだ早かったんじゃないですか? あの子だって・・ 』
『 何を言っとるんだっ! 儂があの頃は、新製品を担いで東奔西走しとったぞ 』 感情を露わにする。
『 時代が違うんですよ・・・ 』 この先の展開は、妻には分かり切っていた。じき、世界の中心に自分を据えた ” ワンマン・ショ− ” が
始まる。こうなるともう、何を言っても無駄であった。話題を変える。
『 アナタ、お話があるんです・・・ 』
『 何だ、改まって? 』 男は、詰まらなさそうに新聞を放る。
『 こういった時期を待っていたんですよ。これからの事です・・・ 』
『 ん? 心配の種など、無いだろう。社はもうアイツ等に委ねたし、生活の心配なら・・・ 』
『 違うんですよ 』
『 じゃあ、何だっ! 』
こうなることは、分かっていた。己の行いに、一点の疑念も無い。ビジンネスに於いては頼もしい道標であったが、男と女、夫婦の間には
修復し難い溝を作っていた。
『 前に言ってた ” 客船でのクル−ズ ” も予約したし、後で驚かそう思ったんだが、オ−ストラリアにコンドミニアムだって買ったんだっ。
いったい、幾らしたと思ってるん・・・ 』
妻は、席を立つ。
『 今日は、お得意さまにご挨拶じゃなかったんですか? 』 肩越しに言う。
『 ああ・・・そうだ。じき、迎えが来るだろう 』
窓の外は、今年初めての木枯らしが吹いていた。
渋滞に捕まったのを期に、運転手は話し始めた。
『 会長、寂しくなります。私も、お暇を戴こうかと思っています・・・ 』
『 何を言っとるんだ。君は、本当に良くやってくれた。君の運転で私は、不快な思いは一度だって無いんだぞ? 』
『 有り難う御座います・・・ 』
『 これからも、私の代わりにアレを助けてやってはくれんか・・・ 』 男の本心だった。
『 社長は・・・お考えがある様です。便利だからでしょう、ハイヤ−会社と契約なさいました・・・ 』
ミラ−越しに、男のしかめ面が見えた。
『 そうか・・・ 』
『 いえっ、よろしいんです、会長。これも時代なんですよ。アチラは色々な設備も整って居りますし、道に迷う事も御座いませんから 』
『 だから、迷うんだよ・・・ 』 年の瀬の街を見上げながら、男は言った。
『 はあ・・・ 』
『 思いを巡らしたり、気持ちを落ち着けるリズムというものがある。道路には迷わずとも、社の進むべき道には迷っておる・・・ 』
『 会長・・・ 』
男の気持ちが、運転手には良く分かった。案じつつも、潔く身を退いた男。仕えた事を、誇らく思った。
後の役員会の場に於いて、男は代表権を返上した。
男は、最後の仕事を黙々とこなした。知った顔からは、男の引退を惜しむ声が引きも切らない。中には、 ” 無責任だ ” だと責める
向きもある。が、最後は皆、男の気持ちを察してくれた。社では新製品の開発が暗礁に乗り上げ、経営は膠着していた。
知人との会食を終えた車中、連絡を受けた。
『 会長、社よりお電話です・・・ 』 運転手の顔は、曇っている。
『 私だ。・・・ああ、そうか・・・。仕方あるまい。いや、私に復帰の意思はない。が、出来る努力はしよう・・・ 』
電話を切った男は、黙り込んだ。運転手は、路肩に車を停める。
『 会長・・・ 』
『 ああ。ついに来たか、という感じだな・・・。会社更生法の申請も、視野に入れとるらしい 』
『 ・・・ 』
男は、私財を全てなげうった。自宅を含む不動産、有価証券。妻は、何も言わずに従った。
社長である息子は、憔悴の余り入院したと聞く。それなりに苦労はさせたつもりでも、打たれ弱さが、恵まれ過ぎた環境であった事を
物語っていた。手は尽くした。後は ” 生き続けたい ” という、” 人間力 ” だけが全てである。それで潰れてしまう様では、それまでの
人生だと諦めるしかない。
最後のドライブを楽しむ為、運転手を呼び出した。年末の雑踏を眺めながら、無言のドライブは続いた。
年末の風景というか、人々のとらえ方が変わった様に思う。民族の慣習という時代を経て、経済サイクルのいちイベントに、今は成り下がって
いた。
『 聞いたよ。やはり、辞するようだね・・・ 』 馴染みのル−トも終点に近付き、男は口を開いた。
『 はい、最後にお仕え出来たのが会長で、幸せでございました 』
『 そこの歩道で停めてくれるか? 』 有名デパ−トの角、雑踏の主流から外れた一画を、男は指挿した。
『 会長、どうかなさいましたか?・・・ 』
『 ここで最後にしよう。正真正銘の ” お別れ ” だ・・・ 』
『 いけません、会長。ちゃんとお宅まで・・ 』
『 いや、いいんだ。そうさせて欲しい 』
『 しかし・・・ 』 運転手は、戸惑った。
『 けじめを付けたいんだよ。決めたんだ。今日は、ここで空っぽになる、と・・・ 』
『 ・・・ 』
『 それとな、この車、君に貰って欲しい 』
『 いえ、それは・・ 』
『 会社もあんな状況だ。退職金だって、そう手厚くはないだろう。私名義だから、安心したまえ 』
運転手はハンカチを探すも、なかなか見つからない。ギヤ・レバ−を握る袖口を、涙が悪戯に濡らして行く。
『 な?、そうさせてくれ。どう処分しようが、一向に構わん 』
『 ・・・ 』
『 後で、書類を送ろう。それと・・・ 』 男は、懐から封筒を取り出した。
『 ハハ、さっき寄ってもらった事務屋でな、買っておいた。事務用で済まんが、退職金だ 』
『 そんな、会長・・・ 』
『 最後まで ” 会長 ” と慕ってくれた事への、私の気持ちだよ。受け取ってくれ 』
『 いえ、こんなには・・ 』
『 ならん! これは、業務命令だ 』 男は、表情を崩した。
『 当座の繋ぎにして欲しい。そして、再起に懸けてくれ 』
微かに聞こえるエンジン音に、運転手の嗚咽が重なった。
運転手は、男の為に最後のドアを開いた。
『 大丈夫だ、電車賃は取ってあるさ 』
深々と頭を垂れ、陰で号泣した。” 帰れ ” と男に手で促され、名残惜しそうに車を出した。ミラ−に男の姿を認める為には、
何度も涙を拭う必要があった。
車が立ち去ると、男は腰に手を当て背を大きく伸した。
通りから外れているので、人影はまばらだ。孤独の波が、押し寄せて来た。望んでした事とは言え、耐える精神が残っているのか、
本当のところは男にも分からない。全てをなげうった今、残っているのは家族だけである。その唯一の家族である妻も、立ち去るかも
知れない。知らなかった訳ではない。知らぬ振りをしていたのだ。一番大事な者を労る度量が、男には欠けていた。犠牲を払っていると
己に言い聞かせ、ガムシャラに突っ走る口実にしていたのかも知れない。
通行人が肩に触れ、男は我に返った。財布を抜き出してみる。
なけなしの金を包んだので、僅かな小銭しか残っていなかった。地下鉄の駅に向って歩き出した時、シャッタ−を閉め掛けた花屋が
目に入った。ショ−・ケ−スには、売れ残った一掴みの ” 赤い薔薇の花束 ” があった。
『 ああ君、これはお幾らかな? 』 店仕舞いに忙しい、売り子に訊いた。
『 ええっと・・・1500円ですね 』
『 1500円か・・・。もう少し、何とかならんかね? 』
『 フフフ、売れ残りだから・・・じゃ、1200円! プレゼントですか? 』
手拭いで汗を拭きながら、売り子は言った。
『 いや、そういう訳じゃ・・・花が、気の毒に思えたんだよ。1000円 調度でどうだろう?持ち合わせが無くってね・・・ 』
『 ダメ!気の毒だなんて。同情で買う花じゃありませんよ、薔薇は 』
『 ハハハ、マイッタな。そうだ・・・プレゼントだよ。やっと、労う余裕が出来た。これで勘弁してくれ・・・ 』
『 フフフ、ハイ、毎度あり〜 』
売り子はそう言うと、奥の棚から一輪マケてくれた。
『 はぁ〜っ、本日完売っ! 』
駅二つ分を歩いた。気持ちは充実していたが、体は限界だと告げている。
全てを吐き出し清々しくもあったが、妻の事を考えると気が重い。今の自分には、何も無い。時々鼻を向ける薔薇の香だけが、
男の拠り所であった。
玄関のチャイムを鳴らそうとした時、ドアが勢いよく開く。掃除によって出たゴミを抱えた妻と、鉢合わせの恰好になった。
『 アラ、驚いた・・・今、お帰り? 』
腰掛け靴を脱ぎながら、花束を妻に差し出した。
『 クルマと有り金全て、彼に渡したよ・・・ 』
『 そうですか・・・ 』
『 で、残った金で、お前にそれを買った。歩いて帰って来たんだ・・・ 』
『 まあ・・・ 』
『 また、裸になっちまった・・・ 』
帰りの道すがら、意地も虚勢も捨て去って来た。
『 この間お前が言いかけた事な、俺は分かっていたよ。お前、ここから・・ 』
『 これで、帳消しです・・・ 』 目を閉じて薔薇の香を嗅ぎながら、妻は言った。
『 俺は・・ 』
『 宝石や旅行なんて・・・私がねだった事がありますか? 昔の振り出しに、戻っただけですよ 』
『 ・・・ 』
『 こうなったら、腐れ縁ですわね! 』
男は、嗚咽を洩らした。
『 さっ ” 会長さん ”、しっかりして下さいな。何か召し上がりますか? 』
『 茶を、一杯貰おうか・・・ 』
『 そんな・・・辛気くさい。明日は、引っ越しですよ。最後のビ−ルが取ってあるんです。新たな門出を祝して、乾杯しましょう! 』
妻に促され、男は歩き出した。背中が、一回り小さくなった。
遠くに、除夜の鐘が聞こえる。
※ 全ての夫達へ・・・懺悔なさい。
第十七話
2003/11/ 8
※ hina 様より頂きました 。
『 初雪 』
[ ”勝手にしろ” ですって? ]
男の台詞を繰り返し、今更ながら私は、臓腑が煮えたぎる様な想いに締め付けられた。悔し紛れに叩くキ−が、予想以上に大きな音を立てる。
周囲も感じ取ったらしく、皆息を潜めていた。気を利かせた同僚が、私の脇をつつき休憩へと誘う。
『 ま〜だ気が治まらないの? 』 肩をすくめてコ−ヒ−を啜りながら、同僚が訊く。
ここに至って私は、一気に感情をブチ撒けた。
『 だってさぁ、聞いてよ? [ 君は仕事と結婚したんだもんな ]だって!そんな、トレンディ−・ドラマじゃあるまいし!』
『 まあまあ、で? ブチ切れちゃったワケだ 』 窓外に目をやりながら、ウンウンと頷いて見せた。
『 うん・・・コイツもかと思ったら、何か虚しくなっちゃった 』
『 あ、切った?! 』
『 もう、どうでもよくなっちゃってね・・・ 』 付き合って半年での終焉という私の最短記録に、同僚は呆れた。
『 何かさ、パソみたいに ” 初期化 ” したいよね? 』
『 ・・・ 』
昨日、付き合っていた男と別れた。
今までになく話が分かる相手であると思っていたのに、” 分かった風 ” は最初の内だけだった。
私は、仕事に打ち込んでいる。丁度面白くなって来たところであるし、一生の糧にしようという夢が私にはあった。必然的に、時として逢瀬が
犠牲になる。都度フォロ−はしていたつもりだし、過去の教訓を生かし可愛いオンナも演じた。が、今にして思えば、分からないでもない。
相手から見て、私は同じステ−ジに立っていたのだ。いくら可愛く演じて見ても、状況証拠が虚飾だと物語っている。男に必要なのはただ一つ。
” 女 ” なのだ。やがて小さな軋轢が生まれ、物分かりのいい紳士は ” 年下の駄々っ子 ” へと変貌した。
暖冬の様相を呈していたが、さすがに暮れも押し迫ると冷え込みはキツい。
社の通用口で同僚と別れ、私はクルマへと急いだ。吐く息が白い。うっすらと白く煙るドアを開け、どっかりとシ−トに腰を落とした。
『 はぁ〜・・・ 』
このまま家に帰るのは、気が進まない。
『 そうだ、あそこへ行こう・・・ 』
詰まった時に、私がいつも向う場所。父の懐に、包まれに行こう。暖かく、ヘア・オイルと煙草の匂いがする、私が私であれるあの場所へ。
ベントからは、申し訳なさそうに温風が出始めた。私はギヤを入れ、ゆっくりとクルマを出した。
市街地は、物思いには丁度よく渋滞していた。ノロノロとした歩みは、歩行者よりも遅い。
巡らした思考が、また振り出しに戻った。四季と同じ様に、人間の生活にも春・夏・秋・冬があると私は思っている。喜び、悲しみ。
さしずめ、別離は冬だろう。厳しく辛いけれど、その寒さが人間を鍛えてくれる。春を待ち望み、優しさを渇望し噛みしめる・・・。
[ 出会いってさ、アタシの場合、” 初雪 ” みたいだね・・・。恋愛を冬と捉えるのは問題だけど、アタシのイメ−ジではそうなんだ。
こう、” わぁ〜 ” って無条件に感動するよ。けど、だから消えちゃうのかな・・・ ]
先頭から二台目で、信号を待っていた。青に変わり加速をしたところで、先頭車両が急ブレ−キを踏んだ。右へ左へハンドルを切り、路肩でハザ−ドを
点灯させて停止した。私は寸前でかわす。シ−トベルトが胸に食い込み、軽く呻いた。
前方のクルマから長身の男が降りてきて、自車の前に回り込んだ。私がクラクションを鳴らすと、慌ててこちら側を振り返る。
『 ちょっと、何をやってるんですか! 危ないじゃないっ! 』 同時に思考も急停止させられ、胸の痛みと相まって、私はキツイ調子で怒鳴った。
自分でも驚くくらい大きな声で、私は怒鳴った。
『 あ、いや・・・申し訳ない・・・これが・・・ 』
あたふたする男を無視して、私はクルマを出した。
[ あ〜、ビックリ。でも・・・何か、悪かったかな? きっと、凄い剣幕だったよねアタシ。 ]
出てきた男を見て、瞬間的に投影させたのかも知れない。振り切れない自分が居た。
『 いけないよね、こんなんじゃ・・・ 』
閉館までは、まだ時間がある。私は先を急いだ。
息を切らして、受け付けに飛び込む。
『 あの、まだ大丈夫ですか? 』
『 ええでも、後40分ほどですよ? 』 短時間で鑑賞しなければならないことを心配して、受付の女性は訊いた。確かに、美術鑑賞に40分は短い。
『 分かってます。いいんです、お願い出来ますか? 』
『 ハイ、お客様さえ宜しかったら・・・ 』
『 はぁ〜、アリガトウ! 』
『 ハイ、パンフレットもどうぞ。では、ごゆっくり・・・って言うのもオカシイですわよね? フフフ・・・ 』
私は、中央ホ−ルへと向っていた。閉館間近なので、当然客足は少ない。” ミロのヴィ−ナス ” を右手に曲がると、ホ−ルの入り口に立つ。
大きく息を整え、ゆっくりと踏み込んだ。
『 はあ・・・ 』 息を吐き出し、ホ−ルの天井を見上げた。ハナから、壁に掛った絵画類は問題ではなかった。
『 これがいいのよぉ・・・これが・・・ 』 つい、声に出して呟いた。と、小さな咳払いがひとつ聞こえた。無人だと思ったホ−ルに、先客があった様である。
見ると、フロア中央にあしらった円形のソファ−に、品の良さそうな初老の婦人がチョコンと腰掛けていた。こちらを見て、微笑みながら小首を傾げた。
私は照れ隠しに、婦人に歩み寄った。
『 お隣、宜しいですか? 』
『 ええ、どうぞ。独りだとね、しんみりしちゃうわ・・・ 』
『 へへ、あの、聞こえました? 』 訊いて見る。
『 お気になさらずに。ここへ来た人は皆、入り口で溜息が出ちゃうのよ。私も、ここは好き 』
終始笑顔で婦人は話す。物腰が柔らかく、年齢を感じさせない愁いを湛えていた。
[ アタシも、こんな風に年を取りたいな・・・ ]
『 アナタ、ここへはよくいらっしゃるの? 』
『 ええ、何か・・・ホッとするんです。強さと優しさの象徴に、包まれる様な気がして 』
『 アラ、私も同じ・・・。絵なんかちっとも見ないのに、こうして時間を過ごしたくて来てしまうの 』
『 そうですか・・・。私の他にも、いらしたんですね 』
不思議な気がした。関係者以外でも、そんなことがあり得るなんて。
『 ここを設計した建築家は、素晴らしい仕事をしたわ・・・。私、確信があるの。この仕事は設計事務所ではなくて、” 建築家 ” の仕事よ 』
『 ・・・ 』
『 ホラ、寺院の様に丸い天井の、天辺だけがガラス張りでしょ? 昼間はね、射し込む日差しが柔らかいの 』
『 ハイ・・・ 』
『 壁の高いところの色は濃くて、下がるにしたがって明るくなって行く。きっと、優しい方なんだわ 』
『 ええ、そうでした・・・ 』
『?』
『 ここを設計したの、私の父なんです。もう亡くなりましたけど・・・ 』
『 アラ・・・そう 』
『 イヤなことがあると、いつも力を貰いに来るんです 』
『 そう。きっと、お優しいお父様だったのね・・・ 』
『 ハイ。でも、仕事には厳しい人だったんです。それ以外は・・・ 』
『 ん・・・ 』
『 無類の愛を、私にくれました 』
不覚にも、涙が頬を伝った。[ 頑張れ、アタシ! 力を貰いに来て、泣いてどうする? ]
『 アラアラ、ご免なさい? アナタまでしんみりさせちゃったわね 』 婦人は言い、私の肩を抱いた。
『 ハハ、いいんです。嬉しかった・・・ 』
『 ・・・ 』
『 他人にも、力になってたんですね! 』
『 そうよ〜。アナタ、胸を張りなさい!フフフ。 あらっ!・・・ 』 婦人は天井を見上げた。
つられて、私も見上げた。天使が、ド−ムを見下ろしていた。
『 雪・・・初雪じゃない? 』
話の途中で、婦人は時計を見た。
『 そろそろ時間ね。良かったわ、アナタと会えて 』
『 ええ、私も。一人だったら、きっと、もっと泣いていたと思う・・・ 』
『 さ、元気出して! じき、騒々しいのが来るわ。孫と待ち合わせをしているの 』
見計らった様に、ホ−ルの入り口が騒々しくなった。若い長身の男が、バタバタと走り込んで来た。時計をした左手を大きく掲げ、右手は懐の辺りを押さえている。
後からは、受付の女性も着いて来た。
『 お客様、困ります。規則で動物は・・・ 』 息が切れて、黙り込む。困惑の色は、そのままだ。
婦人が口を開いた。
『 しい〜〜っ! アナタ・・・、何をやってるの? 』
『 あ、お婆ちゃん! 』
『 ” お婆ちゃん ” じゃないわよっ。これが、何かご迷惑をお掛けしましたか?・・・ 』 受付の女性を見た。女性は申し訳なさそうに、男の懐を指す。
上着の間から、縞模様の子猫が顔を出した。大きな瞳で周囲の人間達を見回すと、カッとあくびをした。
『 道を間違えて焦っててさ、もう少しでコイツを轢きそうになっちゃったんだ。で、置いてくるワケにもいかず・・・ 』
『 しょうがないわねぇ・・・ 』 婦人は呆れ、笑った。
『 可愛いけど、規則なもので・・・ 』 受付の女性は言った。
『 当然です!考えが浅い、この子がいけないんですわ。さ、もう時間だし、出ましょう 』
婦人は歩き出した。私は、既に気づいている。先方の様子からも、それが分かった。
『 アナタに独りぼっちにされたけど、こちらが話し相手になって下さったわ 』 婦人は、私に顔を向けた。
『 ・・・どうも、先程は、その・・・ 』 仕方なく、私は言った。
『 君・・・。いやぁ、申し訳なかった。でも、ボクはああするしか無かったんだ 』 男は、高い頭を掻いた。
『 ううん、いいの。その子だったのね? アタシの方こそ凄い剣幕で・・・バッカみたい。恥ずかしい・・・ 』
その様子を見ていた婦人は、二人を見比べて言った。
『 アナタ達・・・お知り合い? 』
『 つい、今し方・・・ 』 同じ台詞がかぶる。
『 そう。こちらね、あのホ-ルを設計された方のお嬢様なんですって 』
『 え、本当? ボクもお婆ちゃんもね、あの建物が好きなんだ 』
『 へへ、ありがとう・・・ 』 恥ずかしさと、それとは別の感情が合わさり、私の顔は赤くなった。
『 これも何かのご縁ね。そうだ、ね、アナタ、お時間の方は宜しくって? この近くにね、美味しい・・・ 』
玄関を出ると、雪は降り続いていた。強まりもせず、止むこともなく。
[ この雪は、いつになく暖かい・・・ ]
私は、そう思った。
※ いやぁ久々なんで、長くなっちまいました。お気に召すでしょうか? hina 様に幸多かれしことをお祈りしています。
第十六話
2003/ 9/15
※ nyao 様より頂きました 。
『永遠に愛してる』 外伝 『赤い糸』
暦の上ではとっくに秋だが、街にはその気配すらない。
昨今の異常気象の影響で、まことに厄介な天気が続いていた。夕暮れ時など、待ちくたびれたコオロギと蜩とが同時に鳴いている程だ。
夏休みの混乱からは解放されたものの、避暑とも暇つぶしとも取れる人達で図書館は賑わっていた。
何度となくありもしない本の名前を言い、しつこくカラむ老人が居る。粋が伴えばこそ、年齢を問わない男の色気も感じはするだが、ただの色ボケ爺いに対しては嫌悪感
しか抱けない。[ 残暑と一緒に、どこかへ行ってしまえ ] と、司書は思った。二度までは適当にいなしたが、三度目で年輩の同僚に譲る。同居する夫の両親の
我が儘に疲弊している彼女は、ここぞとばかりに虐待を引き受けた。[今のウチに、休憩へ行け]。そう、司書に目配せした。
” 見合い ” に成功した友人とは、あれから会っていない。当初こそ喜び勇んで連絡があったが、以降、音沙汰無しだ。元よりオットリした性格であり、細かい事には疎い。
それに、” 友情 ” の名の下に協力したのであって、興味本位の詮索などしたくはなかった。あの友人のことである。きっと、他の事など目に入らぬほど、遅すぎた春を
謳歌しているのだろう。姿を見せない男の事も、そう思わせる一因であった。
カップに残った紅茶を捨て、司書は給湯室を出た。
正直、私は驚いていた。
峠を過ぎ、後は下るだけだと思っていた自らの体に、これ程の情熱と ” 力 ” が残っていた事に対してである。ひとしきり抱き合っても尚、止め処もなく女を求めた。
最初の時は忘れている。時間もかなり経過しているはずだ。だが、傍らで私の髭をなぞる女の指先、端に行く程緩やかに上がった唇に、私は再び吸い寄せられた。
女は笑みを絶やさぬまま、僅かに開いた口から舌を覗かせている。私は夢中で貪ると、仄かに甘い芳香が口中に広がった。こみ上げる衝動を抑えきれず、私は上気した女の
脚を割った。木霊の様に届く蝉の声を聞きながら、押し入る。女の中は暖かく又、新鮮さを失っていない。私を抱きしめ、黙って受け入れた。
関係を深めるのに、駆け引きは必要なかった。
暫し公園で話し、場所を変えて又、語り合った。互いの目を見つめ合ったまま、周囲を遮断した。
いい年をして、女にうぶな私ではない。仕事柄、溌剌とした若く美しい女性編集者とも会う。飲んだついでに、不足分を補い合うフレンドも居た。
つまり、免疫は持っているのだ。 そんな私が今、この女に溺れている。まるで、こうなる運命だった様な、そんな気さえする。出会った場所のせいか?
それとも、私にしてはドラマティック過ぎるシチュエ−ションだったからなのか? どうでもいい、と思った。男たる者、素晴らしい女には夢中になるものだ。誰に迷惑をかける
ものでもなし・・・。
『 ねぇ、アナタ、縁って信じる?』 女が言った。
『 ” えにし ” か?、ああ・・・響きがいいな。ぼくにはどんな縁があるのか分からないけど・・・君とこうしていると、何か・・・そんな事も感じるよ 』
女は笑い、長い髪で私をくすぐる。肘を着き、私を見下ろした。
『 実は今、そんなことを考えていた。君とは、なにかの縁なんじゃないか、ってね?』 女は、私の手に指を絡めた。私は、指の間をまさぐった。
ふと、時計に目をやる。
『 時間が気になる? 』 私を試す様に女は訊いた。
『 いや、どうでもいいさ。今は、君が全てだ・・・ 』
『 うれし・・・』 そう言って、女は口づけた。深く、舌を入れてくる。握った手を引き寄せ、自分の芯へと導いた。私は、指を這わす。
形のいい女の眉が、苦しげに歪んだ。
休館日を利用して、所蔵本の整理を行う事となった。
今回はただの入れ替えに留まらず、ジャンルごとの棚の移動も含まれている。大仕事になるので、常勤の職員に加え市からも応援が来た。
昨今、図書館といえども活性化と効率は大きなテ−マである。来館者数と貸し出し量の比率は、必ずしもリニアではない。これは、図書館がサロン化している事を表わす。
市民が寛ぐのは、いい事である。がしかし、知識の宝庫として役目を全うしたい。定期的に手を入れる事により来館者の関心を促し、貸し出し数の増加を目論んだ策である。
閲覧し易い様、ラックのレイアウトを変更する。又、地震対策として、転倒防止などの処置も同時に施された。
時代の流れか、一部のコミックや受賞作品などに追いやられ、歴史や文化関係の書物はフロアの隅へと向う運命にあった。配置図と首っ引きの司書は、時間の遅れが
気になっていた。
『 もうちょっとで、ラックは終わりですからね!午後からは本があります。ハイ、頑張って 頑張って 』
と、郷土史のラックを移動しようとした職員が、声を上げた。
『 うわぁ、蜘蛛だ・・・。ビックリですね 』 見ると、人差し指の先位の蜘蛛が、小さな巣を張っていた。真ん中で陣取る蜘蛛のすぐ下には、恐らくは昆虫であったろう小さな
固まりがある。糸でグルグル巻きにされ、最早原形は分からない。二人は、顔を見合わせた。
『 まあ、気味が悪いわね・・・捨てちゃいましょっ 』 職員が手を伸ばし掛けた時、背後で声がした。
『 ちょっと待った!こりゃあ、あれだなぁ・・・』 司書の上司である。
『 何て言うか、正式な名称は忘れちまったが、” 姫蜘蛛 ”ってやつだよ 』 老眼鏡を額の上にやり、目を細めて言った。
『 ホラ、背中の紋様が ” 十二単 ” みたいに見えるだろう? 』 なるほど、言われてみれば、そう見えない事もない。
『 どうしましょう・・・始末します?』 司書は訊ねた。蜘蛛の運命よりも、予定時間の事が気になる。
『いやいや、殺生はいかんよ。蜘蛛に罪はないんだ。それに、” 歴史 ” の裏側に巣くったんだ。これも、何かの縁かも知れんよ?』
促された職員は、ティッシュで蜘蛛をくるみ戸外へと向った。
数日が過ぎた。
午前中に所用を棲ませ、一端自宅に戻った後に出勤するつもりであった。
マンションのエントラントで、バッグから鍵を取り出す。思い立ち、ポストを開けた。諸々の郵便物がある。大半はダイレクト・メ−ルの類と、請求書だ。
面倒なのでそのままにしようと思った時、それらの下にカラフルな切手があるのが目に入った。取り出して見ると、エア−・メ−ルである。
『 ほう、珍しい・・・初めてかも 』 司書は、差出人を見た。
『 あらっ?・・・彼女じゃないの・・・』
差出人は、あの友人であった。
[ 突然でゴメンね!実は、先月から日本を脱出。今、ハワイに来ています。アロハ〜、なんつって!妹と一緒だよ。・・・
前、色々相談したことあったでしょ? うじうじしてても仕方ないから、思い切って旅に出たのよォ〜・・・ ]
『 えっ?・・・何言ってんの、あの子・・・』 司書は、狐に摘まれている様な気になった。
[ ・・・という訳で、長逗留にも飽きて日本が恋しくなりました。15日には帰る予定なので、連絡するね! P.S 昨日、浜でイケ・メンにナンパされまし・・・ ]
『 って、今日じゃん!』 手から、ハガキが滑り落ちる。そのまま、見つめていた。
早めに出勤はしたものの、仕事が手につかない。
後5分程で昼という時、電話を取った同僚が声を掛けた。
『 デ・ン・ワ。お友達だって 』
『 あ、ハイ・・すいません 』 恐る恐る出る。
[ モシモ〜シっ ] 電話の主は、あの彼女であった。
『 モシモシ、アンタなの?・・・』 信じられなかった。何から、何を話したらいいのか分からない。
[ え? どしたの? モシモシ・・・] 声は、彼女に違いなかった。
『 ねっ、アンタ、私をからかってるんじゃないでしょうね?』 思わず、声を荒げてしまう。フロアの全員が振り向いた。
『 だって・・・ハワイなんかに居たら、あの、あるワケないじゃん!』
[ 妹に替わるねっ!]
司書は、宙を見つめていた。
[ モシモシ? こんにちわぁ・・・どしたの? お姉ちゃん、ムクレてるけど・・・モシモシ?]
吸い寄せられる様に、受話器を置いた。
司書は気遣う同僚に促され、食事に出掛けた。
『 どしたの? 具合でも悪い?』
『 い、いえ。何でもないんです・・・』 言いようのない想いが、彼女を包んでいた。
『 夏バテかもよ? 今頃になってさ、スンゴい天気だもんね。さ、美味しいもんでも食べてさ、元気出そ!』 ポンと背中を一つ叩くと、同僚は少し先を歩き出した。
強烈な日差しに、手をかざし空を見上げる。” 図書館 ” という看板の裏側に、何やら蠢いていた。近づいて見ると、いつぞやのあの蜘蛛であった。いや、あの時の蜘蛛かは
定かでないが、同種でる事は間違いない。独特の紋様で、それと分る。綺麗に張られた巣に、獲物は居なかった。不思議な事に、尻からは一本の ” 赤い糸 ” を出している。
[ 赤い糸・・・あんなの見たこと無いよ・・・]
『 ホラッ、時間終わっちゃうよ!』 同僚が声を掛けた。
『 アタシ、一体何をやったんだろ?・・・』 誰にともなく、司書は呟いた。
『 何にもしてないわよっ。これからゴハンを食べるのっ!』 同僚は、呆れて言った。
司書は、男が来ない訳が分かった様な気がした。
※ あれっ、ホラ−? それとも、スプラッタ−か?・・・いやいや、ただの ” 好色一代男 ” なのかぁっ! ま、いいや・・・じゃっ、皆さんご一緒に? ぎゃあぁぁぁ!。ハイ、お粗末!
第十五話
2003/ 8/26
※ nyao 様より頂きました 。
『永遠に愛してる』
織りたての絹は、まるで雪の様に輝いていた。それを痛めぬ様、丁寧に束ねるのだ。
次いで、漆黒の藍液が入った手桶に、ゆっくり・・・ゆっくりと浸してゆく。暫し馴染ませ、引き上げ広げてみる。
絹は、美しい濃紺に染まっていた。が、やはり素人の仕事にはムラがある。所々の色が抜け、淡い雲の様になってしまった。
それを、そのまま空にした。それが、本日の天気である。
私は、蝉時雨の中を歩いている。 木々の間で煌めく光の数に比べ、遜色ない。汗が、音を立てて流れている。
暦に背いた日差しに翻弄されていいところが無かった彼等も、ここぞとばかりに張り切っている。その声からは、悲壮感さえも漂っていた。
単線の通る小さな踏切の先にある、市の図書館へと私は向っていた。
拙い小説やエッセイを生業にしている私は、郷土史の資料を求めて赴いたのである。どこか ” 市民会館 ” といった佇まいも、豊富な自然を背景に
何故かマッチしていた。
空調が程良く利いた図書館は思いの外盛況であり、フロアには特に子供の姿が目立つ。宿題の、最後の追い込みか。
名残を惜しむ様な晴天は、蝉にも人間の子供にも脅迫観念を抱かせるものなのかも知れない。
顔見知りの司書に目当てのコ−ナ−を訊ね、私の資料探しは始まった。
私は図書館というか、 ” 書庫 ” の雰囲気が好きだった。学生の時分より、それは変わっていない。
同級生がスポ−ツやクルマ、女性にうつつを抜かすのを後目に、私は勧んで ” 図書委員 ” となりそこへ身を置いた。
” 知の泉 ” に浸かる、というのとは違う。それは、些かキザな言い回しだ。カビ臭い匂いと薄暗い室内に射し込む日差しが、私は好きだったのである。
そういう意味では、” 蔵 ” も同じだ。資産家が持つ立派な蔵は、それはそれで重厚な雰囲気が素晴らしい。しかし、農家の庭先にある納屋に毛の生えた様な蔵も、
捨てがたい魅力がある。いつの時代にも蔵には、古の神が宿っているのでは?、そんな錯覚に囚われる。サラリ−マン家庭に育った私には、当然、蔵など所有
した経験はない。悪戯を叱られ押入に閉じこめられても、まったりとした私は部屋よりも好んだくらいである。折檻を忘れた親が、表まで探しに行った程だ。
” 公共の蔵 ”。私にとっての図書館とは、そういうものだ。
元よりそういうタチなので、私の資料探しは一向に捗らなかった。
目的をすっかり忘れ、進んでは立ち止まり目に付いた本を手に取っては眺めた。一際、威厳のありそうな一画にたどり着く。
棚卸しからも忘れ去られた様な棚の前に、私は立った。重厚な装丁の一冊を抜き取る。
『 なになに・・・ ” 砂鉄と金物/刀剣文化の研究 ” か・・・ 』 この地方で古来より盛んであった、” 鉄鋼文化 ” についての研究書だ。
砂鉄から ” 玉鋼 ” を作り、主に刀剣類が作られた。日本刀は、日本が世界に誇る工業技術品である。刃物作りではドイツのゾ−リンゲン地方が有名だが、あくまでも
工業製品の域を出ない。よくバイオレンス映画などで殺し屋がナイフの切れ味を試す為に親指で刃をなぞるが、日本刀に対して同様の事をすれば、殺し屋は指の縫合を
必要とするだろう。名刀と呼ばれるものは、刃を上に向け紙を当てがい、息を吹きかけるだけで切れたという。
日本刀作りは神事とも一体化しており、刀工は昼夜を通して命懸けで取り組んでいたのである。現代の刀工もそこまで刹那的ではないにしろ、その製法やノウ・ハウは
忠実に継承している。優れた技術は世界に広がり、知られてるところではサバイバル・ナイフなどがその恩恵に浴している。繰り返し鉄を鍛え刃に鋼を用いるという
日本刀の製法を応用した物としては、峰が縞模様を描く ” マダガスカル・ナイフ ” が有名だ。
ふと、窓外に目をやる。仕事のことが頭を過ぎるが、 構わずペ−ジをめくる。
何やら、ハラリと落ちた。栞だ。古い栞。拾い上げて見る。どこかの城趾公園を・・・紹介だか記念したものらしい。古びて字がかすれ、よく見えない。
ただ、城のイラストに被せる様に、インク文字があった。
[ ” 永遠に愛してる ” ] か・・・。私の中に、ムクムクと興味がわき上がって来た。本と関連がある栞なのかも知れない。
[ しかし、この文字がアンバランスだな・・・ ] 私には、引っかかった。どうでもいい様な事ではある。だが、仕事に忙殺される日々を送っていると、好奇心という名の
ブラック・ホ−ルに嵌り、このまま行き着く所まで落ちて笑みたい、と感じる瞬間がある。今が、正にそうであった。
思い立ち、私はその本を抱え貸し出しカウンタ−へと向った。
群がる子供達を一通り捌き、ホッとしている司書に本を差し出した。彼女は受け取ると、髪を掻き上げながらカ−ドに記入し始める。
『 ヘェ〜・・・、今度は渋い本ですね。 刀の本でも書かれるんですか? 』 彼女は、私の職業を知っている。
『 そういうワケじゃないんだけど、ちょっと興味があってね 』 テキパキと動くペン先を眺めながら、私は答えた。
『 期間はどうされます? 』
『 そうだな、取り敢えず一週間お願いするよ 』
『 ハイ、返却予定は、九月の・・・ですね 』 返事の代りに、私は切り出した。
『 そうだっ、君、ここが・・・どこにあるのか分かるかい? 』 私は、栞を差し出した。文字の部分は、指で隠したままだ。
『 ああ、多分ですね、・・・城趾公園ですよ 』
『 ほうっ、近いのかい? 』
『 ええ、歩っても15分くらいですよ。今日は暑いけど、散歩にはいいかも知れませんね? 』 明瞭な答えに、私は心を見透かされている様な気がした。
『 ははは、そうだね。どうもありがとう 』
私は、図書館を後にした。
司書に教えられた道を行く。表通りは何度も通った事があるが、一本脇へ入った場所にこの様な風情があるとは思わなかった。
道幅といい民家の軒といい、” 宿場 ” の名残がある。中に質屋が一軒あるのには笑ったが、どうして どうして、” 創業は戦後 ” などという若い暖簾ではなさそうだ。
流れる汗を拭いながら、ノンビリと歩いた。言われた通り小さな橋を渡ると、あった。
[ これだ、・・・城趾公園 ]
『 ははは・・・ただの公園だ 』 城自体は、朽ち果てたのだろう。が、僅かに石垣の名残はある。手入れの行き届いた木々と、小さな土産物屋。殺伐とはしていない。
季節が来れば、桜が咲き乱れることだろう。城趾公園とは、子供の遊び場ではない。偲ぶところなのだ。しっとりとした、いい公園であった。
自販機でジュ−スを買い、縁を語る石碑の前に立つ。達筆過ぎて読めない。横にある、説明ボ−ドを見る。
城の歴史と、落城に纏わる悲恋物語を説いていた。又、歌人が歌を寄せている。最後まで来たところで、目がとまった。
『 あった、” 永遠に愛してる ” だ・・・ 』 そこに、栞と同じ一文を見た。
『 どんな気持ちで綴ったんでしょうね・・・ 』
ハッとして振り向くと、女が立っていた。日傘を差し、涼しげとも悲しげとも取れる目をしている。周囲には、私しか居ない。私に語りかけたのだ。
『 そう・・・城に対しての情か、姫君に宛てたものなのか。ははっ、私には察するデリカシ−が無い様です 』 私は、正直に言った。
『 スイマセン、不躾に。歴史には・・・その、お詳しいんですの? 』 ハンカチで汗を拭いながら、女が訊く。
『 いえいえ、そんなんじゃありません。ほんの、ちょっとした好奇心ですよ。なんて言ったらいいのかなぁ・・・ 』
私は栞の話を、彼女にした。同じく興味を持った様だった。束の間、二人であれやこれと推理を巡らせる。私は、一際汗ばんでいた。
決して、日差しのせいばかりではなかった。
休み最後の宿題ラッシュの煽りで、大量の貸し出しカ−ドを処理する羽目になった。司書は、冷めたコ−ヒ−を飲み干した。
最後のカ−ドに記入し終わった時、バッグにある携帯が鳴った。
『 ハイ、もしもし・・・あ、う〜ん、どうした? 』 友人からであった。凝った肩を揉みながら、デスクに頬杖を突く。
『 ええ〜っ、お茶を飲んだの? やったじゃ〜ん!で、次の約束は?、・・・さすがに、それはまだよねぇ〜 』
司書は、自分の功績に満足した様だった。オクテである親友の力になれた事が、嬉しかった。
『 うん、何回か失敗してるんだけどさ、大体、あの人の趣向は分かってるから。でもさ、やっと成功したね!・・・うん、あの栞?
あれね、お母さんがどっかの温泉に行った時、行き帰りに読んでた本に挟んであったのよ・・・うん、ははは・・・ 』
司書は、携帯をアゴに挟みながら帰り支度を始める。ファイルを棚に戻し、スタンドの明かりを消した。
『 うん、頑張ってね。いいから いいから、じゃね・・・ 』
喜んではみたものの、次回男と顔を合わせた時に、どう振る舞ったらよいものか。少しばかり、気がかりではある。
[ ま、いっか。シラをきろ〜っと! ]
フロアの明かりを消し、入り口のドアを閉じた。玄関で当直の職員に挨拶をし、屋外へ出る。
戸外は、むせ返るほどの暑さであった。
人気の無くなった図書フロアの床に、どこからとも無くヒラリと紙切れが落ちた。ひどく古い、短冊であった。
短冊には、たった今記した様な筆文字がある。微かに射し込む月明かりに照らされ、こう見て取れた。
” あな うれしや ”。
※ これって、もしかしてホラ−?・・・きゃあぁぁぁ!。んなわきゃないですね、お粗末!
第十四話
2003/ 7/ 7
※ nyao 様より頂きました 。
『七夕』
東京のベッド・タウンとして発展しつつも、下町の風情を残したこの街が私は好きだった。
訪れる度、都市化の波から取り残されれているのではと、感じることさえある。
昔からの土地持ちが多いのも大きな理由のひとつだが、利害を絡めた対立をすることもなく、その均衡を保つべく努力している。気質なのだ。
路地に建つ貸しビルも、来る度にテナントの顔ぶれは替わっているが、外観は私が子供の頃のままだ。やがて建築物としての限界を迎えるのだろうが、
オ−ナ−は、その趣を踏襲するはずである。巨木を避ける為に二股に分かれ、過ぎた後にまた、一つになる道路。どこかの空港敷地内にも、撤去の
度に厄災をもたらす大鳥居があると聞く。自然や歴史に対して、畏怖の念を抱く。共生なくして、”人間の街 ” などあり得ないのである。世界遺産などという
異国の制度に頼らなくとも、守るべきものを理解する土地の人間はそれを実行している。滅多に人が入り込まない原生林よりも、” 街 ” にこそ、その精神を
適用すべきだと私は思う。何がそうさせるのか、考えてみた。
[そうか・・・” 死に場所 ” だね ]
老いて終焉を垣間見た時、この場所で死ねるかが鍵なのだ。今のこの国に、自信を持ってそう言い切れる人が何人いるだろうか?
歯切れの悪い霧雨の中を歩きながら、私は傘を持つ手を持ち替えた。ついでに、スカ−トの裾に付いた滴を払う。
手土産の紙袋に指が痺れたが、角を曲がれば実家はもうすぐだ。私は唇の両端をやや吊り上げ、” 笑顔 ” の準備をする。敷居を跨いだ瞬間から、可愛い孫になる。
木戸をくぐり、数えて七段の石畳を渡る。深呼吸をし、引き戸を開けた。
『ただいまぁ〜〜』
母の入れたコ−ヒを啜りながら、私は相づちを打った。
『でさ、どうなのよ、お婆ちゃん・・・』 最近体調を崩し、寝込みがちだという祖母のことを尋ねた。
『うん・・・これと言って悪いとこは無さそうなのよ。アレのせいもあるみたい・・・ボケ?』
『そうか・・・』 ついに来たな、と私は思った。病気や事故による呆気ない死に直面したことはある。が、”人の終焉 ” に相対し、直視する勇気が私にあるのだろうか?
『たまにね、部屋から声がするのよ。”お婆ちゃん?” て覗いて見るとね、お仏壇の前にチョコンと座って独り言を言ってるの 』
『あ〜、お爺ちゃんとお話ししてるんだね、きっと ・・・』
私の中で、祖父は ” 軍服姿の青年 ” だ。おおよそ、呼び名とそのイメ−ジとが一致しない。
『じゃあさ、もう、あれにも行けないのね?』 私は、祖母が欠かしたことのない ” 行事 ” に触れた。
『そうね、あの様子じゃ無理じゃない?』
”仕方がないわよ” と、母は付け足した。
年齢の割に矍鑠としていた祖母には、毎年欠かさない行事があった。七月七日の外出だ。
キチンと身支度をし、いそいそと出掛けるのである。行き先を訊いても、決して答えない。家族の同伴も許さなかった。
祖父の命日が同じ日なので、”七夕の逢瀬” だね、などと母と話したものである。無理強いするものではないし、何より楽しみを取り上げるのは忍びない。
『お爺ちゃんも酷だよね? 七夕が命日なんてさ 』 私は言った。
『戦争だもん、仕方がないじゃない。そういう時代だったのよ 』
” 仕方がない ” が口癖の母、頑なな祖母。そして、そのどちらも融通が利かないと思う私。女三代、違う様でいて同じ血が流れている。
『ホラっ、顔を見せて来なさいよっ 』
『あ、うん・・・』 促されて、私は腰を上げた。
私が居るのをいいことに、母は友人達と温泉旅行へ出掛けた。
ストレスも、相当溜め込んでいるはずである。私は、” 任せておけ ” と送り出した。
祖母の脇で、その髪を撫でた。気配を察して、目を開ける。
『お婆ちゃん、分かる? アタシだよ・・・』
『ああ・・・アンタ来てたんだね 』
そう言うと、布団から出した手で私の膝をポンポン叩いた。起きあがろうとする。
『まったく、大袈裟なんだよ・・・あ、こうしちゃいられないんだ 』
『なに? どうしたの?・・・いいから いいからぁ、アタシお茶入れる!』
布団から出ようとする祖母を必死に宥め、私は部屋を出た。
居間でウトウトしていると、玄関で気配がする。祖母だといけないと思い、小走りで様子を見に向う。
祖母ではなかった。戸の向こうに、人影が見える。
『はい・・・どちら様でしょう?』
『・・さん、いらっしゃいますでしょうか 』
よく聞き取れなかったが、相手は祖母の名前を言った様だった。
『はい・・・ 』 戸を開ける。
背後の光が逆光になり、顔が見えない。開襟シャツに麻ズボンを穿いた、若い男であった。祖母には不釣り合いな来客を本来なら不審に思うところであるが、
不思議と、私に警戒心は無かった。
『どうぞ、お上がり下さい 』
祖母の部屋の手前で、声を掛けた。
『お婆ちゃん、お客様。いい? 』 襖を開けると、祖母は起きあがっていた。微笑みながら、” うんうん ” と頷いている。
『あらっ・・・さ、どうぞ 』 目の前を通り過ぎる男の顔が、ぼやけて見えた。何をしたらいいのか、私は暫し立ちつくす。
心の声が、” ここに居てはいけない ” と告げた。私は、座布団の用意もせぬまま、台所へと向った。
不思議な感覚だった。色々しなければならないと思うのだが、その都度、思考が滞ってしまう。茶を入れようと思ってから実際にそうするまで、ゆうに半時は経って
しまっていた。
『お茶が入りました・・・』 恐る恐る襖を開けた。
何を話すわけでもなく、二人は黙っていた。相変わらず、祖母は微笑んでいる。男はこちら側に背を向け、煙草を吸っていた。
いや、話していないわけではなかった。何というか、” 二人だけに通じる言葉 ” で話している。そんな気がした。ボリュ−ムを絞ったテレビを見ている様だった。
家人で煙草を吸う者はいないので、灰皿をと思った瞬間、私の記憶は途切れた。
気が付くと、私は居間の膳に突っ伏していた。しまったと思い、祖母の部屋へと急ぐ。
『ゴメンお婆ちゃん、お客さんは?』
祖母一人が、眠っていた。楽しい夢でも見ている様な、安らかな寝顔だった。
狐に摘まれた様な気がした。フラフラと玄関へ向い見るが、当然ながら男の履き物も無い。戸の鍵は閉まっていた。
『ちょっと何やってんのよ、もう・・・』
話を聞いて、母がぼやいた。
『面目ない・・・』 私は、返す言葉が無かった。
『でも、変ねぇ・・・若い男の人でしょ? それにしたって、ここ何年もお婆ちゃんにお客さんなんて来たこと無いわよ・・・』
母の言うことは、もっともだ。冷静に考えれば、まあ、あり得ないことなのだ。私は、思い切って言った。
『あのさぁ・・・お爺ちゃんじゃないのかなぁ?』
『え〜?、アンタ大丈夫?』 母は呆れてた。
『でもっ、今年はホラ、お婆ちゃん行けそうもないじゃない!』
『それで、お爺ちゃんが逢いに来てくれた、って言うの?』
” それは ” と言いかけて、母は考え込んだ。プッ、と吹き出す。
『ロマンチックだけど、違うわね 』
『なんでぇ!』 私は、食い下がった。
『だって、お爺ちゃん煙草吸わないもの・・・』
『うそ?』
『酒も飲まず煙草も吸わず、戦争に持って行かれたって、よくお婆ちゃん言ってわ 』
私は、黙り込んだ。
『それとも・・・あの世で憶えちゃったのかしらね?』 フフと、母は呑気に笑っていた。
翌七月七日、祖母は亡くなった。
朝、様子を見た時には、呼吸は止っていた。苦しまず、眠ったまま逝った様だ。安らかな顔をしていた。
初七日も過ぎ、私は祖母の遺品を整理していた。
古ぼけた箱を見つけた。中には、写真が入っていた。殆どはボロボロになり、変色していた。母の幼い頃のもの、見覚えのある青年の祖父。
一際古い一枚を見つめ、私は息を呑んだ。どこかの池の畔に、5人ほどの男女が集う写真であった。中の一人は、顔立ちから祖母だと判った。
傍らに、祖父も居る。だが、私の目が釘付けになったのは、その背後に居る男性だった。
『あ・・・あの人だわ 』
顔を見たわけではないのに、私は確信した。シャツとズボンも、あの時と同じだ。
『そうか、それで誰も連れて出掛けなかったのね・・・』
全てが、判った気がした。祖父とは、親友同士だったのだろう。共に戦争に行き、そして散った。墓も・・・
私は写真を仕舞い、蓋を閉じた。
『うん、誰にも言わないよ。ナイショにしとく 』
祖母の嬉しそうな顔に、合点がいった。
『お婆ちゃん、ヤルじゃん! 子供を育ててさ、孫娘の顔だって見られたんだ。最後は、女に還ったんだね?』
残された母が、急に不憫に思えてきた。考えあぐねていたが、やっと踏ん切りがついた。
マンションを引き払い、この家に帰ってこよう。思い出達と、この家で暮らそう。
縁側に挿した笹から、短冊がヒラリと落ちた。
※ 似合わねぇ・・・お粗末!
第十三話
2003/ 6/15
※ サンゴ ちゃんより頂きました 。
『人魚』
海上で、3日目の朝を迎えた。
まだ夏前だというのに、そこここにレジャ−を楽しむ人影がある。同じくクル−ザ−に乗っていても、私がしているのは電子機器のチェックである。
気圧が安定しているのか、海は一日中穏やかに凪いでいる事が多かった。それ故、仕事している自分と、傍らで楽しむ連中とを対比させてしまう。
風がまだ穏やかな内に、目前の難題をクリアしなければならなかった。日差しよりも海面からの照り返しがキツくなる頃には、勤労意欲など魚のエサだ。
船腹に当るチャプチャプという波の音を聞きながら、私は呟いた。” この仕事には、大儀がある ” それが、唯一の呪文だった。
地震発生の早期予想には、現在様々な手法が模索されている。が、何れにせよ、局地の直接探査が重要なのは言うまでもない。近年活発な海底断層
を調べるのも、そのひとつだ。年単位数十ミリの移動が、後に大きな反発エネルギ−となって我々人間に襲いかかる。聞けば僅かなものの様だが、
それが大陸規模であることを考えると、尋常成らざる事態だと想像出来よう。度重なる予兆で、一般の感心も高い。
従来からの手法は海底に地震計を設置するというものであったが、信号の誤差や海中の様々な要因が邪魔して、正確さをやや欠いていた。GPSを利用する
方式も考案されたが、大気中の電波送信に問題は無いとしても、やはり海中内でのズレがネックとなっていた。そこで我々が目を付けたのが、既に施設してある
海底ケ−ブルであった。地震計からの信号を直接ケ−ブルへ送り、その光信号の伝達速度差を、基地局ラボのコンピュ−タで解析するのだ。施設作業は終了した
ものの、実証は困難を極めた。正確さを求める故、基準ポイントの確定には神経をすり減らしている。前述の様に、介在する要因には事欠かないからだ。
実証されない限り、”画期的” とは言い難い。そのジレンマとの戦いであった。イン・カムを通して、同僚が声を掛けた。
[ おい、どうだ・・・安定したか? ]
『 ダメだ、波形が乱れるんだよ・・・機のゲインを上げなきゃならんかもな 』
[ そうか、ラボと調整してみる ]
『 ああ、頼むよ。まったく、このままだと魚のエサだぜ! 』
[ そうカリカリすんなって。でも・・・よかったのか、休日返上で?彼女とのバカンスをすっポカして、モニタ−とにらめっこもないだろうに・・・]
『 ほっとけ!我が儘女の子守は、もう沢山なんだよ。それにな、こうして青い海で額に汗してりゃあ、女神が微笑むかも知れんだろ?その方がいいさ! 』
自嘲気味に吐き捨てる私に、同僚が付け足した。
[ そうだ!今日、中央から応援が来るそうだ。女神かどうかは知らんけどな、女だよ。何でも、通信の専門家なんだと ]
『 ふ〜ん・・・ま、このトラブルさえ解決してくれたらな、女神じゃなくったって拝んでやるさ!』
紛れもない、本心であった。
『 ふ〜ん、君は、原因はノイズじゃないか、と言うんだね?』 私は、女の目を見据えて尋ねた。たじろぐ事無く、女は答える。
『 そうです。地殻の変動が、同時にノイズを生むと思うんです。それ以外、考えられないわ!』
『 しかし、対策は十分にしているさ 』
『 ですから、それが足りないと言っているの!』
自分が正しいと思ったら、相手の地位や性別の如何に拘わらず退かない。スキルに絶対の自信を持ち、他を論破する気迫がある。
この様な人間を、私は毛嫌いしない。人知れず、懸命に努力しているのが分るからだ。自信は、その現れだ。しかも女で、化粧っ気は無いが
かなりの美人ときたら、最早言うことは無い。同時に、女にしておくのは惜しい、とも思う。
『 オ−ケ−、午後からセンサ−のテストをしてみよう。それで異常無しなら、食事をご馳走してくれ・・・』 そう、探りを入れた。
彼女は、一瞬戸惑いを見せたが、”プッ”と吹き出し小首を傾げて返した。
『 結構よっ!で、アナタが負けたらどうするの?』
『 はは、そん時ゃ ” ボウズ ” にでもなるさ!』
” ホントぉ? ”、” 本当だってぇ ”。見つめ合い、そして笑いあった。試練の任務に、張りが出た。幾つになっても変わらんと、自分で呆れる。
デッキでは同僚が、応答の無いイン・カムを放りだして煙草を吸っていた。
施設したセンサ−を海底から巻き上げる為、ロックを遠隔で解除しウインチを作動させた。予備の意味もあり、二本のワイヤ−で引き上げる。
私は、近くで様子を見ていた。ユルユルと海面から上がってくるワイヤ−を眺めていると、不思議な感覚が湧いてくる。上がっているはずのワイヤ−が、
沈んでいく様にも、又、止っている様にも見えた。本来なら、緊張の瞬間である。ボンヤリそんな事を思わせるのも、海のなせる技なのか。
その時、” ビシッ ” という音が背後でした。振り返った私は、蛇の様に襲いかかるワイヤ−と共に海面に落下した。何がそうさせたのか、切れた
ワイヤ−を握りしめて。落下の刹那、火花を上げるウインチに駆け寄る同僚の姿がスロ−で見えた。次いで、海面からの衝撃。
沈み込んで行く感覚はあった。同時に、冷たくも暖かくもない水温が、私に浮遊感を思わせた。足先に見える日差しに煌めく海面は、みるみる遠のいて
行く。それが目に見える内、私は何とかトリップから免れた。スカイ・ブル−を思わせる色彩に、私は圧倒された。
『 枠の無い水族館・・・水族館、ありゃぁ、魚への冒涜だな・・・』
やがて群青が押し寄せ、漆黒に変わり、私の意識は途切れた。
何かが、近くを通り過ぎる。揺らぎで、それを感じた。
” 光 ” が、周りを漂っている。意思を持つかの様に、近づいたり離れたりしていた。やがてそれは、徐々に形を変えた。
[ 女だ・・・] 長い髪をたなびかせた、紛れもない ” 女 ” だった。
私の顔を不思議そうに眺め、見つめ直すとニッコリと微笑んだ。見覚えがある。それは、彼女だった。私は、そう感じた。
ゆっくりと両手を広げ、裸の胸に私を抱きかかえた。忘れて久しい女の肌に、私は埋もれていった。
頬を叩かれて、私は気がついた。意識を取り戻した私を見て、同僚は腰を抜かした。
『 はぁ・・・よかった、ど〜なるかと思ったよ!』 天を仰いでいる。
『 俺・・・どうしたんだ?』 独り言の様に、私は呟いた。
『 ワイヤ−と一緒に、海に落ちた。暫くして、自分で上がって来たんだよ 』
『 うん・・・』 ゆっくりと起きあがる。
『 お前、スキン・ダイビングの経験あるのか?』
『 どうして?』
『 いやっ、急いでウインチ止めたんだけどな、ゲ−ジを見たら 100メ−トルを越えていたよ! 上がって来るまでもな、6分は超えてたぜ!
お前っ・・・ホントに何ともないのか?』
『 ああ、経験など無いし、何とも ・・・ないよ。それより、女に会った・・・』
『 はぁ?』
『 あれは・・・” 人魚 ” だ、多分・・・』
『 女日照りで、頭ぁどうにかなっちまったんじゃないのか? 見せてみろ!』 頭を掴む同僚の手をふりほどき、私は言った。
『 そうだっ、彼女は?』 気になることを、聞いた。
『 ああ、引上げを開始してから暫くしてな、ラボでデ−タの解析するってんで、ボ−トで戻ったよ。頭がいいんだか何だか、女の考える事は
分らん!』
『 そうか・・・ここに、居なかったんだな?』
『 ああ、そうだよ。それより、一旦戻ろう! ラボの診療所で診て貰った方がいい 』 同僚はそう言うと、デッキへ戻って行った。
クル−ザ−は、低速で波をかき分けている。舳先で風を受けながら、私は確信した。
[ 人魚は、彼女だったんだ・・・]
理屈では説明がつかないが、そんなことはどうでもよかった。” 女神 ” が降臨して、俺の元へ来たんだ!
[ で、あの後、どうなったんだ?] 私は考えた。女の胸に顔を埋め、その後、どうなったのだ? 普通の男女の様に、愛し合ったのか?
憶えが無い。ただ、手には女の感触が残っているし、下半身には ” 使用後 ” の様な気怠さがある。この感覚は、一体何なのだ?
私の逡巡などとは関係なしに、クル−ザ−は進んだ。
同じ頃、ラボの待合室では、二人の女が話し込んでいた。
『・・・で、私、戻って来ちゃったのよ 』
『 そりゃ、生理と船酔いじゃ、もう限界ですよぉ!』 若い事務員は、もっともだ、という顔で言った。
『 へへへ・・・予感はしてたんだけどね、用意を忘れちゃって。油断してたのね 』 女は、舌を出した。
『 あ、アタシのナプキン、使います?』
『 んんっ、大丈夫! アリガト、荷物では持って来ていたのよ。この辺、お店が無いって聞いてたから・・・ 』
『 そうっ! うっかりすると、大変なんですよっ 』
二人は、笑い合った。
『 じき、戻って来るんじゃないですか?』 事務員は、船のことに触れた。
『 事故だって、言ってましたけど・・・』
『 うん、何か、海に落っこっちゃったみたい・・・』
『 大丈夫、大した事ない、って言ってましたから! 』 女の心配を見て取ったのか、励ます様に言う。
『 私ね、間接的に、食事に誘われちゃったのよ・・・』
『 あの研究員の?』
『 ええ・・・』
『 ちょっと年イッてるけど、独身だし結構イイ男じゃないですか?』
『 うん・・・』
『 で、どうするんです?』 興味津々で尋ねる。
『 そうね・・・暫く、焦らしてみる。ナメられると、癪だもの 』
『 アハハ、さすがですっ 』 そう言うと、事務員は伸び上がった。
『 来ましたよ、船っ! 』
二人は、席を立った。
クル−ザ−を接岸し、私達は桟橋に降り立った。手を貸すと言う同僚を宥め、私は歩き出した。
毎日経験しているのに、私には、久し振りの陸の様な気がした。いつもと変わらぬ、のどかな港の風景。生命の危機を伴うアクシデントが、
記憶を乖離させたのかも知れない。それは一層の安堵感となり、今では精神の均衡を保っている。
端では、コンクリ−トの縁に腰掛けた少女が、仔ネコに小魚を与えていた。漁師か、釣り人にでも貰ったのであろう。仔ネコは旨そうに平らげると、
一心に顔を洗い出した。そんな光景を眺めながら、私は自分に笑みがこぼれるのを感じていた。
今なら、素直に言えるかも知れない。彼女に・・・。
ラボの入り口に立つ、彼女が見えた。
男達をやり過ごすと、少女は立ち上がった。スカ−トの尻についた砂を、手で払う。
そっと、胸を手で押さえてみる。男に揉みしだかれた感触が、若干の痛みを伴って残っている。
母親に言われてやってはみたものの、初めての経験に動揺は隠せない。海へ向う途中、姉は肩を突きながら言った。
[ ちょっと早いけど、お母さんがああ言うから、今回はアンタに譲るわねっ! ]
『 おネエちゃんのイジワル・・・教えてくれたらよかったのに、ビックリしたよ 』
少女の一族は、代々、海や海に携わる人間達を、その特殊能力で守ってきた。女系の一族である。成長し、時が来たら、これぞと思う男の種を仕込み、
女の赤子を産む。当然、一族以外にこの事を知る者はいない。古代より連綿と受け継がれ、これからも続いて行く事だろう。
少女に、顧みる術は無い。が、母親から言い聞かされる事の意味が、今回の経験から朧気ながら分った。
[ 私達はね、” 助ける ” 事でしか生きていけないの。でも、いい事もあるのよ? それがね、美しさの秘訣、源なのよ ]
母も姉も、一族全てが皆、おとぎ話の主人公の様に美しかった。
『 よしっ、アタシだって負けないからっ! いっぱい いっぱい助けて、お母さんみたいにキレイになるんだから!』
少女は、歩き出した。振り返り、仔ネコに声を掛ける。
『 おいでっ?』
トットット と、仔ネコは少女の後にしたがった。
※ この作品は、フィクションです。地震及び地震探査に関する記述は、素人であるわたくし coji の拙い想像です。現実にお仕事へ携わっている方々へ
敬意を表しますと共に、地震による犠牲を回避出来る技術の確立を願って止みません。
第十二話
2003/ 4/24
※ サンゴ ちゃんより頂きました 。
『希望』
気が付いた時には、俺は落ちていた。以来、落ち続けている。
漆黒の上下・左右も分らない空間で ”それ” と分るのは、足に地を感じないことと、頭に押し寄せる猛烈な風圧、それに僅かながらも
”G” を感じるからだ。多分、時たま加速や減速を繰り返しているのだろう。日にちの経過さえ、忘れてしまった。元より、感じようがなかった。
最後に憶えているのは、中央分離帯に乗り上げ、対向する陸送のトレ−ラ−に激突する瞬間だ。
200キロ近いスピ−ドが出ていたはずだ。なのに不思議と、景色が止って見えた。いや、超スロ−と言った方が正確だ。
トレ−ラ−のキャリ−部分に、国産車の最新モデルを見つけた。”俺は、2番目のあの色がイイな・・・” 、そう思った。
運転手は、助手が居眠りしているのをいいことに、ズボンの前をはだけオナニ−に耽っていた。俺は、苦笑いした。
それら最後の思い出も、次に来た衝撃で吹き飛んだ。最初で最後の強烈な衝撃。喰らって、俺の意識は死んだ。
記録は、”即死” となったことだろう。
又、風を強く感じる。加速しているのだ。
底辺を歩いて来た。”人間のクズ ” というヤツだ。
金に不自由はしなかった。いいス−ツを着、高級外車に乗り、目当ての女は残らず犯した。
直接、あるいは間接的に人も殺めた。自らで、死ねば地獄と悟っていた。故に出来たのだと思う。いや、生きながら死んでいたのかも知れない。
所詮は、クズの人生。周りにも、クズばかりが集まった。 皆で快楽を貪り、新たな喜びを得る為に又、悪事を重ねた。
大方の悪事をやり尽くした頃、俺の興味は ”人の破壊” に行き着いた。男女を問わず、だ。麻薬、金、何でもよかった。それらに溺れ身を窶した人間は、
まず目が変わる。そして、得る為には、両親や家族までをも売った。売るモノが無くなると、最後は命乞いだ。目には、狂気の火が揺らめいている。
己の生にのみ執着した、狂った目だった。ここからが、本番だ。そいつの目を見据え、俺は言う。
『だめだ・・・死ねっ!』
瞬間、灯っている最後の火が消え、黒一色の目になる。ここで、俺の興味は尽きた。
始末の方法は、部下の好みに任せた。バラすもよし、沈めるもよしだ。
悪魔の所行か・・・。以前、何かで読んだことがあるが、世の中 ”悪の絶対量” は決まっていて、”神との契約” の上、悪魔はのさばっているのだそうだ。
度が過ぎた時だけ、お仕置きを喰らう。最近は、神様の許容量も増えたな。
『ふんっ、俺の世界とそう変わらねぇな。小っちゃく遊んでるウチは、お上も見て見ぬふりだ・・・』
本当の敵は、身内に居た。妬まれ、貶められた。手持ちの麻薬に手を出し、行き詰まると取引相手を殺した。手当たり次第、部下も殺した。
目の前のクルマに飛び乗り、当てもなく走った。高速に乗るまでは、意識の欠けらがあった。以降、恐怖心が俺を支配した。アクセルは、全開だった。
途中で追い抜いた公団のクルマをパトカ−と勘違いした俺は、右へ左へハンドルを切った。目の前に分離帯の植木が迫り、そして衝撃が襲った。
何故、勘違いだと気付いたかって? 事故後、一部始終を見ていたからだ。
落ちて行くまでは。
眠っていた様だ。
相変わらず、強烈な風圧と闇が俺を包んでいた。
暫くして、風の音に変化が現れた。俺よりも、大きな ”抵抗” がある様だ。
『近くを・・・何かが落ちている・・・』 ほぼ等速で、確かに居る。
恐怖心など無い。落ち続けている俺は、”圧力” を欲していた。スカイ・ダイバ−の様に両手を広げ、そいつに接近を試みる。
段々と、近付くに連れ気流が乱れた。恐る恐る手を伸し、触れてみた。暖かい。肌か? いや、”人” だ。ただ、とてつもなく大きい。
触れた場所がどこなのか、想像すら出来ない。俺は、夢中でそいつにしがみついた。
空間も変化している。耳元の風圧だけだったのに、”周囲” からの擦過音が加わった。狭まっているのか?・・・。
手に、力を増した。漆黒が薄暮になり、やがて紫に。ついには、紅蓮に変わった。思った。
『何か・・・これは、産道だ!』
そんな知識などあろうはずもないが、本能がそう知らせていた。ひとつ確かなのは、一度は俺も通ったということだ。
何故だ? 俺は又、生まれようとしているのか? 何の為に? 悪行の限りを尽くし、行き着く先は地獄じゃないのか?
背後から轟音が轟き、血と羊水に飲み込まれた。息が出来ない。藻掻きながら、俺は感じた。
『そうか、俺じゃないんだ・・・』 息が・・・出来ない。
急速に薄れ行く意識の中で、俺は一粒の光の滴を見つめていた。
丸々と太った赤子と共に、私は生み出された。感覚は、無い。高くもなく、漂う様に私は居た。
不思議な気がした。”俺”であった頃の記憶はあるが、実感が無い。客観視しているのだ。そんな戸惑いも、分娩室の喧噪にかき消された。
顔を紅潮させて、放心した妻。そばでは夫が、興奮と感動に打ち震えていた。呟きながら、号泣している。
『やったぁ・・やった・・・、先生っ・・・やった』
『ホレ〜ッ、頑張ったんは ”おっかぁ” だ、お前ぇが泣いてどうするっ!?』
立っている私の体を突き抜け、夫は医師の手を握った。
私は、考えあぐねた。”神”の意志を、計りかねていた。間違いなく、地獄へ行くものだと思っていた。そこで、終わるはずだったのだ。
[もう一度、生きろと言うのか?] いや、生きているのではない。存在はしているが・・・。
『女の子だ、ベッピンさんになんど!』 額の汗をぬぐいながら、医師は言う。
『先生の言うとおり、諦めずに治療してよかった・・・』
『そうだぁ、”希望” は捨てちゃなんねぇ!捨てたそばからな?絶望に支配されんだからぁ!オ〜レもたまには、いいこと言んべ? アハハ・・・』
私は、ユラユラと赤子に近づいた。
産湯に浸かりながら、見えないはずの私を見上げ、その子は微笑んだ。ハッとなって指を差し出すと、その指を掴もうと腕を動かしている。
透き通ったカラッポの心が、満たされて行く。この子と共に生きよう。全てを以て、見守って行こう。私は、思った。
この子に、私を捧げよう。
※ ど〜〜なんでしょうか? ドキドキ!
第十一話
2003/ 3/ 14
※ Samii ちゃんより頂きました 。
『卒業』
私は、二本目の煙草に火を点けた。半分程吸って ”旨くない” と感じ、灰皿に手を伸ばす。
玄関のドアが勢いよく開き、息子が飛び出して来た。ようやくだ。私は、半ばウンザリしていた。
リヤ・シ−トになだれ込むなり携帯を取り出す息子に、私は言った。
『おいっ・・・随分と待たせるじゃないか?』
『うん・・・母さんがさ、まぁたウダウダとウルサイんだよ・・・』 脇目もふらずキ−を打つ。
『んなこたぁ どうでもいいんだよ。オヤジ待たせたんだ、何か言うことあんだろ?』 子供にも、特に男同士の場合礼儀は必要だし、
そう教えている。義理は別だ。義理は、自ら学び取っていくものだ。
『ああ・・・ゴメン・・・行って?・・・』 ”送信ランプ” が点灯している。
『・・・』
私は、幾分アクセルを開け気味にクルマを出した。まあ、仕方あるまいと思う。私とて、自慢出来る子供ではなかった。
まずはハンドル捌きで、オヤジの心中を悟らせることにする。そう思う私も、未だに子供なのだ。
”男同士” などという潔いものではない、無言のドライブが続く。早く着いてくれというのが、私の偽らざる心境だった。
吐く息が、白く渦巻いている。煙草の煙と見分けがつかない程。雨は夜半には雪に変わるだろうと、天気予報は告げていた。
私はこの、雪への変わり際が好きだ。起きてカ−テンを開けたら雪、というのはいただけない。平地育ちの私にはショックだし、
何より ”意表を突かれた” という気にさせられる。ワクワクするよりも、”やられた” と思ってしまうのだ。子供の成長を目の当たりにした
時も、同様だ。ある日突然、目の前で蠢く若者の親であることを実感する。ましてや、そいつは ”ダンス・コンク−ル” へ出場するという。
もっとこう、熟成され昇華していくという過程を楽しみたいものだ。省みる余裕さえも、無かった様に思う。
そんなことを考えながら、ハタと気が付いた。若いのは気だけであり、状況というか、時は冷静に語りかけてくる。間違いなく私は
坂を登り切った所に居て、そして、下り側を見下ろしているのだ。どうやったら、つんのめらずに済むだろうかと考えている。
子供のままだと思いたいのは、現実から目を背ける為の悪あがきかも知れない。そんな事を考え出した時から、男など・・・
『老け込むのかも知れんな・・・』
輝きが鈍った雨を眺めながらそう呟いた時、傍らに気配を感じた。女である。いや、”婦人” という形容が正しい。そんな面もちだった。
遠慮がちに、声を掛ける。
『あのぅ・・・お子さんかどなたかをお待ち・・ですか?』
『え?・・・あぁ、ハハハ、バカ息子がね、”踊りのコンテスト” に出てるんですよ』 女は私の答えに安心したらしく、話を続けた。
『まったく、ウチもおんなじです。その・・・オテンバで。他にやることがあるだろうにって、言って聞かせてるんですけどねぇ』
一見して、年齢不詳の女だった。息子と同年齢の子の親には、見えない。娘の見立てなのか、派手なウインド・ブレ−カ−を着ていた。
女も同じか? 女の悪あがきは、服装に出る。それが私の持論であるが、そう違和感なく着こなしているのはさすがだ。やはり男とは、
気合いの入れ方が違うのだろう。
『ええ、応援していいものやら、それとも諦めろと言うべきなのか、迷いますね。私なんて無粋なオヤジなもんで、踊りのことなんて何も
分らない・・・』
『私もですよ。ディスコなんて行くタイプじゃなかったし・・・』
終了時間が近づいたのか、どこからともなく迎えの ”父兄” 達が集まり出した。モダンな催しに喜んでいる者も居れば、私達の様に
やや戸惑った一派も居る。一団の中から、息子が手を振った。イカれたコスチュ−ムの娘と一緒だった。私には、”女・ホ−ムレス” にしか見えない。
『おうっ、どうだった? 踊りは』 聞かれて、息子はムッとした。
『聞くなよっ、オヤジ!・・・アレッ? 彼女んトコのお袋と知り合い?』 どうやら、連れの娘の母親らしい。
『 ”オヤジ” は、よせって言ってるだろ! それにな? ”お母様”って言え!』
私以外の三人が吹き出す。娘が言う。
『こんばんは〜、そだ・・ママのお守りぃ〜効かなかったよぉ〜。アタシィ〜、超ぉ〜緊張しまくりィ〜』
娘は、懐から小さなマスコット人形を出した。男の子が、サ−フ・ボ−ドを抱いている人形だ。ボ−ドには何やら文字が書いてあったが、
読みとることは出来ない。手作り風だ。
『あらっ・・・そお〜。ま、ワタシも上手くいかなかったんだけどね?』 母親は、ペロッと舌を出した。
『エエ〜〜ッ、ひっどぉ〜い・・・』 娘は、叩くマネをする。その様子が可笑しくて、皆で笑った。
『何だか、凄い御利益が有りそうですね? ハハ、野暮な詮索はヤメましょう・・・オイッ、デ−トの邪魔して悪ィけどな、そろそろ行くか?』
息子を促した。
『んだよっ、自分だってニヤニヤしてたクセに!』 痛いところを衝く。
『うるせぇ! ”父兄参観” だ。親が仏頂面でどうする?』 顔で笑いながら、私はボディ・ブロ−をお見舞いし、息子を黙らせる。
”じゃあ” と言って、母娘と別れた。背中越しに ”予選、通るといいですね” と、母親が声を掛けた。
”ええ、お互いに” 私は返した。
高校時代、私は電車を乗り継ぎ一時間掛けて学校へ通っていた。乗り換えが上手くいかないと、昼前に終わる土曜でも帰りは夕方になった。
大変ではあったが、それなりに楽しみもある。中継駅は市街地にあるので、本屋やデパ−トを散策した。流行には、比較的敏感になれたのだ。
ホ−ムで、友達とダベりながら過ごす事もあった。今でも ”連絡時間” が気にならない忍耐力は、その頃に培われたのかも知れない。
”卒業” を来春に控えた冬の或る日、私は仲のいい友人と駅に居た。他の仲間は、時間潰しに街へ出ている。
話をしていた友人が、肘で私を小突き目配せをする。それとなく友人の背後を見ると、女子高生の二人連れが目に入った。
制服からして、近隣にある女子校の様だ。可愛くも硬派を気取っていた私は、友人の意図する事が分らない。目で尋ねる。
『こっちに来るぜっ!』 声を潜めて友人は言う。”だから何だよっ”、尚も聞く。
『だからぁ・・・どっちかな?』 私は、やっと理解出来た。友人は、益々楽しそうである。二人連れは、ホ−ムの支柱から支柱へと身を隠しながら近付いて来る。
『クックッ・・・まるで ”忍” だなアリャ? ”くの一” だぜっ』 私には、振り向きもせず様子を察する友人の方が不気味だった。
『バァカ、向かいの電車のガラスだよ・・・』 さすが、である。いよいよ、我々の背後までたどり着いた。一人が声を掛ける。
『あのっ・・・三年生の方ですよね?・・・』
私達は、どちらが振り向くかで思案したが、”恋の狩人” を自認する友人が意を決する。その場から立ち去ろうとする私に、その声は発せられた。
『あのぉ・・・』
”俺、煙草買ってくるわ” と言い残し、友人は離れていった。
『いつも、二両目に乗ってますよね?』 小柄な方が聞く。
二人とも、グレている様には見えない。揃って、髪は短かった。同類はロング・スカ−トかと諦めていたが、彼女達は膝丈である。
部活用の ”膨らんだ” スポ−ツ・バッグも持っていた。
『ああ、そうだよ・・・』 私は照れ隠しに、3タックのズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
『頭・・・キマってますね!』
『君んち、床屋さん?』 十代の過ちだ、時効はもうとっくに過ぎている。見かねて、連れの娘が言った。
『あの、渡したいものがあるんです・・・ねっ?』
『あ・・・そうです、コレ、読んでくださいっ!』 バッグを置くと、慌ててカバンを開けた。焦って、中身をホ−ムにぶち撒ける 。手には、手紙が握られていた。
私は屈んで、拾ってやる。”すいませ〜ん” と、半泣きの彼女が言った。ノ−トを手渡し、転がっている人形に腕を伸ばした時、手と手が触れた。
『あっ』 彼女は、慌てて手を退く。人形を見て、私は言った。
『はは、可愛い人形だね? 何て書いてあるんだろう、”Samii” サミィ?・・・君が作ったの?』
『はいっ・・・お守りなの』 消え入りそうな声で、彼女は言った。
男の子が、サ−フ・ボ−ドを抱えていた。
私は慌ててクルマを停めた。急ブレ−キだったかも知れない。背後のクルマが、ホ−ンで抗議する。
私はクルマを出し、少し先の空き地に乗り入れた。仕事からの帰りに、思い出した。
『あの人形だ・・・』
結局、その娘とはそれきりであった。別れ際、名前を教えて欲しいと言うので、名前 ”だけ” を教えた。相手の名も聞かず、デ−トの約束もせずであった。
何ともマヌケな話だが、それが当時の ”素” の私だった。 ふられたと思ったのか、彼女からの接触も無かったのである。
『まさか、な・・・』 映画だってあり得ない偶然だ。気を取り直し、家路に就いた。
部屋で上着を脱いでいると、息子が勢いよくやって来た。興奮した面もちで言う。
『オヤジィ〜、やったよぉ〜〜〜。予選通ったぜ〜〜っ!』
『ほぉ〜・・・そりゃ凄ぇな』
『何だよぉ〜、もっと感動しろよっ! そだ、あの時の彼女も一緒だぜ?』 そう言いながら、私を覗き込む。
『お前こそ何だよっ、気味悪ぃな・・・』 心中を見透かされている気がした。
『今度は ”ド−ム” なんだ。オヤジ、送ってくれる?』 返事を渋っていると、重ねて言った。
『な〜に?彼女も一緒なんだぜ! 美人のお袋さんも来るかもよ?』 恐るべしは、我が息子。私は、二週間振りにボディ−・ブロ−を見舞った。
『バ〜カ、母さんに聞こえたらどうすんだっ!』 ”昔の事だ”、うっかり、そう言うところであった。私は、煙草を銜えた。息子は脇で、腹を擦りながら
意味不明なステップを踏んでいる。
『いつだ?』
『ん?今度の土曜』 踊りながら答える。
『そうか、悪ぃなっ・・・多分、出勤だ』
それがいい、そう思った。子供時代は卒業し、今や ”踊る子供等” の親なのだ。あの ”林檎ちゃん” も、今はお母さんだ。
『ん、分った。何とかするよ・・・よろしく言っとく!』 息子は、部屋を出た。
キッチンでは、妻が夕飯の仕度をしていた。
『おいっ、今日はリクエストのエビフライなんだろうな?』 膳を見回して私は言った。
『え?あ、そうだっけ?贅沢言いなさんなっ、湯豆腐!』 にべもない。
やがて、目の前に土鍋が現れた。湯気の中で、豆腐が踊っている。長めの白菜を見て、私は思った。
『あの娘、サ−フィンが好きだったのかな?・・・』
『え!? 何が不満なのよっ!』 呟いたつもりが、妻の耳に入ったらしい。
『ははっ、何でもねぇよ・・・』
私は、テレビのリモコンに手を伸ばした。
※Happy Birthday dear ” Samii ”
第十話
2003/ 2/22
※ サンゴ ちゃんより頂きました 。
『狼男』 『女狐』 『泥棒ネコ』 [大概にせェ・・・(T_T)]
天気が良いと、家に籠もるのが私のクセだ。
この様な日は、皆も表に繰り出すのだろう。つまり、”優越感” に浸れないのだ。私は、サンダルをつっかけると
ガレ−ジへと向った。埃だらけのシ−トをはぐると、慣れ親しんだツアラ−が顔を出した。
『ワリィな? なかなか乗ってやれなくて・・・』 呟くと、メンテナンス・チェア−を据える。
今日は、コイツの手入れをしてやろうと思う。
コンビニのオニギリに食い付きながら、鼻歌交じりで手を動かす。
プラグのクリアランスを調整し、さてチェ−ンをと振り向いた時、一匹のネコが見つめているのに私は気付いた。
行儀良く座り、啼きもせずジッとこちらを窺っている。オニギリの中身は、鮭だ。以前ネコを飼っていた私には、その
好みが良く分る。海苔が好きなのも知っていた。千切ったオニギリを、遠巻きに見ている ”そいつ” に与えた。
遠慮がちに、私の顔とオニギリとを交互に見比べている。何度となく繰り返すその姿が、まるでお辞儀をしている様に見えた。
『ホラッ、もう見ないよ? ゆっくり食いな』
意味が通じたのかは分らないが、ネコはオニギリを食べ出した。時々こちらを向いては、”ニィ〜”といった顔をする。
”んまいねっ!” とでも言っているのか。可愛い。
暫く脇で ”ペチャペチャ” と顔を洗っていたが、やがて飽きたのか何処かへと行ってしまった。
ネコに礼を求めてはいけない。何故って、それがネコに対する礼儀だからだ。
ある朝、社の玄関で見知らぬ女の子に挨拶をされた。
”はて、あんな娘は居たかいな?”
いつもは色めきだつ野郎共も、このところの忙しさでそれどころではないらしい。庶務課にでも入った新人であろうか。
現場の増員は中々認められない。”気が付いたら居る” のは、庶務と相場が決まっている。
そんな事を考えながら、私はオフィスへと向った。
相変わらずの不景気ではあったが、最近では業界再編成などの影響か、社は順調に受注を得ている。
そんな事もあり、庶務課に限らず徐々に人員は増員されていった。
月が明けて、各課合同の ”歓迎会” が開かれる事となった。午後7時より、場所は市内の中華飯店である。
”新人歓迎会” という、何の遺恨もない宴会だ。長引く不景気に宴から遠ざかっていた皆は、限定解除で飲んだ。
満足に自己紹介も終わらぬまま、既にあちらこちらから歓声が上がっている。じき、場外乱闘になるのだろう。
料理が一巡し餃子に手を伸ばした時、横から ”ハイ、どうぞっ!” の声。
『あぁ、アリガトウ・・・君・・・』 先日、挨拶を交わした娘であった。
『皆さん賑やかですね? 私、前の会社ツマんなかったから・・・あっ、ヨロシクお願いします!』 言いながら、ビ−ルを注ぐ。
『っとっと・・・ハハハ、馬鹿ばっかりだろう? ま、騒いでも人畜無害だからさ、存分に楽しむといいよっ。こちらこそ、宜しくね』
『ハイッ、 ふふふっ・・・じゃ』 そう言いながら会釈をし、彼女は次のテ−ブルへと移っていった。
暫くして、”キャ〜ッ” という彼女の悲鳴が上がる。早速 ”野獣共” の餌食になった様だ。
『よしっ、研修は終了だなっ・・・』 私は、ビ−ルを飲み干した。
宴会がバラけた直後の喧噪が嫌いな私は、早々に駅へと歩き出した。追って来る者はいない。
アレ・コレ考えながら歩き ”そろそろ駅か” と思った時、前方を ”ヒラヒラ” と歩く女が目に入った。
手を後ろで組み、下げたバッグを踵でポコポコと蹴り上げている。その様が ”怒られた子供” の様で可笑しい。
あの娘であった。
『お〜い どしたぁ?』 笑いをかみ殺し、私は声を掛けた。
『オオ〜ッ 奇遇ですなぁ・・・ワチシ、酔っ払っちって、帰れまっしぇん!』 聞かなくとも分る、ヘベレケだ。
『アレッ? 皆と一緒じゃなかったのか?』 奴等も、よく放っておいたものだ。
『フンッ、あんなヤツラはタぁコよっ・・・オイッ、送ってけェ!』
『ベロベロの割りには君、足が早いんだな?』
『ヘヘッ、ムカついて思いっきり走ったら・・・空がグルグルしだしたのよぉ〜〜〜〜っ・・・』
『分った 分った、送ってやるよっ。俺も、帰ろうと思ってたとこだ』 言うと、私はタクシ-を停めた。
彼女は、バッグを ”バット” に見立て ”素振り” をしている。
『ホラッ 早く乗れよっ、行こうぜっ・・・』
『ヘヘヘ・・・”送る” とか言っちゃってェ、”狼男” になるんでしょぉ〜?』
『なぁに言ってんだい、意味が違うぜっ? それを言うなら ”送り狼” だよっ・・・』 こうなると、最早ムズがる子供より始末が悪い。
『ハハ・・・どっちでもイイでしっ! あ、吐きそ・・・』 ?!。
”お客さん、どちらまで?” 笑いながら、運転手が尋ねた。
見慣れた田園地帯を通る。意外にも、彼女は私の自宅近くに住んでいる様だ。
近所の目があるので、”市営プ−ル” の脇で降りると言う。家は、反対側に見える並びのどれかなのだろう。
漸く若い娘らしい ”感覚” が蘇った風を見て、私はホッとした。自宅の近くに来て、”シャン” としてきたのだろう。
彼女は、しっかりとした足取りでタクシ−を降りた。
『じゃあなっ、気を付けて行けよ?』 声を掛ける私に、”敬礼” をする。
タクシ−が走り出し私が振り返ると、ガラス越しに、立ったままの彼女が見えた。”早く行けばいいのに・・・” そう思ったが、
闇に姿が紛れるまで、彼女はそこを動かなかった。動きたくない様に見えた。
その後、時々ではあるが社内で彼女の姿を見掛けた。私に醜態を晒したのが恥ずかしいのか、目立った会話は交わさなかった。
或いは、もう忘れてしまったのかも知れない。何れにせよ、私はそっとしておく事にする。忙しい日常も、それに拍車を掛けた。
忙しい中にも、”真空地帯” の様な時はある。私は、珍しく定時で上がった。
玄関で靴を履こうとしていたところ、肩を叩かれる。振り返ると、笑いながら彼女が立っていた。
”ようっ” と言う私の挨拶を遮り、彼女は尋ねる。
『夕飯は、お独りで済ますんですか?』
『いや、帰りにどっかへ寄ろうと思う・・・』
『私ィ、付き合いますよっ!』 私の袖を掴み、彼女が言う。
『?・・・なんでェ!?』 咄嗟に、私はそんな事を言った。
『んん〜、私 ”金欠” なんですよぉ。それに、お家に帰ってもツマんないし・・・』 悪びれずにそう返す。
『ったく・・・何で俺が、君を養ってやらなくちゃならんのさ?』 私は、ややムッとして見せた。
『ハイッ、細かい事は言いっこナシっ! ”いい女” が一緒だと、ゴハンも美味しいんですよっ?』
背中を押される様にして、クルマへ向った。
私は、気の利いた店など知らない。いつものファミ・レスに入る。
席に着き ”フゥ〜”っと溜息を漏らす頃、いつもと似たような店員が水を持って来た。
”ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい・・・” 。コップが一つしか無い事に気づき、去ろうとした店員を呼び止めた。
『あぁ、コップもう一つね』 告げると店員は、 ”あ、はい・・・失礼致しました。スグにお持ち致しま〜す” と言う。
店内も、調度混み合って来る頃である。他人のミスとはいえ、男として何ともバツの悪い場面だ。そんな事を彼女は一向に
気にする様子もなく、メニュ−に集中している。”しかし、無防備な娘だな・・・”。 ある程度の年であると思われるのに、彼女を
見ていると不思議な感覚に見舞われる。見掛けだって、かなり ”様子がいい”。この間もそう思ったが、誘う男などいくらでも居る
だろうにな・・・。ぼんやり考えながら眺めていると、ふいに彼女は顔を上げた。
『フフッ、決まりました?』
”ああ” と答えると、私は慌てて目をそらせた。
料理をつつきながら、互いの話を聞く。”コロコロ” と、彼女はよく笑った。
『・・・でね? 私、他人の彼、よく取っちゃうんですよ』 笑いながら、そんなことを言う。
『悪い女だな? それじゃあ ”悪女” じゃねェか・・・』
『って言うかぁ、好きになっちゃう人み〜んな、彼女が居るんですよねェ・・・』
『そうか・・・気の毒になぁ』 私は、適当に相づちを打つ。
『色々ありましたぁ・・・。”女狐”ェ〜なんて、罵られた事もありますよ、違うのに。・・・センパイは、彼女居るんですか?』
ブフッ! 私は、水を吹き出した。慌ててテ−ブルを拭く。
『 お、オイっ”センパイ” はよせよっ、センパイは・・・。それに、居たらどうだって言うんだい?』
『え? そうなのかなぁ〜、な〜んてっ!』 又、笑った。
送って行ったのは、この間と同じ ”市営プ−ル脇” だ。
『ご馳走様でしたぁ!』 言うが、彼女は立ち去ろうとしない。見掛けによらぬ周到さが、私には可笑しかった。
『いいえ、おやすみ・・・』 私は、クルマを出した。
ミラ−越しに見る彼女は、やはり立ったままだった。暫く見つめていたが、最初のカ−ブが近づいたので前方に視線を戻す。
『ははっ、ゲンキンなもんだな俺も・・・』 やはり彼女が言う通り、ひと味違った。
”美味しかったよ” 私は、そう呟いた。
暫く、彼女を見掛けない日が続いた。私は気になったが、したところでどうしようもないと思っていた。
数日経って、同僚に尋ねてみた。
『なぁ オイ・・・あの娘どうした? あの庶務の・・・』
隣でアクビをしながら、同僚は言う。
『ん〜? 誰だって?』
『ホラッ、あの・・・あっ!そう言やぁ俺、名前知らないや・・・』 後半は呟きになった。
『あ〜? 今年は、庶務には入っていないだろ? ったく、”女日照り” でどうにかなっちまったんじゃねェのか?』
『いやっ、そんなハズはない!だって、俺は・・・』
信じられない。何がどうなのか、考えがまとまらない。
『ま〜だ彼女と喧嘩してんのか?』 同僚は、疎遠になっている恋人の事を言った。
『ああ・・・まぁなっ』
『オイオイ、頼むぜェ〜。これからなんだからよっ!』
返す言葉が無かった。狐に摘まれた様な気分だ。
『ん? 狐? ”女狐”か?・・・いや、違うな・・・』
聞いても、同僚は振り向きもしなかった。
どちらからともなく、”休戦協定” が結ばれた。久し振りに、恋人と逢う事になったのだ。
珍しく、天気が良いツ−リングになる。私はガレ−ジからマシンを出し、暖気を始めた。
時間を過ぎても、彼女は現れない。イライラした私は、独りで出発する決心をする。これが、仲が険悪になった原因でもあるのだ。
メットを被りマシンに跨ろうとした刹那、視界の端を何かが横切った。”ん?”っと思った時、聞き覚えのあるエンジン音と共に、
恋人の赤い軽がスベリ込んで来た。
『ゴメン ゴメェ〜ン!』 時間と気配から私の心中を察し、彼女は努めて明るく振る舞う。
その姿をミラ−越しに追っていた時、私の目は捕らえた。ガレ−ジ脇のポストに、ネコがちょこんと座っていた。
ネコは、ジッと私を見つめている。と、おもむろに顔を洗い出した。
『あ・・・アイツか・・・』 いつだったか、ガレ−ジでオニギリを進呈したあのネコであった。
『ヨッ!・・・オッケェ−!』 私のことなど気にせずに、全体重を掛けて彼女はマシンに飛び乗った。しがみつくと、メットを ”ペンペン” 叩く。
必死にバランスを取りながらも、私はネコを見ていた。
『そうだったのかっ!・・・お前だったんだ・・・』
『え〜っ? 何ィ〜?』 彼女が叫ぶ。
『いや、ホラッ ネコがいるっ!・・・後ろぉ見てみ?』 ミラ−を見たまま、私は言った。
『アラッ ほんと。でも、何だか生意気そうねっ・・・』 女には、分るらしい。
『”繋ぎ” を務めてくれてたんだな?』 私は、呟いた。
『ねェ、早く行こっ?』 彼女に促され、ギアを入れる。
一瞬、振動が治まったミラ−の中で、ネコの手が止まり ”敬礼” になった。
クラッチを繋ぎ加速するマシンの上で、私は後ろの彼女に言った。
『気を付けろ〜っ? アイツはなぁ ”泥棒ネコ” だぞぉ〜っ!!』
『なぁにィ〜〜? 聞ぃ〜こぉ〜え〜なぁい〜〜〜っ!!!』
しがみつく手に、更に力が入った。
※全てのネコ達に捧ぐ...by coji
第九話
2003/ 1/ 6
※ サンゴ ちゃんより頂きました 。
『欲望という名のcoji 』 (なんちゅうお題や・・・)
『でもさ、俺なんて ”弟の友達” だし、”男”っていう感じじゃないんでしょ?』
ふて腐れた様に、私は言う。市街地が見渡せる高台。遠くから、救急車のサイレンが聞こえる。
『フッ・・・そんな事考えてたの?』 私の髪を撫でながら、女は言った。
『これでも信用出来ない?』 引き寄せ、私の口を塞ぐ。舌を深く差し入れ、蹂躙する。私の回路は、ハジケ飛んだ。
飢えた獣の様に、互いを貪った。クルマが軋む。
彼女とは、頻繁に逢う様になった。逢う度に抱き合う。食事の回数よりも、抱き合う方が多かったかも知れない。
彼女から、女の仕組みを教わった。
『じゃあさ、このホイ−ルと・・・”スポ−ツ・サス セット”って、あったよね?』
カタログをめくりながら、私は言う。一枚では足りず、見積もりは二枚になった。
『・・・幾ら私が美人だからって、coji さん付けすぎです』 レディ−が言う。
『んでさ、”リヤ・スカ−ト”って ”フロント・セット” とは別なんだよね?』
『ハイ・・・今、700万越えました!』
『この ”デュアル・マフラ−”って・・・』
『必要ありません!!』
『いや、でも・・・』
『要〜らぁないんですってば!!!』
『あ、ハイ・・・』
『え〜っとぉ・・・上カル3人前、タン塩3人前、鳥モモが2、UJCが2、ナマ2つ・・・それとゴハン!』 宴の始まりである。
『あ、お連れさんお見えになるんですか?』 怪訝そうに、主人は尋ねる。
『え?いいえ、私ら二人だけですよ?』
巨人の優勝が決まる。
『ス〜イマセ〜ン、石焼きビビンバ2つとぉ・・・タン塩2つ、それと・・・』
『あのぉ〜、余計なお世話ですけど・・・大丈夫ですか?』
『ハイ!”リミッタ−” 外してますからぁ!!』
『は・・・はは、ごゆっくり・・』
『オイッ、”豚バラ”イッてみっか?』
『いいっすね!』
ハフハフ・・・・・・。
第八話
2002/ 12/24
※ saori 様より頂きました 。
『こころ』
一面が白い。まるで、煙の中を歩いている様だった。が、匂いが無いし咽せることもないので、これは霧なのだと分る。
丸い石がゴロゴロしていて、歩きにくい。手を引かれてはいるものの、子供の私には着いてゆくのがやっとだった。
『ごらんな?』 女が口を開き、促した。
白一色と思われた河原には、そこここに石を積み上げた塔があった。 風向きによって、遠目にもシルエットとなって浮かび上がる。
無数の石の塔。 底知れぬ恐ろしさに、私は身震いした。
『怖いよっ・・・』 泣きながら、女に縋り付いた。 女が言う。
『さあ、怖がっていては御主の願いは叶わぬ。探しに来たのであろう?』
女は私の手を解くと、肩を支え石塔と対峙させた。 硬く閉じた目を、開けたくはなかった。 恐怖で、ガチガチと歯が鳴った。
余りの静かさに、目が覚めた。 依然、恐怖心は残っている。 ”怖い理由” が分らず、私は辺りを見回した。 心臓が早鐘を打っている。
見慣れた部屋の風景に、私はようやく自分を取り戻した。
『何だよ・・・夢か・・・』
起きあがりブラインドを開けると、外は雪景色だった。 折りからの雨が、寒冷前線の影響で雪に変わったのだ。
『夢も白、醒めても白一色じゃないか・・・』 そう呟いた時、目覚ましが鳴った。 ボタンを叩き、止める。 腹が立った。
『こういう時はな、早めに鳴れよっ!』
時計相手に悪態をついても始まらない。 寝覚めの悪さと、出勤前の重労働とを思いなかなか決心が付かなかったが、今日は重要な会議がある。
『ああぁ〜〜〜』 断末魔の叫びを上げ、私は仕度を始めた。
仕事中、外線があった。 実家の母親からだ。
『あ、俺だよ、何かあったのか?』 母親からの電話など初めてであった。すわ何事かと尋ねる。
『あ〜何でもないよ、お前正月はどうするのかと思ってさ・・・』 呑気な声に、ほっとした。
『ごめんよ、いけなかったかい? ちゃんと ”家族の者ですが” って前置きしたからさ・・・ん〜っ、恥かかせやしないよっ!』
『ハハハッ、心配要らないよ? 今じゃ、上司は役員だけだ・・・』
一抹の不安が過ぎる。
『なっ母さん、俺来年で幾つになる?』
『ふんっ、ボケちゃいないさ。たまにはね、緊張感があっていいだろ?』
無邪気な母親なのだ。 性格の殆どを、私は母親から受け継いだ。 ”何もない” と言いながら、何かを思ったのだろう。
『フフフ・・まぁいいやっ、たまには帰って来いよ? 父さんも喜ぶから・・・』 亡き父親の事を言う。
『喜ぶったって、仏壇の中じゃあハハッ 張合いないなぁ。分った、その内にな・・・』
幾つになっても親子の会話であった。 部下が、呆れた様に首を振っている。
父親とは、余り良い関係とは言えなかった。 進む道が違ったのだ。事あるごとに、衝突した。 掴み合いになった事もある。
男同士など、そんなものだ。 やがて喧嘩さえもしなくなり、私は、自身に没頭していった。
離れて暮らすという事は、肉親との情をも希薄にする。最後まで残るのは、互いに分け合った血肉だという事実と、”親子の絆” だけである。
暫くして父親は患い、病床に着いた。 取り乱す自分が見たくない私は、行き手の居ない海外出張へと赴いた。
訃報は、出張先で受け取った。
女が言う。
『塔があろう?』 鷹揚は無いが、暖かい声だった。
『うん・・・これは、なんなの? おはか?』
『”証の塔”だ。現世のものではない・・・』
『へェ〜・・・さわってもイイ?』 恐怖心は、消えていた。
『良いが、どれでもという訳ではない。 ”お前の父親” を探しなさい』
『?・・・おと-さん、だいぶ前にしんじゃったよ? ここにいるの?』 逸った私は、尋ねた。
『良くお聞き。”証の塔” は、その人間の生前の想いなのだ。その、天辺の琥珀が見えるか?』
『うん、見えるよ。キレイっ!』
『あれが ”こころ” だよ。 想いを成就させた者は、”こころ” が頂にある。 叶わぬ者は、塔に埋もれてしまっているのだ・・・』
『うん・・・』
『それを探すのが託された者、つまりお前の仕事なのだ』
『おと-さん こまっているの? ぼく、どうすればいいのっ?・・・』
恋人の口づけで目を覚ました。 心配そうに、私を見ている。
『ねエ、うなされていたわよ・・・大丈夫?』
『ああ・・・おんなじ夢を見た・・・でも、続きなんだよ。だけどっ、俺は子供なんだ・・・』 幾重にも感情が折り重なり、上手く説明が出来ない。
表にバイクが停まり、ドアに新聞が指し込まれる。 恋人は、はだけた胸を直し小さなアクビをした。
同窓会の通知が届き、旧友と連絡を取ろうと思い立った。
名簿を探そうと、クロ−ゼットに潜り込む。 煙草を二本ほど灰にした頃、ようやく目当てのダンボ−ルを見つけた。
名簿の名前を目で追いながら、懐かしさに浸る。 ダンボ−ルを片付けようと手を掛けた時、奥にやや小振りな箱があるのが目にとまった。
越して来た当時のまま、もう何年も手を入れていない。 ”何だっけか?” と引き寄せながら、思い出した。 家を出る時、父親に渡された物だ。
『親父、か・・・』
受け取った時、その重さから私は ”本” だと思った。 ”人生訓” でも読ませるつもりなのだろうと、今までついぞ開けた事がなかったのだ。
恐る恐るフタを開ける。 予想は当っていた。 純文学や哲学書の類である。 思い切って、一つ一つ取り出す。
中ほどに、古びた手帳があった。 開くと、見覚えのある字から父親の物である事が分った。 ”○○戦線にて” とある。
日付は、戦時中である事を示していた。
”○月○日
今日、また仲間が一人死ぬ。
戦って死ぬなら諦めもつくが、マラリアではやりきれぬ・・・”
”○月○日
補給部隊は、まだ来ない。
食料は何とかなるが、弾が無くしてどうして戦えようか・・・”
前線での、日記だった。 最初の頃はインクだったものが、やがて鉛筆へと変わり、以降正体不明の ”オイル” で書かれている。 物資に困窮していた様が、
良く分った。
”八月○日
敵が上陸したとの知らせが入る。
退路は断たれた。玉砕覚悟で前進あるのみ・・・
息子に逢いたい。まだ見ぬ息子に。妻は、娘かもと言っていたが、なにを、息子に決まっている。名前は・・・”
私の頬を、涙が伝った。 一筋二筋、止め処もなく流れ、ポタポタと手帳に落ちた。
滲んで字が見えなくなる前に、私は手帳を閉じた。
敵に包囲され、最早これまでと悟った時、敵から日本語で終戦を告げられた。 仲間は、自決を選ぶ者が殆どだったらしい。父親は、一人一人を
説得した。 死ぬ勇気があったら、国に帰って家族を守ろう。 国に捧げた命を、今度は家族に捧げよう、と諭したのだという。 それでも何名かは、自ら命を絶った。
私は、戦争について何度か尋ねた事がある。 父親は、語ろうとはしなかった。 興味本位の子供に、言って聞かせる話ではない。
『そうだったのか・・・俺は、親父の希望だったんだな・・・』
日が暮れ、明かりも点けぬ真っ暗なクロ−ゼットの中で、私はまた泣いた。
恋人と抱き合った後、そのまま眠ってしまったらしい。
『ねェ、ないよ・・・どこなの?』
指先は割れ、血が滲んでいる。 女は黙っていた。
痛みを通り越し、感覚は無くなっている。幾つ目かの、一際大きな石をどかした時、その下に輝く琥珀を見つけた。
『やった〜、あったよあった! ねェ、どうすればイイのっ?』 女を見る。 女は、無言のまま石塔の頂を指さした。
私は、足が吊りそうな程背伸びをし、但し、慎重に琥珀を置いた。
ほどなく、漂っていた霧が引く。
石塔の前には、父親が居た。 若い、病に冒される前の父親だった。
『父さん?・・・』 近くに居る女を見て、私はハッとなった。 見上げる様にしていた女の顔が、自分の肩の横にある。 自らの手を、足を見る。
私は、”大人” になっていた。 父親が口を開く。
『悪かったな? 痛い思いをさせた。 呼ぶつもりは無かったんだが・・・』
『いいんだよ、父さん! 俺・・・』
『お前に伝えぬまま、俺は来てしまった。 不思議だな・・・死んでからも後悔するんだよ』 父親は、穏やかだった。
『お前が生まれた時は、本当に嬉しかった。本当だ! 生きて帰って良かったと思った。 言えなかったけれど、お前は俺の誇りだったんだよ・・・』
『父・・さん・・・』
『お前を愛していた。それだけが言いたかったんだ。さあ、もう行きなさい・・・』
”有り難う御座いました” 、父親は女に頭を下げると、踵を返した。
『ちょっと待ってくれよ、俺も父さんが好きだったんだよ! 行かないでくれよっ、父さん、父さぁん・・・』
『母さんを頼んだぞ。なに、”親孝行” なんて気取る事はない。お前という息子の、母親でいさせてやってくれ。それでいい』
『俺も・・・父さんの事、愛し・・』
『それは、お前の大事な人間に言ってやれ・・・じゃあ、行くぞ』 振り向かずに、父親は言った。
自分の泣きじゃくる声で、私は目を覚ました。 子供の様に、しゃくり上げていた。
携帯の電源を入れると、恋人からのメ−ルが入っていた。 休暇中の予定を尋ねている。
実家へ帰る旨、返事を出した。 アドレスから、実家の番号を呼び出す。
『もしもし、母さん?俺だよ。うん、帰るよ。ハハハ、放蕩息子のご帰還だ。それでさぁ・・・』
コ−ヒ−を飲む為に湧かした湯が、口笛を吹いていた。
第七話
2002/ 12/8
※ Samii ちゃんより頂きました 。
『流れ星』
師走になり、真冬日が多くなった。
信仰などには関係無く、今や風物詩と化したクリスマスを人々は心待ちにしている。 家々からは笑い声がこぼれ、煌びやかな
イルミネ−ションに街は覆われた。 皆の頭上に等しく加護が舞い降りるこの季節に、私は職を失った。
自分では若い若いと思っていても、世間は若さも学歴もある”自由人”で溢れている。 そのどちらにも乏しい中年男に対して、
社会は厳しかった。売れる物は全て売った。だが、自宅だけは死守したかった。苦しい想いをしながら、やっと手に入れた城
だからだ。サラ金にも手を出していない。連日報道される犯罪の、動機の殆どは借金苦からだからだという。
預金と手当を食いつぶしながら、それでもギリギリのところで踏みとどまっていた。
当然、就職活動は続けている。毎朝書類カバンを下げて家を出るが、その中身は求人雑誌、十通程の履歴書、赤鉛筆、
昼食の惣菜パンなどだ。 ”道行く人達の目に、私はどう映るのだろう・・・”、ス−ツも着ているしサラリ−マンに見えるだろうか?
いや、と私は思った。 昼の時間に闊歩しているス−ツマンは、外回りの営業や不動産業者。何れにしても、皆一様に
上を周りを見ている。目が活きている。歩っているのも仕事なのだ。 失業者は違う。下を見ている者が多い。
明日を憂い、俯いているのだ。
日が経つに連れ、私はサラリ−マンと失業者の区別がつく様になった。 100%とはいかないが、かなりの確率でそれは的中する。
駅前で見掛けた男が、職安のカウンタ−に並ぶ列の前に居たり、 向かいのホ−ムで新聞を広げる男のカバンから、職安で貰った
パンフレットの入った封筒が覗いているのを見たからだ。特徴のある色なので、それと分った。 ホ−ムが別れるまでの間、通路を歩きながら
見極めた。 これは能力などではない。 ”同類” を嗅ぎ分ける嗅覚が発達しただけであった。 間違いなく、私も同じ匂いを発している。
そう思うと、ゾッとした。
公園のベンチで、私は煙草を吸っていた。思いつき、カバンの中のあの封筒を指でなぞる。ふいにバカバカしくなった。
”こんなことをしてて、何になるのだ・・・”。 真面目に働いていた者に試練が訪れ、搾取している者は、贅沢という布団の中でぬくぬく
としている。 道に停まった外国車から、若者が降り立った。 髪を茶色に染めている。助手席からは、これも同様に髪を染めた女が降りた。
二人は腕を組んでジャレ合い、携帯電話片手に繁華街へと消えて行った。
鉛色の空から、陽が射した。ほんの一瞬、雲の切れ間からだった。私は、ノロノロと立ち上がるとカバンから封筒を出し、脇にあったゴミ籠に
叩き捨てた。
”金など、何とかしてやる。余っているところだってあるハズだ・・・” 正攻法は、ヤメだ。私は、あてもなく歩き出した。
中身の少なくなったカバンの中で、パンの袋がカサカサと音をたてた。
失業してから暫くすると、妻は夜の街へと働きに出た。 勿論、一般にはその ”賞味期限” は過ぎているが、最近ではその様な趣向の店も
あると聞く。 ”どこに行くのか” 聞いた事は無いし、又、聞ける立場では無かった。 ただ、出掛ける時間帯と、帰宅時の様子で容易に察しはつく。
近所の目を気にして、出勤時も帰宅時も ”素” であるが、化粧の残り香がそれを物語っていた。
私達夫婦は、ここ10年来没交渉であった。が、妻が ”働き” だしてからは、折に触れ抱いた。 見向きもしなかった妻の体であったが、他人の目
に晒されていると思うと、嫉妬と己の不甲斐なさが渦巻き、衝動がわき上がった。そうすることで、かろうじて自分の烙印が押せる。私には、そう思えたのだ。
卑しい。私は、ただの卑しい ”オス” に成り下がっていた。卑しさ故に、貪欲に妻を求めた。 時には、暴力でねじ伏せた事もあった。
最初は僅かに抵抗した妻も、やがて放心した様に 私を受け入れた。私に抱かれている時の妻の目は、失業者のそれに似ている。
私は醜く蠢き、妻の中へと放った。 ある時、事の後で妻が言った。
[ワタシを抱くなら、お金をちょうだい!!・・・]
答えず、私は天井を眺めていた。 煙草を灰皿で擦りつぶすと、妻からは見えない方の目に涙がこぼれた。
『・・・に、ご協力をお願いしまぁ〜す!』
皆、思い思いに声を張り上げている。 ”善意” を要求する声だ。
人々は、コ−トの襟を立て足早に通り過ぎた。耳を貸そうとしない。あるいは、聞こえないフリをしていた。
それでも、50人に一人は募金箱に金を入れた。 私は、少し離れたビルの影に立ち、敢えて何も言わないでいた。 金が入れられた時にだけ、
”ご協力ありがとうございます!” とだけ返した。 募金詐欺である。 崖っぷちで考えついた手だ。
フラフラと街を彷徨っている時に彼等を見掛け、そして思った。”俺だって助けてもらいたいんだ・・・”
箱に団体名は書かない。 少し離れたところへ ”本隊” よりやや遅れて到着し、様子を窺う。 監督者がマヌケそうなのを確認したら、営業開始である。
箱には、改造を施してある。 留め金を外せば、簡単に折り畳める様にしたのだ。 逃走する時、邪魔にならない様に。
周囲に細心の注意を払いながら、一日街頭に立った。 そして、本隊より 一歩早めに引き上げるのである。 多い日、”上がり” は5万程になった。
そんなある日、早めに引き上げる準備をしていると、一人の老人が近づいて来た。首からは募金箱を提げている。
『いやあ、いつも精が出ますなぁ』 ニコニコ微笑みながら、呑気にそう言った。
近づく気配に、気が付かなかった。 年齢的に言って、本隊のメンバ−とはキャラクタ−が合わない。 ベレ−帽を被り、こざっぱりとした服装をしている。
『ええ、まあ・・・じゃ、失礼』 どう取り繕うかを必死で考えながら、私の口を衝いたのはそんな返事だった。 その老人とは、その後 ”営業” の度に顔を合わす様になった。
その日も、例によってビルの影で営業していた。 正午過ぎ、本隊の様子を窺おうと角から覗くと、あの老人が立っているのが目に入った。
律儀に募金箱を抱えながら、ニコニコ笑っている。 その笑顔が逆に気味悪い印象を与えるのか、人々は振り返ろうとはしない。
『ちょっと、オジイさん・・・見つかるよっ、そんなトコじゃ! こっち こっち』 私は、老人を呼び寄せた。 内心、”仲間” だと確信していた。
”はいはい” などと言いながらこちらへやって来る。 まるで、警戒などしていないかの様だ。
『オジイさん、まずいよ、あんなトコロに居たんじゃ。 アンタぁ、アタシと ”同業” だろ?』 私は、老人の手を引くと尋ねた。
『はいはい、アナタ様とおんなじ、人の善行を募っております・・・』 微笑みながら、老人は答えた。
『善行ったって・・・うんうん、分ったよ。アンタ、身寄りはいないの?』
『はい、天涯孤独の、独り身でございます・・・』 相変わらず、呑気そうである。
『よく顔を合わせるけどさ、ちゃんと、その・・・ご飯なんか食べてるのかい?』
何だか心配になり、私は尋ねた。 冷静に考えれば、関わり合いになどならない方がいいに決まっている。 しかし、そうせずにはいられない雰囲気が老人にはあった。
『アタクシのことでしたら、大丈ぉ夫。 それに、予定額には達しておりません』
『”予定額” か・・・、しっかりしてるな。で、お孫さんにでも何か買ってやるのかい?』
『いえいえ、アナタ様とおんなじ、恵まれない方々の為ですよ』
私は言葉に詰まってしまった。 詐欺が、善行でなんかあるものか。
『そんなことはありませんよ・・・』 見透かした様に、老人は続けた。
『多くの場合、善意という名目の募金は搾取されます。 本当に貧しい人や、困った人達には渡らないのですよ。』
『・・・』
『アタクシのは、ちゃあんと届くんです。 アナタ様のもそうです。 人の本質は ”善” です。けれど、なかなかそれを実行に移そうとしない。アナタ様が集めた
あのお金は、ギャンブルやお酒に消えようとしていました。 それぞれの家族には渡ったかも知れませんが、その家族が、同様のモノに遣ってしまうのですよ』
もっともだ、と思った。
『でも、アンタにはそれが出来るのか?』
『はい、出来ますとも』
『一体、どうやって?』
『星を買うんですよ。”流れ星”をね。 ご存知でしょう? 願い事が叶うんです』
もっともらしい事を言っていたが、これを聞いて安心した。 可哀想な、ただの老人だ。
『はははっ、買えたとして、どうやって相手に知らせるんだい?』
『はい、事前にお知らせ致します・・・』
それ以上、聞く気にならなかった。憎めない、気の毒な老人。この日、私はいつもより早めに切り上げた。
帰宅すると、”仕事” へ出掛けるハズの妻が居た。 このところ、体調が悪そうだとは感じていた。
『どうした、仕事じゃないのか?』 私は尋ねた。嫌味のつもりはない。今は、大事な働き手だ。
『体調が悪くて・・・医者に行ったのよ』 妻は、ダルそうに答えた。いつものトゲは無い。
『そうか・・・いよいよ悪い病気でも移されたのか?』
『・・・』 だまって聞き過ごし、そしてゆっくりと言った。
『今日、”組織検査” の結果が出たの。・・・癌だって・・・』
『・・・そんな、だって・・・医者が言うハズないだろう!』 猛烈に腹が立ってきた。不条理にだ。何で私でなく、妻なんだ・・・。
『 ”インフォ−ムド・・・”なんとかがあるだろうって、言わなきゃこの場で死んでやるって!』 叫ぶと、そのまま泣き崩れた。
一睡も出来ず、朝を迎えた。妻が眠っている間に、出掛けるつもりであった。
庭に出て物置へ向かう。”営業” を始める様になってから取り付けた鍵を開け、中に入る。 古い衣装箪笥の扉を開けると、募金箱が姿を現した。
私は、募金箱の裏にある巾着袋を取り出した。中に、今まで集まった金が入っている。 私は、その金に手が付けられなかった。30万は超えていた。
今日は、いつになく暖かい日であった。
出掛けたはいいが、あてはない。ただ、あの老人に会いたかっただけだ。
いつものビルの前に着いた。老人の姿はない。暫くあたりを見回していたが、やはり現れなかった。 覗くと、本隊が活動しているのが見えた。
ふと、その中の一人と目があった。その男は、懐から携帯を出して何やら話している。 私が帰ろうと振り向くと、3人の男が立っていた。
『我々は、・・・事務局の者です。貴方を警察に告発します。証拠だってあるんですから!』 有無を言わせず、私は引き立てられた。
信じられないくらい暖かな日だ。私は、上着を脱いだ。
警察は、無罪放免であった。お咎めなし、である。彼等が ”証拠” だというビデオには、何も映っていなかったのだ。 いや、確かに私は映って
いるのだが、証拠らしきものは何も無い。 正午から撮影されたそれには、首から募金箱を提げた男、つまり私が映っているだけなのだ。
時折、あたりをキョロキョロしたり、横を向いて口を動かしている。笑う時もあった。 間抜けな一人芝居を見ている様である。
正午以降はずっと、あの老人と話していた。 が、老人の姿は映っていない。 それどころか、金を入れてくれたハズの、ベ−ジュのコ−トを着た
女性が、ビデオの中では素通りしていた。 尻が見えそうな短いスカ−トを穿いた女子高生の二人連れも、同じく通り過ぎていた。 ”見掛けによらず”
と感心したので良く憶えている。 狐に摘まれた様な、とはこの事だ。 私が一番良く知っている。
日本には、街角で首から白い箱を提げ、一人芝居している男を裁く法律は無い。 箱に ”募金” の文字は無いし、何より、その間誰も近付いていない
のだから。 当然、詐欺の証拠になど、なりようがなかった。 気の毒なのは、依然からマ−クしていたという事務局の彼等である。 皆が口々に、
”そんなハズはないっ!” と食い下がっていたが、年末で忙しい警察はそれ以上取り合わなかった。 年嵩の刑事が言った。
『帰っていいよ。 でもな、”誤解” を受ける様な恰好をしているアンタも悪いぞ。 次見掛けたら、そん時はしょっ引くからな?』
駅までの道すがら、私はあの老人を捜していた。 会える様な気がしたのだが、なかなか見つからない。 諦めようとした時、宝くじ売り場の横に
佇んでいる姿が目にとまった。 私は駆け寄り、柱の影に手を引いた。
『探したんだよっ・・・アンタ、一体何者なんだ? アレ、どうなってるんだ?』
『はい、善行とは見えにくいもんです』 当然だ、と言うような口振りでニコニコ笑っている。
言いたい、聞きたい事は色々あったが、一番大事な事を私は言った。
『これっ!全額 ”募金” させてくれっ』 私は、巾着袋を差し出した。 老人は、黙って受け取り言った。
『よぉうやく、お目が醒めましたな?』
『ああ、願い事が出来た。でも、善行なんかじゃないんだ、この金は・・・』
『しっ・・・分っています。 でも、おんなじですよ。 アナタ様が、このお金を ”守った” のです。 人々の善行を引き出したのです』
涙が、両の目を伝った。
老人は巾着袋を紐解き、中の金を募金箱へ入れた。 まず紙幣を入れ、次いで硬貨を入れる。 音が、しなかった。
『これで予定額に達しました』
『アタシには・・・アタシには・・・』
『言ってはなりません、その時までは』
”その時っていつだ?” と聞うとした時、背後を通る者と肩がぶつかった。 サラリ−マン風の男が、携帯片手に歩いて行く。
振り返って見ると、老人の姿は無かった。
数日が経った。状況に変化は無い。
陽が高く昇ってから、ダラダラと起きた。 妻の姿が見あたらない。 階下にも見えなかった。 庭へ出ると、妻は物置の前に佇んでいた。
寝間着姿のまま、じっと目を閉じている。 抱きかかえようとした時、口を開いた。 言っているのは妻だが、妻の声ではなかった。
[今晩です・・・9時に、南の空] 言うと、崩れ落ちた。
妻は、午後一杯眠り夕方に目を覚ました。 思いの外、体調が良いと言う。 私は、妻を伴って街に出る事にした。
ベイエリアのショッピング・モ−ルへと向かう。 そのビルの30階にある、展望台を目指した。 通りは、どこも賑わっていた。
そう言えば、今日は ”クリスマス・イヴ” だ。
『キレイねェ・・・』 イルミネ−ションを見た妻が言う。
9時までは、後1時間ほどある。
願い事は、ただひとつ・・・
第六話
2002/ 11/ 21
※サンゴちゃんより頂きました 。
『かぐや姫』
『で?・・・首尾は上々なんだろうな?』 コニャック片手に、葉巻を燻らせながら男は言った。
ワタシは、笑いを必死にかみ殺していた。この男、相棒でなければとっくに殺していただろう。
肝心な時には、いつも出遅れる。が、男は”民暴”の天才だ。頼りにならないが、ハイエナの様に他人から搾取する
術は心得ていた。
『アタシを誰だと思ってるの? あの爺ィ、すっかりその気になってるわっ。手形はこっちのもの・・・』 ワタシは、男を殺す様を
想像した。吊してやろうか? それとも、このデリンジャ−の弾をありったけブチ込んでやろうか?。楽しくて、思わず笑ってしまった。
きっと、最高の笑顔だったに違いない。
『フフ、その笑顔を見て安心したよ。自信たっぷりだな? しかし、お前に参る男共に見せてやりたいよ、その本性を・・・』
『フンッ、アンタの ”えげつなさ” とイイ勝負だよ』 今に見ていろ? その内、地獄に送ってやる。ワタシの最高の笑顔でね・・・。
父親から電話。
ここ数年、恍惚の人となりつつある。ちょくちょく電話を寄越すのだが、肝心の話を忘れてしまっているらしい。
勿論、ワタシの稼業など知らない。今はただ、”うんうん” と話を聞いてやるだけである。
『・・・あぁ、何だったかな? 用事があったんだが・・・。お前も元気そうだなぁ?』 こんな調子だ。
『うん、アタシは元気よ。結婚の話じゃないよね?』 ワタシも、決まり文句を返す。
『いや・・・大事な話だったんだがなぁ・・・。そろそろ、どうだ? イイ男ならワシがなぁんぼでも・・・』
『父さん?、今年は柿いっぱいとれた?』
”おお、そうだったか” ・・・適当にはぐらかし、電話を切った。侘びしさ半分、今はそんな父が可愛い。
しかし、何が言いたいのだろう? モヤの掛かった世界から、必死にワタシに何かを告げようとしている。
単なる気まぐれとは思えない。”可愛い” とばかりも言っていられない。
集金日。
ワタシは、こう呼んでいる。タ−ゲットは、巧妙な手形詐欺に陥った。罠であることにすら気づいていない。
政治家を目指す偽善者。どうせ、脱税で溜め込んだダ−ク・マネ−だ。
『いやいや、いい取引だった。君の様に美しく頭が切れると、言い寄る男もそうはいないだろう?』
粘り着く様な視線が、ワタシの腰のあたりを這っている。
『フフ・・・、社長もお上手ですわね。元々、縁なんか御座いませんわ。ワタクシ、ビジネスと契りを交わしておりますのよ?』
『ハハハ、かわすのも上手い。・・・さて、じゃあこれで失礼するよ。金は、伝えてあるケイマンの銀行に振り込んでくれたまえ』
『ハイ、心得ております。では、お元気で』 ワタシは、精一杯の笑顔を贈った。
老人は、名残惜しそうに去っていった。 ”それは、チャイナドレスかね?” オフィスを出る瞬間まで、未練たらしい台詞を吐いた。
老人の匂いを消す様に、ワタシは煙草を吸った。時計を見る。そろそろ、相棒がやって来る時間だ。
ワタシは、日本を出る。もう、戻らない覚悟でいる。行き先は決めていない。どこかの地で、まったくの別人になるつもりだ。
一切合切の用意を整え、相棒は来るはずであった。父親の事が気がかりであるが、十分な蓄えは残してある。
せめて、時間を止めてやりたい。幼く可愛い頃のワタシとでも戯れながら、長生きして欲しいと思う。
時間をとうに過ぎているのに相棒は来ない。ワタシは、シビレを切らして表にでた。ドアに鍵を掛け、振り向くと同時に息が止まった。
そこには、居るはずのない父親が立っていた。やや曲がり気味であった腰が、スッと伸びている。顔は、笑っている様であり、又、眠って
いる様でもあった。
『と・・・父さん、えっ? なんで?』 混乱する頭で、必死に考えた。
父が、口を開いた。
『サゾヤ、オドロイテイルコト・・・だろう。私は、お前の父の ”体” を借りて話している』 それは、父親の声ではなかった。
『どうしたの・・・ね、おとうさ・・・』
『生物学的にはお前の父だが、本当は違う。我々が選んだ ”番” の片割れだ。この人間の役目は終わった』
その時、”父親” の背後から男達が現れた。皆 ”黒服” を着ている。そして、同じ顔をしていた。 男の一人が言った。
『お迎えに上がりました。この日を、お待ちしておりましたよ』 鷹揚のない口調で言った。
『ちょっと・・・え?、何ィ〜っ・・・お父さん!』 縋り付く私を、光が包んだ。柔らかくて、暖かい光。高ぶった気持ちが、次第に落ち着いていく。
体の自由が利かなくなった。が、拘束されたのではない。自分の意志よりも、”促される” 感じが支配してゆくのだ。
ワタシは、従うことにした。”さあ、行こう” と、”父親” が言う。
『アナタ達は誰? 何?。ワタシって何なの?・・・』
ワタシは、促されるまま漂った。異常な光景の中を、冷静に眺める自分がいる。路地に飛び込もうとしているネコが、空中で止まっている。
遠くを飛ぶ飛行機も、そのままでいた。高層ビルのランプは、瞬いたままだ。そして、あの相棒も、クルマを降り立ったポ−ズのまま
惚けた様な顔で静止していた。”来ていたんだね・・・” 地獄に送ってやりたい程蔑んだ相手であるが、そうした姿は哀れに思う。
『ねェ、彼等は・・・皆どうなるの?』 男の一人に聞いた。
『ご心配なく。記憶も、記録も消します。今、この地球上の全てが止まっています』 今のワタシに判断など出来ない。”ああ、そう” と
答えるのが精一杯だった。
『ね、おとうさん・・・父はどうなるの?』
『我々が立った後、全てを忘れます。あなたの父親だったことも、あなたのことも』
それを聞いて、ワタシは少し安心した。
通りへ出ると、一台の ”クルマ” が停まっていた。ジャガ−でもメルセデスでもない、見たこともない ”クルマ” であった。虹色に輝いている。
ワタシ達が近づくと、ドアは透明になった。乗り込む。いつの間にか、また、ドアが現れた。
ダッシュボ−ドに計器類は無い。ドライバ−とおぼしき男がサッと手を振ると、いくつもの光が浮かび上がる。その一つが強く輝くと、”クルマ” は
音もなく走り出した。Gを感じさせず、グングンとスピ−ドを上げる。”父親” の姿は、とうに見えなくなっていた。不思議と感傷はない。精神までもが、
コントロ−ルされている様だった。
スピ−ドは上昇を続け、テレビで見たF1くらいになっている。”正面のビルにぶつかる”、と思った瞬間、飛び立った。飛んでいるのだ。
スレスレにビルをかわした。星の明かりが、筋になって見える。”キレイ・・・” ワタシでも、そう思った。
『ねェ、これからどこへ行くの?』 男に訪ねる。
『言ってもご理解出来ないでしょう。少しお休みになった方がよろしいかと・・・何分、到着は地球時間で1000年後ですからね・・・』
『アハハ、想像もつかないわ。まるで ”かぐや姫” じゃない?』 聞くと男はニヤリと笑った。
『あのお方は、あなた様の ”前任者” ですよ。そう、地球では、そう呼ばれていましたね?』 男は、ドライバ−に何か指示を出した。
指示を受けてドライバ−が光を撫でると、近くにあったどこかの国の静止衛星が、火柱を上げる。
『本当に居たんだね、かぐや姫・・・』 男は答えない。
『ね、ワタシは何代目なの?』 返事はない。
『ま、いいか、どうでも・・・』
ワタシは、不思議な感じのするシ−トに身を沈め、目を閉じた。
言われた通り、少し眠ることにした。
第五話
2002/ 11/ 15
※2323 ( フサフサ ) GET!Samii ちゃんに贈ります 。
『テイクアウト』
それは、ショッピング・モ−ルでの事であった。
ブティックから出てきた彼女と、バッタリ出くわした。学生時代の友人。
人は良いのだが、裕福な育ちを鼻に掛けたところがあった。キライではない。
”どしたのぉ〜” ”イヤぁ〜久し振りぃ〜” お決まりの挨拶を交わす。
『買い物?』 屈託なく彼女は尋ねる。
『うん・・・出掛けついでに、ブラブラしてたんだぁ〜 アンタは?』
『週末、パ−ティ−なのよっ。 パパの付き合いでさ、”どうしても”って・・・ 』
”ふ〜ん、凄いね” ”じゃぁね (^-^) ”
なんか・・・負けた気がした。 戦ってもいないのに・・・いや、戦う前から負けている。
私は俯き、歩き出した。 落ちているチラシを、わざと踏みにじった。 フッと、ショ-ウインドウを見る。
”これじゃ、迷子の少女だね・・・” さっ、胸を張って歩こう!
明日からは仕事だ。
金曜日。 帰宅したトコロへ、彼女からの電話。
パ−ティ−に同伴して欲しいと言う。一緒に行くはずだった友達が、風邪を拗らせたらしい。
”なんで私なの?” 思っていても、聞けなかった。 引き立て役に決まっている。
突然のアクシデントに、効果的な対処法を思いついたのだろう。 断れない自分が、悲しかった。
衣装が無い。困った私は、リサイクル・ショップを開いている知り合いに相談した。
『ふ〜ん、晴れ舞台だね! よしっ、”アレ”を貸してあげるっ』
『えっ? 何とかなります?』 失礼ながら、店のイメ−ジから心配が募る。 親しき仲に、礼儀は無い。
『これっ! どう? いいでしょ〜。私が出したんだけどさ、なかなか売れないのよ。店に不釣り合いだもんねェ』
漆黒のドレスだった。”ただの黒”ではない。まるで、黒檀の様な輝きを放っていた。
胸は大きく空いているが、決して下品ではない。裾には金とブル−の糸で刺繍が施してある。気品が漂っていた。
『あぁ・・・ステキ・・・』 私は、息を呑んだ。
『だろっ? アタシャ、これで亭主ゲットしたんだモン! ホラッ、鏡見てみっ?』
恐る恐る鏡を見る。 ・・・私でない、私がいた。
『うん、ちょっと直せばイケるね』 ウキウキしながら、彼女は言った。
『いつ買われたの?』
『ううん、亡くなったお婆ちゃんの形見なのよ。これ着てさ、”鹿鳴館” 行ったんだって。どうだかねェ・・・』
”まかせなっ” 彼女は、嬉々として私を送り出した。
『早く寝て、お化粧 気合い入れるんだよ?』
私は、何を考えたのかも忘れ、気が付くと自宅の前に立っていた。
土曜日。 出向いてくれた友人に助けられ、私は用意を調える。 ”これが合うと思う” と、赤いヒ−ルも貸してくれた。
暫くして、運転手と父親を従えた ”お嬢様” が迎えに来た。”おとぎ話” から抜け出た様な出で立ちであった。
金が掛かっているのは分る。だが、私には美しいと思えなかった。
漆黒を身に纏い、俯く私を見て言う。
『アラ・・・ステキじゃない?』 以降、彼女は口を開こうとはしなかった。
父親は遠慮がちに、運転手はミラ−越しに私を見ている。これが、金持ちの作法なのだろうか?
迫り来る不安を、無粋な男達を蔑む事で必死に押し殺した。
会場に着きクルマを降りて、やはり私は後悔した。” 超 ”の付く一流ホテル。フロア−は、霞んで見える最上階。
こんなに長いエレベ−タ−に、私は乗った事が無かった。ヒ−ルが埋まりそうな絨毯の上を、漂う様に歩く。
制服を纏ったドアマンが、恭しく礼をする。私は、シャンデリアの数を数えていた。
寝不足とシャンパンの酔いで火照った体を冷やそうと、私はラウンジで風に吹かれていた。
友人は、フロア−に入ると同時にどこかへ行き、たまに私の様子を見に戻る。
項垂れている私を見ては安心し、”アラぁ〜” と、嬌声を上げながら消えた。
気配がして振り向くと、一人の男がグラスを手に立っていた。
『こんばんは、お一人ですか? それとも、どなたかのお連れで?』
ダ−クス−ツを粋に着こなしている。カジュアルな笑顔であるが、身のこなしには一部の隙もない。
言葉一つからも、上品さがにわか仕込みではない事が窺われた。
『・・・そうですか、お友達と』 ”ええ” と言いかけたところへ、”いらしてたのぉ〜?”と、派手な声を上げて彼女が現れる。
『彼女、私のお友達。 こちらはねェ、お父様が、父のお知り合いなのっ』
『そうかっ・・・君のお友達だったの』 男は呟いた。
私は、一層項垂れる。作り笑いをする気力も無い。目的を達成し、彼女は嬉しそうであった。
男の腕にぶら下がる様にしながら、乗馬やゴルフでの話を嬉しそうに話す。
『彼ね、お父様の右腕として、文字通り辣腕を振るっているの。事業が拡大したのは彼の功績だって、皆噂しているわ・・・』
『いいじゃないか、そんなこと!』
苛立たしげに、男が遮った。旗色が悪くなった彼女は、私にトドメを射す。
『彼女はエライわっ。お家を気遣ってね、働いているの。私には、そんな ”根性” は無いわよ・・・』
もう、限界であった。”気分が優れないから、先に失礼します” 私は、グラスを置いた。
『それはイケない、送りましょう』 男の申し出を、私は断わった。足早に、ラウンジを後にする。
『僕がクルマを出します!』 追おうとする男を、彼女が引き留める。
『いいのよっ、馴れないから疲れたんでしょ・・・』 最後の言葉は、笑って言った。
エレベ−タ−へ向かいながら、私は泣いていた。惨めになるので我慢したが、心は正直に語りかける。
”来るべきではなかった・・・” ハンカチで顔を覆いながら走る私に、客達は口々に心配そうな声を掛けた。
聞こえないフリをして駆け抜ける。一刻も早く、その場から離れたかった。慣れ親しんだ場所へ、逃げて帰りたかった。
私を見て取ったボ−イが、気を利かせてエレベ−タ−のドアを開く。乗り込む刹那、ハンカチを落とした。私は、気に留めなかった。
剥げ落ちた虚栄と涙と共に、その場所に捨てて行きたかった。ボ−イが急いで拾い上げるが、ドアはもう閉まり掛けている。
走って来る男が見えた。私は、ただ見つめていた。そして、閉まったドアの向こうに呟いた。
”さようなら・・・”
エレベ−タ−は、音も無く降りてゆく。漆黒の翼を得て、つかの間羽ばたいてみた。鳥瞰は素晴らしいものであったが、薄い大気には馴染めない。
羽ばたく力はやがて無くなり、私は現実へと急降下した。
『いらっしゃませェ〜』
今日、何百回目かの ”いらっしゃいませ” を言う。夕方のラッシュが一段落し、時計は交替時間を告げていた。
ファ−スト・フ−ドのチェ−ン店で、私は働いている。これが、苦しいけど、心地良い現実だ。
レジから離れようとした時、男の二人連れが入って来た。
『いらっし・・・』 声を掛けようとして、息が詰まった。パ−ティ−で会った、彼だった。
何も言わずに見つめ合う、客と店員。見かねたチ−フが割って入る。
『セットがお得になっておりますが・・・』 男は黙っていた。
『彼女は、貴女の居場所を教えてくれなかった・・・』
『私は・・・知られたくなかった』 私は又、俯いた。今度は、この現実に俯いてしまった。
『時間、ありますか?』 連れの男に目配せし、彼が言う。
『ええ、もう交替時間・・・』
『僕と、食事しましょう』 周りが、黙り込むのが分る。皆、息を殺してこの光景に見入っていた。
『ですが、副社長っ』 ”信じられない”、といった顔で連れの男は慌てた。
『キャンセルだっ! 二度は言わない』
苦し紛れに笑いながら、店長はメニュ−を差し出す。目もくれず、彼は言った。
『シェイクを二つ。それと、彼女を・・・”テイクアウト”で・・・』 継いで、店長のネ−ムプレ−トを見る。
『いいですか、”店長”?』 バイトから叩き上げの店長も、最早限界だった。
『はいっ・・・お熱いウチにどうぞ・・・』
そう、マニュアルには無い返事を返した。
第四話
2002/ 11/ 3
※匿名希望さん及び夏生ちゃんより頂きました。
『クリスマスの別れ』
ふいに焦燥感に駆られ、私は目を覚ました。ベッドに身を起こす。
とっさに枕元の時計を見た。起きるキッカケもその後の動作も、今ではクセになっている。
そろそろ仕度をする時間だ・・・。傍らでは、寝息をたてて彼女がまだ眠っている。
『オイッ?・・・』
私は、ソッと肩を揺する。
『ん・・・え〜っ?・・・』
彼女も起き抜けに時計を見る。同じ動作に、私は苦笑させられた。
そう、私達は人目を憚る関係だ。寸暇を惜しんでは忍び会い、互いを貪った。
『・・・クリスマス、だね・・・』 腕にぶら下がりながら、彼女は言う。
私は、答えなかった。
『ねェ、クリスマスってさ、どうして ” X'mas ”って書くか知ってる? 』
『いや、知らない・・・』
『あのね、キリストって、ギリシャ語で ” Xristos ” なんだって。その頭文字なのよ。なぁんか、情緒無いよねェ?』
質問の本意は、私にも分かっていた。 そうさ、そんな情緒の無いモノの為に・・・
私達の様な関係では、世間的なイベントは試練である。日頃は周囲を欺き、場合によっては自分さえも欺いては逢瀬を重ねているが、
こと ” イベント 日” だけは如何ともしがたい。どうにもならない現実が、そこにはあった。
『ねェ、クリスマスを機会に・・・別れよっか?』
『そんな雰囲気だったか? 俺達・・・。でも、分かるよ・・・』
『あなたも?・・・』
『ああ。じゃあ、こういうのはどうだ? いつもは逢えなかった、イブの朝に逢おう。それで、最後だ』
『うん、いいね。”クリスマスの別れ” か・・・』
イブの朝、いつもではあり得ない、駅前のロ−タリ−で待ち合わせをした。
少し遅れて、人混みの中から彼女が現れた。この日の為にあつらえた、ベ−ジュのス−ツがよく似合う。
私達は、無言のまま向き合った。勢いから ”別れ” を口にしたものの、簡単に出せる答えではない。
やがて、彼女の目から涙がこぼれた。思い出のひとつひとつが涙となって、止め処もなくこぼれだした。
人目も憚らず私は彼女を抱きしめ、そして口づけた。別れの口づけは、涙の味がする。
ふいに、顔を離して彼女が呟いた。
『あ、雪・・・』
陽が射す空から、雪が舞っている。
雪は次第に強さを増し、都会で言うなら、ちょっとした吹雪になった。人々はざわめき、空を見上げている。
驚いた車の何台かが、衝突事故を起こした。
最早、私達二人に注意を払う者などいない。私は、もう一度彼女を抱いた。
罪を背負った愛であったが、最後の日、天は祝福してくれたのかもしれない。
私は、生まれて初めて神の存在を信じた。
第三話
2002/ 10/ 13
※サンゴちゃんより頂きました。(規定破りですが、ご勘弁を)
『バラ−ド』
ポストを見ると、一枚のハガキがあった。
『”開店のお知らせ” か・・・』
昔、訳ありの女からであった。
『よく、判ったな?ココが・・・』
付き合って居た当時は、地元のクラブで ”雇われママ” をしていた。
互いに、どこに惹かれたのかは判らない。色々制約はあったが、何度も逢瀬を重ねた。
同じ地球上の男と女として、愛し合った。
別れてから何度か住まいを替えていたので、知らないと思っていた。きっと、人づてに聞いたのであろう。
暫く考えて、私は行ってみることにした。
秋は、陽が早く落ちる。高速は空いていた。私は、夕日を追いかける様にひた走った。
高速を降りると、ハガキにあった住所を目指す。
その店はすぐに判った。私が好きだった ”バラ−ド” のナンバ−が店の名だった。
あの頃、人気の無くなった店で彼女がよく歌ってくれたナンバ−。ライトの下で、一人だけの観客を前に彼女は歌った。
軽快なリズムに、もの悲しい調べ。それに、彼女のややハスキ−な声がマッチした。そのナンバ−も彼女のことも、
私は好きだった。
入り口のドアを開ける。中は、まだ準備中であった。
若い女の子に混じって・・・少しだけ老けた彼女がいた。
『いらっしゃ・・・』 驚いた顔が、やがて泣き笑いになる。明かりを背に立つ彼女の、その目が光っていた。
『ようっ、来たぜ。知らせてくれて、ありがとう・・・』 当たり障りのない挨拶しか出来ない。
『さ、入って。ゆっくりして行けるんでしょう?』 私の手を取ると、中へと誘った。
『さぁ みんな、お客さんお見えになったわよ。少し早いけど、始めちゃおっかぁ?』
手を取ったまま、彼女は私を見つめている。化粧が、台無しになっていた。
『オイオイ、ちゃんと仕事しろよ。 君がママなんだろ?』
『うん・・・』
次第に客が入って来る。席を立つ彼女に、私は言った。
『頑張れよ』
”そして、また聞かせてくれ、あのナンバ−” 声には出さず、そう付け足した。
第二話
2002/ 9/ 6
※サンゴちゃんより頂きました。
『涙』
『こんなモンっ!』
私は、母が作った握り飯を塀に投げつけた。
昨夜、言い合いをした。私は、友達が持っているモノと同型のバスケット・シュ−ズが欲しかったのだ。
持っていないのは、私だけだった。
子供の頃の私は、自尊心ばかりが強い嫌な、甘えたガキだった。寝坊した私に、”ホラッ、行きながら食べな”、
母は握り飯を待たせた。
『何故、イケナイんだ・・・』 歩きながら ”涙” が出て来た。人と同じ境遇に居ない自分が、悔しく、悲しかった。
立ちすくみ・・・元の場所へと引き返した。・・・いつもそうだ。
握り飯は、無惨にはじけていた。拾い集める。
私は、手で穴を掘り、握り飯を埋めた。埋めながら又、涙が出る。ポロポロと、止めどもなくこぼれてくる。
地面を叩きながら、母に詫びた。
『ゴメンよ、母さん・・・ボク、悔しかったんだ・・・母さんは悪くないのに・・・』
泥だらけの手で顔をぬぐうと、私は走り出した。全速力で走った。
今は、それしか出来なかった。
第一話
2002/ 9/ 1
※サンゴちゃんより頂きました。
『かいか〜ん♪』
マガジンに最後の弾を詰めた。スペシャル・チュ−ンで、30連装を可能としている。44でのマガジン・チュ−ンは難しいとされているが、チュ−リッヒの
ガン・スミスは腕が確かであった。
勿論、弾頭に”クロス”の傷を付けたホロ−ポイントである。これにより、殺傷力は飛躍的に高かまっていた。
背後で気配がした・・・
稲葉は、気付かぬ振りをしてマグナムをホルスタ−に収めた。替りに、袖口から錐刀を引き抜く。
侵入者は、巧みに気配を消していた。並のエ−ジェントでは、気付かないだろう。
序々に殺気が近づいてくる。ただ、その殺気に若干の躊躇があるのが、稲葉には気になっていた。
振り向きざま、錐刀を放つ。カウンタ−・アクションの無い、見事な動きである。スナップを利かせていた。錐刀は、侵入者のフェイス・マスクを掠め、背後の
壁に突き刺さった。稲葉は、放つと同時に走り出していた。”かわされた?・・・” が、躊躇っているヒマはない。細く引き締まった体が、ムチの様にしなる。
相手が回し蹴りを出す。身を沈めてそれをかわし、床に手をつき回転踵落としを浴びせる。体勢が整わない相手には、有効な技だ。与えるダメ−ジも大きい。
後ろ回し蹴りへと連携させようとしていた、相手の右肩にヒットする。手応えはあったが、侵入者はうめき声すら発しない。床に手を付く刹那、相手の傷口から
出た血が、したたっているのを見ていた。
相手は片膝を着く。足首に隠したデリンジャ−を引き抜いた時には、背後から稲葉の腕が、蛇の様に首へと絡みついていた。渾身の力を込めて締め上げる。
上腕筋が膨れあがる。デリンジャ−が床に落ちた。締めながら稲葉は、相手の”匂い”に覚えがあると感じていた。違和感の答えがそこにあった。
稲葉は、力を緩めた。床のデリンジャ−を壁際まで蹴飛ばす。後ずさりながら呟いた。
『お前、sangoだろ?・・・』
激しい咳き込みが止まった。そして・・・嗚咽へと変わった。
『やっぱり、組織はお前を差し向けてきたな』 煙草を燻らせながら稲葉が言う。
『いつ・・・判った?』
『アナタが盗んだチップはニセ物よ。囮・・・』 床に仰向けになったまま、sangoは言った。
『ねェ、何故?』 頬の傷を涙が伝っている。アサ・シンでは無く、苦悩する女の姿がそこにはあった。
『命を懸けて、仕事をして来た。もう、充分だろ?俺は・・・これからに賭けてみようと思った。どうせ最後は殺されるんだ。黙って殺されはしない。
お前こそ何故?、建物ごと吹き飛ばせばいいものを・・・』
『愛してるのよ・・・アナタを。 殺すなら、私だと思った。そして、見届けた後・・・死のうと思っていたの。』
『sango・・・』
稲葉は、sangoを抱き寄せ、唇を吸う。血の味がした。レザ−・ス−ツのジッパ−を下げる。胸をまさぐると、sangoは吐息を洩らした。秘所はしとどに潤んでいる。
手を当てがうと、自然と吸い込まれた。稲葉は、sangoの足を割って入り、怒張したモノで貫いた。
1時間後、二人は階下のガレ−ジにいた。重火器、刃物を身につける。傍らでは、ハ−レ− ”V-ROD” が息づいていた。本来、空冷 V ツインに比べ、サウンドは
やや大人しいはずであるが、そのマシンには、大径の集合マフラ−が装着されている。勿論、エンジンはレ−シング・チュ−ンが施されていた。
稲葉に、懐古趣味は無い。命を預けるマシンや火器には、最新のモノを選んだ。
『本当に来るのか?』
『ええ・・・さっき、アナタが外していなかったら、私、死んでた。もう、失うものは無いわ』
『覚悟は出来てる、か・・・。よしっ、犬死にはさせない。最後は、ヤツラも道連れだ』 ”行こう” と稲葉はマシンに跨る。
『待って・・・、アナタは ”死んだ” って連絡してある。私がライドするわ。ね、背後から援護して』
『分かった・・・』
マシンは、海岸線を走っていた。V サウンドにかき消されない様、sangoが叫ぶ。
『ねェ〜っ、これで最後かも知れない。もう一度・・・して〜っ!』 言うと、sangoはレザ−・パンツをずらし、腰を浮かせた。
稲葉は軽く支え、貫いた。
『あぁ〜〜 ”かいっか〜ん”♪』
二人は、”死のロ−ド” へと加速して行く・・・。